Cyberpunk:RunOver   作:ヴラドミア

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The Hermit
Six of cups / カップの6


体中にまとわりつく汗と、部屋全体を揺らすような拍動。心臓が生きていることをこれでもかというほど主張してきて、胴や腕、脚の至る所に血液が走っていく。荒々しく浅い呼吸をして、視界に映る景色に安堵と困惑と驚愕が入り乱れる。

 

「……生き、てる?」

 

ぺたぺたと顔を触って、そこにあるのを確認する。今ここに自分が生きているという実感が、あの時自分は死に追い詰められていたという恐怖に反転する。

ぽろぽろと溢れていく涙は留まることを知らず、嗚咽を漏らしながらその感情を発散した。

デイビッドがサイバーサイコシスを発症したとき。

砲撃によってデイビッドが吹き飛んでしまったとき。

あの男と対峙したとき。

そして、砲身を眼前に突きつけられたとき。

その時感じた多くの恐怖が、今この場で襲い来る。膝を抱え、顔を埋め、震える体を小さくしようとする。

自分が死ぬことも、友人が死ぬことも怖くて怖くて堪らなかった。それでもあの場に立てたのは、そうしなければいけなかったという使命感に駆られたからだろう。

イーサンは一頻り泣きわめいて、泣き止んだところで大きく深呼吸をした。

 

落ち着いたところで時計を確認して、ピシリと固まる。それが示すのは2075年5月6日、時刻は午前5時52分。

イーサンは恐る恐る時計を手にとって、その日付を凝視した。

 

「なん、で」

 

言葉が零れた。

2075年現在、イーサンはまだアラサカアカデミーの生徒である。ちなみに、アカデミーを卒業するのが2076年8月、アラサカタワーでの勤務開始は同年9月の出来事だ。

イーサンは今からアカデミーに行かなければならないことになる。頭のなかは混乱を続けていて、その事実を受け入れきれない。

確認もかねて、イーサンはとある場所に通話を繋ぐ。

 

「もしもし?」

「あの、2年のイーサン・アシュフィールドなんですけど。」

「おお、アシュフィールドくん。どうかしましたか?」

「……」

 

電話に出たのは声音から推測するに、たぶん理事長だ。イーサンが2年生であることに違和感を覚えた様子はない。極めて普通の応対である。

 

「アシュフィールドくん?」

「あ、すみません、デバイスの調子が、なんか良くなくて。ドクターに診てもらおうと思うので、今日は欠席で、お願いしたいんですけど。」

「そうですか。欠席については問題ありませんよ。深刻な故障とかでないと良いですね。」

「ええ、本当に。それでは。」

「はい、お大事に。」

 

世間が2075年であることは当然なのだ。逆に言えばイーサンは2076年、未来の記憶を持っていることになる。

 

次に疑問となるのは2076年を知っているのはイーサンだけなのかだ。

疑問に答えてくれそうな人を思い浮かべる。アラサカの人間は覚えてなかった場合、機密処理とか含めて大変なので却下。有力なのはデイビッドとヴィクターだろうか。

 

「おはよう、デイブ。」

「はよ、エタン。どうかした?」

 

イーサンはデイビッドを選んだ。今の左腕は過去に自分で破壊したもので、基幹システムのカタログもここにはない。それに2076年のヴィクターは生き残っている。

その点、あの時デイビッドは間違いなく死んだのだ。2人とも死んでいることが共通しているので、この未来の記憶は見た先で死んだ場合に適応されるのではないかと考えた。

しかしこの反応を聞くに、その可能性は薄いかもしれない。

 

「デイブはさ、殺される夢とか、見る?」

「殺される……?」

 

遠回しだっただろうか。デイビッドは少し思い悩んでいるようだが、すぐに返事は来ない。

 

「そういうBDは見るけど、夢に見たことはないかな。」

「そっか。」

「何、今日はそんな夢見たわけ?」

「まぁそんなとこ。最近目の調子悪いせいかな。」

「そうなの? 大丈夫?」

「平気平気。一応今日はドクターのとこいくから俺アカデミー休むよ。」

「そっか。んじゃ、また明日な。」

「うん、またね。」

 

至って普通の会話。この様子だと、デイビッドは自分が死んだことを知らないだろう。

ここは正真正銘の2075年。ただ自分だけが、遠くない未来で死ぬことを知っている。それだけのことだ。

テレビ番組ではジェームズ・ノリスのサイバーサイコシス化が報道されていて、その被害についてコメンテーターが何やら言っている。今はそんな情報を入れたくないので、すぐに電源を切って流れを整理する。

 

これから数日間で、デイビッドはサイバーパンクになって、初仕事をこなしてくる。

イーサンは土曜の夜にエル・コヨーテ・コホで勤務後、ジャパンタウンのH8メガビルディング辺りでデイビッドと遭遇する。

デイビッドはそれから順調に仕事を片付け、全身を次々とサイバーウェアに換装。サイバーパンクとして名を上げていくことになる、はず。

イーサンは学校を継続する。卒業したらアラサカに勤務し、ミリテク対策研究室に所属。サイバースケルトンの仕事が降ってくる辺りでデイビッドが研究室を襲撃。所長が死んで、イーサンの腕は吹き飛ぶ。

そのあたりからサイバースケルトン関連の仕事しかない。輸送日は決まっていて、それは実際には実戦テストということ。デイビッドがインストールして、サイバーサイコに。

デイビッドを助けようとしたものの、立ちはだかる男に勝つことは出来なかった。その腕に仕込まれた砲身に睨まれる。

大筋だけで言えばこんなものだろう。イーサンの見てきたことしかわからないため、アラサカ勤務の期間にデイビッドに何があったかはわからない。

 

サイバースケルトンなんて横暴な兵器を人体に接続するだけでも相当な負荷がかかる。デイビッドは機械に侵され、抑制剤に頼りながらも取り戻した微々たる正気で戦い抜いたのだ。普通に考えても一般的な人間が耐えられるようなものではないから、デイビッドのサイバーウェアへの耐性は一般よりも相当高いものだと推測できる。

逆に言えば、イーサンではサイバースケルトンには耐えられない。インストーラーを起動して換装途中で死ぬか、狂気のままにその暴力で周りをなぎ払うことしか出来ないだろう。

 

さて、状況はとりあえず整理できた。このまま前史―いや、知っている未来の通りに事が進めば、デイビッドは死ぬ。

そして、その通りに進めたくない自分がいる。

 

あの時、あの男の前に立ったのは。

あの時、デイビッドに駆けつけたのは。

恐怖に飲まれず、毅然とあの場にいられたのは。

全て、デイビッドのためなのだから。

 




今回は短く、決意を固める話。
こんな文字数で難産でしたが、ここからは間違い探しのような話が進んでいきます。

Six of cups / カップの6
正位置:過去に囚われる
逆位置:過去を振り切る、生まれ変わる
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