Cyberpunk:RunOver   作:ヴラドミア

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Oh my goodness / 再会

通学路はもちろん、学校生活にもなんら変わりはない。デイビッドがアカデミーに在籍していようがいまいが、日常生活に差して影響はない。彼は特別な人間でもなんでもない、デイビッド・マルティネスというただの少年でしかないからだ。

授業は滞りなく進められ、小テストの予告だってある。AI教師の淡々とした講義を聞いて、欠伸をしながら帰路に着く。それが1日のルーティーン。

イーサンにとっても、それは変わらなかった。イーサンはデイビッドと親友であると思っているが、クラスは違うし、家の方向も違う。電車に乗るのも逆方向。学年順位は上位陣に入り、片や貧乏人、片や親の遺産を食い潰す子供。

デイビッドと違って、イーサンは元富裕層の上、相手を無力化することに長けていて、直接的に何かしてくる輩はいない。そして今日も、いつも通りの1日が終わり、帰路に着くはずだった。

 

「うわ、最悪……」

 

誰かが呟いたであろう言葉。呟いたのは自分だったかもしれない。アラサカアカデミーの生徒や、シティ・センターの企業に勤める人なら使っているであろうメトロが、NCPDによって封鎖されていた。何処かしらのギャングが駅近辺を占拠しているらしい。

このままでは帰るのは難しいが、幸いにも明日は学校が休み。帰らなくても特に問題はない。小さくため息を吐きながら、イーサンはとある場所へ歩き出す。

 

 

 

「あら、イーサンじゃないの。今日は金曜日じゃなかったかしら。」

「こんにちは、ママ。そうだよ、今日は金曜日。学校終わって暇だったし、お店手伝いにきたよ。」

「それは嬉しいわ。少し休んだら準備を手伝ってちょうだい。」

 

イーサンが訪れたのはシティ・センターのラウンドアバウトを降りて南方面、エル・コヨーテ・コホというバーだ。バーなのでもちろん酒類の提供もしている。イーサンはアラサカアカデミーに通うようになってからエル・コヨーテ・コホで毎週末、ここでアルバイトをしているのだ。父と母が出会った場所らしいという話は聞いているが定かではない。

荷物を置いて、制服のジャケットを脱ぎ、エプロンをすればもうそれで着替えは完了。

店の準備としてイーサンができるのは掃除や酒や食料品の在庫を確認する程度。まずはテーブルや椅子を拭くところから始まり、次に床を掃く。それが終わると、夜に備えてママが用意した賄いを3人でつまむ。

 

「学校が終わってそのまま来るなんて、何かあったの?」

「アカデミーのとこのメトロがNCPDに包囲網張られてて、家に帰れなくて。」

「あら、そうなの?それじゃあ今夜はウチに泊まっていく?」

「……帰れなさそうだったらお願いしたいです。」

 

エル・コヨーテ・コホからH10メガビルディングまでは迂回経路で帰る必要がある。移動手段に車やバイクがあれば別だろうが、生憎イーサンは所有していないし、歩いて帰るには骨が折れる距離だ。

 

「もうお前ももう17だし、そろそろカクテルの作り方くらい覚えてみるか?」

「ぺぺ、この子にゃまだ早いよ。せめて酒が飲めるようになってからにしな。」

 

イーサンを指差す手を軽く叩いて、ママが制す。ママ曰く、アカデミーを卒業するまでは酒は禁止だそうだ。

ママはナイトシティでは珍しいほどの常識人である。心配性で、元気の良い母親とはこんな感じなのだろう。ママが本当に自分の母親だったらいいのに、と思ったことも何回かある。

出された食事を平らげ、片付けを手伝ってからようやく開店。

 

「ハーイ!あら、イーサンじゃない!珍しいわね、金曜日にシフトなんて。」

「こんばんは、今日はちょっとしたトラブルでさ。お好きな席どうぞ。」

「そうなの、大変ね。あ、ついでにいつものもお願い。」

「了解、後で持っていくから待ってて。」

 

開店直後に必ず来る女性の三人組。彼女らは職場の同僚同士らしく、バーにきては愚痴を言い合ったり、色恋の話に花を咲かせたり。そんな彼女らは学生なんかと交流する機会なんて普段は無くて、イーサンがここで働くようになった時から物珍しそうに話のタネにした。

最初は接客慣れしていないことに加え、女性たち同様に、イーサンにだって年上の女性と接する機会は殆どない。緊張してたどたどしい接客をした記憶は未だに彼女たちにいじられるせいで鮮明だが、いつしか会話をするようになり、気づけば気軽に呼ばれるようになった。彼女たちが最初に飲むのは決まってモスコミュールで、ペペは注文内容を聞かずともすでに準備を始めている。

 

 

 

月が天高く昇っていくに連れて、客が入って店が賑わう。いつの間にかテーブルは満席で、室内は喧噪で満たされ、ラジオから流れる音声の大部分がかき消されている。

 

「そういえばイーサン。あんた、アラサカの学生だったよね?」

 

ほろ酔いの常連から急に声がかかる。ヘイウッドという地区はシティ・センターからそこまで遠くはない。そのため、エル・コヨーテ・コホにはここら辺を縄張りに活動するギャングはもちろん、コーポの社員だって来る。

コーポとは巨大企業のこと(一般的な会話では企業所属の人間のことを言うこともある)で、イーサンが所属するアラサカアカデミーのアラサカも企業の名前だ。

 

「そうだよ。」

「へぇ、こんなところで働いてるアカデミーの学生がいるとは驚いたな。」

 

口を挟んできたのはスーツ姿の男性。こんな格好をしているのはコーポの人間しかいない。常連の方はコーポの人間ではないので、変な絡み方をしないでくれとイーサンは願うばかりだ。

 

「バイトなんてしてるの、俺くらいですよ。」

「そうだろうね。君みたいに社会を少しでも経験してくる子が増えてくれるといいんだけどね。」

 

コーポの男は苦笑しながらそう言った。彼の名前はギブソンというらしい。お互いが軽い自己紹介を済ませると、ギブソンは手元の酒を呷って、次の注文をした。

ウォッカのロックなんてすぐにできる。ぺぺから受け取ってギブソンのもとに戻ると、彼は再び口を開いた。

 

「俺はアラサカで働いてる平社員でね。アカデミーから上がってくる子たちは礼儀もしっかりしてて、業務もきっちりこなすんだけどさ。効率とか考えるのがあんまり得意じゃなかったりして、手際が悪い子が多くて。」

 

始まった唐突な愚痴にイーサンは困りながらも、適当な相槌を打つしかない。イーサンからすればエル・コヨーテ・コホの仕事なんて注文を聞いて配膳するのと掃除をすることくらいだ。コーポの仕事事情なんてもちろん知る由もないし、想像もつかない。

 

「まぁ、学校の勉強は手際が悪かろうができるだろうけど、実際の仕事じゃそうも言ってられないってね。君は将来アラサカに入社する気かい?」

「ええ、一応は。採ってくれればいいんすけどね。」

「慢性的に人手は足りてない。成績にもよるだろうが、滅多なものでもない限りはアカデミー出身者を落とすはずがないさ。」

「そういうもん、なんですかね。」

「君が俺の部下になってくれたら、ここで酒を飲む仲間もできて嬉しいんだけどな。期待してるよ。」

「配属は俺が選べるもんでもないと思いますけど、入社出来たらその時は。」

 

 

 

結局イーサンはその後も仕事を続け、エル・コヨーテ・コホで夜を明かした。気づけばテーブル席の椅子に寝かされていて、起き上がった拍子に机に頭をぶつけて悶絶する。

 

「ああ、イーサン。もう起きたのかい?」

「ん……?ああ、ママ。一応、目は醒めた。」

「それはよかった。さ、朝食にしようか。」

 

ぼーっとする頭のまま、いつの間にか机に用意されていた食事を摂る。後片付けをしながら、店を見回す。酒瓶もグラスも食器も、すべてしっかり片付けられていて、イーサンの出る幕はない。のろのろとジャケットを着て、眠気で重い足取りで玄関口へ歩く。

 

「俺、とりあえず帰る…」

「ここでもう一眠りしてったらどうだい?今日は休みなんだから、急いで帰らなくってもいいだろ?」

「制服も洗濯したいし、帰っていろいろやらなきゃいけないから、帰るよ。」

「昨日手伝ってもらった分、今日は無理して来なくてもいいわよ、イーサン。」

「いやいや、夜は夜でまた来るよ。それじゃあ、また後でね、ママ」

 

時間を確認するとどうやらすでに午前7時前。欠伸をしながら歩く道は、すでに朝の陽射しに焼かれていて、いつもより少しだけ人通りが少ない。NCPDの包囲網も、そもそもそんなものはなかったとでもいうように綺麗に撤退していて、スムーズに電車に乗ることができた。人の少ない車内、座って少し揺られるだけで眠気が襲ってくる。耐えようとしても抗いきれない。

といってもイーサンの最寄り駅はうたた寝出来るほど遠くはない。自分が降りる駅のアナウンスにハッとして、慌てて車両を後にした。

家に着いたらすぐさま服を脱いでシャワーを浴びる。体を拭いて、洗濯機に服と一緒に放り込んで、とりあえず下着を穿いたら服を着るのも億劫になってそのままベッドイン。そのまま秒で眠りに落ちる。

 

 

 

月の綺麗な夜だ。イーサンはどこかを歩いていて、その両手で何かを抱えている。それがどこで、抱えているものが何かはわからない。歩くたびにカツカツと金属音が鳴って、パネルに何かを入力してやっと扉が開く。

そこはどこかの一室で、見たこともない機材がたくさん置いてある。それら全てを素通りして、部屋の中にある小さな部屋に足を進める。そこで何かに立ち止まった。何に違和感を抱いたのかはわからない。恐る恐る、物音も立てないようにそこへ近づき、右腕を腰に回して、そこにある金属の感触を確かめる。

身体を屈め、部屋の影にかくれるように移動する。入り口には黒い塊が置いてあって、それを見た途端、イーサンは行動を起こした。銃を持ち、片手で構えながら入り口に向けて立ち上がる。

そこには誰かがいて、黒い影に覆われた顔はどこか見覚えがあるのだが、個人を特定できるほどではない。しかし、それを見た瞬間にイーサンは酷く混乱し、安心し、悲嘆し―訳のわからない感情の波濤に飲み込まれた。

銃を下ろして何事か呟けば、誰かは目の前から居なくなって―――

 

 

 

目が覚めると、不思議と目が冴えていた。どこか映画のような夢だったと思う。潜入捜査だろうか、それとも盗人か。どちらにせよBDを見ていたような感覚で、その手に握った銃の感覚は覚えている。

エル・コヨーテ・コホで何やら依頼の話をしていたようなのを小耳に挟んだからだろうか。フィクサー―というには小物だが―のカークが熱心になにかを語っていた。イーサンはそれをスパイのような経験をしたと無意識に考えていたのだろうと結論付ける。気付けば夕方一歩手前。お腹が空いたと訴える身体。そこら辺にある食料を適当に貪って、缶のニコーラをぐびぐび飲む。

 

 

 

本日二度目のエル・コヨーテ・コホはいつもより空いていた。常連もだいたい来ているが、その数は確かに少なかった。

 

「イーサン、今日はもういいよ。早めに休みな。」

「え、いや、時間まだだし……」

「あたしがいいって言ったらいいのさ。昨日から頑張ってもらってるからね。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

 

ママは心配性だ。きっと昨日の今日で疲れてるとでも思ったのだろう。客足も少ないから、二人で回せてしまうというのはそうなのだが。

まだ夜がこれから更けていくぞというような時間。こんな時間に解放されるのが新鮮で、今日は珍しく迂回して帰ろうと考えた。ヘイウッドからウェストブルックを通ってワトソンへ。

イーサンはウェストブルック地区にあるジャパンタウンという場所が好きだ。通学やバイト、それ以外の用事ですらワトソン地区とシティ・センターの往復で事足りてしまうため、ウェストブルック地区にはあまり立ち寄らない。せっかくの自由時間だと軽い足取りで歩み始めた。

大きな橋を渡ればすぐにウェストブルック地区。ジャパンタウンは歓楽街、週末の夜なんて輝かしいほどに賑わっているに違いない。イーサンはこのナイトシティを照らす光が好きだ。ネオンライトでもホログラムでも、賑やかであるほど良い。

奥の方は高級住宅地が建ち並ぶ場所で、多くの人の憧れの部屋だとかなんとか。夜景が綺麗に見れる部屋とかあればいいのに、とH8メガビルディングを見ながら思う。

 

歩いている内に、そのメガビルディングの根元に光が灯っているのに気付いた。少し小腹も空いていることだし、屋台だったらいいなと期待しながら、吸い込まれるように進んでいく。どうやら騒がしくしているようで、車が数台、そこに乗り上げる人は飲み物を飲んでいたり、食べ物をつまんでいたり。ちょうどいい、と言わんばかりにイーサンはその場所へと向かう。

階段を下りながら、イーサンの足は徐々に遅くなっていった。中腹でそれは完全に停止する。嬉しさと緊張、いろいろな感情が入り混じりながら、その視線は一点を見つめ続けている。そしてその視線の先にいる少年は、隣に立つ大男との会話を続けながら、その視線に気がついたのか、不意に振り返る。二人の視線が交錯して、反射的に出たのは名前。

 

「デイ……ビッド……」

「エタン……」

 

デイビッドが何をしていたか、という視点は

  • いる
  • いらない
  • どちらでも
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