少しでも違和感があった時点で逃げ出していればこんなことにはなっていなかったかもしれない。そんな後悔をしたって仕方がないのに、今回はこんな結末かと受け入れている自分がなんとなく嫌で考えてしまう。
殺意を明らかにしない先輩はその手に握る拳銃をこちらに向けながら溜め息をついた。
「さて。俺がこうして銃を向けている理由を察せないほどお前はバカじゃないと思ってる。」
「……情報の出所だけ、教えてもらえませんか。」
「潔いことは良いことだが、喋ってほしい内容はそれじゃない。」
極めて無表情に、差し向けられた銃口は軽々しく火を噴いた。バキッと鈍い音を立てて機械でできた左腕が弾け飛ぶ。
「お前の身体検査結果は知ってる。左腕を飛ばしたのは俺なりの優しさってわけだ。」
「そして、本気だっていう意思表示……ですよね。」
「ああ、そうだ。良くわかってるじゃないか。そんな賢いお前のことだ、俺が聞きたいことはわかってるだろ?」
今目の前にいるのは防諜部の粛清役としてのV。それはつまり、
「……お互いに、一問一答形式で手を打ってもらえませんか。」
「主導権がお前にあるとでも?」
「主導権なんてないです。が、時間稼ぎならします。」
ガチッと音を立てて、Vの持つ銃はその引き金を引かせなかった。
武器グリッチ―――武器を使用不能にするという単純なハッキングツールだ。Vのハンドガンは詰まっているだけ。整備をするならその隙に逃げることもできるのだが、どうせそんなことは想定済みで、別の銃を持っていることだろう。
だからこれは生きている時間を数秒だけ長引かせる役割でしかない。
ただ、イーサンとしてはほんの少しでいいから情報を求める時間がほしかった。だから、これでいい。
そして、Vはそんな思惑を完全には知り得ないが、時間を稼ぎというのが本気であるということは察した。そんなことをしても無駄であるのに、目の前の後輩はそもそも逃げる素振りを見せない。もちろん外の警戒は別で対応する人物がいる。逃げようと飛び出せばすぐに確保できる準備はしてあるのだ。
「いいだろう、先輩の優しさだ。逃げようとしたら容赦はしないが、そうでなければ質問を受けてもいい。回答できるかは保証できないけどな。」
「構いません。俺はどうせここで死にます。少しでも自分の行動がどうだったかを知りたい。」
「真面目だな、出来の良い後輩を失うのは辛いもんだ……よし、まずは俺からだ。お前、何をした?」
「俺がもらったタナカの破損データのコピーにPINGデーモンの亜種を混ぜました。アクセスしたやつが誰で、どこにいるかわかるように。」
「その情報を売っていた、と?」
「別に売ってませんよ。横流ししてただけです。」
「何故―――」
「先輩、俺の番、飛ばさないでください。お互いにって話だったでしょ。」
生意気なところもあるが、真面目で純粋で几帳面な、近年稀に見ることすらない良い後輩だった。仕事の覚えはいいし、要領もいい。目立ったミスはなく、メキメキとスキルを上げて、防諜部ではなく開発部の方が適正が高かっただろうと思ったものだ。
あちらこちらに首を突っ込んでは生き急ぐように知識を身に着けようとしていた。時々何かを思案するような仕草を見せたときは暗い表情をすることもあったが、知らないものを知るとかやったことのないことをやるのを楽しんでいるようにも見えた。
防諜部の面々もそんなイーサンだからこそ、仕事を教えるし、ちょっと高度なテクニックだって教えて見せた。社員の中には俺のとこの便利屋だなんて言って仕事をいくらか押し付けた奴がいるようだが、あいつは別になんとも思ってないんだろう。
そんなデキる後輩に裏があるとは思いたくはなかったが、疑ってしまうのがこの仕事の性だ。身辺調査なんてのは、アラサカの新入社員なら当たり前にされる。もちろん本人には気付かれないように。
結果として、数ヵ月に及ぶ調査でもこの後輩には怪しいところが見つからなかった。任せた仕事は彼の能力で可能な限りを尽くしてくれたし、その仕事振りはまさに完璧と言っても差し支えがない。
今回の件は、とあるフィクサーが売ってきた情報で発覚した。アラサカのネットランナーを悉く処分してきた謎のランナーのブレインダンス。そのデータの中にあったのは情報のやり取りから他愛のない会話、そして次の段取り。追跡を終えた状態では誰もそんなことをしているとは察せず、野放しになっていたわけだ。
データ内に不正なデーモンやその他の痕跡は残されていないとは防諜部の他のネットランナーからの話。それも複数から上がっているので、この後輩が仕込んだバグはよほど巧妙に隠されていたのだろう。なにもそんなところで優秀さを発揮して欲しくはなかったのだが。
「俺の事がバレたのはルーシーさんから、ということで良いですか?」
「……間接的にイエス、と言っておこうか。」
「間接的……なるほど。」
「よし、次だ。何故、こんなことを?誰かに誑かされたか?」
そう聞いただけなのに、目を丸くしてイーサンは驚きを表現する。そして、少ししてから笑うように息を吐いた。
「何だ?」
「俺のこと、気遣ってくれてるんだなと思って。」
「俺はいつだって後輩想いの優しい先輩だっただろ。」
「そうですね、そうだったと思います。」
「それで、答えは。」
「……これを、渡しておきます。」
視界に現れたのはファイルダウンロード中の文字。ゲージはさっさと進み、100%の文字が映り込む。
「これは?」
「開いてみてください、現段階での俺の計画です。」
「計画?」
「細かいことは書いてませんが、大雑把にこうする予定だと言うのはそこに書いてあります。とりあえず読んでみてください。」
言われた通りにデータファイルを解凍し、現れたのは2つの文書。サイバースケルトンと書かれたファイルはその詳細な仕様と決められた輸送経路、そしてそれを逸脱して輸送される場所まで書いてあるものだ。仕様はアラサカのネットワークを隈無く探れば出るかもしれないし、輸送経路もわかるだろう。
しかし、『逸脱した経路』と書かれた内容と考察は少なくとも計画者でないと知り得ないような内容だ。何故こんなものを、と視線を向けるとそこには表情を崩した後輩がいた。
「先輩、ほんとに俺のこと信じてくれてるんですね。思ってたより受け入れられててビックリしました。」
「何の話だ。」
「デーモン仕込まれたこと、気付いてませんか?」
「デーモン……?」
「位置を漏らすものと、通話機能の妨害、それと記録を残されたら困るのでBDの録画不能措置ってとこですかね。直接害するようなデーモンはないので安心してください。こうなった以上、もう意味のないものですけど。」
「……全く気付かなかった。やっぱりお前は出来る奴なんだな。」
「これはアラサカ社員用のデーモンみたいなものですからね。ICEに引っ掛からないように細工したのが上手くいってて良かった。」
満足げに話す姿は普段と変わらない。今この場で行われているのは尋問だというのに、怯える素振りも見せず、余裕綽々といった様子を時々見せる姿はまだ子供だ。ただし、大人顔負けのネットランナー技術を持つ子供。厄介極まりない。
「さて、それはあるトリガーで自動的に削除されるようにしてあります。どうして俺が、ここまでしたのか。聞いてくれますよね?」
「……ああ。」
話されたのはあまりにも非現実的で、あまりにも無稽なものだった。秘密裏に開発されていたサイバースケルトン、さらにその実地訓練、それもサイバーパンクを利用した対ミリテク軍規模のもの。他の誰かからその情報を聞いたら話し半分すらも聞かないだろう。それでも、ここまで真剣に話す相手が他でもない彼だからこそ、ただの妄想で片付けられるものではない予感がする。
「それで? これはお前にこんなことをさせるような情報じゃないはずだ。仕事にも私生活にも、まるで関わりがない。ましてや事が起こるバッドランズなんて、ナイトシティ暮らしのお前ならなおさら無関係な荒野だろ。」
「俺にはほとんど無関係です。でも、俺の大事な人がその争いに巻き込まれる。」
「ほう?」
「その果てに、そいつはサイバーサイコシスを発症しながら、アダムスマッシャーに撃ち殺される。俺は、それを止めたいだけなんです。」
「何故。」
「友達を、大事な人を助けるのに、理由は要りますか。」
金と権力、私欲と暴力が溢れるナイトシティで、打算なき友情なんてものは珍しい。それほどまでに
「いや、悪い、あまりにも
「はいはい、どうせ俺は子供ですよ。」
「それで?その計画とやらは止められたのか?」
「ルーシーさんが捕まって、俺も見つかった時点で勝ち目はないです。残念ながらゲームオーバー。」
「そうか。」
「仕方ないんで、こうして先輩と喋ってるわけですよ。」
そんな状況にも関わらず、イーサンは明るく言ってのけた。こいつのことだ、なにか策を講じているのかもしれない。そう疑ってやまないVにイーサンは次の質問を口にした。
「さて、俺のやりたいことも話したし、次が俺の最後のターンでいいです。」
「わかった、何が聞きたい?」
「俺の……ルーシーさんの身柄を拘束し、アラサカ―――少なくとも防諜部に情報を渡したのは誰ですか?」
いつになく真剣な表情に、ほんの少したじろいだ。射殺すような目、さっきまで夢見る少年だった彼の瞳が輝きを失ったように見えた。
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現状、ポップアップストアのイラスト「ナイトプール」の小話はちょっと書いてみたいなと思っていたりします。