復元した写真はゴツい男性だった。肌は白く、頭から目元を通ってそのまま口へ青いサイバーウェアのラインが引かれているという特徴的な見た目の誰か。一切名前もわからなかったそれをヴィーへ提出する。これを復元するのに二日掛かった、という体で。
データのサルベージを依頼されてから早四日。今日を乗り越えれば防諜部に配属してから初めての休日である。現在時刻は十五時を少し過ぎたところ。初めての成果物ということでヴィーに画像を送信しようとするが、このデータをもらったときの言葉を思い出した。破損したデータのコピーでさえ機密事項として扱われているものをメッセージで送信しても大丈夫なものだろうか。
なんとなく心配になったイーサンはヴィーにどうしたらいいか指示を仰いだ。
それから数分後、珍しく返信がないことに戸惑っていたら個人ブースのインターホンに反応がある。話を聞きに来たであろうヴィーがそこにいて、急いで部屋に招き入れた。
「画像は?」
「これです。」
ずかずか歩いてモニターを見に来たヴィーに見せる。どこの誰だかは全然わからないが、イーサンの主観的にはこの顔面はナンセンスだと評価を下す。
「名前に職業、その他こいつに関するデータは見つかったか?」
「いや、今のところはこの画像だけです。他にもいくらか画像データがあるっぽいですがうまく接ぎ合わせることができていなくて。」
「人物の画像が一つでも発掘できただけでも上出来だ。他の画像データもいけるか?」
「これと同じく1枚につき数日、もしかしたら画質がめちゃくちゃ荒くなるかもしれませんが。」
「それでいい。長官には俺から話しておく。」
どうやら成果物に文句はないようだ。他のランナー達が先に復元しているものだったりしたらと少し恐々としていた部分もあるが、そもそもお互いが作業内容やその成果に対して不干渉なのだ。その結果が多少被っていても仕方がない。
ともあれ、少なくともヴィーはこの結果に少しは満足したようだ。
「よくやったな。」
「えっ……」
褒められたことに驚いて、ついその先の言葉を続けられなかった。同じ会社の先輩と後輩という関係でありながら、実際に業務で関わることはほとんどない上に、この数日間は報告書のやりとりをするだけの仲だった。初日の印象から、淡々と仕事をするような人だと思っていたし、愛想がいい方ではないだろうなと偏見を抱いていたおかげで、今回も実際に画像を見に来て終わりだと思っていたから意表を突かれたような気分になる。
「なんだよ、その反応。」
「あっ、いや、なんでも。」
「お前なぁ……俺だって鬼じゃない。成果を上げた部下を労うくらいはするさ。」
「えーっと、ありがとう、ございます……?」
「素直に受け取れ。」
トンと少し乱雑に頭に手を置く先輩の優しそうな一面に混乱はさらに増える。わかったことといえば、この人はあまり口数が多くないだけで、エバンスよりまともな人間だということだ。
「それに、このチップからなにかしらのデータをサルベージしたのはお前が初めてだ。これからも期待してるぞ。」
「はぁ、頑張ります……」
「まったく……それで、破損データの修復中になにか気づいたこととかないか?」
「気づいたこと、ですか。」
呆れたように問いかけられ、うーんと唸る振りをして話す内容を考える。気付いたことというよりも、気付きたくないことがあるというのが本音であり、修復がなかなか進んでいないことになっている現状ではあまり核心に迫るような質問はできない。
「これって、誰かが持ってた情報、ですか?」
「……そんなことを知ってどうなる?」
「サルベージの手助けに、多分、なるので……」
そういったイーサンの目を、ヴィーはじっと見つめる。さすがにこの元データを持っていたのが、サーバーやロボットではなく人間だと断定するのは早かったか。内心では緊張して、心臓の鼓動が早くなる。
「個人ブースにはちょっとした仕掛けがあってな。」
「へ?」
「もともとここは部屋の内外の音をほぼ完全に遮断する。盗聴器でも仕掛けられない限りはこのブース内での会話を外で聞くことは出来ない。」
そう言いながら、ヴィーはしゃがんでデスクの下を漁り始める。
「はぁ……そうなんですね。」
「でも、外から内側は丸見えだろ?もちろんお互いを監視するという理由もあるわけだが。」
「それは納得できます……何してるんです?」
「ここに、スイッチがある。これを押すと、一時的にガラスが不透明になってな。」
「外から見えなくなる、と?」
「そうだ。見てみろ。」
言われた通りに廊下を見ようとすると、確かに不透明になっている。白く靄がかかっているような、しかし外の様子がぼやけているわけではなく、見ることができないのだ。それに声を出して感動していると、ヴィーから声がかかる。
「さて、仕事の話に戻ろう。お前は、どうしてこのデータの元が人間だと推測した?」
「データの保管されて場所のコピー、たぶんあの破損データが大事に保管されていたであろうことはわかるんです。ただ、その保管の仕方が、こう、人間的というか……」
「具体的には?」
「宝石とか、時計、指輪……俺は実際にそういうものを見たことがないんですけど、そういう高価なものを展示するためのショーケース、みたいに感じて。」
「それで?」
「でも……ああ、これ。あのチップが入ってた箱。例えばこれを展示するとして、人の身長より遥かに高い柱のショーケースなんて使います?」
「なるほど。そこに展示されていたものはそれなりのサイズがあるものだと。」
「そうです。サルベージしろって言われたデータもそれなりの容量があったし、きっとあのデータは宝石とかよりもっと大きなもののはずなんです。その人にとって、大切だったり貴重だったりする、それなりの大きさのもの。それが何かわかれば、もう少し捗るかなって思ったんですけど。」
細かい説明をするにはまだ整理がついていない。言語化するのは今の自分には難しく、ジェスチャーで無理矢理説明する。ヴィーもどうにか話についてきているようで、考え、時には相槌を打ちながらも話を聞いてくれていた。
「なるほど。それも含めて、長官に報告する。もし開示可能な情報があれば今と同じく、このブースでの内緒話だ。いいな?」
「……長官、ですか?室長ではなく?」
「ああ、そうか。この依頼は防諜部長官のケイトから下りてきた依頼だ。室長からの命令じゃないが、室長より偉い人からの依頼だからな。」
そんな重要案件を新人に任せるな、と思わず口に出しそうになったが、それほどまでにこのデータに苦戦しているということだろう。興味がないふりをして「へー」なんて適当に返したが、そこまで責任が重い仕事だとは思っておらず、声が震えた。
「ま、出来ないことは出来ないでいいさ、新入りにそこまで求めるほどブラックじゃない。」
「それならいいですけど……」
「まぁ失敗してもコピー品だからな、少しは怒られるだろうが解雇とかそういう話にはならないだろ。」
「怖いこと言わないで下さい……」
「ま、何かあったら俺に言えよ。」
「了解です。」
そんな
仕事から上がるとなんだか解放感があって、今日は珍しく外食しちゃおうかななんて浮足立っている自分がいる。イーサンは18歳。アメリカでは成人年齢こそ18だが、酒を楽しめるのは21からだ。ナイトシティという街ではそんなことを気にする人などほとんどいないが、そういったところにあまり興味を持ったこともないイーサンは未だに飲酒をしたことがない。
せっかくならとイーサンは一度まっすぐに、そして足早に家に帰って私服に着替える。シャワーを浴びて白いTシャツに赤いジップアップパーカー、前は閉めない。青いジーンズを履いたら
H10メガビルディングは近くに交番があるため、地上に出ればNCPDが歩いているような建物だ。こんなところで犯罪を起こして銃撃戦をするなんて輩がいるのだからナイトシティの治安は悪いと言わざるを得ない。幸いにも今日はそういった暴動がなさそうなので、足取り軽くイーサンはメトロに乗った。
電車はシティ・センターの宙を泳ぐ魚の遥か下を一直線に走り抜け南へ。エブニケの駅を出てさらに南へと歩く。目的地はエル・コヨーテ・コホ。そう、企業に勤めるようになってから足を運べていなかった酒場に、初めて客として訪れようというのだ。ママはどんな顔をするだろうか。常連の彼女らもこの時間には店に来るだろう。企業の犬と蔑まれなければいいが。楽しみな気持ちに不安を少々、それでも軽い足取りは人が多くて避けるのも面倒な大通りよりも、人通りなんてほとんどない裏道を選んだ。
ナイトシティの裏路地にしては珍しく、浮浪者もいない。ラッキーと思いながら少し早足で進んでいく。表から見えない場所まで到達して、イーサンはふと足を止めた。そこはT字路。イーサンはそこをまっすぐ通り抜けるように進んでいた。そこから左折できる道は薄暗い裏路地の中でもさらに暗い。
眼球に表示される敵性ハックの警告に、ふとヴィーの言葉がよみがえる。浮かれすぎて失念していた―それはそれでどうなんだと怒られてしまうかもしれない―が、イーサンはもう企業に所属する人間なのだ。
足を止めて、棒立ちのまま敵性ハックに抵抗する。それと同時に、ハッキング元を特定するべく、天眼―ランナーの逆探知をすることができる―を起動した。左側の路地の先、右側の建物の影、護身用に持ち歩くようにした
ハックにはハックで対抗する。脳筋と言われそうな手段をとるために、ノロノロと一歩ずつ、路地へと向かう。建物の影から覗く赤い光に抵抗の手を休めることなく、その身体を捉えて攻勢に出る。じわじわと進むハッキング警告に焦りはするものの、犯人の姿だけでも記録できればとその足は進むことを諦めなかった。
やがてその全身を視界に収められるところまで来て、見覚えのある髪の色に気づく。薄い銀の髪と前に垂れる虹。
「デイビッドの、仲間の……?」
一瞬気が抜けて、イーサンのハッキングが止まる。彼女はその呟きにはっとした様子を見せ、ハッキングが中断したかと思うと、信じられない速度で進行する。
ヤバいとわかるも時は既に遅く。ハッキングの進行度は既に100%の点滅を見せ
ラスト、コピペを間違えたとかそういうあれではないので、、!念のため