勝利特急、カツタダイスカイ   作:だぶるすたぁ

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皐月(さつき)杯:五月蝿(うるさ)いアイツ

 晴れ渡る空、吹き抜ける風。

 そんな新潟平野は小阿賀野川(こあがのがわ)のほとりで、エクスプは待ってくれていた。

 

「1月はお前に負かされた。だが今日の俺は一味違う。負けを経て3月までの前期のステイタスを一度諦めて、お前との戦い、今日この日に備えてきた」

 

 先月にこのレース、皐月(さつき)杯への表明をしたのは、カイザー達との出会いの翌日だった。その頃にはまだこのレースは登録を締め切ってはいなかったのと、そしてそもそもコース自体が逃げ切りが有利な競走なのもあってそこにエクスプが飛び込んできたんだよね。

 私とエクスプとは、まぁ所謂腐れ縁ってやつだ。生まれたときからライバルで、ノリモンに成ってからもこのレールレースの世界で改めてライバルになった。むしろ車だったときは空港で顔を合わせることはあっても同じ線路を走ったことは無かったから、今の方がよりライバルらしいとも言えるかな。

 

「でもいいんだ、休んじゃって。本番の感覚とか、忘れちゃったりしてないよね?」

「たった数ヶ月のブランクで走り方を忘れるとでも?」

 

 そう言い合って、私達は笑った。週刊誌とかは私達を犬猿の仲だとか言ってる所もあるけど、実際はそんなことはなくって、バチバチやってるのはレールに乗ってる時くらいなのにね。

 ……まぁ、その『くらい』っていうのが今からなんだけど。それで笑いをおさめたあと、どちらから言うまでもなく私達は拳を合わせた。

 

「勝負をつけるのには絶好の五月(さつき)晴れ*1のレース日和だ。そうは思わないか?」

「五月晴れって6月の季語じゃ……?」

「そうだったか?」

 

 ……なんとも締まらない奴である。恐らくレース名に合わせてカッコつけようとしたんだろうけど。

 今日走る皐月杯は、今いる新潟はさつき野駅から北へ向かって山形の酒田(さかた)までの100マイル強のレースだ。このコースの特徴といえば、追越のしにくい単線区間と追越のしやすい複線区間が細切れにあること。だからどのタイミングで追越を仕掛けてくかという判断が重要になってくる。それに複線から単線に切り替わる合流地点も当然多いから、そこでのぶつかり合いもまた勝敗に関わってくる。それがこの皐月杯なんだ。

 

 ホームに降り立って西口を見れば、ロータリーの中まで臨時のひな壇のような観客席が設けられ、そしてその全てが観戦客で埋められている。

 コツンと、1つ前のスタート位置に充てがわれたエクスプの手が肩に当たった。キッと無言で睨むと、彼は両手を顔の横に上げておどけてみせた。本っ当に莫迦なやつ。絶対に追い抜いてやるから覚悟しな。そう思いながらニコリと微笑みかけると、意図が伝わったのか伝わっていないのか彼の目もキッと鋭くなった。

 

 入線して、その背中を見つめる。

 一転してしんと静まり返ったさつき野駅。針で突けば風船のように破裂してしまうのではないか、そう感じるほどの張り詰めた静寂の中。

 競走の始まりを告げる音楽が、流れ始めた。一適の風のように。

 

 身体を沈めて、その時を待つ。曲の鳴り止むその時を。

 

 

 そしてその時は、間もなくして訪れた。

 

 

 前へと加速する傍らで、位置取りを模索する。その間にもエクスプはいつも通りにスルスルと先行を追い越して先頭に出て、そして逃げを打ち始めた。たしかにこの先の複雑な羽越(うえつ)線を考えると、スムーズに走れる逃げは理想的な戦術の1つかもしれない。普段から『逃げるが勝ち』で走ってるエクスプなら、って注釈はつくけど。

 それに……()()()()()()()()()()()()()()()()。エクスプが逃げに出るってことは、このレースのペースをエクスプが作るってことになる。ド王道の100マイル戦で何度も戦って、体が覚えきったペースを。

 

 前を見れば、大きな集団が1つ、中で熾烈な位置取り争いを繰り広げている。これだけ単線区間があると、追越ができる機会がぐっと減っちゃうから前に……っていうことなんだろうけど、それで位置取り争いで余計なスタミナを消費しちゃったら意味がない。だから私はいったんその位置取り争いから降りて、後方に控えとくことにした。最初に仕掛けるのは……うん、西新発田(にししばた)からでいいかな。

 

 新崎(にいざき)を出たら、最初の単線区間に入る。中団に控えてるとあんまり前が見えないし、豊栄(とよさか)の手前みたいにせっかくカーブがあってもその内側には田んぼじゃなくて住宅街。だから今は考えてもムダで、流れに身を任せて進むだけ。前は気にはなるけど、それが見える黒山と佐々木の間のカーブまでは考えない方がいい。考えるコストだって無償(ただ)じゃないから。

 

 そのカーブで、田んぼの先にエクスプが見えた。エクスプだけじゃない。前を走るランナーたちがどういう間隔で、どういう走りをしているのかがよく見える。案の定というか、最初に激しく位置取り争いをしていた者たちの一部が既にタレ*2始めてる。単線区間でその直後に入るのはあまり良くなさそうなのは、コンマ01(ころいち)秒考える間もなく明らかだ。

 じゃあ、どうする? 抜かすしかない。複線区間で!

 

 西新発田駅構内。短い間だけど、行き違いの為に線路が分かれる。ここで私は加速して、今いる中団の先頭に出た。

 ここから新発田までの1区間。ここで加速を始めるのは、前に追いついてしまうからリスクがある。だけどさっきのカーブでタレの具合は確認してる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 はず、だったのに。

 

 スタミナ配分を再配分したのかな。それとも、タレてやる気を失ったのかな。先行集団の最後尾の選手は、思ったよりも手前にいた。構内だけで追越を完了させるために一気に加速した今の速度じゃ、新発田まで逃げ切ってくれるかはかなり怪しい。かといってここで追いつく直前で速度を落としちゃうと、次の単線区間でもおんなじことになりかねない。

 あらかじめ速度を落としとく? ダメ。()()()()()()()()()()。この場面*3での意図的な減速は良くて降着*4、最悪の場合は失格になっちゃう非紳士的な行為(ラフプレー)だ。

 

 頼むから、逃げて。私のために。そんな思いを乗せて、警笛を一発鳴らした。

 

 じわじわと詰まってくる先行との距離。速度を緩めない後続。今できることは破滅的な加速か、問題を先送りにする惰行(ノッチオフ)*5か。お願いだから、早く行って!

 私が選んだのは――惰行だった。遠い背中は気がつけば大きくなって、やがて追い越せない壁になる。もう一度、警笛。

 左カーブ。このまんまじゃぶつかる。後続がようやく私の背中で見えなかった先行選手に気がついてブレーキを扱った音が聞こえる。

 

 3フィート。そして曲がった先で、今走っている白新(はくしん)線が羽越線の線路に寄り添う形で合流するのが見える。

 2フィート。前の選手はこの期に及んでまだ加速する気配はない。()()()()()()()()()()()()()と考えてる。

 1フィート。なら……いや、多少不効率で、不安定でも! そっちがどかないって言うんなら!

 

「考えがある! 《フライングボーディング》!」

 

 一歩間違えれば脱線不可避の大跳躍。それで私は、一足お先に羽越線の線路目掛けて跳んだ。

 足元から、レールのきしむ音が聞こえる。慣性で体が右に引っ張られる感覚が、レールの更に外へと吹っ飛ばされそうな感覚がする。それをぐっと耐えて、そして前へと進むんだ。

 

 でも、これで。

 私は乗った。右側の線路に。速度を維持したまま。

 キッと睨みつけながらさっきの子を追い越して、金塚(かなづか)までの1区間だけの複線区間。だけ今の子の()()()で、この区間だけでタレた全員を追越すのはもはや無理なはなし。ならばプランB――追越を行うのを、次の中条(なかじょう)からの複線区間まで延期する。何もかも最悪な賭けだけど、そうせざるを得ない。別の意味でボトルネックとなる小さなカーブのない村上までの間、単線区間で追いついて減速せざるを得ない事態だけは絶対に回避しなきゃいけない。

 だけどこうやって、私がタレている先行選手に対応している間にも、エクスプは悠遊と先頭で逃げてることも忘れちゃいけない。これじゃドンドンと差は広がるばかり。あんまり後ろでちんたらやってたら追いつけなくなっちゃう。

 そもそも、どうしてこんな嫌らしい間隔で先行選手はタレてくるのかな。あのスタート直後の競り合いは私が思ってたよりも激しかったの?

 ――いや、そんなのはレースが終わったあとに実況付きの放送を見返してじっくり考えればいい。考えたところで最早私にはどうしようもないんだから。苛立ちながら、その反面惰行ゆえの余裕をもって前を見て、先行との相対速度、そして今の自分の絶対速度を確認する。計算しろ、私。中条で可能な限り近づきながら、速度を高められる加速位置を!

 

 モーターが息を吹き返し、うなり始める。少しずつ、だけど加速度的にまた背中が広くなってくる。でも今度はあわや接触なんてこともなく、1チェーン弱ほど開いて別の線路に移ることができた。よし、いい感じ。

 

 だけどその先には、またしても絶望が広がっていた。

 

 レールレースにおいて、空気抵抗を避けるのはかなり重要なこと。だからこそ道中で力の差のある選手たちが集団になって、消耗を抑えながら走る――というのは、セオリーになってる。

 だけどそこにあったのは、集団の後ろからタレて剥がれたのか、あるいは集団の前が暴走しているのか――まだ全体の4分の1ちょっとしか走っていないのに、もう逃げ集団がバラバラになって、ほとんどの選手が散り散りに走っている異様な風景だった。タイムトライアル競走じゃないんだから。

 最初の位置取り争いでの消耗をせずにこの高速区間で逃げ集団にしがみついて運んでもらう――そんな作戦は、前提条件からくずれ去っていた。

 

「何、これ……」

 

 こんな無茶苦茶なレースははじめてだった。これだったら、元の集団に居続けた方が……いや、このタレ具合だと後ろの集団ももはやめっちゃくちゃにされてるかもしれない。そうなると、こんなレースにしようって考えるのがメリットになるのは……。

 

 ――エクスプ。お前なのか。私の走りを知り尽くしたお前だからこそ、私の走りを邪魔させるような展開を作り上げたのか。

 だけど、私は知ってる。アイツが本来の走りをしていれば、こんなことを起こせるはずがない。アイツは……私を封じるために、無茶をした走りをしてるってこと。それはつまり、ある意味では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに勝ち目があるはず。

 いつものアイツのペースなら。そんな甘い考えを投げ捨てる。まだこっから、70マイル以上あるんだ。

 

 何名かのランナーを抜いて、平林(ひらばやし)を抜ける。再びの単線区間だけど、からくりが理解できてしまえばそこまで焦る必要もなくなっていた。重要なのは、前にランナーが見えている間は速度を出しすぎないってことと、ひとりひとりきちんと追抜いていくこと。追越すのが難しいってことは、前に行けば行くほど有利なんだから。

 村上を過ぎたら、高速区間はここで終わり。越後平野を駆け抜けてきたここまでと違って、海と山の間にうねうねとへばりつくかのような線路が姿をあらわす。例によって例の如くここも単線と複線が入り乱れる上に、複線区間でもトンネルが分かれていて追越ができない区間まであって、どうして羽越線というのはこんな嫌らしいコースなのかと文句の1つでも言いたくなる。もともとレース用に作られた線路ではないと言われちゃったらそこまでだけどね。

 

 だからこそ、この区間はみんな速度を出したがらない。そして追越ができなかったときのロスが増える。すると追いつきを避けるためには、速度を落とさざるを得ない……そんな悪循環が生まれているんだ。追越の必要のない、逃げの作戦をとる者を除けば。だからこそ、村上までに逃げ集団に入っておきたかった。

 

 だけど。さっきの越後平野の高速区間がスローペース展開になってた分、こっちにはスタミナに幾分かの余裕ができちゃった。その余裕を食らいつぶしていく、そういった選択肢だってあるわけだ。そしてそれは、きっと他のランナーも同じはず。

 再び線路が増えた越後早川でいままでスリップストリームのためにぴったりとくっついてた先行ランナーが急に速度を緩めた。考えることは同じで、この先の区間でのスリップストリームの恩恵を受けるために私に先行させようとしてるんだ。この意図的な譲られを利用して、私はこれまたリスクの高い賭けだけど、一気に加速して早速抜け出すことにした。使わせないよ、スリップストリームは!

 この先で2つの線路が分かれてから、府屋(ふや)までの間実用的な複線区間は10マイル以上、ない。一応越後寒川(えちごかんがわ)から勝木(がつぎ)の間も複線だけれど、ここもトンネルが分かれてるから。したがって、府屋までに先行に追い付いてしまえばまた大きなロスになっちゃう。

 

 ――いや。今までこのレースの中で2回も賭けに勝って(減速を回避して)きた。二度あることは三度ある! 仏の顔も三度まで! 三回目までなら、賭けには勝てる!

 第2馬下(まおろし)トンネルに突入して、強気(フルノッチ)のモーターを唸らせる。《イミグレーション》がトンネルの中には誰もいないことを教えてくれた。安堵しながら、速度を増してく。トンネルを抜け、風光明媚な日本海、笹川流れの海岸沿いを、眺めることなく駆け抜ける。

 前へ、前へ。前へ! いくつもの馬蹄を潜り抜け、いくつもの駅を通過し、そしてまた1つ賭けに勝った。府屋からの複線区間に入り、鼠ヶ関(ねずがせき)で県境を越えて山形県に入る。ここまでは順調だった。

 

 背中が、見えた。知っている背中だった。だけどこの先は……トンネルは掘り終わったのに線路を敷く前に凍結*6されてしまった、曰く付きの単線区間だ。

 その区間に突入し、古い線路特有の山肌に沿うような曲線を、曲がれる程度まで回生で速度を落とす。前の方を見たら、安全をとったのかエクスプは私よりもスピードを落としてそこを通過してる。まだ、私には気がついてないみたい。

 

 そしてエクスプがカーブ群を抜けたところで、私はここにいるぞと汽笛を一発だけ鳴らした。ようやく気付いたのか、エクスプは一瞬だけこっちを見た――ような気がした。本当にこっちを見たのかはわかんないけど、少なくとも私がもうここにいることは伝わった。

 

 再加速の後あつみ温泉を過ぎてまた線路が増えて、そして五十川(いらがわ)小波渡(こばと)を過ぎたら――もう、ラストスパートの庄内平野だ。そして最後の単線区間が迫っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここで、エクスプに予想外のペースダウンが起こった。脚から出るインバータ音が消え、そしてストライドだって止まりかけてる。続いて彼の上体がブレて、そのストライド分のスピードが失われつつあった。この期に及んでタレ始めたのだ。

 そうだ、エクスプだって、スタートから常に空気抵抗を受けながら、そして揺さぶりをかけて、さらに高速区間が終わってからこの海岸区間をハイペースで走り続けてたんだ。消耗していない訳なんて、当然ない。

 

 これが複線区間なら、抜き去ってしまえば終わりだった。だけど……当然後続のランナーだって迫ってる。

 

「エクスプ! そこをどいて!」

「無理を言うなぁっ! 俺だって、俺だって勝つためにいろいろやってきたんだ! 辿り着くまで、終わらねぇ!」

 

 これまで完璧なナリタエクスプレスの生み出した奇妙なレースメイクに翻弄されてきたけれど、もはや今はそれを脱していた。ここから先は、最早ただの根比べなのだ。

 エクスプのストライドがまた大きくなって、スピードを再び増す。だけど私の速度には到底届かなくて……。

 

「なら! とっとと行きなさいよ!」

 

 仕方なく、回生を扱ってエクスプの速度に合わせる。だけど後ろをみれば、私達の背中を追ってきてる後続の選手、キューカンバーヒカリ号がいる。そしてその速度だって、私達よりも速い。

 鶴岡の構内で抜ける? ダメ、私のスタミナだってそこまでは残ってない。抜くために転線をすれば、そのロスも考えると追越しきれる保証は無い。続く幕ノ内信号場は……一線スルー*7、反位*8は右、追い越され義務も右! ダメじゃん!

 

「最後の最後まで、どこまで私にメタを張れば*9気が済むのさ! いちいち私の走法をピンポイントで潰してレースをぐちゃぐちゃにしたんだから、最後まで逃げ切るくらいの」

「黙れ! 俺だってそうしたいんだよ!」

 

 エクスプが鉄の靴で蹴りつけた線路から鉄粉が火の粉となって跳ね上げられて、私へと降りかかった。それに呼応するように、彼の身体は前へと押し上げられていく。そしてそれについていこうとしたところで、私のモーターの音もここで置き去りになった。

 私も彼も限界ギリギリ――いや、もう限界なんてとっくに超えて。ようやく藤島の駅に届いたとき、ようやく私は右側に逃げた。

 気を抜けば捲られる――または逃げ切られると、極限の緊張感の中走り続けてる。そして、両者とも絶対に諦めてなんかない。ここから捲る。逃げ切ると――2つの激しい想いがぶつかり合っている。

 カーブでエクスプの速度が落ちる。最上(もがみ)川を越える土手への坂で私の速度が落ちる。砂越(さごし)通過、残り4マイル強!

 2フィート、1フィート、いや、6インチ! 左カーブゆえ大回りを強いられた私と、エクスプとの差はもう僅かしかない。これを超えれば、私は先着できるんだ!

 気がつけば、背後にキューカンバーヒカリ号が突っ込んできていた。その差はおよそ1チェーン強。……だけど、東酒田を通過して、追い越され義務の消えるラストワンマイルの区間まで残り1マイルもないこの距離――今の相対速度を鑑みれば、危ないから《スラスト・リバース》は使えないけど、私の背中にはギリギリ届かないはず!

 

「そこを退け! カツタダイスカァイ!」

 

 後ろから怒号が聞こえる。

 

「退くんじゃねぇ! これは俺達の戦いだ!」

 

 左から怒号が聞こえる。

 

「誰よりも早く、辿り着くのは私だっ!」

 

 喉元から怒号が聞こえる。

 なのに、どこからもモーターの音は聞こえない。かわりに聞こえるのは、鉄と鉄が激しくぶつかる音だけだ。新井田川(にいだがわ)の橋を超えれば、栄光はそこに待っている。

 

 ここでようやく、モーターの音が再び鳴り始めた。回生ブレーキだ!

 誰の? そんなのを考える間もなく、3種類の異なるモーター音が鳴り響く。全員がブレーキを扱ったからだ。

 

 真横に並んだエクスプと睨みあう。転線したキューカンバーヒカリ号の視線が突き刺さる。

 この一瞬が、ずっと続けばいいのに。

 

 そして、私達は。ゴールラインを駆け抜けた。物理的に火花を散らしたまま。そしてみな、オーバーランすることなくレースを終えたのだった。

 

 私達は誰が勝ったのかもわからずに、その場でお互いに顔を見合わせた。だけど誰も結果には自信が持てていない様子で、首をかしげながらホームに上がって集まる。

 そしてスタッフさんから告げられたのは――。

 


 

【皐月杯】大接戦のライバル対決を制したのはカツタダイスカイ

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5/22(土) 13:34 配信

               

 

 

 

 

ほぼ横一線で入線するキューカンバーヒカリ(奥)、カツタダイスカイ(中)、ナリタエクスプレス(手前)(記者撮影)

 

◆皐月杯(108M65C、21日)

 

 車両時代からの永遠のライバルであるカツタダイスカイナリタエクスプレスの成田山初夢杯(1月2日、34M25C)以来の再戦で俄かに話題となっていた皐月杯は、僅差でカツタダイスカイが勝利をもぎ取った。

 

 スタート直後に大きく動きを見せたのはナリタエクスプレスだった。そのまま先頭に躍り出ると後続を引き離し独走。しかし一度黒山通過直後に加速の手を緩めると、それ以降後続を惑わせる緩やかかつ大きな緩急を披露し、先行集団を壊滅させて後続を潰してからの単騎のカマシを開始。独走状態となって村上を抜けた。

 

 これに大きく影響を受けたのがキューカンバーヒカリら先行集団だ。ナリタエクスプレスの策略にはまり、彼との相対速度の変化による速度感の喪失が集団の統制を失わせ、早くもタレはじめる選手が続出。また集団が大きく縦に伸びることによりスリップストリームを見込みにくい陣形となってしまった。

 

 一方後方集団よりスタートしたカツタダイスカイは後方より冷静に戦況を見極め、単線区間をものともしない大胆な追い上げによりごぼう抜きを見せる。壊滅した先行集団を一気に追い越すと逃げるナリタエクスプレスに猛追。優勝争いは最終盤までもつれ込み、その後再びの差し返しを試みたキューカンバーヒカリを含めた3者が団子状態のままゴールへ。写真判定の結果、カツタダイスカイが3インチ差で勝利をもぎ取った。

 

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「そうか、敵わなかったか……」

 

 控室で待っていた私達に結果が告げられると、エクスプは涙を流しながらそうこぼした。

 写真判定の結果、私がわずかにエクスプの前に出てたのが認められた。自分の走りを崩してまで私を走りにくくさせてこの結果だったのが悔しかったんだと思う。

 

「なぁカツタ。聞いてくれるか」

 

 少ししてから神妙な顔で、エクスプは口を開いた。

 

「3年前の10月――お前に初めて負けたのは、その時だったな。あれからまだ2年半しか経ってないのか。その間にお前は……」

「今はそんなことはいいでしょ?」

 

 なんとなく、言いたいことがわかってしまう。

 それは……その言葉は、とっても聞きたくない言葉だ。

 彼の語りを止めさせるような言葉が喉元まで出かかって、だけどそこを超えられなかった。

 

「いいや、良くはないさ。大切な話だ。あの日まではお前が俺に挑む日々だった。それからはお互いに高め合う日々になった。その中でもだんだんと、お前は俺に先着するようになっていったな」

 

 ……嫌だ。聞きたくない。

 だけど耳を塞いでも、エクスプの声はとまらなくて。

 

「お前を潰して、俺が勝つ。それができる最高のチャンスが今日だった。だから俺は今日初めて、お前に勝つためのランをした。その結果がこれだ、完敗だよ。()()()()()()()()()()()()

 

 エクスプは言葉をとめて、私の顔をしっかりと見つめた。私の言葉を待つように。

 目が、据わっている。それは覚悟を決めた者の目。

 

「どうして、そんなこと言うの? 私は」

「お前は強い。間違いなくな。そんなお前にインビテーションを出した事を誇らしく思うよ。だからこそ」

 

 どうして?

 そんなことのために、私は強くなった訳じゃない。むしろ、私は――!

 

「これからは、俺がお前に挑む。受けて立ってくれるか?」

 

 ……この。このーっ!

 

「莫迦。あったりまえじゃん。莫迦莫迦莫迦ぁ!」

 

 心配して損した。

 差し出されたエクスプの手をぎゅっと、強く、めいっぱい握りしめ、そしてぶんぶんと振ってから離した。

 そんな私達の様子を見て、キューカンバーヒカリ号はぷっと吹き出した。全然笑い事じゃないのに。

 

「痛ぇ!? なんで俺怒られてるの」

「そらそうだろ。恐らくカツタさんと同じ疑惑を抱いたぞ」

「どういうことだ、カンバーさん?」

「どういうって、なぁ?」

 

 目線で同情してくる彼に、私も「ねー」と言いながら首を傾ける。エクスプは本当にわかってないらしい。

 あぁ、でも。

 

 そういうちょっとだけ不器用なところが、どうもエクスプらしいな、と思えば、少しだけ心がほっこりとした。

 


 

カツタダイスカイ号 今期の成績

1月2日成田山初夢杯
1着
標034M25C(スカーレットセイロン)

2月21日名阪PYDS
1着
標116M00C(ナラビスタ)

3月28日胆振最速決定戦4R
1着
狭095M20C(Ozark State Zephyr)

4月3日青春18杯(春)
2着
狭694M00Cビシャスオサナジミ

5月22日皐月杯
1着
狭108M65C(ナリタエクスプレス)

勝利回数4回獲得SP45

ステイタスG4前期ステイタス
G2

 


 

Dear Simon,

After some more research, I found out some more reasons, so I tell you.

Some runners says, the status of a single year is emphasized and that it is important to keep participate in many races. The content of the race, such as the time or the difference between races, is not taken into account much, and only the purely rank order and, if they had to say so, the opponent are considered in the evaluation.

I feel like I can still find a reason, so I´ll continue my field research until the very last minute of the visa. Let´s see how it goes.

Sincerely yours,

Ozark State Zephyr

 

*1
五月雨の合間にある晴れのこと

*2
先行選手の速度が落ちて、相対的に後退すること

*3
曲線または先行選手の直前ではない単線区間で、後続選手の直前にいて、ゴール基準より1マイル以上手前の場合

*4
意図的な進行妨害とみとめられた場合加害選手が被害選手の1つ後ろの順位となり、それ以前の選手は順位が1つ繰り上がる制度

*5
モーターを回路から切断し、慣性だけで前へ進むこと

*6
当時の国鉄は巨額の赤字を垂れ流し続けており、歳出の削減が叫ばれていた

*7
直進する線路の横に取り付けるように他の線路が取り付けられている配線のこと

*8
ポイントを分岐側に分岐させること

*9
対策をすること

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