Cyberpunk:RunOver   作:ヴラドミア

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Lightning / 線

「おはようございまーす。」

 

身体の怪我は元から少なく、失った左腕もすぐに新しくなったので、イーサンは普通に出社した。挨拶を聞いたミリテク対策研究室の社員は一斉に視線をイーサンに移し、信じられないものを見るようにそれぞれの驚きを表現した。普段はそこまで互いに興味も関心もない先輩たちの視線を一身に浴びて、イーサンは少し動揺した。

 

「え……何……?」

「一昨日、ここで襲われた人がケロッとして来てたらびっくりもするでしょう。」

 

入り口で停止したイーサンの背後にいつの間にか立っていたのはユミコだった。さっさと入れとジェスチャーをしているので、イーサンはようやく室内に入り、自分の席に着く。

確かに、学校に通っていたころ、デイビッドが殴り飛ばして鼻が折れたというカツオがその翌々日には完治しているように見えた時はびっくりした。イーサンはひそかに合点がいった。

 

「身体とかはもう大丈夫なのね?」

「もちろん、怪我はもともとそんなになかったんで。」

「そう。もし辛くなったら、早退してもいいからね。」

「いやいや、大丈夫ですって。」

 

それだけ会話を交わして、ユミコは自席へ向かった。襲撃にあったといっても、イーサン自身の被害は少ない。ほとんど無いといっても差支えはないほどだ。

 

気を取り直してモニターと向き合い、電源を入れて本日のタスクの確認をする。本部から届いているのは、まさにその襲撃の日にイーサンが作った自動運転ルートのデータ。一緒に添付されているデータに詳細な仕様変更が書いてあり、どうやら自動運行はアラサカの軍用車に搭載するらしい。運転データは保持したまま、それよりも優先して前の車を追従するようにという仕様変更だ。前を走る車にはセンサーを搭載するから、それが発する信号を追尾するようにしろという。これといって難しい仕事ではないが、イーサンは初めからそういう仕様で出しとけと内心で愚痴る。

そもそも前の車を追尾するなら自動運転なんかいらないだろ、と考えてイーサンは残業のことを思い出した。反重力装置の報告書以外にも磁場の発生装置や、それが自身に干渉しないようにする装甲の報告書なんてものもあった。ジェット推進機を搭載できるかの考案書なんかも紛れ込んでいたりして、それらの文書すべてに共通していたキーワードはサイバースケルトン。

 

最重要事項として設定されていて、納期は今日中。つまり、サイバースケルトンがナイトシティに到着する日は近いんだろう。それが一体どんなものなのかはわからないが、各種パーツがだいたい軍事転用する目的であったことから新しい防衛装置や兵器の名前なのだろうと推測する。

 

きっとこの自動運転はそれを載せた装甲車に実装するものだ。前に付く車は護衛用、アラサカが抱える軍隊で輸送をするのだろう。

では、サイバースケルトンを何から守るというのか。答えは簡単、ミリテクだ。敵対企業の筆頭、サイバースケルトンの技術もしくはサイバースケルトンそのものが欲しいに違いない。この仕様変更は襲撃を前提にしたから発生したものだと、イーサンは理解した。

 

 

 

イーサンは学業での成績はもちろん、特にネットランナーやプログラマーとしての腕が良く、それを買われてアラサカに入社できた。真偽はともかく、本人はそう思っている。自動運転のプログラム自体はすぐに終わってしまう簡単な問題だ。データの改変を終わらせ、ユミコに報告する。

 

「ユミコさん。」

「イーサンくん、ちょうどよかった。」

 

ユミコの座席は所長室のすぐ前にある。イーサンは正直に言えば所長室に近寄りたくはないが、こればっかりは仕方がない。

 

「どうかしたの?」

「本部からの指示が終わったんで、その報告です。自動運転データを書き換えてほしいって要望通りの設計に。」

「早いわね、ありがとう。そしたら防諜部宛てにデータを送っておいてもらえる?」

「了解です。」

 

言われたとおりにデータを送信し、ユミコの仕事を請け負ったときに貰ったサイバースケルトンの仕様書を引っ張り出す。モニター上で見るのはさすがにまずいだろうと、それをチップに保存して、首筋にあるソケットに挿入する。

 

サイバースケルトンの設計書に書かれている全長と全高は、その全てがあくまでも人間に装備する兵装として存在することを物語る。しかしながら重量はさすがに無理だ。少なくとも自重を支えきれないし、支えられたとしても動かすことなど不可能であろう。そこで発揮されるのが反重力装置。反重力装置がなくなれば、ただの鉄くずも同然といっても過言ではないだろう。

磁力の発生装置は手のひらに搭載予定だそうだ。銃火器をこれで吸いつけて、相手の武器を奪って一方的に蹂躙できるということを目指したのだろうか。正直それだけで十分ではないかと思う。

これが実践運用されれば、それこそ戦争が変わるだろう。ヒトは為す術もなく殺戮され、機械は未知の力に破壊される。考えただけでもぞっとするが、それこそこれを装着した人を殺せば解決するから実はそこまで強い装備でもないのかもしれない。いや、銃火器が使用できない縛りを設けられると思えば問答無用で強者なのだが。

 

ファイルを見終わり、チップ内のデータを削除する。こんな兵器がこれからバッドランズ、ナイトシティの郊外を走ってくるなんて危険極まりない。セキュリティがどうなっているのか、非常に気になるところではあるが、今日も今日とて仕事はある。どれほど興味があっても自分には関わりのないところだと、気分を切り替えて与えられた仕事をこなしていった。

 

 

 

それから数日後のことである。仕事を断れないイーサンはなんと、サイバースケルトンの受領を任されてしまった。順調にいけば、到着は定時少し前。といっても、イーサンの仕事はあくまでも受け取るだけ。建物内の移送は別の部署が動いてくれるし、なんなら保管室は荷物が移送されてくる場所から遠くはない。またあんな残業はしたくないので、輸送そのものが成功するかどうかにかかっている。

アラサカ社は密閉された空間といっても過言ではない。廊下の一部分にしか窓がない非常に閉鎖的な空間だ。外の様子を見ることはなく、突然雨が降ろうとも出るまではわからない。

時間が経とうと夕日を感じることは出来ず、これといって連絡が来ないまま時間は17時を過ぎていた。外はきっと日が落ちてきて、月が昇り始める頃だろうか。そんな景色を妄想していると一件のアラートが発される。

 

「げ……航路逸脱……」

 

嫌な予感は当たるもので、やはり祈りは当てにならない。イーサンの自動運転プログラムは、その進路をあまりにも逸脱しすぎると制御が利かなくなる。遠隔運転が出来るようにとさらに仕様変更されたために、誰かが運転することになるだろう。

走行している地点はナイトシティからそれなりに遠い。走る方向は既におかしく、西に向けて動くところを何故か北に向かっていた。詳細な地図―等高線が記された地形図―が出るとイーサンは慌ててパーソナルリンクを接続する。

GPSは車体のシステムの一部として組み込まれている。さすがにサイバースケルトンが鎮座するだろうコンテナとは繋がっていないが、運転やレコーダーから正面を見るくらいは出来る。

 

「来た!」

 

イーサンの奮闘の末、GPSが捩じ込んであるネットワークへ侵入する。迷路のような道を走って、運転席へ。アクセルもブレーキもあるが、肝心な視界はない。カメラが映す景色はカメラにアクセスしないと見ることができない。そんなものは当たり前である。

幸いにもカメラはすぐそこにあった。急いで覗き込むももう既に遅く。

映し出すのは一面の茶色。運転席から真っ直ぐ下に落下して、コンテナの口が天を仰いでいる状態だろう。

見なきゃよかった、とイーサンは現実に帰ってきて頭に手を当てた。見てしまったからには報告をする必要がある。

なんとこの案件、ユミコではなく防諜部に直接話を通さなければいけない。自動運転プログラムの―更なる仕様変更で誰かが内容を少し書き換えていたとはいえ―基盤を書いたのは他でもないイーサンであり、サイバースケルトンが何かを直接知らないとはいえ、それがやばい兵器だと予想が付いてしまっている。最悪の場合、下手を打った責任をとるとか――。

そんな妄想を繰り広げ、顔を青くしながら内線で防諜部に繋ぐ。

 

「防諜部のケイトだ。」

 

よりによって、部長が出た。なんでこんな時にと思う心もあれば、こんな時だからと納得する心もある。不思議と伸びる背筋、緊張で震える身体を御しきれない。

 

「あ、あの、ミリテク対策研究室の、イ、イーサン、アシュフィールド、です。」

「君があの……それで、どうかしたのか?」

「あ、あのですね。れ、例の自動運転プログラムを搭載した車が、バッドランズのどこかの崖に、その……落ちたみたいで、ですね……」

「ああ、そのことか。気にしなくて良い、計画通りだ。」

「……え?」

「君の書いたプログラムはちゃんと活用させてもらったよ。」

 

疑問符しか出ないままに、内線は一方的に切られた。お咎めなしという寛大すぎる処置に少しの間呆けてしまう。

意識が仕事に向き直った時に、頭が急に回転し始めた。

 

「……何が?」

 

自分でも無意識のうちに、ぼそりと口に出していた。聞かれてはまずいかもしれないと、パーソナルリンクを接続し直し、電子の海へ潜る。黒くて穏やかな世界で、イーサンは頭を回転させた。

 

イーサンは輸送車の自動運転ルートをバッドランズから西側へ、ナイトシティの南部からアラサカ社へ向かうように設定した。これは最初に送られてきた仕様書通りのルートであり、イーサンが一からプログラムを記述したものである。手元にあるバックアップが、それを示しているのも確認した。

そして、先日、追尾するように仕様変更を求められたデータの運行ルートはイーサンが設計したものよりも北側を走るものだった。追尾するよう設定されていた車両がどこで吹き飛んだかはわからないが、少なからず北側に進路をとり始めた地点から大分離れているはずだ。

 

計画通り。サイバースケルトンを乗せた無人の軍用車が崖から真っ逆さまに落ちることを、計画通りと言った。きっと輸送車が崖から落ちることではなく、輸送車が停止することが何らかの計画通りなのだろう。

目的はサイバースケルトンで殆んど間違いはない。サイバースケルトンの奪取か。きっとその答えは否だ。それなら輸送車の運転制御を奪い、プログラムを書き換えるだけで良い。

そうなると輸送車が転倒による停止をすることが重要か。転倒することで得られる利点とは何か。

 

「――サイバースケルトンの、実戦評価?」

 

アラサカの軍用車のコンテナは、下部に緊急時用のアクセスポートがある。もちろんセキュリティは厳しいのだが、ある程度時間をかければICE(ハッキング対策)を突破してハッキングすることも可能だろう。

アラサカの輸送車を襲わせて、サイバーパンクにサイバースケルトンをインストールさせる。そこでまたアラサカかミリテクかに襲わせて、サイバースケルトンを実戦を強行。

 

そんな事が上手く運ぶわけじゃないだろ、とは思う。それを否定しきれない自分もいる。アラサカがミリテク側に近しいフィクサーに仕事を依頼すれば、ミリテクを誘導することもできる。そうなればアラサカの人間の消耗を抑え、ミリテクの戦力も低下させることができる。サイバースケルトンをインストールする人間がアラサカかサイバーパンクかはわからないが、サイバーサイコシスを発症する確率は高いだろう。しかし、そんなものはアラサカにとって必要経費なのだ。

 

そこでイーサンは閃いた。閃いてしまった。

数日前、アラサカに侵入したデイビッド。あれはミリテク側の工作だというのはほぼ明らかだ。つまりデイビッドに仕事を依頼したフィクサーはミリテク側の人間。デイビッドはミリテク側に与するものとして、今回も雇われている可能性がある。

 

もし、そのフィクサーがアラサカからの依頼を受けていたら。

あの日、エバンスを殺したデイビッドはサイバーサイコシス発症寸前だった。いや、もうすでに発症していたかもしれない。サイバースケルトンなんてものをインストールすれば。結果は火を見るより明らか。彼は崩壊し、殺されるだろう。

 

思いついてしまったイーサンは電子の海からログアウトして、すぐさま通話を繋ぐ。通話中であることを示す効果音が虚しく脳内に響いた。

 




いつも電話が繋がらないのは作者の才能の問題です。ごめんね、イーサン……

章のタイトルをつけてみました。この物語は割と長く続くかもしれません

改行空行について

  • 読みやすかった
  • 改行・空行が多くて読みづらかった
  • 改行・空行が少なくて読みづらかった
  • 特に気にしていない
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