<<先輩、これ。一昨日言われたチップの解析データです。>>
チャットとともに送られてきた書類データ。バイオテクニカへの産業スパイがコピーしたものの、暗号化が何重にもかけられており、その解析をイーサンに依頼していた。
この少年はデータ関係の-特に解析や解除といった分野に長けている。早く正確で、出来ないところは出来ないとすぐに言えるのは仕事において美点だろう。さすがはアカデミー上がりとでも言うべきか。そしてその当時できなかった部分は自分で試行錯誤するか別の解析者へ聞きに行って吸収しようとする。全くもって素晴らしい後輩だと思う。
ただし、世の中の『仕事ができるやつ』はこのナイトシティでは残念ながら警戒対象でもある。薄汚れ、欲望のひしめき合う街では、情報を持つということが何よりも大事になる場面がある。ギャングがそこら中に居て、そんな金さえ積めばなんでもするような連中を操れば大犯罪なんてお手の物。小さな企業-といってもそういうのは大抵大企業の手先だが-からその親元まで、あらゆるセキュリティについての知見があるなんて、どこの企業でも欲しがるような存在だ。
そんな優秀な危険人物を当然野放しにしておけるはずもない。近頃頻発しているランナー殺しは止まることないし、犯人はミリテクの可能性があるとかバイオテクニカの可能性があるとか、情報はかき乱されつつある。今のところ、アラサカの機密情報を扱わせることはないが、彼が死んでしまえば防諜部の仕事ペースは目に見えて落ちるだろう。何より優秀な部下がいなくなれば自分に降りかかる仕事が増える。彼の処理速度を鑑みても自分一人では抱えきれないだろうことは想像できてしまうくらいだ。
<<確認した。次の仕事を頼みたいんだが>>
<<了解です。急ぎですか?>>
<<いや、そこまでじゃない。他に何かしてるのか?>>
<<クレイグさんがカンタオのデータ解析をするっていうので見させてもらおうかなって。>>
<<そうか。こっちは今週中に終われば問題ない。>>
<<わかりました。それじゃあ詳しいことはメッセージに送っておいてください。先に勉強してきます。>>
そんな心配も露知らず、貪欲にただただ知識と経験を積み上げていく。チャットの返信を読みながら深くため息をついた。
そんな上司のことなど気にかけることもなく、イーサンはクレイグの仕事を横で見ていた。カンタオは中国資本の企業で、日本企業ともアメリカ企業とも、セキュリティや暗号化のルールが独自のものが多いらしい。そんなカンタオの主力商品は武器だ。昨今の銃にはサイバーウェアと連動して、予め設定された照準内の標的を追尾する銃というものがあり、それをスマートガンという。自動で弾道が補正され、銃の扱いが上手くない人でも簡単に当てることが可能だ。扱いやすいピストルからショットガン、サブマシンガンといった幅広いラインナップも相まって、主に警備会社で使用されていることが多い。
そんな企業へスパイをしているアラサカの社員から送られてきたのは弾道調整用のシステムファイルらしい。ただし、そのシステムファイルは通常では動作しない。OSが特殊なのか、暗号化形態が違うのか、はたまた別の問題か。それを1から紐を解いてみようという会だ。今のところイーサンはカン・タオ関連の仕事が来たことはない。
スマートガンの技術には元々興味があった。ルーシーと出会ったときは、彼女にハッキングを受けていたからという要素もあるが、狙っているつもりだったのに弾丸は思った通りに進んでくれない。スマートガンであれば対象を視野にいれておけばあとは銃と弾がどうにかしてくれる。
かといってカン・タオ製の銃をそのまま使うことは何となく憚られた。別にアラサカではアラサカ製の装備以外の使用禁止といった規則はないと思ったが、どうせならアラサカの技術も利用してやろうと思ったのだ。
「よし、大枠のフォルダは開けたぞ。」
スパイ活動をしている社員のカン・タオでのIDを入力し、簡単なセキュリティーを抉じ開ければ目的のフォルダーに関してはすぐに見つけることができた。
「あっさり開くもんですね。」
「そりゃまだ表面だけだからな。システムデータなんてもっと奥の奥に入ってるもんだ。」
「まぁそれもそうですね。こっからはオフラインで作業ですかね?」
「そうだな、機密っぽいのは特に見つからないが……そういえば、照準設定のデータが欲しいって言ってたか?」
「ええ、ちょっと開発課の人にお願いしてスマートガンを作ってもらおうと思って。」
「そりゃまたどうして。護身用の銃くらいは持ってるだろ?」
「俺、訓練も受けたことない一般市民ですよ。とっさに上手く扱えません。大雑把に撃って当たるならその方がいいです。」
「なるほど。ってなると……これと、これ。あとはこいつもそれっぽいか。残りは俺の仕事手伝ってもらうぞ。」
「もちろん、そういう約束ですし。」
そこから少しだけの共同作業を経て、イーサンはついにスマートガンを……正確にはスマートガンの照準システムの基礎を知ることができた。
といってもそれを利用して自作の銃を作れるほどの能力はないのだが、それは追々銃火器の知識を付けてからだろうとイーサンは先送りにした。
ルーシーが主導で行われているアラサカ狩りが最近芳しくないようだ。更にいえば、イーサンもアラサカの情報に追いつけなくなっていた。そろそろバレたかと思ったがそんなことはなさそうで、こちらに監視の眼がついているような自体にもなっていない。
念には念をと自身のサイバーウェアやチップ、その他情報の詰まる場所を細かく走査してみたが、異常は見られなかった。ただ、それで休日を潰したのは割とショックだった。
情報が捕まえられないというのはルーシーにも伝えてあって、イーサンとルーシーの情報交換は間隔を空けて行われるようになり、今では月に一度の関係になった。
そして今日はその情報交換の日―――なのだが、ルーシーと連絡が取れない。何の連絡もなく10分経ったら連絡会はなしという約束であり、その時間まであと3分ほど。ルーシーが遅れることは今までに無かったので、今日は来られないんじゃないかと思い始めた頃。帰宅の準備は終えていて、いつでも外へ向かえるような状態になってすぐのことだった。
コツコツと聞こえた足音。律儀に入り口から入ってくる何者か。それに気づけなかった時点で逃亡するには遅すぎた。
暗闇から覗く瞳に覚えがある。思い返せばこれは彼の靴音だったとわかってしまう。
「お前は優秀な後輩だと、信じたかったんだが……」
久々の投稿になりました。楽しみにされていた方は申し訳ないです。
文章を書く勘を取り戻さなくてはならないほどに離れてしまっていたので前話までと雰囲気や文章が違うかもしれません。
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