Cyberpunk:RunOver   作:ヴラドミア

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Miss / もう一度

学校から走って抜け出し、コーポ・プラザを見渡しても、デイビッドの姿は見当たらない。イーサンは息を切らせながらも、駅に向かって走った。ついでに通信を飛ばしてみれば、目的の人物はコールに出た。

 

「もしもし!デイビッド!今どこ!?」

「う、るさっ……今、電車乗って帰ってるとこ。」

「学校まであいつのこと殴りに来ただろ!んなことしたら―」

「あーあーはいはい、わかってる。どのみち退学するなら一発くらい殴ってやらないと気が済まなかったってだけ。」

「は?退学、って?」

「母さんが死んだ。」

「……は?」

 

コーポ・プラザの円形の道、アラサカ社の向かい側で、イーサンは思わず立ち止まった。空はやけに晴れ渡っていて、宙を泳ぐ魚のホログラムはいつもと変わらない。突然の訃報に思考が一旦停止して、言葉に詰まる。

 

「え、ちょっと待って、グロリアさん、いつ?」

「昨日。俺、学校行かなかったろ。火葬とか、いろいろしてた。」

「その、死因は?」

「一昨日の交通事故と過労だってさ。」

「交通事故!?ちょっ、なんで言ってくれなかったの、お見舞いとか――」

「別に、わざわざエタンに言う必要もないだろ。」

「いや、まあ、そうだけど……」

「……事故は昨日で、入院したのは夜。それに面会謝絶で、俺も看取ってない。」

「そう、だったんだ。ごめん……」

「いや、俺もごめん。ちょっと気が立ってた。」

 

気まずい沈黙が流れる。

ナイトシティではそこら中にギャングがいて、少しでも外を歩けばすぐに銃声が聞こえてくる。巻き込まれて死ぬ人は後をたたず、朝のニュースではMCが死亡者を発表するほどに死が日常化している。知らない人が何人死のうが、その人を認知していない以上、そもそもいないのと同じだ。

しかし、グロリア・マルティネスは知っている人だ。空虚になった感覚に陥るのも束の間、それよりも計り知れない喪失感を抱いているのはこの通話先にいるデイビッドだろう。

 

「デイブ、その……」

「気ぃ遣わなくていいから。お前はちゃんと卒業しろよ。」

「ちょっ、デイブ!デイビッド!!」

 

慰めの言葉も掛けられず、一方的に通話を切られる。なにか言ってやろうとまた通話を掛けようとしても、その名を前にして止まってしまう。今の彼に、なんて声をかけたらいいんだろう。考えてもわからない。両親がいなくなったとき、なんて声をかけてもらったのか、今となっては思い出せない。

 

 

 

まだ暗くもなっていない道をとぼとぼ歩く。don't walkという横断歩道の表示に気付かずに片足を踏み出し、足元で点滅する赤い文字を見て少しだけ戻る。いつもの道がやけに色褪せて見え、ふと立ち止まってみれば、そこにはいつもと変わらない現実で賑わっていた。それが何故だか怖くなって、ほんの少し立ち竦んだ。

人間の価値など、街という規模にとっては殆ど無いと言っても過言ではないのかもしれない。一昨日、ジェームズ・ノリスがサイバーサイコシスを発症して多くの一般人、NCPDの警官が犠牲になった。

普段であれば、ニュースに出てくるジギーQはそれがどうしたとでも言う様に軽快に死亡者数を発表し、それに対して今日は少ないなとかそれほど興味なさそうな感想を抱いて、学校へ向かう。その数の中に知人がいるというだけのこと。ありふれた日常の、どこか空想的だったものが、急に現実にやってきたのだ。

 

「おう、いらっしゃ……どうした、イーサン。」

「ドクター……」

 

チャイナタウンの路地裏でリパードク―人体にサイバーウェアをインプラントする医師―として開業しているヴィクター・ヴェクターはイーサンの今の眼を入れた本人だ。

モニターでボクシングの試合を眺めていたところ、外へ繋がるドアが開く音に振り向けば、そこにはいつもと違って、何やら落ち込んでいるイーサンが弱々しい足取りで歩いてきた。カシャと軋むような音を立てながら、スライド式のフェンスがゆっくりと開かれていく。

ヴィクターはイーサンの両親のインプラント整備をしていたため、イーサンとの付き合いは長い。と言っても両親の生前はそう頻繁に会えるわけでもなく、極稀に外出につれていってもらえる時に会う程度の関係だった。一人暮らしを始める前から、独り身になったイーサンを何かと気にかけてくれたのが積み重なって、今では父親代わりのような存在になっている。

イーサンはヴィクターの診療室―と言っても地下倉庫に必要な機材を置いただけの殺風景な部屋―に入って、真っ直ぐにヴィクターのL字デスクの奥にある椅子に座って机に伏す。ヴィクターはモニターに背を向け、伏したイーサンへ向き直る。

 

「なんかあったか、イーサン。」

「……友達の、親が亡くなって。俺もさ、何回かお世話になったことあるんだけど。」

「寂しくなったか。」

「ううん、違うんだ。その子、学校に通うのもお金の面でギリギリで。支払いとか無理だからって、クラスの富裕層の顔面を殴ったみたいでさ。どうせ退学だからさっぱりしたかった、って感じで。」

 

イーサン本人でも何と言えばいいのかわからないというような、ぎこちない感情の吐露。言葉を吐き出しながら、事態の整理を試みているのだろう。

 

「信じられなくて、いろいろ聞いちゃって、でもその後に、何て声かけたらいいかわからなくて。」

「……お前は、どうして欲しかったんだ。」

「俺は、一緒に学校に通いたい。ちゃんと2人で卒業して、大企業で働いて、あいつは親に、俺はドクターとかママとかに、恩返しとかしたりして。」

 

ぽろぽろと零れるように出る願望。2人でいることが楽しかったのだという再確認。

 

「……ドクター、俺、何て声かけたら良かったのかな。」

 

ヴィクターはイーサンに頼られた記憶は殆ど無い。イーサンが人に頼る性格ではないというのも理由のひとつではあるが、ヴィクターはそういった欲を抑えているのではないかと考えている。

甘えることを善しとしない父親だったことで、甘えることが出来ないのではと。イーサンの父親ならばあり得る話だ、きっと相談なんて殆どした覚えがないだろう。

今回の彼の精一杯の甘えを汲み取ってやろうと考えたヴィクターは返答する。

 

「今言ったこと、その友達にちゃんと伝えたのか?」

「言ってない。親がいなくなったとき、何て声かけられても鬱陶しかったし、あいつもそうかもと思ったら、何にも言えなかった。」

「そうか。なら、まずは言いたいことを言わないとな。」

「そう、かな。」

「こっちが何を思ってるかなんて、お前が得意なクイックハックでもわからない。だろ?」

「うん。」

「気持ちってのは正直に話さないとわからないもんだ。お前も、その友達と腹を割って話してみろ。まずはそれからだ。」

「……うん。そう、してみる。ありがとう、ドクター。」

「気にすんな。ガキの面倒を見るのも大人の役割だよ。」

 

ようやく顔を上げたイーサンは不満そうな顔をしていた。突っ伏していたために、額が赤くなっている。

 

「子供扱いしないでよ。」

「俺からすればまだまだガキだな、お前は。」

 

 

 

その後、ついでとばかりにヴィクターがイーサンの眼のメンテナンスをして、問題ないことがわかると解散になった。どうやらこの後、人がくる予定らしい。

来た時よりは軽い足取りで(それでもまだ平常心とはいかないようだ)、イーサンは外へ出た。空はすでに暗く、ナイトシティを照らす人工的な光に負けじと月が輝いている。

イーサンは一度深呼吸をして、意を決したようにデイビッドへコールする。しかし、相手はどうやら通話中らしい。それなら仕方がない、と真っ直ぐ家に向かう。ヴィクターの診療所からH10メガビルディング(イーサンが住む集合住宅)まではそこまで遠くない。

しかしここはナイトシティ、いつもの道を帰ろうと歩けば、直ぐ様銃声が聞こえてきて、ため息を吐きながらもちらりと様子を見る。どうやらギャングとNCPDが争っているようで、通りたい道が閉鎖されていた。

時間帯は夜、抗争のせいでいつも以上に人通りが少なく、道は歩きやすい。ホームレスも減っており、そこら辺に放置されたゴミが風に吹かれて転がっていく。

H10メガビルディングは住宅以外にも飲食店やトレーニング施設、ガンショップすらも内包しており、屋外には屋台のようなものも出店しているが、今は抗争のせいで誰もいない。人で賑わうことが多いH10メガビルディングも閑散となるといつもとは違った景色を見ている気分になる。

 

「よう、イーサン!この前頼まれた銃の修理、しっかり終わらせたぞ!」

「ありがとう、おじさん。」

「いいってことよ。代金は前にもらってるからな、持っていくか?」

「うん、そうする。」

「よしわかった。取ってくるからちょっと待ってろ。」

 

ガンショップの店主はイーサンの父親の知り合いだそうだ。イーサンが幼い頃に会ったことがあるらしいが、本人にその記憶はない。イーサンには何かと気を遣っていて、数年前に銃の撃ち方を教えてから、銃の手入れなんかを請け負うようになった。曰く、分解して掃除するなんて子供にはまだ任せられないそうだ。

 

「待たせたな。ほら、こいつだ。」

 

オーバーチュアとスキッピー。いつだったか、両親がくれた銃。使わないに越したことはないが、このナイトシティでは護身用の銃くらい普通に持っているものだ。ただし、その一貫としてもらったこの銃はいつも机に眠っている。

 

「射撃場で練習していくか?」

「今日はいいや。また今度、試し撃ちするね。」

「そうか、取り扱いには気を付けろよ。」

「わかってるよ、大丈夫。整備してくれてありがとう。」

「おう、ナイトシティは物騒だからな。なんかあったら言えよ。」

 

 

銃を受け取ったら、今度こそ自室へ。階段でフロアを2つ昇って、通路を少し歩いたところ。貰った銃は個室の机の中へ仕舞い、服を脱いで洗濯機へ。シャワーを浴びて、体を拭いて、歯磨きしながら日中に届いたメールをチェック。メールマガジンしか届いていないのがわかったら全て既読扱いにして放置。

歯磨きも終わり、洗濯が終わるまで待てば今日はもう終わりだ。布団に寝転がって、天井を見上げる。外で見上げる月とは似ても似つかない、ただのルームランプ。いつもと変わらず仄かにオレンジ色を放つそれに酷く安心して、気付けば意識を手放していた。

 

デイビッドが何をしていたか、という視点は

  • いる
  • いらない
  • どちらでも
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