デーモンの開発も、サイバーサイコシスの緩和や治療についても、微々たる進展はあったものの十分ではない。そんな状況のまま、それなりの月日が過ぎた。
戦闘能力の向上という意味であればやはりインプラントやチップに頼った方が早いし、強い武器を手にするのが確実だ。こうして対企業ICEの研究をするよりも、遥かに短期間に成果が得られる。
学校卒業まではあと一年もない。アラサカからはもう内定が出ていて、成績も送信されているらしい。これも前回通りの展開を迎えている。繰り返された二度目の卒業まではもうあと少し。
そんな冬のある日の出来事だった。
カツオ・タナカの取り巻き二人が、何か話ながら歩いている。それ自体は別にどうということはない。周りからすれば普通の光景であるし、ただ男子学生が仲良く何処かに遊びに行くだろう程度のものだ。
ただ、二人の表情が少し暗いような気がした。そして、肝心な飼い主も見当たらない。
「あっ……」
「……珍しいな、二人なんてさ。」
こちらに気づいて声を漏らした二人に声をかけた。本の気まぐれのような、普段はしないことだがつい声をかけてしまっていた。
「カツオはどうした?」
「それが、その……」
「お父様が、亡くなられた……らしくて……」
「カツオの父親が?!」
カツオ・タナカの父親は、フルネームこそ知らないが、アラサカ社の重役の一人。普段からSPだとか連れて歩くようなお偉いさんで、セキュリティの複雑な一室で勤務するような人だ。それこそアラサカ社の軍用車両とかそういう特殊な送り迎えをされるはずで、彼が襲われるなんてことがあればNCPDどころかマックスタックの登場だってあり得るだろう。
「理由は、聞いたか?」
「そんなことまで聞けないよ。ただ、その……」
「なんだよ。」
「原形を留めてない、って。」
「刺さってたトラウマチームの契約チップで、本人認証をするしかなかったとかで……」
「マジか……」
トラウマチームでも手の施しようがない程、となれば相当なミンチ具合だろう。もしくは、駆けつけた時には首と胴が既に別れていたのかもしれない。どちらにせよ、それは護衛も含めてそうなっているはずで、今日はそこら中から火葬の煙が上がっていてもおかしくない。
それなのにナイトシティの街中はそんな素振りもなく、ただ穏やかな日常が流れている。
「なんでも、マックスタックも出動してたみたいでね。」
「サイバーサイコ事件ってことか?今朝のニュースじゃ、そんな話出てないぞ。」
「ニュースじゃ流せないでしょ、アラサカの失態とか言われて大変なことになるさ。」
「それに事件があったのは昨夜のことらしくて、昨日の夕食前に少し出掛けるって行ったきりだったって。」
「夕食前に出掛けて、そのまま暗殺?当然SPはいたんだろ?」
「詳しい状況は聞いてないけど、普通にお出掛けになられたって言ってたから、たぶん……」
「そう、か……」
普通に出掛けたとしてSPは最低でも一人、運転役がいるとして二人。アラサカの軍用車ではないとしても銃撃戦が行われたなら壮絶なカーチェイスがあるし、道路の封鎖だってあったはずだ。そんな話は聞いてないし、今朝の交通情報に封鎖の情報はなかった。
なら車を降りた時に何かあったに違いない。出掛けるとしか言ってない以上はカツオも行き先を知らないだろう。ただ出掛けることに抵抗がなかったとすれば、タナカ氏の外出は良くあること。行動パターンが読めて、その先で誰かと会うことがわかっていたからこそ暗殺に成功した、だろうか。
SPはグルで、フィクサーに買収された?運転手も―いや、これがデラマンを利用したなら運転手などいない。極めて個人的な外出ならSPすら連れていかなかったと思ってもおかしくないか。
もしそうならタナカは一人になる。これを狙っての犯行だというなら、タナカの用事が何かによって―それこそ人と会うということになれば、そいつはサイバーパンクやフィクサーに買収された人間なはずだ。
タナカはアラサカの重役。ギャングとの関わりは薄いと思っていいだろう。もちろん個人的な恨みとかなにかしらあるとしてもだ。ミリテクに由縁のあるフィクサーならタナカの暗殺の仕事くらいあってもおかしくはない。それを請け負ったサイバーパンクは一体どうやって――
「あ――」
「どうかした?」
「あ、いや、なんでもない。先帰るわ。」
二人から離れ、アラサカの前から少しだけ歩いて離れる。思い返すのは前回のこのくらいの季節。今回はなかったデイビッドからの通話。なんでだ、あいつはなんで、ホロコールを掛けてきたんだっけ?
思い出せ、思い出せ。焦る気持ちに自然と立ち止まる。シティセンターの上に漂う二匹のホログラム。鯉だか金魚だか知らない赤と青が悠々と、人のことなど気にしないで泳ぎ続ける。
珍しくかかってきた通話は、ホントになんの脈絡もなくて、何かを聞かれたんだ。何を聞かれたんだ?
しかも、その問いかけに俺はいつか聞いた噂話を伝えたんだ。誰に聞いたんだ?
俺は、そうだ、ママのところで、仲良くなったあの人に―
「ギブソン!」
「ん? ああ、アレッタ。君ももう終わりかい?」
「ええ、良かったら一緒に帰りましょう。」
「もちろん、僕でよければ。」
「この後、時間はあるかしら?」
「―――――」
「――エンバース……ジミー、クロサキ……」
そうだ、そうだった。裏BDのディレクターであるジミー・クロサキの居場所を聞かれて、ギブソンに聞いたエンバースに通っているらしいという話を伝えたんだ。
見えなかった点同士が繋がって線になる。ただ、それとタナカの関係がわからない。ジミー・クロサキとタナカが出会う?タナカが一人で会いに行かなきゃ行けない相手なのか?そんなわけはないだろう。ただのBDディレクター、映像作品を作ることしか出来ないような奴だぞ。
「そうか、チューニング……」
ブレインダンスをより楽しむためにはチューニングという作業が必要である。それは視覚を含めた五感をそのBDにより溶け込ませるための感覚調整だ。
ジミー・クロサキが、JKと書かれたディスクが収録していたのは大半がスプラッタ。サイバーパンクが暴れ、多くの人を殺し、最後にはマックスタックに殺される。その始終を自分に起きたこととして消化するのだ。きっとそれは家族にも、アラサカにも秘密な彼の過激な趣味。誰にもバレないように一人でジミー・クロサキに特別にチューニングしてもらっていたのだろう。
それならば、辻褄が合うのではないか。タナカは護衛も連れずにジミー・クロサキのBDを買い付けにいって、そこで襲われるのだ。他でもないデイビッド達によって。
しかし、原形を留めていないほどぐちゃぐちゃにされているというのが気になる。デイビッドは少なくとも人殺しを厭わないはずだ。あの時ミリテク対策研究室で、エバンス所長の頭を吹き飛ばしたのは他でもないデイビッドなのだから。
ただ、その時のデイビッドは少なくとも頭を一発撃ち抜いただけだ。ミンチにするなんてやり方はあいつらしくない。
そうならばマックスタックに撃ち抜かれた?蜂の巣になればそもそも千切れるどころではない。というかマックスタックが出てきたのは何故だ。NCPDに対処できないほどの暴力を、デイビッドが振るうとは思わない。デイビッドの仲間が、サイバーサイコシス化した?確かに、あの大男は腕も足も、たぶんサイバーウェアだ。プロジェクタイルランチャーで吹き飛ばしでもしたか?
考えれば考えるほど、その後の顛末がわからなくなっていく。悶々としたまま、イーサンは歩き出した。
「やっぱ出ないか……」
自室に戻ったイーサンは早速デイビッドに連絡を取った。もちろんホロコールは取られることなく終了する。
仕方なく今の状況を整理することにした。
デイビッド達サイバーパンクは何かしらの仕事でタナカと接触する必要があった。そのタナカはジミー・クロサキの裏BDを購入するような奴で、サイバーパンク側は先にジミーを、交渉なり脅迫なりして味方に引き入れた。
タナカはジミーのBDを買いに来た。チューニング中、もしくは姿を表した時から襲撃を開始。
きっとそこでもなにか一悶着あったんだろうが、タナカは確保されたはずだ。ぐちゃぐちゃにする、ということであればそこで何かあったか。その後にタナカから情報を引き出してから殺したか。
でも、後者なら、わざわざトラウマやNCPDが出張ってきたのがおかしい。眠らせる時に何の処置もしなかったのか?いや、トラウマチームのシステムは個人のチップスロットに健康管理用のチップを入れて、異常を検知したら自動的に信号が送られるだけ。偽装工作で信号を送らせないように出来るはずだし、サイバーパンク側にもランナーくらいはいるはずだ。そんな対策すらしてないような素人集団じゃないだろう。
データを引っこ抜いて、そのまま跡形もなくなるように殺害?そのまま放置していても死ぬようにすればいい。眠らせたりしたのならガスとかで窒息させるのも手だろう。わざわざ死体がそこにあると公言する必要はなかったはずだ。
結局、どちらのパターンを選んでもサイバーサイコシスという選択肢がちらついている。もしサイバーサイコシスがちょうどそこで発症してしまったのなら、納得できてしまうのだ。
ただここで一つ、ヒントを得ることができた。デイビッドとつるんでいるサイバーパンクに依頼を出したフィクサーはミリテクの犬と考えてほぼ間違いはないだろう。わざわざアラサカの重役になにかを仕掛けるなど、他の大手企業でもなかなかやらない。誰の依頼かを特定することができないのは悔やまれるが、それを辿ればミリテクとの線が繋がるはずだ。デイビッドだけではない。あの大男や小さな女性、聞ける人はたくさんいる。もちろん、ただで情報を売ってくれるような人間はいない。何らかの方法で、どうにか近付かなくては。
ただ、デイビッドに連絡を取ろうにも、なかなか繋がらない。彼の仲間の連絡先など、そもそも関わりがないのだから知る由もなく。
H8メガビルディングの根元で待ち伏せをするか?さすがに不審者すぎるし、疑われたらフィクサーの情報を求めるどころではないので無しだろう。
ともかく今は、彼らの裏にいるフィクサーがどんなやつなのかを想定できただけでも収穫はあった、と考えるべきだ。
少しだけ前進したことに満足し、情報を書き出したメモをデスクに隠してベッドに入る。何故だか今日は、明かりのない部屋も怖くはなかった。