「はぁ~~るばる来たぜ、と~まこまぁ~い!」
茨城県の
フェリーの甲板からは土木の暴力によって作られた世界初の大規模堀込式湾港たる苫小牧港ならではの景色が広がる。これを見ると、「あぁ、北海道に来たんだな」って感じさせられるよね。
苫小牧のすごいところは海だけじゃない。私達のように日本でレールレースをしている者からしたら憧れと言ってもいい線路、それこそが
そんな交通の要衝だからこそ、私がこれから挑戦する
続く第2レースは海路の部。苫小牧西港を出てから一度
第3レースは道路の部。その室蘭港から昭和新山と
そして、大トリの第4レースとして私の参加する鉄路の部、安平町の追分駅から豊浦町の
このノリモン4大レースを総合して行う例はあまりない。だからこそ、この胆振最速決定戦はお祭り騒ぎになる訳だ。
フェリーを降りて、苫小牧西港フェリーターミナルに入ると、濃厚な苫小牧の空気が花の中に広がる。それと同時に、
運営からのアナウンスのチェック。車輪の歪みのチェック。そして、SNSのチェック。私への応援と、そしてほかの選手たちの情勢の確認。どうやら例の彼女も今新千歳空港についたところらしい。
――本当に、来てるんだ。アメリカの伝説、
安平町追分柏が丘、道の駅あびらD51ステーション。第3レースのゴール地点であるここが、第4レースの選手たちの集合場所だった。
そこにたどり着いた私が見たのは、展示されている蒸気機関車と特急車両の間にできていた観衆の壁だった。
近づいてみれば、案の定その向こうに彼女はいた。
「
その独り言のあと、彼女は振り返って観衆の方を向いて手を振った。
風のように靡く銀色の髪。そして透き通るかのようなその声。そう、彼女の名は
歓声がオザークさんを包み、そして祝福する。それに応えるように彼女は丁寧にもひとりひとりの顔を見ようとしてる。
そのとき。
スッと、一筋の何かが私の顔を貫いたような気がした。目を向ければ、オザークさんはただ柔らかな笑みを浮かべてたけど、その視線を発する目の奥は……何か恐ろしいものを飼っているかのように獰猛に暴れているのが、私からもわかるほどだった。
だけどそれは、本当に一瞬だった。もう次の瞬間には、彼女の笑みからはその獰猛さは消え去って、ただ丁寧に現地のファンへの応対をする姿だけがそこにあった。
……恐ろしい。この鋭さがレースに活かされるからこそ、彼女は
これがどれほどすごいことか。ステイタスを得るためのSPは、毎月はじめに出走した公式戦でしか積算されない。そこで積算されるSPも1位で10、2位で5、3位で3、4位で2、5位で1だ。つまり1期、基準月までの1年の間の12か月、1月も休むことなくレースに出続けて、そして一度たりとも負けずに全てで優勝しなければ、SPが120に到達することはない。
ただ負け続けないだけであれば、日本にもアオキジェット号というシャトルランで連勝記録を更新し続けている化け物がいる。だけど彼女は勝てるシャトルランのレースにしか参加しないがゆえ、公式戦のない月には公式戦に出てこないし、調子が悪ければ
観衆の群れからサッと消えて、道の駅の建物の方へと向かう。覚悟を決めないと。私はこれから、あのオザークさんと戦わなきゃいけないんだ。
……いや、違う。私がやるべきことはただ1つ、ベストを尽くすことだけ。誰が立ちはだかっていたとしても、最終的に全員追い越せばいいのだ。
それから集合した選手全員で第3レースのゴールに向かい、そこへコウソクハスカップ号が後続を大きく引き離したひとり旅で到着するのを見届けてから、私達は追分駅へと行進した。沿道からは選手それぞれのファンからの声援が浴びせられ、私達は彼らに向けて手を振りながら進んでいった。だけどひときわ大きくその声が向けられていたのは――いや、ダメダメ。意識しないようにしないと。
★
抽選されたスタート位置は前の方だった。この位置なら、逃げ集団についてってそこに隠れて進んでいけばいいだろう――そう戦術を最終決定しながら入線する。いつもの慣れた
そしてレースははじまった。最初の位置取り争いの最中に安平を通過し、早速早来からの高速区間に入ってゆく。そして起動加速も止まぬまま、車列はぐんぐんと速度を上げてく。
逃げ集団が固定されてきたのは、
右手にウトナイ湖を見れば、まもなく沼ノ端の右カーブ……ここで集団は早速だけどくずれ始めた。カーブを越えるときに速度を抑える者、まだ加速を続ける者。前者を追い越すために後者は右の線路へ。千歳線が並走して合流してくるこのわずかな区間では、一番右の線路での追越され義務*1を追わずに追越しをかけることができる。だからだろうか、追越しも心なしかスムーズに行われ、その行為がいたずらに速度を落とさせることもない。そしてレースの舞台は社台までのメインストリートに進入する!
見極める。この中で一番はやい選手は誰だ。一番大きな選手は誰だ。その後ろに入ってスリップストリームに乗れば乗るほど私は徐々に有利だ――そう考えを張り巡らせ、そして足を動かして順調に前へ前へと苫小牧市内を駆けていたとき、
後ろなんて見ている余裕はない。だから見もしていない。だけど確実に感じられる。その一筋の銀色に光る風を!
次の瞬間。私の、私達の右を銀色の風が駆け抜けた。理解させられる。まるで黒船のような、圧倒的強者の走りを。それこそが、Ozark State Zephyrというランナーなんだって。それと同時に錦岡の市街地が途切れて、視界にはただただ白いだけの原野と樽前の浜、そして太平洋だけが広がって、そして右前方には銀の一筋が走り去ってゆく。
それはあまりにも一瞬の出来事だった。この車列だって、それなりの速度で走っている。なのにそんな私達をいともたやすく追い抜いて、そして別々川*2の向こうへとその風は消えていった。
これが、G1ランナーの走り。これが、アメリカのノリモンの力強いラン。今の私とはレベルが違う――それをまじまじと見せつけられた。
そしてなぜだか、笑いが込み上げてきた。
絶望? いや、違う。
私だって、G1を目指すランナーなんだ。追いつかなければ。これは競技だ。ルールがある。始まる前から答えが分かっては面白くないから。だから追い越せる。追い越してやる。そんな強い想いとともに、私は鉄の靴で大地を踏みしめた。ダダンダダンと、確かな音が耳に響く。
前を見れば、社台駅のホームからタキオンさんがレースを観ているのに気がついた。どうしてタキオンさんが
――前へ。左カーブで滑るように右の線路へと移って逃げ集団を追い抜いてく。このままじゃ絶対に追いつけなくなってしまうから。民族共生象徴空間の脇で追い抜き際に横目に前の選手の驚くような顔が見えたけれど、もう遅い。今から私はOzark State Zephyr号を追いかける。他の誰にも、抜かれはしない!
虎杖浜までの高速区間。その先のカーブを曲がれる速度まで回生*3だけで落とすには、どこまで行ける? 車輪を回す傍らで頭も回して計算する。今出てる速度、位置、風、そして勾配――そう考えると、竹浦、メップ川!
過ぎる
そう思いながら回生ブレーキを扱って、そしてS字カーブを抜けて登別の市街に差し掛かったとき、私はまたしても嫌悪感に襲われた。気にしないって決めたのに、気にして前へと出てしまった自分に。後ろを振り返れば、風よけになってくれるはずだった逃げ集団すらはるか後ろだ。
だけどもう仕方ない。過ぎたことはやり直せない。もうここからベストを尽くすしかないんだ。これから私は――逃げる。後続から。
逃げという戦法は、私はあんまり得意な方じゃない。直前の選手の動きに気を配らずにスムーズな走りができるのは楽ではあるけれど、そのかわりに常に正面から空気をかき分けるという労力が必要になってしまう。それをいかに減らして、その状態で前へと進むかという技術には、私はまだ答えを出せてない。
でも、やるしかない。
空気抵抗は単純化すれば速度の2乗と断面積に比例する。これは最も基礎的な理。とうぜん速度を落とすわけにはいかないから、断面積を減らすしかない。
体をさらに前へと傾ける。だけどこれをすると、当然バランスは崩れる。体を倒せば倒すほど、重力によって体は下に向かって落ちるから、やがて転倒する可能性すらある。常識的に考えれば、こんな走法長くはもたない。それを補うには――。
――ガガン!
足元から大きな音が鳴り響く。それを出した私自身ですら驚いてしまうような。重力に任せ倒れる下向きの力を、地面を強く踏みしめることでそのまま前へと進む推進力へと転化してく。
だけどこんなことをすると車輪へのダメージは大きくなって、やがて大きなフラット*4ができちゃう。そうなればスムーズに車輪は転がってくれなくなってかえって走りにくくなっちゃう。
だけど、
そしてもう一度再加速をして
――
この引きずり込まれるような風は、彼女が作った流れだ。
トンネルのような場所だと、スリップストリームはより強力に、そして長時間続くことが知られてる。今のはそれだ。
ここで私は改めて、先頭を走るオザークさんを意識した。《イミグレーション》がこの第2
そう、行けるんだ。まだまだ私は!
そして視界に馬蹄形*5の光が広がった。
光が晴れると、周りの風景は薄暗い雲の中だった。
だけど、前へと進めと、その雲の上の光が呼びかけてくるような気がする。そこに向かって進めば、視界はまた開けた。
そして、雲の上の空は青いままだった。それは未来のように。
――世界へ導く果てなき空の道よ、今大地に繋がりてウイニングロードとなれ!
今度こそ、逃さない。
絶対に、絶対に。絶っ対に! 辿り着いて追い越して! そして勝利を掴むんだ。この勝利は、私のものだ!
走れば走るほど、その背中は近くなってくる。そして有珠から洞爺の区間で、私はあることに気がついた。
間違いない。私よりもオザークさんは、
洞爺時点でその差はおよそ40チェーン。この先のカーブの多さ、そしてスリップストリームの使えるトンネルの数。……いける。
だけど、洞爺を過ぎて黒岩トンネルに進入したとき、その希望は小さくなった。トンネルに吸い込まれる感覚がなかったから。
すぐに気づいた、
でも、まだだ。まだ終わってない。こっからあと、十数マイルもある。
「まだまだまだ、行けるはず! なら、行くんだぁぁーっ!」
豊浦から先は、少しくねくねとカーブが続いてからはまた複線トンネル。ここをトンネルスリップストリームで突き抜けて、
そして、
……これはチャンスだ。ここで仕掛ける! 礼文をすぎれば次の駅はもう小幌。足元のモーターが唸り、鉄と鉄のぶつかる音が響く。あと10チェーン!
だけどこっちに気がついたのか、それとも最初からそのつもりだったのか――オザークさんは、
トンネルの中で、ラストワンマイルに入る。別々のトンネルを走っているんだから、当然相手の姿は見えない――それは向こうからも。
だから、ここでできるのは自分のベストを尽くすことだけ。直感を信じて、風を読んで、ゴールまでのブレーキングのチキンレース。日和見して早めにブレーキをかけたら負け。切り詰めすぎてゴールを行き過ぎたら失格。信じられるのは、自分の感覚だけ。
――ここだっ! 《スラスト・リバース》!
足元が悲鳴を上げて、ゴールに向かって減速する。頼むから、オザークさんより前に出てて。そう神様に、
馬蹄形の光が、近づいてくる。それはトンネルの出口で、そしてその先にはゴールの小幌駅がある。この光の先に、勝利が。
隣を見る余裕なんてない。足元から目を離せない。だけど、そんな私をカメラの向こうでは何万ともいえるレールレースファンが見つめている。
そして、車輪は回るのをやめた。見上げれば、構内踏切の手前に臨時の絶対停止位置を示す四角い板が見える。
そして、それを確認してはじめて私は右を見ることができた。
Ozark State Zephyr号は、ピッタリ真横に止まっていた。すこししてから彼女は私の方を見て、そして目が合った。彼女もまた歓喜と困惑の混じった表情をしていた。
「到着。お疲れ様でした」
スタッフの方が、構内踏切から手を伸ばしてくる。
「結果は……?」
「不詳。それゆえ、答えられません」
……そっか。でも、勝者がどちらかは分からなかったけれども、不思議と私は満足感に包まれていた。そもそも、アメリカの伝説たるG1ホルダーとここまで互角に渡り合えたし、お互いによくやった。それはかけがえのない楽しい時間だったというのは、紛れもない真実なのだから。
スタッフの方に引かれて、私達は駅前広場(と言っても砂利敷だ)の仮設テントの方に案内された。
「アナタ、追分でワタシを見てましたね?」
案内された席につくなり、オザークさんは片言の日本語でそう話しかけてきた。
「うん、まぁ……」
「やぱり。アナタ、見えたときから強いと思った」
「えっ、そうなの?」
「ワタシには、わかる。楽しかったよ、今日のレース」
自分にはよく分からなかったけれど、オザークさんもあのときに私に何かを感じていたらしい。
……なんか、そう言われると照れちゃうな。
「私、G1ランナーを目指してるんです」
言っちゃった。あんまりここで言う気はなかったのに。
「なれますよ、きっと」
「それは……」
さらに私が言葉を足そうとしたとき、さっきのスタッフの方が走ってきた。そして、
「確定、1着カツタダイスカイ号。2着Ozark State Zephyr号。着差28ポイント*10」
と、私達に確定した結果を伝えてきたのだった。
「Points? Oh……」
それは紛れもない僅差だ。今頃インターネットでは、スタート位置が私のほうが遥かに前だったから実質Ozark State Zephyr号の勝ちだとか、いやいや洞爺から豊浦の間で27フィート長い上り線を使った私の勝ちだとか、そういったくだらない議論がはじまっているのだろう。だけど、公式の結論としては私が唯一の勝者であることに変わりはない。
ふと、私の右側に力がかかった。オザークさんだ。彼女は私をぎゅっと抱きしめていた。
「オメデト」
その一言が、私の頭の中に響いた。
★
洞爺湖町
北海道庁や胆振総合振興局、そしてその10市町のお偉いさんまでもがずらっと同席しての表彰式は、他のレースとは違った緊張感と格調を私に伝えてくる。
第1レースの勝者、シャトルフライヤー号。
第2レースの勝者、アルビレオ号。
第3レースの勝者、コウソクハスカップ号。
第4レースの勝者、カツタダイスカイ号。
4名の持つそれぞれのトロフィーは連続したデザインになっていて、集まってみんなで繋げると一体的なシルエットが浮かび上がる。
洞爺湖をバックにそれぞれの記念撮影の後、集合してのそれを終えれば、閉会式は終了となった。
そしていくつかのメディアからのインタビューに答えた後で、改めてオザークさんを探したけれど、その会場にはもう、彼女の姿は見当たらなかった。
カツタダイスカイ号 今期の成績
1月2日 1着 標034M25C 成田山初夢杯 (スカーレットセイロン)
2月21日 1着 標116M00C 名阪PYDS (ナラビスタ)
3月28日 1着 狭095M20C 胆振最速決定戦4R (Ozark State Zephyr)
勝利回数 3回
獲得SP 30
G4 (前期:G2)
「
外国語で話すときの表現ってどうすればいいか迷うよね。正解がわからん!