UAが1000件を超えまして、お気に入り件数も増えておりまして、筆が遅いのが申し訳ないです。
ともあれ、ここまでの方に見ていただけてるとは思わなかったので嬉しいです。
今後とも本作をよろしくお願いします。
学校を休んで、ぼんやりとしているだけの1日。
イーサンは今、アラサカの社員ではない。そのため、サイバースケルトンの情報はおろか、アラサカの人事情報にも触れられない。情報収集をしようにも、その術が限られているのが現状だ。
そこでイーサンは一つだけ思いついたことがある。ベッド代わりにしていたソファーから起き上がり、急いで支度をした。
「こんにちは、ドクター。」
イーサンがやってきたのはヴィクターの診療所だ。
平日の日中、本来ならアカデミーに行っているはずのイーサンに、ヴィクターは困ったように笑いかける。
「おいおい、サボりか?」
「違うよドクター。ちょっとメンテしてもらおうと思って。」
「へぇ?なんかあったか?」
「今はなんとも。朝、目にちょっとノイズが走った感じがあって……」
「そうか。じゃあ座って待ってろ。」
イーサンは整備用のチェアに身体を預け、そこに備え付けられている機材をじっと見る。
「なんだ、気になるもんでもあるか?」
「ううん、なんでもない。」
「そうか。なら、一旦取るぞ。」
現代を生きる人間の殆んど全員が目のインプラントを付けている。そのメンテナンスというのはもちろんその眼球をくり貫いて隅々まで見ることなのだが、そういうものに耐性がないものにとっては苦痛だろう。
クレーンゲームのアームのようなものがその眼球を掴みとる。機械音を発しながら、眼前は黒に染まりきった。
「接続部分も一応見ておくから、少しの間我慢してろよ。」
「はーい。」
ヴィクターの手で目蓋を開かれている感覚がある。何をしているかは見えずとも、触られている時の衝撃は伝わってくる。イーサンはこの感覚が嫌いだし、怖い。アカデミーに入る少し前までは睡眠薬やら麻酔やら、薬物に頼って意識を切らないと出来なかったくらいだ。
「特に気になる部分はないな。問題は眼球側か。」
「壊れちゃった?」
「どうかな。壊れるなんて、顔面を打ったとかじゃないと起きないもんだが……」
手持ち無沙汰だが手元は見えないし、目の前が真っ暗だとなにも出来ない。
そこでイーサンは意を決して、聞きたかったことを口走ってみた。
「ねぇ、ドクター。ちょっと気になったんだけど。」
「何だ?」
「脳のクローム化ってまだ出来てないんだよね?」
「ああ、脳機能の解明は進んじゃいるが、クロームには出来てないな。」
「それってつまり、脳以外なら全部クロームにできるってこと?」
「理論上、という話なら不可能じゃない。が、維持するための栄養を取る必要がある以上は難しいだろう。」
「じゃあ栄養を吸収して脳が生きていることを保てれば……」
「一人、そういう奴がいる。お前には縁はないだろうがな。」
「なんて人?」
「アダム・スマッシャー。身体の96%程度がクロームで出来てるほぼ全身機械化人間だ。」
イーサンはこれがあの男の名前だと直感した。あの日デイビッドが対峙していたアラサカの最終兵器。デイビッドを追い詰めた仇敵であり、イーサンを殺した張本人。
「破壊者のアダムってこと?仰々しい名前だね。」
「お前は別に神なんか信じちゃいないだろ?」
「そりゃそうだけど。」
「なんでも、第四次企業戦争はあいつが戦場を暴れまわって終わったって話があるくらいだ。」
「その時もアラサカ側の兵器だったの?」
「……ああ、そうだったはずだ。俺も詳しくは知らん。」
名前が知れただけでも前進だ。少なくともどんな人物かはネットで辿れるだろう。最悪、アラサカに入社した時にでも探せば良い。
アラサカにいたイーサンもアダム・スマッシャーの存在を知らなかった。全社員が知っているわけではないところを考えると上層部の個人的に雇ったボディーガードなのかもしれない。
「眼球側も特に異常はなさそうだが、少し調整はしておいた。起動するぞ。」
「了解ー。」
眼球は今、ヴィクターの手元にある。レンズが起動すれば、監視カメラのように自分の姿を俯瞰する。この視点はいつも慣れないが、そういうものだから仕方がない。
アームで視界を掴まれて、自分の身体へと戻される。適応中だとかシステムチェックが入って、少しノイズを走らせながらも少しピントの合わない目玉が帰ってきた。
「少しの間、そこで安静にしてな。」
「わかった。ありがとうドクター。」
「ああ。」
天井を見たり、柵を見たり、目の前に出されたモニターを見て、自分の身体の状態を確認したり。視界は徐々にクリアになって、薄暗い診療所が鮮明に映る。
「サイバーパンクって、わかるよな?」
ヴィクターは徐にそう口にした。その目は至って真剣で、どこか暗い口調にイーサンは戸惑う。
「そりゃ、知ってるよ。」
手術用のチェアに身体を預け、顔だけをヴィクターに向けて困ったように返答をすれば、ヴィクターは一度大きく溜め息を吐いて言葉を続ける。
「奴らは口を揃えて、『どう生きるかじゃない、どう死ぬかだ』なんて口を揃えて言うんだ。」
「どう、死ぬか?」
「ああ。まったく、馬鹿げた話だよ。死んで名前を残すことを『伝説になる』なんて言うんだ。信じられねぇよな。」
「伝、説……」
どんな時代でも、偉業を成し遂げた功労者として名を残すことは素晴らしいことだと思う。後世にどう伝わるかはさておいて、その時代における転換点となる人物や事件は確かに語り継がれていくのだろう。
しかし、サイバーパンク達は違う。無茶無謀を決行し、派手に死ぬことで名前が残る。己を貫き、その先でなにも変わらなかったとしても、その行為を伝説と祭り上げる。
イーサンは凍り付いた。何が死に様か、何が伝説か。どれだけの無理をしても、その先に自分が立たない未来なんて。絶望にも似た、憤怒にも似た、焦燥にも似た……その感情を表現する言葉がイーサンにはわからなかった。
きっとその仕事に取り掛かる前には成功することを、生存することを考えているのだろう。全てを完璧に遂行すれば、無傷で帰れるような。
資金力、組織力、装備の充実だって企業の方が上。サイバーパンクは奇襲のタイミングを謀り、必ず先手が打てることしか優位に立てない。
無駄な時間をかけず、素早く、見つからずに完遂する。それがサイバーパンクが勝つ道筋だろう。
「お前がどうしてアダム・スマッシャーに興味を持ったのか、今は聞かないでおいてやる。ただ、変なことを考えるのはよせ。」
「……うん。」
イーサンは意気消沈といった様子でから返事をした。
あの時のデイビッドも伝説を夢見て仕事をしたのだろうか。結果として、彼は伝説になったのだろうか。アラサカの企業機密を奪うなど、ほとんど無謀だっただろう。
今となっては、彼が『望んで』『伝説』となったのかを知る術はない。
そもそも、このナイトシティにいる以上、サイバーパンクのみならず、多くの人が企業の掌の上で転がされているにすぎない。個人でどれだけ力を持とうが、企業の前に屈するしかない。それが嫌ならナイトシティから出る方が早いのだ。
「さて、これから客が来るんだ。お前には悪いがさっさと家に帰って、昼寝でもしてな。」
「はーい、ありがとうドクター。またなんかあったら来るね。」
「変なことはするなよ。」
「わかってるよ。」
まっすぐ家に帰るのもなんだか違う気がして、H10メガビルディングの近くのベンチに座り込んだ。自販機で購入したニコーラを開けて、口に含む。しゅわしゅわと炭酸が弾け、ほの甘い後味が残る。
メガビルディングには様々な人がいる。フロアや外で店を出している人とそこで何らかの飲食や会話を楽しむ人。ワトソンを拠点とするギャング、メイルストロームと思われる人達。なにかを調査しているNCPD職員。
何も変わらない日常で、これといって刺激を求めなければ、こんなにも平和な光景の中で生きていける。もちろん、ナイトシティはそこら辺を銃弾が飛び交う街。用心はしなければならないし、ギャングの抗争に巻き込まれる未来がないわけではないが。
この2075年の先でも、デイビッドが同じことを望むのなら。
『伝説』にならないように、死に様を晒さないように、根回しをするべきなのだろうか。