新しい朝が訪れる。普通ならただそれだけのことなのに、今となってはカウントダウンが進んだのと同義だ。
前と同じなら、今日はデイビッドがアカデミーに来ない日のはずだ。明日になればカツオを殴って退学になる。その流れが汲まれていれば、デイビッドはサイバーパンクになるだろう。
かといってイーサンがやることはまだ変わらない。デイビッドにあの最期を迎えさせないための準備をするのは、今からでは難しい。学生という身分にできることは限られているのだ。
不思議と焦りはなかった。焦ったところでどうしようもないという冷静な自分が強くあり、フィクサーと縁を結ぶべきと思考する一部分は常に疑問を吐き続けている。そんな感覚が渦巻いている。
新しくサイバーパンクとなった人もそうだが、どうやってフィクサーと繋がるのだろうか。各地のギャングと繋がりがあるフィクサーもいるし、元々ギャングのメンバーだったサイバーパンクはそれ経由で仕事がもらえたりするのだろう。
しかし、そういった経歴がないサイバーパンクはそもそも仕事がないのではないか。知り合いの仕事を手伝うとか、フィクサーに紹介してもらうとかなのだろうか。イーサンは浮かんだ疑問を頭の中に仕舞っておく。
学校は変わらず、一度受けた授業をもう一度受けているのだからどうしても退屈で上の空になる。デイビッドは案の定学校にいないようで、やはり前史通りに動いている―動かされている、なのかもしれないが。
学校の授業が終わると、イーサンは足早に外へ出た。打倒アダム・スマッシャーを目指して―そもそもそんな事態にならないように―努力しようと決意した。
イーサンがまっすぐ向かった先は自室である。PCからケーブルを繋ぐ先は、一枚のチップ。モニターには幾つかのページが映されていて、イーサンは慎重に数本かのコードを別の機械に繋いでいく。
「これで、よし。」
イーサンがPCを操作すると、モニター上にいくつかのウィンドウが現れては消え、やがて1つだけ残った。
キーボードをカタカタと弄くり回して、更にもう1つのウィンドウを表示させる。それとは別にグラフ画面を出して、タンと軽快にエンターキーを叩いた。
グラフは一定まで上がり続け、少しだけ停滞すると徐々に下がってゼロになる。折れ線グラフでその時間や稼働率を見て、イーサンはまたキーボードを叩き始めた。
これがどのくらい続いたのか。イーサンの体感ではそこまでかかっていなかったはずだが、外を見れば既に夜。身体を伸ばせばポキポキと鳴り、制服のまま作業をしていたのでまずは着替えをと席を立つ。制服は洗濯機へ、シャワーを浴びて着替えてからまたPCと向き合う。机の上には散乱した何かのパーツ、画面には設計図のようなものとコードがかかれたウィンドウがいくつか。隅に小さくメモ帳が開かれている。
イーサンが行っていたのは基幹システムにインストールされたサイバーデッキの改造である。学生の今からできることの1つとしてアラサカで得たデーモンの知識も踏まえて、ものは試しとPINGと書かれたシステムを書き換えていた。
コードを書き換えて狙っていたのは効率化。この場合はPINGで得られる情報量を増やそうとして、機械そのものにも手を加えて見たがどうにも難航してしまい、同じネットワークのものが見える時間を増やすだけに終わった。
それと同時にマシンスペックの低いものを弄ったからというのもあるのかもしれないが、稼働率と発熱量が凄まじかったのが機体の改造ミスなのかが特定できていないという問題もある。
とにかく今のままでは機材面は仕方ないとしても、知識量もまだ足りないようだ。
一睡して、少し早くに学校へ。まだ人も疎らな教室で、ネット空間に接続する。サイバーデッキやプログラムのことを検索して、色んなデータを見ていたらいつの間にか授業が始まり、AI教師の警告で一度元の世界へ帰る。
「校則違反の生徒を検出したため―――」
改造のことに頭が支配されていたせいか、時間はあっという間に過ぎた。気付けばデイビッドがカツオを殴り付けに来てたし、ぞろぞろと教室を出ればまたヒソヒソと話す声が聞こえる。
これでデイビッドは背中のサイバーウェアを付けたはず。となると今週末には初仕事があって、エル・コヨーテ・コホの帰りに遭遇できるはずだ。それまでは学生生活の傍らで、勉強を進めていこうとそのまま帰路につく。
電子の水辺で勉強すること二日。金曜日が訪れた。技量はともかくとして、知識だけは増えたし、クイックハック関連の新しいデータも作成済み。動作が不安定なのが玉に瑕といったところ。
サイバーデッキに関してはヴィクターに相談しようと考えてはいるが、変なことに手を出すなと怒られそうなので少しだけ先延ばしにする予定だ。
相も変わらず裏でネットを回りながら授業を受けると、時間はあっという間に経つ。
今日の授業はこれで終わりと足早に学校を出て、最寄りの駅から電車に乗った。ガタゴトと揺れることもない。
車両は三から四両編成で、イーサンが乗ったのは二番車両の端。ドアの近くに立ち、椅子との境界面に背を預ける。
窓から外を見てボーッとしていると、不意にカシュッという機械音が聞こえた。PCや生体からチップを排出するような、小さな音。音の出所は後方車両側のようだが、実際にチップを取り外したような動作をした人物はいない。
少し経って二度目の音。盗られたのはスーツ姿の男性、犯人は青い髪の女性。サイバーパンクの一人、なのだろうか。スタイルが良く、ちょっと際どい服装をしている。現代では珍しいものではないが、思春期がまだ残ってる人間の生態は目線を彷徨わせる。イーサンは学校帰りで制服のまま。フードがある服装ではないから、チップの差し込み口を手で覆って封じる。
チラリと犯人を見ると、こちらを横目に見ながら通り過ぎて行った。ガラリと音を立ててドアが開く。隣の車両に向かったようだ。なんだったんだと思いながら、降りるまでその手は首に付けたままにした。
家に帰ると、ふと違和感があった。特に不審なものはないし、いつも通りの部屋である。人が入った様子もなければ、何かしらが弄られた感じもない。首にあるチップは相変わらず刺さったままだ。
ではこの違和感の正体は何だろう。考えてみてもわからない。何かを忘れているような感覚に、イーサンは一人首をかしげた。
忘れるということは些事ということだろう。そう信じてイーサンはこれまで通り、改造に励む。案の定、夜中まで夢中になった。
「ハーイ!あら、イーサンじゃない!そういえば今日は土曜日だったわね。」
「こんばんは、働きすぎて曜日感覚なくなったの? お好きな席どうぞ。」
「そんなんじゃないわよ、やっと週末の夜なんだなって思っただけ。いつものお願いね~。」
「了解、後で持っていくから待ってて。」
そして迎えた土曜日。週末はエル・コヨーテ・コホでのバイトの日だ。相変わらず元気いっぱいないつもの女性三人組に愛想を振り撒いて、彼女らはお決まりのテーブルに着いた。今日も今日とて仕事の愚痴を溜め込んでいるのだろう。土曜日の彼女らは酒癖が少しだけ悪くなる。
その後、いくらか客を案内して、イーサンはふと見知ったー現状では一方的にー人物がいないことに気づく。アラサカの社員であるギブソンだ。アカデミー卒の新人の愚痴を言ってきたコーポの大人である。かといって、いろいろな関係がリセットされた今では彼との面識はなかったことになっている。
ふと気になったものの、それを気にし続けていられるほどの余裕はない。今日のエル・コヨーテ・コホは満員である。忙しなくフロアを歩き回り、注文された酒や食事を届けては新しい注文を聞く。それを繰り返し、多少の休憩が取れたのは22時を超えた頃だった。
ママにもらった二コーラを片手に、椅子に座って溶けるように脱力する。今日は客が多く、なんでこんなに忙しいんだろうとママに問いかける。
「ねぇママ、今日なんか混んでない?先週の土曜日もこんな感じだったっけ?」
「いいや、今日はシティセンターの東あたりでヴァレンティーノズとシックスストリートが争っているみたいよ。」
「そうなんだ、そしたら今日は帰るの難しいかなぁ。」
「もしイーサンが良ければうちに泊まっていきなさい。」
「いや、今日はちょっと寄りたいところがあって。遠回りしていくことにするよ。」
「そう? あんまり危険なところに入っちゃだめよ。」
「大丈夫だよ、変なところには寄らないでまっすぐ帰るつもりだから。」
今日はデイビッドの初仕事の日だ。きっと今頃はもうH8メガビルディングの近くで仕事仲間とわいわい騒いでいるのだろう。そして、イーサンが久々にデイビッドと再会する日でもある。今回もあれから学校には来ていない。サイバーパンクとして生きていくことは決まっただろう。
バイトから解放されたのは深夜0時を少し超えたころ。客もまばらになり、店も忙しい時間帯を超えた。エル・コヨーテ・コホを出て、目指すはジャパンタウン。抗争があるという話通り、ヘイウッドの通りを走る車がいつもより少なく感じられる。
街灯に照らされ、ホームレスの放つ異臭に顔をしかめたり、橋を渡ってウェストブルックに着いた途端に交通量が増えた。ヘイウッドと違ってウェストブルックのほうが人が住む場所が多いのだろうか。
どことなく足早にーどうせ終電はもうないしと開き直ってーイーサンは歩く。大きな08という文字が視認でき、その根元は少し明るいように思えた。ジャパンタウンは出店も多いので、明るいのは当たり前なのだが、イーサンはそんなことを知らない。デイビッドと会えるという期待の方が大きく、周囲に気を配っている余裕はなかった。
そして辿り着いたH8メガビルディング。あの時と同じように少し高いところから騒いでいるサイバーパンクたちを見つける。
長い腕で皿回しをする男と、それを楽しそうに眺める大女。対称的に少女の風貌をしたサイバーパンクはそんな男を冷ややかな目で見ている。
車のボンネットに座る大男と、そいつから何かを受け取って去っていく男。昨日電車で盗みを働いていた青い髪の女もそこにいた。
しかし、肝心なデイビッドはそこにはいない。