勝利特急、カツタダイスカイ   作:だぶるすたぁ

6 / 12
五月雨賞:逃れられぬ準特急(セミスペシャル)

Dear Simon,

I´ve met with the Hikari Eternal and talked to him.

According to him, there´re no absolutes on the rails. So there´s no runner who always wins the race. It's more a matter of having a G1 runner every year.

I feel like it´s correct in Japanese environment. Japanese races is all about courses that really require technique. I fought 4 times, but only won once. No one can run as fast as they want. But that´s why some of us find it interesting, and I thought I could understand that.

There are many more things I´d like to write about, but my flight is almost ready, so I´ll leave it. I´ll tell you more about it I visit Doncaster.

See you soon,

Ozark State Zephyr

 


 

Ozark State Zephyr逃げる逃げる逃げる! 銀の一筋が、風が吹いている、そして今、アライバル! オザークステート、ゼッファーッ! アメリカからの刺客がついに日本での勝ち星をつかみ取りました! 続いてメジロプラトーが到着……

 

 自分のレースの実況を、そして他のレースの実況を見て、自分の走りを振り返る。こうやって客観的に視ることで、ここはもっとこうすればよかっただとか、あの判断をしておいて正解だったとか、そういった評価が後からできるようになる。特にレース中なんてのはじっくり考えてる余裕なんてないから、こうやっていくつものパターンを頭の中に叩きこんでおくのがいい。

 そしてもう1つの目的。それは今のレースでオザークさんが戦ってた相手にある。

 

 次に私が挑むレースは五月雨賞は、世界でも珍しい軌間が馬車軌(シブロク)のレースだ。

 軌間というのは、2本の線路の幅のこと。世界的には、標準軌(ヨンパゴ)という4フィートと8.5インチの軌間がメジャーで、私もこの軌間が一番得意だ。この軌間はもともとキリングワース*1の炭鉱で使われていた馬車鉄道の線路の幅をもとに半インチ広げたもの。あの有名な、神話にもなったレインヒルのレース*2が行われたリヴァプールとマンチェスターの間の鉄道で本格的に採用されて、そしてイギリスで1846年に法律でこの軌間が定められて、今では世界中で使われてる。

 でも、日本を含む太平洋地域やアフリカのいくつかの国々では、その標準軌じゃなくて狭軌(サブロク)という3フィート6インチの軌間がよく使われてる。19世紀の後半、時代が進んで蒸気機関車の性能が上がって、狭い軌間でも十分に走れることがわかって、それで一時期流行りの軌間がこれだったんだ。日本では大隈重信が1872年に新橋と横浜の間に開業した鉄道をこの軌間にすることを決めたから、今も多くの路線で採用されてるんだよね。

 広い標準軌はカーブのときにガッと足を広げて踏ん張りやすいし、狭い狭軌は足を動かすときに横に膨らまないから後ろに蹴り出しやすい。だから選手の中でも好き嫌いや得手不得手が別れてるんだ。

 

 そして、馬車軌は標準軌よりちょっとだけ狭い4フィート6インチの軌間だ。このちょっとだけ狭いっていうのが厄介で、走る感覚はけっこう標準軌に近いのに、完全に標準軌の感覚で走るとフランジ*3でレールを踏んづけちゃう。こうなるとバランスを崩しちゃって、最悪脱線……なんてことも。

 しかも厄介なのが、さっきも言った通りこの馬車軌が相当珍しい軌間なこと。英語ではスコッチゲージって言うとおり古くはスコットランドで生まれたものなんだけど、何せ今じゃ東京と函館でしか使われてないようなものだから、これを練習できる機会なんてのはほとんどない。だからこそ馬車軌のレースで勝つというのは、本当に強い選手であることの証明にもなるんだ。

 

「それ、本当にステイタス獲得チャレンジの最中に必要?」

「ナリ姉ぇはわかってないよ。G(グループ)1チャレンジの途中だからこそ意味があるんだって」

 

 そこで立ちはだかってくる壁が、馬車軌のスペシャリストとも言われるチーム、【一体、陣馬】。G1経験のあるノーザンフィールド号、G2常連のエイトプリンシス号、無冠のG3ヘミストレージ号、勝負の鬼ヤマダ号、耐久王者メジロプラトー号、レコードホルダーのギャップ号、そしてシャトルラン四天王のトールテイル号――彼らは全員がきょうだいで、そしてみんなが馬車軌に強い。

 だけど、直近のG1選手はそもそもが【一体、陣馬】のメンバーであるノーザンフィールド号以外もみんなそのステイタス獲得期に馬車軌のレースに挑んで、そして勝ってる。例えばトライゼット号はエイトプリンシス号に、ビシャスオサナジミ号はギャップ号にね。

 つまり、馬車軌のレースで彼らに勝つということが一種のジンクスにもなってるってわけ。だから私はそれに全力で乗っかりにいこうってこと。

 

 そして、今度の五月雨賞にもメジロプラトー号が出てくる。だからこそ、さっきまで彼女のレースの映像をみてたんだ。

 正直一番対処がしにくいのはエクスプみたいな逃げ切り勝ちを本気で狙ってくる選手で、ああいうのは本当にスリップストリームでスタミナを温存しながら向こうがタレてくるのを待つしかない。たまに風向きとか線形とかの都合でタレることなく逃げ切っちゃうこともあるけど、そうなると本当に自分のペースでのびのび走ってるわけだから手もつけられないし、溜め逃げ*4なんてされたら勝てっこない。だから、できれば逃げ同士でお互いのペースを潰し合ってくれるのが一番ありがたいんだよね。

 それと比べると、私と同じように追込*5のメロさんはいくらでも対策のしようがある。だけどそれは向こうからこっちを見てもおんなじだ。今期5ヶ月でSP(ステイタスポイント)45なんて、普通に考えたらマークされないわけがない。

 つまりこれは、お互いによるお互いの読み合い。圧倒的な実力差で真っ向勝負して叩き潰せる相手じゃないんだから、相手の手を解体して勝つしかない。

 

 要するにこの戦い、相手の想像を上回った方が勝つ。そういうことになる。

 その後もいくつかのレース実況を見て、考えうる対策を練りに練った。

 

 

 そして、迎えた五月雨賞当日。

 

 新宿駅は、世界で最も多くの人が行き交うターミナルだ。

 その地下の降車ホームへ向かう階段で、私達は顔を合わせることになった。

 

「……おはようございます、カツタダイスカイ号」

「階段でいきなり後ろから話しかける?」

「そこにいたから……」

 

 メジロプラトー号。どこか物静かで侘しい雰囲気を漂わせる彼女。

 一度踊り場で落ち着いて、私は彼女の方を振り向いた。

 

「この程度……驚くならば。ワタシ勝つ」

 

 数段上から見下すように、そう宣言するメロさん。

 

「何を。レース前からピリピリしてたら、肝心なときに気が抜けちゃうでしょ?」

「そうこなくては」

 

 ピカリと、メロさんの目が光る。表情は変わっていないけれど、そこだけは雄弁に彼女の気持ちがあらわれていた。

 

「……カツタダイスカイ号。あなたを……今日、G3にはさせません」

「いや、私はなるよ。このレースに勝って」

「では……お互いに、後悔のないよう……走りましょう」

 

 静かに火花をちらして、そしてそのまま階段を降りる。今の私達にはそれで十分、お互いの気持ちは伝わってたから。

 私達はレールレーサーだ。こんなところで戦っていても仕方がない。ケリをつけるのは、線路の上なんだから。

 

 線路に降りてガチャリと足元の車輪をあてる。少しだけ違和感のある馬車軌の上を確かめるように少しだけ足を動かして、今日走る線路はこんななんだと、その調子を足に覚え込ませる。

 

 ……よし、行こう。

 

 そして、レースははじまった。

 まずは笹塚(ささづか)までの地下区間。ここは半分ウォーミングアップみたいなもので、そこを抜けるとだんだんと集団の形成がはじまる。

 抜きつ抜かれつが落ち着いて、下高井戸(しもたかいど)あたりにもなれば集団がだいぶ形成される。ここのコーナーで一旦前後関係を把握して、そして頭数を数えて現時点での順位を確認する。

 メロさんは後ろにいた。本当はここでマークするために彼女の少し後ろあたりにいたかったけど、たいへんよろしくないことにスタート位置の都合もあって逆になっちゃった。ならば早めに抜け出すしかない。

 

 配線は頭に入ってる。できれば追ってきにくい島式ホーム*6の駅で抜け出したい。でも……上北沢(かみかたざわ)? 八幡山(はちまんやま)? ダメ。真に抜け出すべきは……。

 

(……その先、仙川(せんがわ)駅!)

 

 転線を見据えるならば、ふつうは芦花公園(ろかこうえん)のコーナーの立ち上がりをわずかに緩めて後ろに詰めるところだけれど、今回ばっかりは悟られないように転線を終えて、そして追越さなきゃいけない。

 あくまでも転線をせずにまだ流しで走っている。そう思わせるために、私はいつも通りに千歳烏山(ちとせからすやま)を通過した。

 

 ここから先には、多摩川に向かって国分寺崖線(がいせん)*7で大きく標高が下がるところがある。その手前に仙川っていう川があって、それが台地を削った小さな谷があるんだ。だから勾配を抑えるために、この線路は先にその谷に向けて標高を落として、そして仙川駅のところを掘割*8にしてその先の崖に備えてる。だけど台地の上の道路とかはまっすぐ渡したいし、駅の機能のためには場所が必要だから、仙川駅のところは人工地盤になってて太陽光が遮られてる。

 だからこそ、その暗くなったところで転線すると後追いの転線をされる可能性が低くなる、というわけ。

 

 一気にストライドを大きく広げ、前へと加速する。ホームの真ん中あたりで後ろを見る。……よし、来てない。そのまま勢いに乗って野川(のがわ)の谷底まで下る国分寺崖線を勢い任せに駆け下りて、今の集団を抜け出して先行する逃げ集団を捕まえにガラ空きの線路を疾走する。

 この柴崎(しばざき)国領(こくりょう)の間、野川の谷底から先は、府中市内にある高低差20フィートの坂以外は多摩丘陵を登っていくだけのルートだ。だからこそここまでの間はスタミナを温存するためにスローペースの戦いになってる。それを考慮して、前に見える逃げ集団の尻尾をスムーズに掴めるような減速ができるところを逆算して加速を緩めながら、調布の地下区間に入った。

 

 調布市内の地下区間は、トンネルスリップストリームが使える単線断面のトンネルでできてる。しかも間の布田(ふだ)の駅は、ホームと線路の間に壁のようなホームドアが建っているから、風の流れがあまり乱れない。だからこそ、先行ランナーからあまり間を空けずに入るのが得策なんだ。

 

 そのまま流れで地下区間の出口でぴったりと集団の背中につけたとき、私は心の中でガッツポーズをした。だけど次の瞬間、そのポーズを崩すことになった。

 

 右の線路に、()()()()()()()()()()()()()メジロプラトー号が並走していたからだ。

 

「言いました。貴女を先に、行かせない……」

 

 まるで沼の底から足を引っ張るかのような、そんな声。それがねっとりと耳の底にこびりつく。

 ……()()()()()()()! この状態じゃ、右の線路に移ることなんてできないし、後ろから追いついたわけではないから追い越され義務違反に該当するわけでもない。かといって、前には逃げを戦法とする先行集団が形成されているし、後ろはがら空きとはいえ下がったところでメロさんも一緒に下がって私の動きに追従してくるだろう。

 このまんまじゃ、次の仕掛けるタイミングで右に出て抜け出すことが難しくなる。しかもメロさんは好きなタイミングで前へと加速を強めればいい訳だから彼女が優勝するための動きは阻害されてない。恐ろしい戦術である。

 

 この状況を解消するためには? 私は後ろを振り返った。過ぎ去った西調布駅の向こう側から、紅い選手が追い上げてきているのが見える。

 そう、右の線路には追い越されの義務が生じる。後ろからメロさんが追い越される形になった時、彼女はそこに居座り続ければ失格だ。だからこの状態は長くは続くまい。次の飛田給(とびたきゅう)には副本線*9があるから、そこでこの体制は崩れるはず。

 

 そう、思っていたのに。

 

 

 何が起きたのかは、すぐには理解できなかった。ただ私の真横をスカーレットセイロン号が駆け抜けて、そして斜め前へと進出していたことだけは確かだった。

 

「これが私の、《馬(STATION)尺(エキステーション)》」

 

 声が聞こえた。右上だ。

 名は体を表すって言うけど。今のメロさんはまるで本当にメジロのように空を舞っていた。そしてそのまま軽々と地面に降り立つと、何事もなかったかのようにまた私の真横を走っている。

 

「逃さない、ってことね」

「当たり前。準特急は逃がさない」

 

 かといって、このまんまこの状況にいるのはマズい。せめて前の選手を抜きたいところだけど……。

 ……いや、勝機はある。メロさんが塞いでいるのは()()()()。左はあいている。なら、左に副本線が生えてくる東府中駅構内を使えばいい。

 加速余力をつくるために、いちど少しだけ足を緩めて相対的に後ろに下がる。メロさんもそれについてくるようにスピードを緩めた。

 

「……読めました。東府中で抜くつもり?」

「だとしたら、どうする?」

「手の内を、明かすほどには莫迦じゃない……!」

 

 つまり、何かしらの対策を打ってくるってことなんだろう。なら、やってみせるがいいさ。こっちが全力で妨害から抜け出そうとしてるんだから、そっちは全力で妨害してこなきゃ楽しくない!

 そして、東府中。

 

 踏みつける力をぐっと強めて、身体を前へ倒して突き出して、そしてポイントを蹴って2番に入線する。

 多少経路は長くなるけれど、この速度比ならいける。足元から甲高い音が響く。

 そして駅を過ぎて、強引に割り込むように本線に復帰する。その右側には案の定というか。

 

「……逃がさない」

 

 どうやってか、ぴったりとメロさんがついていた。続く府中でもそうだった。読まれている、完全に。

 だけどこの2駅で抜いたおかげで、前走者とは差が開いた。これならばこの先の坂で勢いをつけられる。

 

 府中から聖蹟桜ヶ丘(せいせきさくらがおか)までの間は右へ左へうねうねとカーブが断続的に続いてて、その中に府中崖線を降りる高低差60フィートの下り坂がある。この下り坂で勢いをつけすぎてしまうともちろんカーブを曲がれなくなってしまうから、中にはこの線形を『魔の府中』だなんて呼んでる方もいるくらいだ。

 その『魔の府中』を、抑速の回生ブレーキも併せて得意のコーナリングで駆け抜ける。流石にこの速度ではメロさんも……。

 

 

 よし、音は右後ろから聞こえる。並走状態からは抜け出した。

 だけど……。

 

「逃しませんと、言いましたよね……?」

 

 斜め後ろからの声。完全に抜け出したわけじゃない。それどころかこの位置関係じゃ、私がスリップストリームを起こしてメロさんを前に引っ張っている形だ。おそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならなぜそれをしない?

 それを考えながら多摩川を渡り、聖蹟桜ヶ丘のカーブを抜ける。前の別の選手はもう数チェーンもない。

 そしてそのスリップストリームを私が掴もうとしたとき、メロさんはまたしても私の横に並んできた。これじゃまた追い抜けな……あ。

 

 ……そうか! メロさんが横に並んでいる一番の意義の『追越をさせない』という戦法については、限定的ながら突破してたし、それに前だって空きのあるさっきは彼女が真横にいる意味はもはやなかった。だから()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()んだ。そしてまた追越をしそうになるこのタイミングで、横につけて閉じ込める。なるほど、実に合理的だ。

 横を走るメロさんをキッと睨みつけると、彼女がにやりと口角を上げているのが見える。

 ……だけど、ね。

 

 この先の高幡不動(たかはたふどう)はまた、左に副本線がある。前にいるパノラマメイデン号は、そこで追い越せる。そう考えながら、百草園(もぐさえん)で足を緩めてスリップストリームの効くギリギリで前と速度を揃える。ここから高幡不動までは直線だ。なら、行ける。

 

 そう思って高幡不動の副本線を過ぎた時、前のパノラマメイデン号は()()()()()()()()()()。その理由はすぐにわかった。彼はメジロプラトー号を見てたのだ。()()()()()()()()()()()()()。つまり、メロさんに追い越されまいと加速した結果、結果として私からも逃げたんだ。

 ……さて、どうしようか。こうなったらもうゴールの高尾山口(たかおさんぐち)までの間に追い越せる、副本線のある駅はもうあと1つ、北野(きたの)しかない。ならばそこで決定的に決めないと!

 

 そのままギリギリのところでスリップストリームを掴み、平山城址公園(ひらやまじょうしこうえん)を過ぎる。さて、どうやって抜ける?

 東府中や府中の時は車列になっていたからこそ、無理して抜かれまいとすることはなかった。だけど前にいるパノラマメイデン号は単騎だし、確認した順位と追い越しの数を考慮するに先頭だ。メロさんとの先頭争いは必至だし、そもそもさっきの高幡不動での失敗で副本線を使うことだってバレちゃってる。

 どうすれば、このふたりから抜け出せる?

 そう考えてる間にも、北野は着々と迫ってる。メロさんは私をG3にはさせないと言ったけど、それってこういう意味だったのか。

 

 そして長沼を通過したころ……私は、奇妙な案を思いついた。それは普段だったら絶対にやらないようなことだ。

 だけど、それ以外に有効な手立てが思い浮かばなかった。

 

 ついにやってきた北野の駅で、私はまた副本線の1番に入る。そして身体をぐっと前に倒した。

 この駅のホームの高さは、レール面*10から3フィート7インチとちょっと……正確に言えば、メートル法で1100ミリメートル。上半身を倒してしまえば完全に隠れてしまうくらいの高さだ。その状態で、私は加速を()()()()()。だけどふたりは私が加速をしたと仮定して速度を上げているだろう。つまり、私は相対的に後ろに下がることになる――。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてホームの途中から加速の足を強めれば!

 

「……いない!?」

「メジロプラトー号、これが私の答えだぁっ!」

 

 都合のいいことに、ゴールの高尾山口へと向かう高尾線はこの駅から左に分岐する5マイル30チェーンの支線の方だ。その支線の右の線路に向かうのは、一番左の線路からとはいえそれほど難しいことではなかった*11

 そのまま駅を過ぎて右の線路に入れば、私はメロさんの後ろにすっぽりとおさまった。そう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 このまま私に追いつかれてしまえば、メロさんは追い越され義務の違反で失格。かと言って、左の線路にはパノラマメイデン号がいて、しかも抜かれまいと意地を張っている。この状況では、メロさんは前に出るしかない。破滅的な速度だとしても!

 

「よくも私を妨害し続けてくれたね!」

「まだですよ……! あなたが後ろ、今ですら」

 

 ……へえ。あくまでも、私から逃げ続ける気なんだ。

 

 でもね。

 

 スリップストリームの恩恵は、速度が上がれば上がるほど大きくなる。いくら前が詰まっていて速度が控えめだったからと言って、私の走りにピタリとくっつけるために無理をしていたあなたが、どこまでこの加速レースで保つかな?

 妨害されていたおかげで私のスタミナはまだまだある。最後の最後、加速しながら片倉(かたくら)の駅を駆け抜ける。

 

「メジロプラトーぉっ! 【一体、陣馬】のお前にこそ、この前面の展望は渡す訳にはいかない!」

 

 山田の駅で、パノラマメイデン号が吠えた。彼の目には、おそらくもはや私は見えていなくて、真横に不本意ながら並びかけているメロさんだけが見えてるんだと思う。だけどそれでも、彼はその不自然な速度に食らいついていられてる。

 ……まあ、最終的には私が全員抜くんだけど。

 

「帝都の名、誇りにかけて負けられない!」

 

 

 ぐっと、背中が遠くなる。私が遅くなった訳じゃない。加速を緩めた訳でもない。メロさんが前に出たんだ、この土壇場で!

 そしてそれに押されたのか、はたまたスタミナを消耗したのか、斜め前のパノラマメイデン号はここめじろ台でズルズルと後ろへと下がってゆく。そして、無理に右に居続ける必要がなくなったメロさんが今度は左の線路に舞うように移ってった。

 

 だけど、それももはや遅かったようで。

 

 次の狭間(はざま)に到達する頃には、メロさんは空気抵抗におされるように私の隣まで下がってきていた。そしてそのまま私が前に出ると、無理に追いかけてくる様子もなく、あっけなく私の一着が決まったのだった。

 


 

【五月雨賞】激しい追い比べを抜き出たカツタダイスカイが優勝

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6/12(土) 14:12 配信

               

 

 

 

 

後続を大きく引離しゴールインするカツタダイスカイ(記者撮影)

 

◆五月雨賞(27M55C、12日)

 

 五月晴れの武蔵野台地を駆け抜ける五月雨賞では、メジロプラトー【一体、陣馬】の追い上げに猛追したカツタダイスカイが見事に勝利を手にした。

 

 好スタートで地下区間をいち早く抜け出した逃げ一筋パノラマメイデンは得意の逃げで単独で先頭を好走。一時は後続に1マイル近い差をつけ、多摩川ではミュージックホーンのファンサービスを披露した。

 

 これを負うように華麗な追い上げを見せたのはここが地盤のメジロプラトー。つつじが丘手前からの猛烈な追い上げでパノラマメイデンに迫る。ここでそのメジロプラトーをマークするように前へと飛び出したのがカツタダイスカイで、中盤百草園にてこの2名がパノラマメイデンに追いついてからはこの3名が激闘を繰り広げる形となる。最終的には百草園からめじろ台まで3番手で他2名を上手く風よけに利用したカツタダイスカイが抜け出して優勝を勝ち取った。パノラマメイデンは「北野で意地になって前へと進んでしまったのがいけなかった。あそこで一度抑えておけば再加速の余力もあった」と敗因を語る。

 

 優勝したカツタダイスカイはSPを55に伸ばし今季もG3を防衛し、また狭軌・馬車軌・標準軌の三冠を達成。「今期は前半でのG3防衛ができたので、このままいけばG1をとれる。もちろんそれを目指していきたい」と今後の意気込みを語った。

 

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連載記事:帝王が語る 今月のレースを振り返る

 

 

 


 

カツタダイスカイ号 今期の成績

1月2日成田山初夢杯
1着
標034M25C(スカーレットセイロン)

2月21日名阪PYDS
1着
標116M00C(ナラビスタ)

3月28日胆振最速決定戦4R
1着
狭095M20C(Ozark State Zephyr)

4月3日青春18杯(春)
2着
狭694M00Cビシャスオサナジミ

5月22日皐月杯
1着
狭108M65C(ナリタエクスプレス)

6月12日五月雨賞
1着
馬027M55C(メジロプラトー)

勝利回数5回獲得SP55

ステイタス
G3
前期ステイタス
G2

 


 

「それでは今日はここまでにしましょう」

「ありがとうございました」

 

 今は英国を拠点に活動している犬山瑠璃トレイナーは、縁あってここヨークシャー州はドンカスターで日本語を教えていた。

 

「先生、少しいいですか」

「何でしょう、シモンさん」

「先生から……トライゼット号のトレイナーであるあなたから見て、日本のレースはイギリスと比べてどうですか」

「うーん、そうねぇ……」

 

 犬山はこれまでのトライゼットの戦いを振り返った。日本での戦い、そしてG1ステイタスを得てからこちらに渡ってきて、それからの欧州での戦いを。

 

「日本のレースは……難しかった、かな。ケープゲージ*12で、カーブや坂も多くて。満足には走れやしない」

「そうか……」

「でも、ね。だからこそ、日本のレースはこっちとは違ったレベルの高さがあるの。日本の選手がこっちに来てもゼットみたいに安定して結果が出始めるのには時間がかかるし、逆だってそう。たとえ貴女みたいな実力者だとしてもね」

 

 そう言いながら、犬山はSt(サン) Simon(シモン)に微笑んだ。

*1
イングランド北部、ニューカッスル・アポン・タインの北東に位置する

*2
1829年10月に行われた5台の機関車によるレース

*3
車輪の内側にある帽子の()()のように出っ張っている部分

*4
まず逃げて、後半後続に追いつかれるところで再加速して突き放す戦法

*5
後ろの方に潜伏してから一気に抜け出す戦法

*6
2組の線路の間にプラットホームが島のように配置されている構造

*7
多摩川が南へと流れを変えていく過程で武蔵野台地を削り取ってできた河岸段丘の端

*8
水路や線路、道路などを通すために人工的に掘られた谷

*9
列車の追越や行き違い、留置などのために駅や信号所に設けられる、本線とは別の線路のこと

*10
線路の一番高いところ

*11
高尾線から北野で折り返す列車のために、高尾線上りから1番線に直接入れる配線となっている

*12
狭軌のこと

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