レールレースは、勝つのはひとりの個の競技だけれどもチームワークで戦う側面もあるチーム戦の側面もある。
と言っても、ロードレースのアシストや競馬のラビットのように同じレースにチームメイトが同時に出たりすることはあまりない。日本でレールレースが始まるより昔、本場のイギリスではそれがあったらしいけれど、追い越しや接触に関するルール変更でもはやリスクの方が大きくなってしまったらしい。
じゃあどういうところがチーム戦なのかっていうと、わかりやすいのは無線だ。ランナーが走ってる間、誰が先頭にいてどれだけ離れているかを確認するには目視しかない。そこを無線でサポートしてその場で戦略を立てたり、あるいは戦略担当すらレース外で俯瞰して指示を出したり。そういったチームならではの強みを出して戦っていく子もいる。
まぁ、私みたいにソロでやってるランナーも少なくないけどね!
だけど、そんな訳だから同じ陣営に私を引き込もう、っていう持ちかけは、しょっちゅうやってくる。何回も会見やSNSでそうするつもりはないって言ってるのにね。それともなぜか自分達のところだけは違うとか思っているのかなぁ。
こんなぼやきをしているのも、そういった勧誘が今日もSNSのダイレクトメッセージに届いていたからだ。目を通せば、
「はぁ」
「どうしたのカッちゃん。ため息なんかついて」
「いや、さ。まーた勧誘がね……」
そう言いながらナリ姉ぇにSNSの画面を見せる。するとナリ姉ぇは眉をせばませた。
「DM封鎖したら?」
「さすがに、他の公式戦に出るランナーはフォロー返ししなきゃ失礼じゃない? 同じレースで走った子とか、特にさぁ」
「それで送ってくるのが勧誘だったら失礼も何もないんじゃない?」
それはナリ姉ぇの言う通りなんだけど……。
でもそれは、私のSNS戦略に反する。それにSNSがきっかけで絡んでいって仲良くなったランナーだって、チームに所属している子もしてない子もいる。それにスポンサーだとか、そういったお誘いもこのルートでくることが多い。そう考えると、このSNS戦略は見直せない。
「もう一回、注意を流そうかなぁ……」
「あんまり気に病まない方がいいと思うわよ? 私達ノリモンって、メンタル崩すとコンディションに直結してるからね」
「はーい」
これもまた、ナリ姉ぇの言ってる通りだ。ナリ姉ぇはノリモンそのものについての基礎的なところを探求している研究者だ。だからこそ、こういったことのアドバイスや指摘が外れたことは今まで一度もない。
……よし、お断りのメッセージ送って、後は見なかったことにしよう。そろそろレースのために関西に行かないといけないし。
「それじゃ、行ってくるね」
「いってらっしい。がんばってね、カッちゃん」
★
だけど、嫌な予感というのは往々にして的中するもので。
新大阪行きの新幹線の中。新横浜を出発して少しした頃に彼はやってきた。
「ねぇ。カツタダイスカイ号だよね?」
「そうですけど」
「ちょっと、話いいかな?」
すると彼は、突然私の隣の席に座った。ここ、いないだけで指定席なんだけどなぁ。
「どうして誘いを断ったのかい?」
「誘いって? そもそも、あなたは誰なの?」
「オレはワイドストリーム。チーム【ゴールデンエイジ】のリーダーだ」
あ、なるほど。さっきのDMの。これもう一回言ったほうがいいのかなぁ。
「私の気持ちは変わらないから」
「どうしてだい? 君も一桁世代のノリモンだろう?」
一桁世代、ねぇ……。
私と同世代の子たちはこのレースの分野に関わらず優れた実績を残している子が多くいる。だからその世代のことはよくそう言及されはするんだけど。
「だから、何?」
これが私の正直な感想だった。
一桁世代という言葉には、その世代であるという以上の意味は無いし、持ってほしくはない。
だけど目の前の彼はそうは思ってはいないようで、急にまた立ち上がって、そして声の音量を上げた。
「君は、一桁世代であることを誇らしく思っていないの?」
「そりゃそうでしょ。決められる物じゃないし」
「だからこそ!」
だけどその後の言葉は続かなかった。そんな彼を止める者がいたから。
「お客様。きっぷを拝見いたします」
車掌さんだ。彼女は明らかに興奮していたワイドストリームにすら、坦々とその業務を遂行してる。
そんな車掌さんに、ワイドストリームはしぶしぶときっぷをみせた。だけどその特急券は……。
「自由席は前より1号車から3号車にございます。こちらは指定のお座席でして」
「たまたま知り合いがいたから話してるだけだ。済んだら戻る」
「しかし」
ちらりと車掌さんは私を見た。私は首を横に振った。これで意図は通じるよね。
「そちらのお客様はご存知でないご様子ですが?」
よし。
するとワイドストリームは急にこちらを振り返って、目線で何かを訴えてくる。無視するけど。
その次の瞬間、彼は私に手を伸ばそうとして……車掌さんに、制圧されていた。
「他のお客様のご迷惑となることはお止めください」
「迷惑? そりゃ……」
「そんなんですから、万年G4止まりなのですよ」
そう言いながら、車掌さんは胸元の名札をトントンと叩いた。
ノゾミタキオン。
そこには、そう刻印されている。それはレースの世界を知ってるなら誰もが知ってる名前だった。日本最強のチーム、【
いや、普段車掌さんやってたんだ。いつものレースでの雰囲気や口調とは全然違うから気づかなかったけど、言われてみれば確かに彼女だ。
「ワイドストリーム号。ことによっては、
「……チッ」
ワイドストリームは舌打ちをして、逃げるように前の車両へと消えてゆく。なんというか、不快だけれども愉快な奴だ。不快だけれども。
タキオンさんも遠くはない感覚を抱いたようで、一旦苦笑いをしてからため息をついた。
「ったく。エターナルがチームを推奨する理由すら分かってねぇのに、よくチームを運営できるな」
いつもの、知っている口調。それがボソリと溢れだす。
「タキオンさん、口調がいつものに……」
「おっと、失礼いたしました。それと、明日は頑張って下さいね。どうせあれは貴女の影すら踏めないでしょうけど。それでは」
タキオンさんは検札の続きへと戻ってった。忙しい方だ。
そして、それから新大阪で降りるまでワイドストリーム号が姿を見せることは無かった。
★
カツタダイスカイ
@WinningLiner
走っています
◎ 軌道上のどこか
128 フォロー中 8,634 フォロワー
「んで、結局あの莫迦はダメだったか」
名古屋の駅で待ち構えていたタキオンさんに呼ばれて、案内された
その言葉の通りレース結果は事前にタキオンさんが予測していた通りになった。私がゴール駅の名古屋に到着してから、彼の姿が見えたのはだいぶ後のこと。いくら100マイル以上ある長距離レースだからと言っても、あそこまでとっかかってきたんだから、500ギニー*1のステークス競走*2らしくもうちょっとステークホルダーとしての意地を見せてできればあと1つ早く着いて3位には入ってほしかったというのが正直なところ。
「さすがにそれは酷じゃねぇか?」
「そうかな?」
「ここ数年G3を維持しているお前と、一度もG3を獲得できていないアイツじゃさすがにそうなるだろ。いきなり逃げに出てスタミナ管理出来ずに桑名あたりでバッテリー上がってるような奴だぞ」
「それは意図的じゃないかな?」
先頭を走ること。こうなる理由は大きく分けて3種類ある。
1つは最初に大きく差をつけて、その差を維持して一番に到着したり、あるいはコールドゲームでの勝利判定を得たりすることを目指すもの。
次の1つは割と特殊な例なんだけど、それまで先導*3という形でレースに関わってた子がランナーに転向してきたときに先導のクセが抜けない走り方をしてしまうもの。先導は選手と違ってスタミナに制限がないから、そのペースで走ろうとすると前に出がちなんだよね。
そして最後の1つは、先頭ランナーはよく実況に名前を呼ばれることを利用して知名度アップをはかってスポンサーの獲得やタレント性の向上をねらうものだ。特に今回のような長距離レースの場合、途中で失速しても
ワイドストリーム号は、チームへの勧誘をしてるってことも考えると恐らく最後なんだろう。とにかく名前を出して、同じチームへ入ってくれることを検討してくれる子が増えれば増えるほどいいのだから。
「ならば自分の強みを出せるレースで勝ちを重ねればいい」
「それができないから迷走してるんじゃないの?」
例えば私の場合は足元が広い
戦略だってそう。最初っから先行して引き離すレースが得意な子もいれば、私みたいに他のランナーの後ろに隠れてスタミナを温存する方が走りやすい子だっている。
なのに、自分がどういうレースに向いているのかなんてのは何回も走ってみなきゃわからない。しかも足回りが同じなはずのきょうだいの間ですら得手不得手は割れることすらよくある。逆にきょうだいだけで固められたチーム【一体、陣馬】なんかが普通に成立しているほどにはね。
「私だって、どこでどう走るのがいいのかを掴むまでに3年かかった。それまでは1回もG3にも届いてない」
「だっけどなぁ……」
「無茶な勧誘はともかく、走り方にまでケチをつけるのは違うんじゃないかな? タキオンさんの言いたいことはわかるけど、それこそリミテッド競走*4を狙っていけばいいんじゃない?」
たまーにデビューランから勝利を重ねていく天才もいるにはいるけど、普通はデビューランから好成績を残すことは難しい。それまでの間は走りながら何度も失敗して、敗北して覚えていくしかない。それがなかったら私だって今ここにいられていないと思う。
それを伝えると、タキオンさんは少し考え込むような姿勢を見せた。
そういえばそうだった。タキオンさんは……というか、【帝国】の選手は天才の側なんだ。勝って当たり前でそれを疑いもしないほど強くて、みんなに憧れられていて、そして悪く言えば傲慢で。こうして話していれば本当は親切で善い方達なのはわかるんだけれどね。
だけど、だからこそ。勝てずに悔し涙を流しながら試行錯誤を繰り返して上り詰めて、あるいは絶望して身を引く選手の気持ちなんて分からないんだ。自分の適性があるところに行けば苦せずして勝てる……そんなのは一握りだ。
「あなたがあのレースの中の出来事でワイドストリーム号に処分が下ってほしいと考えてるなら、私は全力で彼を庇うよ」
「流石にルールに則ってんのに気に食わねぇってだけで処分は求めねぇよ……。多分勧誘の迷惑については注意行くんだろうが」
ここで話がすこし落ち着いたところで注文していたパスタが到着すると、冷製でもないのに生クリームが乗っていたので溶ける前に食べる必要が出て会話は途切れてしまった。その後も一度途切れた話題には意外と戻らないもので、やれ私は今年もフルで出るのかだの、やれパスタにあんこって意外と合うんだだの、やれまーたステークス形式に賭博法でイチャモンつけてくる議員がいるだの他愛もない会話が広げられていた。
そして、帰り際に。
タキオンさんは思い出したかのように私に1つ聞いてきたんだ。
「来月、
「うん、そう」
「そうだな、この情報はコンプラ的に大丈夫だろ」
――次の胆振最速決定戦はアメリカから
その一言だけを残して、タキオンさんは街中へと消えていったのだった。
……え、本当に? あのアメリカで何度もG1に到達しているOzark State Zephyr号が?
どうして今、私にそれを伝えたのか。タキオンさんの意図はわからない。聞くよりも前に離れてしまったから。だけどそれは、私に準備を促すのには十分すぎる情報だった。
【名阪PYDS】カツタダイスカイが捲りV、逆推力が光る
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火花を散らしながら入線するカツタダイスカイ号(記者撮影)
◆名阪ペン=ア=ダレンステークス(116M、21日)
世界発のレールレースとも言われるペン=ア=ダレンの賭事にちなんだこの競走。米野の最終コーナーで抜け出したカツタダイスカイが1着となった。
まさかの独走状態となった。最序盤から大きく逃げに出たワイドストリームが飛び出して後続との差をぐんぐん広げ、一時は1マイル以上の差をつける。そのまま独走状態を継続させ、折り返し地点の伊勢中川でも首位をキープしていた。
しかしながら終盤、海山道にてナラビスタに追いつかれると力尽き、最終的には4位。優勝こそ逃したが、強さを見せつける形となった。
優勝争いは最終盤までもつれ込み、ナラビスタが多少カツタダイスカイに先行する形で米野を通過。その後カーブの外側からブレーキを詰めに詰め、あわやオーバーラン一歩手前となったカツタダイスカイが勝利をおさめた。
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カツタダイスカイ号 今期の成績
1月2日 1着 標034M25C 成田山初夢杯 (スカーレットセイロン)
2月21日 1着 標116M00C 名阪PYDS (ナラビスタ)
勝利回数 2回
獲得SP 20
G5 (前期:G2)