ダブルフェイス!   作:川内かまぼこ

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第2章完結


第10話

白い煙が立ち込む街の中心地に風が吹き、煙が晴れていく。そこには、大きな人影が一つ佇んでいた。体長は10メートルを超えるであろうか。褐色の肌に黒い翼、黄金の瞳を持つ剣・盾・兜・鎧で武装した女神。エリスの権能《攻略困難な少女(アポリア・エリス)》である。

 

「貴様らに困難と闘争をあたえようぞ!」

 

事前に聞いていたが、これがアポリア・エリスかと蘭丸は息を呑む。先程のサイクロンのダメージを吸収してここまで成長したのかと。ただ、敵に対して送りつけるだけの嫌がらせみたいな権能だと思っていたが、こんな風に相手の攻撃に対して盾によることにより鉄壁の防御となるなんて。もしかしたら、アポリア・エリスの本来の使い方はこちらなのかもしれない。

 

(薫まだやれるか?)

 

蘭丸は薫の精神に直接語りかけてくる。薫の先程の攻撃で消耗が激しく、声を出しづらいと分かっていたからだ。

 

(なんとか)

 

(よしなら、お前だけでも双子姉を連れて逃げろ。2人揃わなければ相手の勝利条件は満たされない。あとは時間を稼げば俺たちの勝ちだ)

 

(いやだ)

 

薫は蘭丸のたてた作戦に対して異議申し立てをする。

 

(蘭丸、私にのこりの呪力頂戴。それであいつをぶちのめす)

 

(馬鹿かお前、確実に勝てる方法を今は選ぶべきだ)

 

(いやだ、私はあいつにまだ一度も勝ってない!)

 

薫はアポリア・エリスに対して必ず勝つと宣言したのだ。一度目は蘭丸の乱入により、勝負を投げ出すことになったが、薫は次こそは勝つと息巻いていた。

 

(アホか、今は全体のことを考えろ!)

 

(……蘭丸は普段、自分が一番大切だって言ってるけど、あれは嘘だったんだね)

 

(は?)

 

(私が今、勝ちたいって言ってるんだ!なら、蘭丸はそれに協力するべきなんだ!私の勝ちは蘭丸の勝ちだ!)

 

(………)

 

自身の半身、自分の別側面、自分自身。二つに分かれた時から薫と蘭丸は意見が合わない事が沢山あった。同族嫌悪といえば聞こえがいいが、要するに我が2つに増えただけである。だが、今半身はこの瞬間の勝利のために我が身を捧げろと言った。自身のことを最優先に考えるなら、今自分自身で勝利を勝ち取れと。蘭丸はため息をつく。

 

(言っとくけど、俺の呪力も残りわずかだからな)

 

(大丈夫大丈夫、私たちは2人で1人。蘭丸のものは私のものだ!)

 

(勝ち筋は見えてんのか?)

 

(大丈夫!林檎なら食べちゃえばいいんだよ!)

 

蘭丸と薫はお互いに拳を付け合わせる。お揃いの太陽のタトゥーが刻まれた拳を。その瞬間、蘭丸と薫の身体から光が溢れ、蘭丸の呪力が薫に移っていく。薫は蘭丸から拳をはなし、言霊を口にする。

 

「“第五の太陽死せり、太陽なき世界を滅ぼすは大地の胎動と天よりの悪鬼なり、故に4の動きなり”」

 

ついに薫は第五の太陽を沈ませる。言霊を吐き終わると薫の頭上に直径360センチの円形の石の彫刻が現れる。中央部にかぎ爪のついた手を持ち、口から供犠用ナイフの姿をした舌を突き出した神の顔が刻まれ、それを取り囲むように四角形のグリフが四つ刻まれていた。円形の石の彫刻にヒビが入り、砕け散るとその破片が薫に集約し薫の姿は闇へと消える。大地は揺れだす、その震度は7を計測するであろう大地震が起こり、残っていた建物が倒壊していく。

 

「何をしても無駄だ!アポリア・エリスは全てを吸収し、どこまでも膨れ上がる!」

 

振動が収まると天は闇に包まれ、大地に落下するかの如く大きく窪む。泉の波紋から浮き上がるように現れたのは巨大な骸骨。第五の太陽が沈むとき、大地震の後に生き残った人類を喰らうために現れる恐るべき天の悪鬼ツィツィミメである。

 

「なんと醜悪な、アポリア・エリスその骸骨を粉砕しろ!」

 

「わかっておるわ!冥府の王ハデスの元へと帰してやろうぞ!」

 

アポリア・エリスはその巨大な翼で飛翔する。全ては悪鬼たる骸骨を討ち滅ぼすために。

 

『不和の林檎を食いつくす!それが終焉の怪物だ!』

 

ツィツィミメへと顕身した薫は、骸骨の口を空ける。その口はまるで虚空のように真っ黒で何処までも開いていく。

 

「な⁉︎」

 

アポリア・エリスは回避しようと旋回を試みるが、その前に薫の幾万の骨の手に取り押さえられる。

 

「まて⁉︎」

 

薫はまるでギロチンのように歯をアポリア・エリスの頭部に下ろし、噛みちぎる。本来ならアポリア・エリスにはあらゆる攻撃は効かない。なぜなら、彼女は闘争の化身たる女神なのだ。故に、殺戮や戦争などは自身をより強大な者にする贄である。しかし、対するは人々を食い尽くし世界を滅亡に導く終焉の悪鬼。たとえ闘争を司る女神でも、終焉には争うことはできない。ツィツィミメとなった薫はアポリア・エリスを貪り喰らい、満足したのか元の暗闇の中に消えていく。その後、また闇の中から薫が元の姿で姿を現した。

 

「うっぷッ!食べすぎた、吐きそう」

 

口を押さえながら嗚咽混じりにそんな事を口にする。

 

「まさか、あれほど育ったアポリア・エリスを一撃で葬るとは…。予想外の隠し球を見せてくれたな」

 

エリスは気品溢れる微笑みを浮かべる。その微笑みはこちらの足掻きに対しての感服の笑みではない。どこかで、こちらの手の内が尽きた事に気づいた余裕の笑みである。これから、どう料理してやろうかと力尽きた手負の獣を狩る捕食者の笑みを浮かべていた。

 

「汝らはよく戦った。新参者でありながら、このエリス・ヴォルフにこうも深手を負わせたのだ。存分に誇り、そして死んでゆけ!」

 

エリスの周囲に再び、無数の影の刃が顕現し銃口をこちらに向ける。蘭丸と薫は左右対称のファイティングポーズをとり、エリスへと挑発の意を示す。

 

「かかって来いや」

 

「こっから逆転してやらあ」

 

エリスが影の刃を伸ばし、蘭丸と薫がそれに迎え撃つ直前に第三者の足音が忍び寄る。

 

『そこまでだ、神殺しどもよ』

 

その神気に満ちた声に両者とも攻撃の手を止め、第三者の声のする方へと向き直る。そこには、ゴシックな洋服に身を包んだ美少女。厄災の双子の片割れであるジャンヌが立っていた。

 

『この勝負、若き神殺したちの勝利のようだぞ。闇を支配せし女神殺しよ』

 

「なぜ悪魔憑きの娘が、いや貴様は」

 

「遅えぞ!パズズ」

 

『何、このまま行けば神殺しの同士討ちが見れると思っていたのだ』

 

そう、蘭丸たちの陣営には初めからパズズが潜んでいたのだ。蘭丸と薫の戦いで傷ついたパズズは一度“黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”に戻ったが、それを蘭丸が交渉して連れ戻していた。しかし、パズズは同上どおり戦いで傷ついていたため、実体化する事はできない。そこで、エリスが最初に仕掛けてきた際に使われた権能《解放の咆哮(ハウリング・ラグナロク)》を再度使わせようと蘭丸は考えたのだ。

 

「我配下達はどうした?」

 

『なに、少々姑息だが熱病を伝染させてもらった。汝の配下でもあと数日は動けまい』

 

「なぜこの2人に加担する風の魔王よ」

 

『若き神殺しに加担したのではない。我が巫女に加担したのだ』

 

それはお前の元ではジャンヌは幸せになれないと宣言したも同然であった。

 

「ククックハハ!クハハハハハ!!!!!」

 

エリスは高貴に豪快に笑って見せる。

 

「新参者ども貴様らに勝利をくれてやる!しかし、覚えておくがいい!次に合間見えるときは、我と思う存分に愉快な戦争を使用ではないか!せいぜい、それまで研鑽しているがいい!」

 

エリスは高らかに歓喜の笑い声を響かせ、影に溶けていき、やがて姿を消した。満身創痍、ギリギリも良いところで辛くも勝利を手に入れたのだと蘭丸と薫は向かい合いハイタッチをし、同時に倒れ込む。

 

「「つかれたー」」

 

『では若き神殺しよ、我は行くとする。我が巫女のことを頼んだぞ』

 

「俺たちとの再戦はいいのか?」

 

『言っていなかったが、我は既に隠居した身。前回はあの古参の神殺しに焚き付けられて戦ったまでだ。それに今回のことで我も力を使いすぎた。この先、数十年は力を貸せぬと我が巫女に伝えておけ』

 

パズズはそう言い残すと何処かへと消えていった。ジャンヌの身体は力が抜けたようにその場に倒れ込む。蘭丸の隣では薫が寝息をたて始め、アヴゲイルも近くで気絶している。

 

「え?もしかして、これ全員おれが運ぶの?」

 

蘭丸も深手を負っていてたてそうにない。取り敢えず、夜空が綺麗なのでこのまま星見をする事にした。

 

******

 

エリス・ヴォルフ少佐の敗北は瞬く間に全世界に知れ渡った。これにより、新たなカンピオーネの存在は周知の事実となり、史上初の双子のカンピオーネとして蘭丸と薫の名は全国の魔術結社で知られることとなった。そして、この男にも当然知れ渡る事になる。

 

「まさか新人潰しで定評のある儂より速く新たなカンピオーネとエリス嬢ちゃんが戦うとはな。お前さんの差し金だろ?引きこもりの坊ちゃん」

 

『さあ、なんのことかわからないな』

 

南国の砂浜、プライベートビーチにて和気藹々と美女や美少女たちが遊んでいる中、パラソルの木陰で休むアロハシャツの老人。年老いても変わらぬ威厳に満ち溢れたその顔とアロハシャツから垣間見える衰えない筋骨隆々の体。老人の話しかけるタブレットの液晶パネルには、シルエットとしか形容できない人型が映っていた。液晶パネルからは機械音のような男性とも女性ともつかない声が漏れ出ている。

 

「まさか儂が妻達と娘達でのバカンス中にことを成すとは。相変わらず冷たい奴だなお前は、いつになったら儂の相手をする気になるんだ?」

 

『カイザー、前から言っているが僕があなたと戦うメリットがないんだよ』

 

「メリットなら提示してるだろう?儂に勝てれば娘の中から好きな奴をくれてやるってな」

 

『………これもいつも言っているがそれは女性の配慮にかける発言だと僕は思うのだが』

 

「何をいう!儂を倒せる男ならば我が娘の婿に相応しいに決まっているだろうが!」

 

『実に前時代的な考え方だね』

 

豪快にして快活な老人とは裏腹に画面の向こうの青年はため息を吐く。

 

『さすがは9人の妻に加え、全国各地に愛人や現地妻を侍らせる好食の魔王はいうことが違う』

 

「人を不埒ものみたいに言うのはやめろ。儂の愛は空よりも広く、海よりも深い。そんな儂の情熱をたった1人に注ぎ込むなどそれこそ酷と言うものだ」

 

『ものはいい様だね。生憎僕は純情なんだ、運命の人物以外とは添い遂げるつもりはないよ』

 

お互いに軽口を叩き合う2人。側から見れば祖父が孫と通話しているだけの様に見える。しかし、この2人こそ、中東アジアが生んだ最凶のカンピオーネ、“皇帝(エンペラー)”ハイサム・イスマエル・アル=マンスールとアメリカが生んだ謎のカンピオーネ、“怪人(モンスター)”ジョン・ドゥ伯爵その人だ。

 

「それで、新しいカンピオーネはどんな感じだ。エリスの嬢ちゃんに負けを認めさせたって事は大した奴なんだろ?」

 

『蘭丸は一般家庭に生まれたとは思えないほど魔術師としての素養があるね。薫の方はカイザー、君に似たタイプのチャンピオンだ』

 

「それは楽しみだな」

 

笑みをこぼすその尊顔は獰猛な獣のそれであった。しかし、液晶パネルからは待ったの声がかかる。

 

『カイザー、君の出番はまだ先だよ。いずれ然るべき舞台を整えよう。それまで勝手に動かないでくれ』

 

「ああ?なんで儂が坊ちゃんの言うことを聞かなきゃならんのだ!」

 

『それはそうだな……。有名な探偵風に言うなら』

 

液晶パネルの向こうのおそらく何かを企んでいるで、ほくそ笑む怪人は言う。

 

『まだ、語るべき時ではないとだけ言っておこう』

 

******

 

エリスとの戦いのあと、蘭丸と薫、アヴゲイルはベルリン市街地の外れにある結構な高級ホテルでもてなしを受けていた。なんと用意したのはエリス本人だと言う。諸々の世話をしてくれたミハイル・ヘシアン曰く。

 

「お嬢様はアレで義理堅い方なんですよ」

 

とのことだった。ちなみに本人はあれだけ豪快に笑っていたが、負けたのがやはり悔しかったらしく拗ねて自身が所有する無人島に引きこもったそうだ。ミハイルもこの後は休暇を貰っているそうで、「久しぶりに妻と休暇を楽しむ」と言っていた。ちなみにマルコ・シュヴァルツは蘭丸と薫、エリスがやらかした損害の後始末を嬉々としてやっているらしい。

 

「主人をたてるための負け惜しみと思って貰っていいのですが、今回は自身の本拠地でしたのでこの程度で済みました。が、お嬢様は本来殲滅戦が得意なのです。次に戦う時はそれこそ日本を攻めるつもりで行くと思いますので、お気をつけて」

 

ミハイルは去り際に恐ろしいことを言って帰っていった。ジャンヌは一足先に“黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”に強制送還されている。蘭丸と薫も傷が癒しだい期間する予定だ。

 

「え、まだ帰らないの?」

 

「当たり前だろ。俺まだカジノしてないし、せっかく海外まで来たんならもう少し遊ぼうぜ」

 

「やったあ!私も行きたい!」

 

「薫さま、蘭丸さま。もしかして伯爵との契約をお忘れでは無いですよね?」

 

蘭丸と薫はエリスと戦う前に自分達が有利に戦える様に伯爵に一筆書いてもらっている。その一筆を書いてもらう代わりに蘭丸はとある代償を伯爵に支払った。

 

「それ結局何だったの、私聞いてないんだけど」

 

「大丈夫だ、お前には関係ないから」

 

「蘭丸さまは伯爵に自身の一番大事なものを差し出したのです」

 

「蘭丸の一番大切なもの?」

 

蘭丸が好きなものは主にスロットで金を溶かすことだが、それを差し出すことなど不可能だ。そう蘭丸は常々言っていた、自身が一番大切にしているものを。

 

「蘭丸さまはご自身を担保にしたのです」

 

「え、どゆこと?」

 

「伯爵が創立に携った結社は全部で13個あるらしい。それすべてを指して“13の使徒(サーティーン・サーヴァント)”って言われているらしい」

 

「私とジャンヌが所属する“黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”もその一つです」

 

ジョン・ドゥ伯爵がカンピオーネになる前から前進を立ち上げた13個の秘密結社、カルト宗教、魔術結社。厳密に魔術を扱っている組織は2、3個程度らしいが、その影響力はアメリカ全土に行き渡るそうだ。

 

「蘭丸さまは今回の一件で“黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”のトップを任される事になりました」

 

「それって事実上、伯爵って人の下につかされたってこと?」

 

「まあ、そうなるな」

 

「さらに、その一環として蘭丸さまは現“黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”トップであるアダム・ミッチェルの孫娘に婿入りする事が決まっています」

 

「え?は⁉︎婿入り‼︎ってことは蘭丸結婚するの?」

 

「あくまで婚約です」

 

黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”は寄せ集めの烏合の衆だが、故に血縁に固執する。そんな組織のトップになるのだ、血族のものと結婚するのは当たり前だろう。所謂、政略結婚だ。

 

「相手はだれ⁉︎」

 

「アダム・ミッチェルには2人の孫娘がいます。その名はアヴゲイルとジャンヌ。つまり、私と妹です」

 

アヴゲイルは俯きながら言った。蘭丸はどうでも良さそうにソファーで寛いでいる。この場では薫のみが慌てていた。

 

「じゃあ、蘭丸はアヴたそかジャンヌちゅわんのどっちかと結婚するってこと?」

 

「そうなりますが、この件はジャンヌで決まりでしょう。ジャンヌは希少な能力を持っており、組織でも羨望の的です。お祖父様もぜひジャンヌをと言っていますし」

 

「蘭丸はどうするの?」

 

「俺の中ではもう決まってる。言うことはない」

 

アヴゲイルは俯いたまま、「失礼します」と言って部屋から出ていった。部屋には蘭丸と薫だけが取り残される。

 

「蘭丸」

 

薫はソファーで踏ん反り返る蘭丸を蹴飛ばし、ソファーが転がり落とす。

 

「イッテェな!何すんだよ!」

 

「アヴたそを追いかけなよ!」

 

「は、なんで?」

 

「なんででも!さっさと行く!早く行く!今すぐ行く!」

 

半ば追い出されるように蘭丸は部屋から出る。蘭丸は舌打ちをしながら、アヴゲイルを探しに出かけた。と言っても、ホテル内であるから探すところは限られている。1人になりたい場所なら尚更だ。蘭丸はエルベーターで屋上の展望フロアに向かう。屋上にでると綺麗な夜景が目に映り込んでくる。設置されたベンチに1人、アヴゲイルが座って眺めていた。

 

「よう」

 

「蘭丸さま」

 

蘭丸はアヴゲイルの隣に座る。気まずい沈黙が数分ながれ、唐突にアヴゲイルが口を開く。

 

「ジャンヌのこと、幸せにしてあげて下さい。あの子、寂しがり屋なのでたくさんかまってあげてくださいね」

 

アヴゲイルの目は先程見た時より赤くなっている様な気がしたが、蘭丸は気づかないふりをした。

 

「それは無理だな。だって俺は自己中だから」

 

「そこは、夫婦同士よく話し合って治していってください」

 

「………あのさ、なんか勘違いしてるみたいだけど」

 

蘭丸はアヴゲイルの顔を覗き込む。

 

「俺は双子姉を選ぶつもりなんだけど」

 

「………え?」

 

アヴゲイルは目を見開き、蘭丸を凝視する。まるで信じられないものを目の当たりにした様な、そんな表情だ。

 

「なんでですか?」

 

「理由なら沢山ある。双子姉は妹より度胸があるし、双子妹より気が回るし、双子妹より話しやすいし、何より双子妹より飯が美味い。俺は結婚するなら飯がうまい人と結婚したいと思ってた」

 

「それだけですか?それだけで、なんの才能もない私を選ぶんですか?それは、同情じゃないんですか?だったらやめて下さい自分がより一層惨めになるだけです」

 

アヴゲイルの目には涙が溢れ出し、今にも零れ落ちそうになっている。しかし、蘭丸はその涙にも気付かないふりをした。

 

「少し昔の話をしていいか?」

 

蘭丸はアヴゲイルに昔語を始めた。

 

「俺の母親はさあ、仕事と家庭を両立できない人間でさ。その癖、惚れっぽくてすぐに恋に落ちるもんだから今ではバツヨンなんだ。ちなみに俺には姉と妹が2人いるが全員父親が違う。しかも、俺は一時期妹が増えたことを知らない時期があった」

 

姉や妹たちは離婚後は父親側が引き取ったが、蘭丸の父親は病死しているため他の兄弟より長く母親と共に過ごしたそうだ。だが、母親は仕事が忙しくほぼほぼ放って置かれたという。その放って置かれかたは育児放棄すれすれだったそうで、蘭丸は幼少期はほぼひとりで過ごしていた。薫が生まれたのも話し相手が欲しかった幼少期の蘭丸が創り出したからだ。

 

「俺はギャンブルが好きだ。それは重たい金を軽くしてくれるからだ。逆に重たい金が嫌いだ」

 

汗水流して稼いだ金や大切な人から貰った金は大切すぎて、重すぎて使えない。でも、ギャンブルで増やして仕舞えば増やした分の金は軽いからいくらでも使える。

 

「それは、色んなものに当てはまる。金も愛も友情も信頼も責任も、俺は重すぎるものは背負いたく無いんだ。だから、俺はギャンブルは重たいものを軽くしてくれるから好きだ。でも、だからこそかけちゃいけないものがある。軽くしちゃいけないものがあると思うんだ」

 

「私は軽くしてもいいんですか?」

 

「そうじゃない。まあ、きけよ」

 

蘭丸はアヴゲイルの涙目になっている瞳を真っ直ぐと見据えながら言葉を放つ。

 

「でも世の中なんて重いものだらけだ。だから、俺は最初から重たいものを持つのを諦めてた。その重たいものを全部拾ってくれたのが薫だ。だから、俺は世界で一番(自分)が大切なんだよ。でも、今は薫と俺は2人に分かれてる。いい加減さ、俺も自分で持たなきゃいけないなぁと思っててさ」

 

いつもだらしなくちゃらけている蘭丸は真剣な顔をしている。

 

「まあ、2番目に大切なものなら?そのぐらいの重さなら俺でも持てるかなって思うわけよ」

 

「なんで私なんですか?」

 

「言っただろ、俺は結婚するなら飯が美味い奴がいいと思ってたって。お前の飯はさあ、あったかくてさ、家庭の味?って言うのかな。本当に美味いと思った。まあ、おばあちゃんの飯には敵わないけどな」

 

アヴゲイルの涙はついに溢れ出し、頬をつたう。

 

「私でいいんですか?」

 

「お前こそ、俺でいいのか?俺、お前を2番目の女にしようとしてんだよ?」

 

蘭丸はアヴゲイルの問いに問いで返した。蘭丸は言った、自分の中ではもう決まっているから何も言うことはないと。アヴゲイルは嗚咽が混じる声を絞り出す。

 

「まあ、しょうがないですね。あなたみたいな人の面倒をジャンヌに見させられませんからね、私が代わりに面倒を見てあげます」

 

「お前、男の趣味が悪いな」

 

蘭丸はそこでようやくアヴゲイルの涙を拭う。その手つきはとても暖かく、優しいものにアヴゲイルは感じた。

 

******

 

蘭丸が“黒の使徒(ブラック・サーヴァント)”のトップに立つ事はすぐさま周知の事実となった。そこで1番焦ったのは、国家公安部神事魔王対策課の今川夏彦だ。今日はその事で、神魔対の全身を創設したという長老達に呼び出されていた。長老会、別名“人外の巣”と言われる魔境に立ち入るのは今川夏彦は初めてだった。そもそも、正史編纂委員会とは第二次世界大戦時にエリスの日本魔術結社に対する介入をさせないために当時の「皇族」「媛巫女」「仏門」「武家」が結束して創り上げた魔術結社である。そのトップたる長老達は皆人外とかしていると言う。特に“白媛巫女”、“大僧正”、“神君”、“天夜叉”なる4人は特に権力を持っている。今川夏彦は自身が呼び出された事が決して良い方向に向かっているとは捉えなかった。今から合間見える長老達に思いを馳せ、今川の胃は悲鳴をあげるのであった。




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