ようやく、ようやくだ。アラサカに媚を売った人物――未だよく知らないフィクサーという存在。ルーシーを捉え、イーサンを排除し、デイビッドを破滅させる最後の引き金を引ききった、憎き敵の情報を探し当てる第一歩。
「知る限りでいいので、防諜部にコネのあるフィクサーを教えてください。さっきのデーモンでこのログは残りません。先輩に反アラサカの疑いは、かからないと思います。」
「そこまで踏まえての通信妨害、ってことか。よく考えてるな。」
「少なくとも、俺のせいで先輩が処分されるのは嫌です。俺の身勝手は、俺だけで完結して欲しい。」
「……やっぱりお前にナイトシティはキツいだろ、そういうのは普通ならもっと自分本意に――そうだな、お前も地獄に堕ちろとでもいいながらアラサカの秘密とかを暴露させてだな」
「それをするだけのメリットがないんですよ。先輩のことは嫌いじゃないし、先輩は少なくとも世間に害をなす人じゃない。こんなのに巻き込まれて死んで欲しくないですよ。」
「そうか。そこまで好印象を持たれてるとは思ってもなかったが……いや、とりあえず本題に入ろう。お前が追ってる
和やかな雰囲気から一転、Vは真剣な表情で、睨み付けるような視線でイーサンに向き直る。
「詳しいことは俺も知らない。何せそれを仕切ってるのは俺より上の立場の人間だ。全身換装のクロームに反重力装置なんて兵器を開発してるっていうのは俺も初耳だった。」
サイバースケルトンの情報は開発に関わる部署以外にはあまり出していないらしい。防諜部にも下ろしていない―――少なくとも自分よりも幾分も立場が上にいる人物にさえ出回っていないとは思っても居なかった。
「その上で、俺でもあまりフィクサーに関する情報は持っていない。俺の仕事はあくまでアラサカの人間を企業に流すことだからな、フィクサーなんてものに関わらない以上は顔写真や名前なんてもっての他。そもそも職場に居ない今、検索も出来ない状態で渡せる情報なんかないに等しい。」
「……そうですね。」
視線を下げ、どこか憎々しげに呟いたイーサンにVは続ける。
「そこでだ。お前に任せたデータの復旧があっただろ。」
「タナカのことですか?」
「ああ。サルベージは難航……というか、ほとんど進んじゃいないが、急に打ち切り指示があった。」
「打ち切り?なんで……」
「詳しくは俺も知らない。だがお前がこの件に絡んでいることを知ったのは、とあるフィクサーからのリークだった。」
そこでイーサンは視線をあげた。何かに期待するような、プレゼントを欲しがる子供の瞳。感情の起伏が激しいのが子供らしくて、Vは一瞬呆れたように笑う。
「さっきも言った通り、俺にはそのフィクサーのことはわからない。だが、今回お前の行動がリークされたタイミングと打ち切り指示のタイミングは同時だった。十中八九、そのフィクサー絡みだろう。」
「少なくとも防諜部の上層と直接繋がってるフィクサーってことですよね。」
「ああ。そして、俺が関わったことがあるフィクサーの中にはいない。俺が言えるのはここまでだ。」
そこまで聞いて、思案を始めたイーサンにVはため息を吐いた。
「やろうとしてることが手に取るようにわかるが、忘れてないだろうな。」
「え、何ですか?」
「お前の目の前にいるのは、防諜部の人間だぞ?」
「でも先輩、セキュリティがばがばだし……」
「そうじゃない。バカにされても仕方ないことをしたとは思っているが……ともかく、上に何かしようとするなら俺はお前を―――」
「ああ、殺して良いですよ。上層のセキュリティ、どうせまだ突破できないし。」
イーサンの語り口にVは引っ掛かりを覚えた。少なくともVから見えたイーサンは厭世的な人物ではない。逃げ場がないと諦めた……にしてはこちらから何かを引き出そうするような、どこか執念めいたものがあった。
それが一転、殺していいと言ってのける。こちらのことを視界にもいれず、下を向いて何かを考える素振りをする。
イーサンには、考え事をするときに視線を下げる癖がある。だが、人と話すときはしっかりと目を見るだなんて、育ちの良さが窺えるような習慣もある。
緩んでいた警戒心を叩き起こし、改めて目の前の子供を睨む。
自暴自棄、形振り構わない奴が一番恐ろしいものだ。自身の破滅も度外視して暴れまくるのだから。
「どういう意味だ?」
「試したことがあるだけですよ。防諜部の偉い人のデータを覗こうとしたんですが、ガード固くて未遂に終わりました。」
「そこもだが、そっちじゃない。殺して良いって言ったことについてだ。」
「ああ、それのことなら先に言いましたよね。もう勝ち目がない、ゲームオーバーだって。」
「それでも諦めてはいなかっただろ。」
「今だって諦めたわけじゃないですよ。来世の自分に期待大、ってね。」
そういい終わるや否や、Vの身体にビリッと電気が走る。それと共に訪れる暗闇。眼前が突如としてブラックアウトしたことに驚く意識に反し、身体は動く。
再起動が始まった視界は未だ黒しか映していないが、掴み取った銃を感覚だけで正面を向け、数発立て続けに発砲する。
呻く声が聞こえた。当たったのだろうが、仕留めるには及ばなかったらしい。足音が聞こえた方に銃口を向けても、視界が封じられた今では当てることは難しい。
「先、輩」
少し苦しげな声と本の僅かな血の香り。声はすぐ右から聞こえ、それと共に銃を構える腕に片手がすがり付く。
「先輩なら、なにもしなくても、わかるかもしれないけど」
ぐぐっと、しかしあまり強くはない力で腕が誘導されていく。徐々に、徐々に、声のする方へ。
両手で構えたそれはゆっくりと下へと誘導される。
「このくらいかな。」
ある程度の高さに調整され、その行動がわからなくて引き金を引くことができない。
「
手に伝わる温かな風と共に、スクリーンは光を取り戻した。銃口を咥えた後輩は、真っ直ぐな瞳で見つめ返してくる。
「おまえ、なんで……」
「
銃口にかける手に重なる後輩の右手。まだ生きているその手は左手を握るように。それは少しだけ強い握力と、汗の滲む掌。ちゃっかりと親指をそのトリガーに引っ掛けて。
「――ちゃんと即死させてくださいね」
やけにはっきりと聞こえたその声も引き金に、弾丸は脳幹を貫いた。
撒き散らされた一部が床から壁までに点々と染みを作り、イーサンの身体は崩れるように倒れた。目を覚ます様子はない。
取り残され、呆然としているところにドタドタと音を立てて雇ったサイバーパンクが慌てた様子で中に入ってくる。
「おい、V!無事、か……?」
そいつの目にはどう映っていただろうか。息を荒げることもなく、ただ静かに死体を見下ろす自分が。そのまま動けずにいる自分が。
呆気ないと浸ることもできず、幾度も同じことをしてきたはずなのにこんなことに動揺する自分がわからなくて、酷く混乱している。
「おい、おいV!どうした!」
体格のいい男が肩を掴んで揺らす。そんなことをしなくても、我に返っているのに。
「俺にも、わからない。わからないんだ。」
果たして自分は、
このナイトシティに、
お久しぶりです。
難産過ぎてめちゃくちゃ短いですが、これにて第2部完!となります。お楽しみいただけましたか?
割りと無理矢理な展開だった気もしますが、理由は徐々に明らかに……
3部の前に少し小話を載せて少しだけサイバーパンクを感じて貰えたらと思っていたりします。
引き続き、本作品を気長にお待ちいただけると嬉しいです。