誤字脱字、設定ガバ、評価等はいつでもお待ちしております。
なお、本作中の日付は適当です。
アニメを見返したりして、日時がはっきりと描写されているシーン等が確認でき次第、修正します。
Hello, Night city! / はじまりの朝
意識が急速に覚醒する。体中にまとわりつく汗と、部屋全体を揺らすような拍動。心臓は動いていることを厭味ったらしく主張してきて、胴や腕、脚の至る所に血液が走っているのが感覚的にわかってしまう。荒々しく浅い呼吸をして、胸のあたりが上下に動く。
「生き、てる……」
右手を左胸に当てて、その鼓動を確認。無意識に出たのは、ただ寝室の布団で寝ているだけの自分にはあまり縁がない発言だった。何か、夢を見ていたのだ。しかしそれがどんなものだったのかまでは一切思い出すことができない。きっとそれは悪夢で、自分では耐えきれないような、そんな恐ろしい夢だったのだろう。汗に濡れた服が気持ち悪くて布団を押しのけて立ち上がる。
2075年5月6日。時刻は午前5時43分。
いつもの起床時間よりもはるかに早い時間に目覚めている。二度寝をしようにも体がべたついていて気持ちが悪い。軽く伸びてから服を脱いでシャワーを浴びる。着ていた服を体を拭いたタオルとともに洗濯機へ放り投げ、パンツを穿いただけの状態でソファーに座る。なんとなしにテレビを点け、流れる音声を聞き流す。悪い夢に飛び起きた以外はいつも通りの変わらない日常だ。
ニュースを見る限り、特筆すべき大事件としては軍人がサイバーサイコシスを発症して、NCPDが大量殺戮され、マックスタックによる処理が行われたというものだろうか。サイバーサイコシスはそこら辺の路上でもあることだが、軍人が発症したというのは珍しい事例だと思う。
そもそもサイバーサイコシスとは、精神病のようなもので、今では一般化しているサイバーウェアやクロームが暴走し、その人物が理性を失った殺人マシンに成り果てることを言う。詳しい発症理由やその発症過程はわかっていない。治療によって正気を取り戻すことは殆どなく、基本的には発症者を殺して無理やり鎮静化させるのだ。
そんな症状柄、肉体に装着したサイバーウェアやクロームの数が多ければ多いほどサイバーサイコシスになりやすい。そして、そのサイバーウェアやクロームに対する耐性も人によって違うものだ。
ニュース番組によれば、軍人の名前はジェームズ・ノリス。ほぼ全身が機械化されていて、さながら人の体をした戦車のようだ。
そんなニュースをボケーっと眺めていれば結局いつもの時間になっていて、思い出したように制服を着て家を出る。
本日の天気は快晴。青々とした空、照りつける太陽光。路地裏を見ればパンパンに膨らんだ黒いゴミ袋が山になっていて、ホームレスが雑魚寝をしている。いつも通りの景色だ。
イーサンが通う学校、アラサカアカデミーは富裕層向けのハイスクールだ。企業の重役の子供が多く在籍していて、学費は高額。学力面もレベルが高い。イーサンは両親こそもうすでに故人だが、生前は学校の出資元である大企業アラサカ工業のそれなりの立場の人間だった。事故に巻き込まれて死んだ、という話だがその真相は分かっていない。
両親が遺してくれた莫大な金を相続し、貯金を切り崩しながら生活しても特段不自由がない。しかしながら、今後のことも鑑みて、抑えられる出費は出来る限り抑えようと、富裕層向けのマンションからごく一般的な集合住宅へと引っ越した。それでもやはり、最終的にはしっかり働けることを目指して、通わせてくれていたアカデミーにて勉学に励んでいる。
「おーい、エタンー!」
手を振って近づいてくるのはデイビッド・マルティネス。黒めの肌に、耳の周りを剃りこんでいる髪型。今日はどうやら制服を着ていないようで、黒い私服姿で登校している。
「おはよう、デイブ。洗濯機でも壊れた?」
「あー、母さんが残高入れんの忘れてて、服乾いてないんだよね。」
デイビッドはアラサカアカデミーに通うことすら本来は難しい、貧困層の人間だ。イーサンが住んでいる集合住宅の系列に住んでいるらしい。何が切欠でこんな関係になったのかはもう覚えてないが、気づけば仲良くなっていた。
「そういえばさ、エタン、これ!」
彼が嬉々として取り出したのは銀の袋。彼はブレインダンス‐他人の視覚や聴覚で得た情報を体験できるメディア‐のブローカーをして小銭を稼いでいる。イーサンはそれほど体験したことはないが、デイビッドはスプラッターなものが好きなようだ。
「今朝のニュースって見た?」
「一応流し見程度には。」
「サイバーサイコシスの事件は?」
「ああ、軍人がマックスタック相手にドンパチ……って、まさかそれ」
「そうなんだよ!そのサイバーサイコのBD!やばくない!?」
興奮気味に話すデイビッドはたぶんもうそれを見た後だろう。目をキラキラさせて、息巻いて喋る。しかしながらイーサンはそういったものは苦手だ。
「あー、デイブがいう意味でのやばいではないけど、やばいな。」
「だろだろ!どう?買わない?」
「俺がそういうのダメだって知ってんだろ?買わないしやらないよ。」
「マジで最高だったんだよ、臨場感っていうの!?高揚感とかさ!」
「まぁサイバーサイコシスを体験するって意味ではなかなか経験できないだろうな。そうなったら俺たちの意識なんてもうないだろうし。」
「そうそう!しかもさ!軍用の特殊なサイバーウェアつけてて、俺らじゃ出来ないことを平然とやってるんだぜ?!」
両手の人差し指と親指を伸ばして、バンバンなんて銃を撃つ真似をする。テンション高めなデイビッドは楽しそうにその体験を話すのだ。
「相変わらずjk……だっけ?が製作してるの?」
「そうそう!この人が作るBDってマジサイコーでさぁ!」
「はいはい、何回も聞いてるよ、デイブが楽しんだ話。それ以上はまたあとで聞かせて。」
気付けば学校に着いていて、お互い殆ど無意識に教室の前まで来ていた。
「あー……わかった。じゃ、後でな。」
それに気付いたデイビッドは露骨に機嫌が悪くなって、ため息を吐きながら手をヒラヒラと揺らして教室へ入っていった。イーサンとデイビッドは仲が良いもののクラスは違う。
金、権力、暴力。欲望と差別が蔓延るナイトシティ。それはアラサカアカデミーという小さな社会でも同様だ。デイビッドは貧民側―虐められる対象だが、出来る限り周りと関わらないように立ち回っている。それでも突っかかってくる奴は居るらしいが、イーサンはその現場を見たことはない。
「本日の欠席者0。素晴らしいですね。では、精神の解放のため、グリーンルームにログインをお願いします。」
椅子に身体を預け、デバイスを操作する。グリーンルームとはその名の通り、緑豊かな大地を模した電脳空間である。ここで一度リラックスをしてから授業に望むのがこの学校のやり方だ。
「あ、れ?」
そのはずなのだが、グリーンルームに入った途端に、AIの教師がバグによって黒い靄のようになる。エラー音のようなものが数回聞こえると、強制的にログアウトし、身に付けていた視覚補助デバイスがポンッと音を立ててズレた。元の世界に戻ってきても、AI教師は黒いままだった。
そのまま教室から退出するように放送がかかり、全員で廊下に出る。別のクラスももちろん出てきていて、当然デイビッドもそこにいた。
「デイブ!」
「あ……ああ、エタン、大丈夫だった?」
「俺は平気、デイブはー……なんか、あった?」
「い、いや、何もないよ、大丈夫。」
明らかに様子がおかしいことくらい、イーサンは気付いている。さっきのグリーンルームのエラーで、何かデバイスが不調になってしまったのだろうか、目をきょろきょろと忙しなく動かして、心ここにあらずといった状態だ。
「それならいいけど。今日はもう授業なさそうだし、一緒に帰る?」
「あー……俺、用事できちゃってさ。ごめん。」
「そうなんだ。じゃあ俺、先に帰るね。また明日、デイブ!」
「お、おう!じゃあな!」
手を振って見送る彼はらしくない苦笑をした。どうしたのかは気になるが話す気があるようには見えなかったし、あまり追及しても良くないだろう。右足が忙しなく動いていたし、その用事とやらはデイビッドの意に沿うものではない、ということもわかった。
「イーサン・アシュフィールド、ちょっといいかな?」
不意にかけられた高圧的な声に振り返る。そこには青い髪の少年、デイビッドと同じクラスのカツオ・タナカが取り巻き二人とともに立っていた。
「……何か用ですか?」
イーサンは彼らに対して良い印象を抱いていない。理由はもちろん、デイビッドに直接差別的なちょっかいをかけるのを目撃しているからだ。
「いや。ただ少し、関わる友達は選んだ方がいいと忠告しに来ただけさ。」
「そうですか。ご忠告どうも。」
「君だって、両親がいないとはいえ、富裕層なんだ。わざわざ貧民と仲良くする必要は―」
「ご忠告頂いた通り、俺はデイビッドを友人に選んだ。そしてあなた方を選ばなかった、というだけです。何か問題が?」
そう言い返せば、彼らは顔を引きつらせ、余りある苛立ちをこちらに向けてきた。
「話はそれだけですか?」
「……貴様、今日のシステムエラーを引き起こしたのがそのデイビッド・マルティネスだとしても、あいつを友人だと庇えるのか?」
「は……?」
「知らなかったのか!あいつはデバイスのアップデートもせず、旧式のデバイスを改造してあのバグを発生させたんだ!デバイスの更新すらできないとは、アラサカアカデミーに通い続けられるような金銭状況でないことが明らかだろう!」
何やら力説する彼の言葉が急に耳に入らなくなった。デイビッドがシステムエラーの犯人、というだけで思考が止まった。<用事できちゃって>とは、このことなのだろう。居たくもないだろう学校に残るということは、きっと損害賠償の請求を受けるということ。退学処分なんてのもあり得る。
「だから、貧民はこの学校にいるべきではない!君にはわからないのか!」
その大声で現実に引き戻される。目の前の人間を気にしている場合ではない。デイビッドが退学になってしまう。
「行かなきゃ」
「どこへ行くつもりだ?」
いつの間にか目の前に立つカツオに、なぜだか急に苛立った。しかし、そんな場合じゃないと冷静な自分が言っている。
「校長室、当たり前だろ。」
「この期に及んであの貧民を庇うというのか?」
「そうだよ。賠償金を肩代わりしてでもデイビッドを学校に通わせる。」
怒気を孕んだ声に、ほんの少し相手がたじろいだ。それでも行く手を阻む気はあるらしく、執拗に前に出てきては足を止めさせられる。
「させると思うか?」
「……どけよ。」
「どうしてそこまであいつに肩入れするんだ。他人だろう?」
「友達だからだ。それにあいつは出来がいい。」
「貧民が企業に入れるとでも?」
「社の利益になるなら入れるだろ。少なくとも、お前よりは優秀だと思うけどな。」
「何ぃ?」
「富裕層か貧民層かでしか人間を測れないクズより、あいつの方がよっぽど人間出来てるよ。」
「フンッ、せいぜいそうやって粋がっていればいいさ。この僕を侮辱したこと、後悔させてやるからな。」
見事な捨て台詞を吐いて去っていった。何だったんだ一体、と悪態をもらしつつ、障害物のなくなった道を走る。
結論、ドアはロックがかかっていて開かなかった。なぜ自分がこんなに焦っているのかもわからず、デイビッドに通話をつなごうとする。コール音が数回鳴り、そのまま切断された。
「なんでだよ……っ!」
デイビッドの行方も分からず、結局家に帰ってきた。無意識につけたテレビ番組では学校から少し先のハイウェイで交通事故があったとの報道。トラウマチームが出動する事態になったとか。焦燥感がある暗い気持ちに、どう考えても明るくはないニュースをぶつけられて気が滅入る。その音声を認識した途端、そのプログラムを閉じていた。
シャワーを浴びても夕食を食べても、その日はデイビッドからの連絡はなく、ただ夜が更けていった。
※2023/1/7編集:2075年5月のカレンダーで、シナリオ開始後、5日間平日があると仮定したとき、11日は土曜日で一発アウトだったので6日に日付を変更。
デイビッドが何をしていたか、という視点は
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いる
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いらない
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どちらでも