Cyberpunk:RunOver   作:ヴラドミア

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It's been yonks / 賽

あれからどのくらいの月日が経っただろう。イーサン・アシュフィールドは晴れてアラサカアカデミーを卒業し、アラサカタワーにて勤務に励んでいた。

ジミー・クロサキの一件以来、デイビッドからの連絡もなく、コールをしても反応がない。何か危険な任務に巻き込まれたとか、それによって生死が不明だとか、要らない妄想を繰り広げる頭をぶんぶんと振って無理矢理霧散させる。

デイビッドの仲間とは一切連絡を取ったことがなく、それはサイバーパンクなんかにあまり関わらないようにというデイビッドなりの気遣いだったのだろうが今ではそれが煩わしいものになっていた。

 

 

 

「イーサン君、お疲れ様。」

「ユミコさん、お疲れ様です。」

 

時代がいくらハイテク化しようとも、研修という制度はあるし、先輩と後輩という立場というものもある。といってもイーサンの配属した部署には同期で配属した人物がおらず、もともと人数が多いわけでもない職場だ。上下関係がなかったとしても、会話をする相手は少ない。その中でも特に気にかけてくれるのがこのユミコという女性である。

ユミコはアラサカに勤める極めて一般的な女性社員で、イーサンの新人研修の担当をした人物でもある。既婚者で子持ち。

彼女のデスクには子供と二人で写っている写真が飾られていて、休憩時間になるとそれを見て表情を緩めるのが彼女のルーティーン。イーサンの認識ではミスをしても優しく指摘し、一緒に修正作業までしてくれる聖人だ。

 

「最近はどう?」

「仕事もまぁ慣れてきたかな、とは。ユミコさんから見て、どうですか?」

「作業は丁寧でミスも少ないし、大助かりよ。」

 

ユミコはベテランだからか、室長であるエバンスに頻繁に仕事を押し付けられている。その上、責任感が強いというか、良くも悪くも生真面目な日本人という気質が出ているせいで、あまり周りを頼らず、自力でどうにかできるなら残業してでも自分で完結させようとする悪い癖を持つ。

 

「それでね、とっても申し訳ないんだけど、明日の仕事でちょっと相談があって。」

「相談、ですか?」

「私の仕事を少し請け負ってもらいたくて。あ、難しかったらいいの、予定があったらそっちを優先してもらって構わないから。」

 

だからこそ、こうして他人を頼るのは珍しい。入社後からずっと面倒を見てもらったという恩があり、そもそもイーサンには予定なんてない。

 

「全然、何もないんで大丈夫ですよ。」

「ありがとう。手伝ってもらうのに申し訳ないんだけど、明日は早く帰ってあげたくて。」

「いやいや、全然。早く帰ってあげたいってことは、お子さんのお誕生日ですか?」

「ううん、そうじゃないの。うちの子がね、アラサカアカデミーに合格したのよ。だから、合格祝いをね。」

「おお、すごいじゃないですか。豪勢にお祝いしてあげてください、仕事のことは気にしないでいいんで。」

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいわ。それじゃあ、詳しいことは明日、連絡するわね。」

「了解です。ではまた明日。」

「ええ、また明日。」

 

つまり、イーサンは快諾する以外に選択肢がなかった。彼女が子供のことに一喜一憂する、優しい母親としての側面を改めて見た。

自分の母親もそうだったのだろうかと考えて、自分の両親の話ってあまり聞かされてないなと気付く。かといってそれももう遠い昔、今はもう無いことに慣れている。感傷にも似た感覚を切り捨て、明日は忙しくなりそうだとぐっと体を伸ばして、帰路を辿り始める。

 

家は相変わらずH10メガビルディング。小綺麗なスーツ姿など一切似合わないどころか、なんならカツアゲの標的にされてしまうような場所だ。だからこそ、イーサンは私服で働いている。スーツでなきゃいけないという規定は特にない―正確には所属した部署がそういったことに緩い―らしく、学生の頃から変わらない私服姿である。

部屋に着いたらすぐに服を脱いで洗濯機へ。シャワーブースで汗を流し、体を拭いたら下着を穿いてドカッとソファーに腰掛ける。テレビを点けても変わり映えしないニュースやバラエティが流れるだけで、やることは特にない。

 

「アカデミーの合格祝い、か。」

 

やってもらったような気もするが、今となっては詳しく覚えていない。そういえば、ドクターにこの目を貰ったのは合格祝いだったかも。そんなまとまらない思い出に浸りながら、目蓋が徐々に落ちてくる。

 

 

 

何か、怖い夢を見たような気がする。そんな目覚めだった。なんだか嫌な予感がするし、今日はたぶんツイてない日だ。朝目が覚めただけなのにそんな感覚に陥ること自体がそもそも不運なのでこれで終わってくれればいいのにと思いつつ、欠伸をしながら着替えてアラサカへ。

 

「おはようございまーす。」

「おはようございます。」

 

アラサカ社ミリテク対策研究室は競合他社であり、第四次企業戦争でアラサカと敵対した大企業ミリテク・インターナショナル・アーマメンツへの妨害策や対抗手段を生み出すための研究室である。

その中でもイーサンが所属しているのはデーモンと呼ばれるネットウィルスを開発する部署で、基本的にはプログラミング関係が重要な部署だ。ただし、部署といってもミリテク対策研究室という一括りの組織があるだけで、明確に兵器やサイバーウェアを開発する部門とデーモンを開発する部門が線引きされているわけではない。

 

「イーサン君、今日お願いした作業のことなんだけど、もう説明してもいい?」

「大丈夫ですよ。」

 

その実、ユミコはサイバーウェアの開発をメインに仕事をしているため、イーサンの仕事内容とは少し離れている。そうは言っても、デーモンとは電子機器に作用するもの。つまり、サイバーウェアにも例外なく攻撃を仕掛けることができるため、まったく無関係というわけではない。

 

「開発データと実験データを照合して、検証も含めて終わっているものを文書に書き起こしてもらいたいの。例えば、この反重力装置だったら……」

 

仕事の概要を聞きつつ、今日のユミコの業務内容を聞き出してみるとどうやら別件の開発が進んでいて、報告書を進められないらしい。ただ、この報告書に関してはまとめるだけのようではっきり言って雑務である。

 

「やってほしいことは以上なんだけど、いい?」

「了解です、やっときますよ。こっちの仕事もしながらなんで、ちょっとペースは遅いかもですけど今日中には終わらせますから。」

「無理はしなくていいからね。適当なところまでやってくれたらかえって大丈夫だから。」

「いやいや、それじゃユミコさんが残業しちゃうでしょ。俺が終わらせるんで、気にせずちゃんと帰ってくださいね。」

「え、いや、さすがにそれは」

「お子さんのお祝い、ちゃんとしてあげてください。」

「……ありがとう。」

 

これも日本人ってやつなんだろう、責任感が強すぎるというか。そんなことは気にせず、家族の時間を大事にしてほしいという思いもちょっと強めに言えば伝わったようだ。申し訳なさそうに微笑んで席へ戻っていく。イーサンは自分の分の仕事をさっさと終わらせようと早速仕事にとりかかった。

 

 

 

結論から言えば、イーサンは入社以来初めて残業を経験している。もちろんそれはユミコの手伝いのせいでもあるが、何故か今日はイーサンへの仕事も多かった。

想定よりも長い時間残ってはいるが、仕事のゴールは見えてきている。一度立ち上がってぐぐっと伸びるともうそこには殆んど人がおらず、用意された個室の中に室長が残っているだけらしい。

他人が先に帰ることで覚える嫉妬というものもあるんだな、と新しい感情を得たイーサンは小さくため息を吐いて、眼前に待つ仕事に再びとりかかった。

そこから更に一時間程度が過ぎた。報告書はできるところまで完成し、社内チャットでファイルを共有すれば今日の仕事は終わり。そんなものはただの一手間に過ぎず、全てが完了したイーサンはその報告をしに所長室へ向かい、インターホンを鳴らした。

 

「所長ー。」

 

ミリテク対策研究室の長、エバンスはイーサンにとってはそこまで厳しい人物ではない。厳しくはないが、少々神経質なのは確かで、イーサンにとってはそれが煩わしかった。

曰く、所長室に入る時は、所長の了解を得てから入らないといけない。

曰く、整理整頓されていないファイルの置き方は御法度。

イーサンは几帳面なところもあるが、それは極一部。デスクやPCの個人フォルダの中身は随分と散乱していて、エバンス所長とは性格的に絶対合わないと言い張っている。普段であればそこを上手く繋げてくれる優秀な先輩がいるのだが、今ごろは食後にお祝いのケーキでも食べているんじゃないだろうか。その正否はともかく、事実としてあるのは今ここにその人物がいないということだ。

 

「所長ー?」

 

少し声を張って、扉を直接ノックする。ここにいるのは明らかだが全く返事がない。

ここまで応答がないと心配にもなるが、それよりも早く帰らせてくれという意思の方が強かった。強行手段を取るか、と仕方なく扉のロックにアクセスする。デーモンを開発するという業務上、アラサカ社のセキュリティには詳しい。こんななんでもない扉など、イーサンはものともしない。

ピピッという音と共に扉のロックが外れる。中にはPCとにらめっこして微動だにしないエバンスがいて、集中しているせいかこちらに気付く様子もない。

 

「やっぱいるじゃん……所長ー、所長ー!」

 

正面まで行って声をあげると、エバンスは驚いたようにイーサンを見て声をあげた。

 

「部屋に入るときは私の許可を得てからだと前にも言っただろう!」

「じゃあ鳴らしたら返事してくださいよ。インターホンもノックもしたし、声も掛けましたよ、俺。」

 

それを聞いたエバンスはため息をひとつ。イーサンはそれに少し苛立つが、我慢我慢と言い聞かせて平静を保つ。

 

「それで。何の用だ?」

「仕事の完了報告です。この前所長が言ってた新しいデーモンの開発申請と概要書。あと、今日依頼があったバッドランズの自動運転ルートの設定と、サイバー……なんとかに転用する技術系の検証の報告書が八枚ほど。」

「ふむ。良いだろう。内容は明日確認する。」

「わかりました。それじゃあ俺は帰りますんで。」

「その前に他のスタッフを呼んで来い。」

「え、所長、時計見てくださいよ。定時なんてとっくに過ぎてるし、対策室は俺以外無人ですよ?」

 

エバンスがまじまじとモニターの隅を見て、前のめりになっていた姿勢を整えるためか椅子にもたれかかるように背中を預ける。

 

「ならUG2のサンプルを持ってきてくれ。」

「UG2?」

「資材室の奥から2つ目の棚に置いてある。」

「わかりました。取ってくるんでドア開けといてくださいよ、また気付かれなかったら困るし。」

「わかったから早く行け。時間が惜しい。」

 

エバンスが苛ついているのを察知したイーサンは足早にその場を離れ、資材室へ向かう。

カンカンと金属製の通路が音を発して、暗い空間に非常灯の赤い光がぼんやりと灯るだけの空間を歩く。普段ならちゃんとライトが点いていて、どちらにせよ黒い外壁と床という殺風景に変わりはないが、見通しが今ほど悪くはない。資材室の電気を点けるとその眩しさに顔をしかめてしまう。

 

資材室とはいうものの、そこまでものが多く置いてあるわけではない。入荷して封が切られていない実験道具の数々が寂しそうにおいてあるだけだ。目的のものは資材室の奥から2つ目。実のところエバンスが何の研究をしているのかを知らないイーサンはその片鱗でも見れるチャンスだと楽しみにしていた。

 

「UG2……UG……あ、UG2、これか。」

 

UG2と呼ばれるものは箱だった。小さなラベルが付いているだけで、アラサカのロゴが入った何の変哲もないただの箱だ。中に入っているものが何かはわからず、物理的な鍵穴があるためハックして開くようなものではないことは明らか。中身がわからず残念だが、これを届ければ晴れて自由の身。

 

資材室の電気を消して、またほの暗い通路へ出る。通路の電気ぐらい点けておいてくれと思いながら歩いていると、ふと違和感を覚えた。

 

ミリテク対策研究室と資材室は直線ではない。資材室を出て右に曲がり、橋のような通路を通ったらすぐに研究室だ。所長室は中が良く見えるガラス張りの部屋で、少なくとも自分が働いていたから研究室の電気も点けてあった。

つまり、研究室から資料室への道は暗く見えても、その逆は明るく見えるはずなのだ。非常灯の赤だけがこの場を照らすということは研究室の電気は少なくとも消えているということ。

こんな景色をいつだったか見たことがある気がする。そんなデジャビュに襲われながらイーサンは歩みを遅め、音を立てないように注意する。アラサカのセキュリティーがうるさいため、社内への武器の持ち込みは禁止されているし、ゲートで弾かれてしまう。そのため、イーサンには武器がない。

 

そろりと部屋の中を確認するが人影は見当たらない。そして、所長室は案の定真っ暗である。これは訓練でも何でもない襲撃だ。ミリテク側からの攻撃であれば、今の自分には為す術がない。

しかし、ここで思い切って走れば後ろから銃殺されて終わり。

かといって音を立てずに移動すれば追いつかれてしまったときに銃殺。

ハッキングで相手を一時的にどうにかしてから全力で逃げるのが一番有効だろう。自分の居場所はばれていないはず。逆に相手の居場所は十中八九で所長室。仕掛ける側に回れるのは今しかないだろう。

イーサンは所長室の手前まで忍び寄り、部屋を覗き込む。

 

「え――」

 

思わず洩れ出た声に、しまったなどという思考すら湧かない。ただひたすらに、目の前の状況を飲み込むことに必死になってしまった。びちゃびちゃと汚い水音が所長だったものから発せられている。部屋に飛び散る頭蓋の欠片であろうもの達と、壁を彩る血液。

そんな光景にイーサンが呆然としている時、その声に気付いた犯人はイーサンへ振り返り、その手に持つハンドガンの銃口が容赦なく頭部に向けられた。

彼は返り血をその顔につけ、荒い呼吸を繰り返す。すがるように握り締めるのは首もとにかけられた十字架と、狙いの定まらない銃口。見覚えのあるジャケットに、浅黒い肌。いつの間にか追い抜かれていた身長はきっとサイバーウェアのせいだろう。

通話を繋いでいるであろう彼の瞳はオレンジ色に光を発していた。

 

「デイ、ビッド……?」

 

薄い光が射し込む夜。久々の再会はイーサンの予期せぬものとなった。

 

デイビッドが何をしていたか、という視点は

  • いる
  • いらない
  • どちらでも
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