勝利特急、カツタダイスカイ   作:だぶるすたぁ

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成田山初夢杯:VSナリタエクスプレス

 1月1日金曜日、夜17時42分。千葉県成田市成田、成田山新勝寺。

 未だ初詣で賑わいのあるこの中に、私達姉妹もまた参列していた。

 

「カッちゃんは、何をお願いしたの?」

 

 帰りがけに、ナリ姉ぇからそんなことを聞かれる。だけど、聞かなくてもわかってるでしょ?

 

「そりゃもちろん、今年こそ……」

 

 ――目指せ、G(グループ)1ステイタス!

 

 ★

 

 ノリモン。輸送具の付喪神の、第二の人生とも言われる不思議な不思議な者たちだ。

 高度経済成長期以降姿を表すようになった、それまでの科学では説明の付かない彼らの存在を受け入れてなお、社会は回っていた。いや、社会はその強靭さと柔軟さをもって、超人的な力を持つ彼らですらそのシステムを動かす一要因にしてしまった。

 そんな彼らの力は、ある所では治安維持として。ある所では強力な抑止力として。ある所では単純な労働力として。またある所ではエンターテイメントとして発揮されている。

 

 カツタダイスカイもまた、そんなノリモンのひとりだった。

 

 ★

 

 初詣の大混雑を捌き切って、その日の終電も近づいてきたころ。成田駅前の電車道のバス乗り場に、ナリ姉ぇやヤッちゃんを見送った私は立っていた。

 私だけじゃない。他にも十名強――正確には、私を含めて16名のノリモンと、その付き添いの方たちが、終バスがとっくに出発したバス乗り場に集まってる。そしてこの集団から離れて、決して多くはないけども、この時間からすれば考えられないほどの数の群集が、熱い視線を私達に向けてくれている。

 私はふと、土手の上の駅を見た。あの線路の上が、これから私達の戦場になるんだ。そう見つめていると、トントンと肩を叩かれた。

 

「よおカツタ。今日もよろしくな」

 

 そう声をかけてきたのは、私の昔っからのライバルだった。やっぱり、今日もいるんだね。

 

「うん、でも初夢を掴むのは私だから」

「何を。この成田の地にかけて、このナリタエクスプレスは新年早々負けるわけにはいかない」

「それはこっちだっておんなじ。そもそも、ここは私達の線路よ」

 

 そして私とエクスプは、どちらからというでもなく拳と拳を合わせた。その後彼は他の参加者にも挨拶をしにいった。本当に元気なヤツ。

 

 24時43分。上野から来た最終電車が少し遅れて1番線に入線してきた。その様子を私達は反対側のホームから見守って、そして降りてくるファンたちに手を降った。

 

 もうすぐだ。もうすぐ今年初めての……それも日本で、いや世界で新年初の公式レールレース、成田山初夢杯が始まる。おみくじによって決められた私のスタート位置は3番線の6号車3番扉、今日のレースでは左枠の前から3番目。まぁ、悪くはないところだね。

 そして、入線が始まった。

 駅の放送で私の名前が呼ばれてから、中継のカメラに向かってアピールしながらホームから飛び降りてそのまま線路に乗るように着地した。

 ガチャリと、足元の鉄が音を響かせる。この音を聞くと私がまだ車だった頃の感覚が今なお蘇ってくる。そうじゃなくなってから、もう何年も経ってるのにね。

 前を見る。ちょうど一番前、最後の入線者が線路に降りてきたところだった。この入線してからスタートまでの短くて長い時間は何度レースに出たって、特別な時間のまんまだ。高鳴る気持ちを一旦抑えて、集中、集中!

 

 そして、24時59分。発車を告げるメロディが生演奏され始めた。それに耳を傾けて、その旋律を覚える。全く同じメロディーが2回ながれて、それが鳴り終わったその瞬間にスタートする現行のルールならではの行為だ。

 心地のいい音楽が流れ終わって、2コーラス目。スタートはもうすぐだ。あっという間にそれは過ぎて最後の余韻が――止んだ。

 

 ガガガガガゴンと、一斉にスタートで足を踏み出す音が響く。もちろん私もその中のひとりだ。

 車だった頃、お客様を乗せて何度も走ったこの線路。まるでその頃の感覚が蘇るようで。ゴールの成田までの34マイル25チェーンは、多分あっという間に終わっちゃう。

 だって、一瞬たりとも気を抜けない。それがレースというものだから。

 

 くじ引きが一番前じゃなかったことは幸運だった。前のランナーを風よけに、モーターをあまり回さずにスタミナを温存できるから。今回のコースだと、途中の佐倉と臼井の間で10チェーンカーブ――文字通り、半径が10チェーンしかない小さなコーナーだ――を曲がることになる。そこでどうしても速度が落ちちゃうから、それより手前での加速にスタミナをあんまり使いたくはないからね。

 

 そしてそのまま宗吾参道を過ぎる頃には、車列の平均速度は200mphに近づいてる。最初から鋭い加速をして先頭を走っていく逃げ戦略じゃない私にとって、そろそろ最初の仕掛け時だ。

 成田を出たときから抜かされた数やもともと前にいた数、そして追い抜いた数を考えると、逃げに出たのは4名。そこにできれば高砂までには追いつきたい。ならばここまで速度を上げた今、ここから前めにつけておいたほうがいい――そう思うのは、当然私だけじゃない。

 酒々井(しすい)を過ぎたコーナーの先で半分だけ体を乗り出して、上下線の間を使って盾にしていたランナーを追い越してゆく。カーブだと逆カントになっちゃうから、直線区間だけで使える追越しだ。

 そこで、前を見る。……やっぱり。

 

 何十チェーンか先に、見えた。エクスプが。今は先頭じゃないけれど、逃げ集団の中にいる。大佐倉を抜けて、逃げ集団はさらに前に行っている。追いかけたい。追いつきたい。でも、まだだ。備えよう。勝負どころはこの先、10チェーンカーブを抜けてから。そこまでは、がまんがまん。

 そして佐倉を通過して鉄橋を超えてからブレーキに手をかけはじめた。私だけじゃない、周りの皆もだ。

 面状の滑りが許容されているモータースポーツと違って、外側の足元が拘束されているレールレースでは、そんなに大きな横Gには耐えられない。具体的には、カントの5度と脱線係数の39度を足して、およそ1Gもあったら危ないって言われてる。それに、風が吹いていたらなおさらだし、アタック角によってはせり上がり脱線の可能性だってある。ここだとまぁ120も出せれば上出来ってところかな。

 そして、ここで車列は組み換えがはじまる。コーナーを攻める者は前に、確実に曲がるものは後ろに。私は、前だ。何千回も走ったこの線路の特性なんて、体が覚えきっている!

 

 ぐぐぐっと、レールが軋む音が聞こえる。右足を上から押さえつけて、左カーブを抜けてく。そして10チェーンカーブを……抜けた!

 ここからは船橋競馬場まで、実籾(みもみ)と津田沼手前のカーブくらいしか小さなカーブもない高速区間だ。思いっきりノッチを入れて、そして足を強く蹴り出して加速、加速、加速!

 車だった頃には、絶対にたどり着けなかったスピード。たどり着けなかった、疾走感。人間と同じ程度まで体が軽くなったからこその、風と一緒になれる感覚。これこそが、私の大好きな感覚。

 

 予め警戒していた実籾のカーブにつく頃には、5チェーンくらい前かな? そのくらいに逃げ集団の背中がはっきりと見えた。

 左足を突っ張って実籾の右カーブを抜ける。じわじわと、逃げ集団に追いつきつつある感じかな。これならば、津田沼から船橋まではこの逃げ集団の中に居られる。

 ならばちょうどいい。ほっと一息ついて、前を見た。

 

 ――エクスプが、いない。

 前に何名いるのかは、スタートからずっと把握し続けてる。私は今6番手で、前の先頭集団には4名。前に行ったはずのエクスプ()()()そこにはいなかった。

 これが意味してるのは。

 

「単騎で逃げてる……?」

 

 思わず、声に出た。観客で賑わう津田沼駅を抜けて左カーブを抜けると、はるか先の谷津に続く右カーブに入っていくところに一瞬だけ姿が見える。だいたい30チェーンくらい離れているみたい。

 だけど……スタート直後、10チェーンカーブ、そして津田沼のまた10チェーン。これを抜けてなお加速を続けていれば、バッテリーは絶対に足りなくなる。だって、足りなくなるようにルールでぎ装を動かすためのバッテリーの残量を決めてあるんだから。そうなったらその時のスピードを殺さないようにストライドだけで走り続けなきゃいけないし、カーブや勾配で速度が落とした後がダメになる。

 そして、船橋を過ぎると中山、八幡、市川と直線の短い区間が連続してる。スピードを殺さずに走り続けるのは……無理だとは言わないけれど、かなり大変だ。しかも終盤も終盤、青砥と四ツ木に上り坂があることも考えると、そこまで使い込む訳にはいかないはず。

 

 なのに、どうしてエクスプはあんなところに? まさかもうすでに自元(アイゲン)領域(ゾーン)にアクセスしたっていうの……?

 

 ……いや、考えても仕方がない。誰よりも早くゴールに着くこと、それがいちばん重要なんだ。

 船橋競馬場を過ぎて、船橋へ続く高架への上り坂を上る。ここで速度をいったん落として船橋のカーブに備えるために、上がってから船橋までに加速するのは基本的にはあんまり意味がない。でも、坂の上り下りはコーナーに並んでいちばんランナーのテクニックが重要になるところの1つ。ここを上手に駆け上って速度を維持できたのなら、それを活かして前を追い越すのは無しじゃない。

 そして私は、前を走る4名のうちに2名を追い越して、そのまま上り線で船橋のカーブを抜けた。ここからさらにうねうねとしたコーナーが連続するけど、それを抜けた海神には比較的長い直線がある。

 その直線で……見えた! エクスプが。だいたい25チェーンくらい前にいる。そして。

 

 西船(にしふな)への左コーナーを曲がり際にちらりと振り向いたエクスプと、一瞬だけ、でも確かに目が合った。

 よし。じゃあ、行こうか。ここまで加速をスリップストリームとストライドに任せて温存したバッテリーで!

 西船を過ぎて、ふわーんと太腿のインバータが、脛についてるモーターが音を響かせる。本気も本気で、追いついてみせる!

 

 東中山! 申し訳ないけど、今はもうホーム上に集まっているファンたちやカメラにかまっている余裕はない。

 中山! この駅の短いホームは、私とエクスプの間よりも短い! 追いつくのは間に合うかな? いや、間に合わせる! 絶対に!

 鬼越(おにごえ)! そう、超えるんだ、この長い20チェーンを。

 八幡! 前へ、前へ。この曲がりくねった本線を。

 菅野! 流石のエクスプでも、こうもカーブが多いとそろそろ速度が落ちてきた。

 市川真間(まま)! 間は残り十数チェーン!

 

 そして国府台(こうのだい)をすぎて江戸川を渡り東京都に入れば、もうゴールは近い。なのにエクスプとの間は10チェーン以上も開いている。

 追いつけないのでは? そんな疑惑が、ふと頭をよぎる。だけどそれを切り裂いた風に乗せて置き去りにして、ただ前へと進む。進まなきゃ、いけない。そうしなきゃ、初夢なんて掴めない!

 

 そして高鳴る想いが最高潮に達したとき。

 

 私の視界は、急に暗くなった。今は小岩の辺りを走っているはずなのに、周りの風景は薄暗い雲の中だった。

 だけど、前へと進めと、その雲の上の光が呼びかけてくるような気がする。そこに向かって進めば、視界はまた開けた。

 そして、雲の上の空は青いままだった。それは未来のように。

 

 ――世界へ導く果てなき空の道よ、今大地に繋がりてウイニングロードとなれ!

 

 ★

 

 自元領域。それは、ノリモンの記憶に基づく心象風景の詰まった領域である。

 ノリモンが超人的な力を引き出すとき、その力の流れは必ずこの自元領域を通ってから、それぞれのノリモンの形となってあらわれる。そして逆にノリモンの側からこの自元領域へとアクセスすれば、より強い力を直接引き出すことができるのだ!

 

 ★

 

 再び目を開けたとき、私の体は見違える程に軽くなっていた。本当に軽くなったわけじゃないけど、体を動かすのはぐんと楽になってるし、それに必要な力だって少なくて済んでる。

 前を見る。10チェーン先のエクスプの背中が、心なしか広く見える。――行ける。今の私なら。だって、私はカツタダイスカイだから。

 高砂を抜ければ、まもなく青砥(あおと)に向かっての上り勾配。私だって怪しいけれど、それ以上にエクスプのスタミナは怪しいはず。事実速度差は大きくなって、あと少しで追いつけるところまで来た。

 

 だけど――エクスプは強い。青砥から立石(たていし)に降りる下り勾配で、一気に再加速をして速度差を縮めてきた。あと5〜6チェーン。

 あと1回。あと1回の上り勾配をぬければ、もうモーターの加速はいらない。耐えて、耐えてよね!

 その、最後の四ツ木の勾配を上る。上りきったところで、足元からインバータの音が消えた。ギリギリのラインだ。エクスプはもう、声が届きそうなくらいに近い。

 中川を超える鉄橋の上で、エクスプはちらりと振り返って……そして、目があった。

 

「来たかカツタァ! お前なら必ず来ると思っていた」

「どいてエクスプ! 押上に先に着くのは、私だ」

「それはどうかな? 俺にだって、譲れないものがあるんだよ!」

 

 八広(やひろ)の渡り線を蹴って、上り線に移る。これで前は開いた。後は前に出るだけ、その差は1チェーンもない!

 お互いの足元からは、もはや鉄と鉄がぶつかり合う音しか聞こえない。根性と根性の、ラストワンマイルだ!

 

「お前を、先には行かせない」

「うるさーい! 初夢を掴むのは、この私なんだから!」

 

 私とエクスプは、もはやお互いしか見えていない。だけどその違いは、私が後ろにいて前を見ていても彼を自然に感じ取れるのに、彼は前にいるから私を感じ取ろうとすると前ばかりを見ていられないこと。気がつけば曳舟(ひきふね)を通過していて、もうゴールの押上はすぐそこだ。

 

「……わかったわ。あなたを先に行かせてあげる。でも……」

 

 ――()()()()()()。《スラスト・リバース》!

 

 回生ブレーキが、私の速度をスタミナに戻す。それを使って、私は自分の体を後ろに押した。

 曳舟から押上までは、25チェーンのカーブの後に18パーミルと30パーミルの複合勾配を下ることになる。

 下り坂っていうのは想像以上に厄介なもので、ただただ単純に加速に使える便利な地形ってワケじゃない。加速に使える、じゃなくって()()()()()()っていう方が正しいんだ。意識して走らないと、自分の姿勢が崩れて普段より体力を奪われるという事だって、ないわけじゃない。それが下り坂ってものだから。

 そしてこの押上線は、それがゴール直前まで続いてる。これがいったい、どれだけ恐ろしいことか。

 

「しまっ――」

 

 エクスプの声が聞こえる。()()()()()()()()()()ことがようやく効いてきたみたい。

 エクスプは私の2チェーン前にいる。下り坂により加速した、致命的な速度で。そしてそのままの順番で、私達はゴールの押上に入線した。

 

 足元を見て力を入れる。《スラスト・リバース》が効いてくる。私のスピードはみるみるうちに落ちて……そして、ホームの西馬込(にしまごめ)寄りの端から数十フィート少し手前で止まった。

 

 目線を上げれば、その3、4チェーンほど奥でようやく止まったエクスプがこっちを見ていた。

 

 

 オーバーラン。

 

 

 それがエクスプに突きつけられた現実だった。

 どれだけ遅くたどり着いたとしても、きちんと止まれば完走した記録として認められる。だけど、逆にどれだけ早く入線したとしても、到達地点を見誤り、定められた場所で終わることができなければ記録は無効になる。その扱いはどれだけ遅れて到着した選手よりも下だ。

 オーバーランとは、レースにおける禁忌で、失格事項の一つなんだ。

 

 ★

 

「なさけないな、オーバーランなんて。いや、まんまと引っかけられた、ってところか?」

 

 後ろのランナーが到着するのを待っている間の控室で、エクスプはそうぼそりとこぼした。

 

「ま、先に入線したところで、負けは負けだ。お前の勝ちだ、おめでとう、カツタ」

 

 そう言って、手を伸ばしてくる。だけど……。

 

「ありがとう。でも……これは標準軌(ヨンパゴ)のレース。あなたは狭軌(サブロク)の方が得意でしょ?」

「……はっ、素直じゃない奴だな。今年中に、もう一度ケリをつけよう。狭軌のレースでな!」

 

 そして私達は、ガシリと握手を交わしたのだった。

 


 

【成田山初夢杯】初夢を掴んだのはカツタダイスカイ

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1/2(土) 3:34 配信

               

 

 

 

 

見事な足さばきで船橋に接近するカツタダイスカイ号(右)(記者撮影)

 

◆成田山初夢杯(34M25C、2日)

 

 新年最初のレース、成田山初夢杯が2日未明、行われた。最後までの接戦の後、初夢を掴んだのはカツタダイスカイだった。

 

 配置の好都合もあり、最序盤から逃げに出たナリタエクスプレスを追いかける形となった初夢杯。当初中団に隠れて脚を温めていたカツタダイスカイが抜け出すと、この2名の大接戦が最終盤まで繰り広げられる形となる。入線こそナリタエクスプレスが早かったものの、大きく停止位置を超過し失格。これについてナリタエクスプレスは「カツタが迫っていた焦りで下り勾配への対処が遅れてしまった」とコメントを残した。

 

 一方そのプレッシャーで繰り上げ優勝となったカツタダイスカイは「最後まで追い抜けなかったのは残念。いつかリベンジを果たしたい」。今年の目標については「もちろん、G1を目指していく」と野心的な瞳を燃やす。

 

 2着に入ったのはスカーレットセイロンだった。

 

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カツタダイスカイ号 今期の成績

 

1月2日 1着 標034M25C 成田山初夢杯 (スカーレットセイロン)

 

勝利回数 1回

獲得SP 10

G5 (前期:G2)

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