ダブルフェイス!   作:川内かまぼこ

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権能クイズが後書きにあるよ。
よかったら考察してみてね。


第2話

日本の呪術師や霊能者を統括し、まつろわぬ神やそれらを討ち倒した神殺しの魔王の関わった事件の情報操作などを行う国家公安の表向きには存在しない秘密組織“国家公安部神事魔王対策課”。通称神魔対と呼ばれる組織の職員である今川夏彦(いまがわなつひこ)は頭を抱えていた。その理由はとある地方の片田舎にあった山が一夜にして消滅したからである。今のところ、大規模な土砂崩れということで話は通っているが、明らかに目を背けていた事実が目の前に迫ってきている気分だった。噂の神殺しの魔王が日本にいる。その噂は先日の一件以来、確かなものになってしまった。現在、神魔対を束ねるトップたちは人外魔境と化しているが、その人外たちがこぞって恐れるのが神殺しの魔王である。欧米ではチャンピオン、中国では羅刹王、西洋ではカンピオーネと呼ばれる存在。中東出身の“皇帝(エンペラー)”“魔王殺し”と呼ばれる最古の魔王ハイサム・イスマエル・アル=マンスール。ドイツを拠点に裏社会のマフィアを牛耳る気まぐれなる“女主人(ミストレス)”エリス・ヴォルフ少佐。アメリカを拠点にカルト宗教・秘密結社・悪魔崇拝団体を運営、助力する謎多き悪意の巣窟の怪人ジョン・ドゥ伯爵。彼らに並ぶ存在が我が国にいるというだけで伊藤与作は頭が痛くなっていた。お偉い方はなんとかして神殺しの魔王とコンタクトを取りたいようだが、伊藤与作は冗談ではないと内心苛ついていた。しかしすでに、アメリカの魔術結社“黒の使徒(ブラックサーヴァント)”が接触したという情報が入っている。さらには、西洋の魔術結社から少佐が日本に向けて旅立ったという知らせが入っていた。このままでは我が国で魔王同士の諍いが始まってしまう。仕方がないと腹を極める。今川夏彦は出世欲のある青年だった。

 

「会いに行ってみるか。蘭丸薫という人物に」

 

******

 

片田舎にも娯楽はある。それを代表するのがパチンコ・スロット施設だ。蘭丸は今日も今日とてスロットに金を溶かしている。昔から賭け事に強かったため、金欠の際にものは試しにと始めてみたのがきっかけで現在は生きる糧となっていた。大学時代も母からの仕送りをすべてスロットで、倍にしていたのだ。まあ、その分使っていたので常に金欠ではあったのだが。

 

「おっ兄ちゃん今日も調子良さそうだね」

 

「虎さん」

 

虎さんは蘭丸がこの店で知り合ったスロカス仲間である。なんの仕事をしているか知らないが大概この店にいることが多い。

 

「いいねぇ。兄ちゃんの運を分けて欲しいよ」

 

「運だけでスロットは勝てねぇよ。ちゃんとコマを見て、タイミングを合わせてボタンを押さなきゃダメだよ。あとは引き際を間違えなきゃ大丈夫だ。虎さんはすぐ調子乗って引き際を間違えるからいつも負けるんだよ」

 

「かあーッ!それができりゃあ苦労はしねえよ!やっぱり兄ちゃんは運がいいよ」

 

「まあ、神様を殺せるぐらいには運がいいのかもね」

 

「そりゃあ逆じゃねえのか?」

 

「そうともいう」

 

蘭丸は席を立ち。スロットの台を後にする。

 

「なんだい兄ちゃん。今日はもう帰んのかい」

 

「ああ、今日は早く帰ってこいって言われてるから」

 

「なんだいコレかい?」

 

と言って虎さんは小指をピンと立てる。

 

「ちげーよ」

 

「じゃあな虎さん」と振り返らずに手を振り、蘭丸は店を後にする。駐車場に停めてあった軽トラに乗り、帰宅するためにエンジンをふかす。数ヶ月前、南米にてまつろわぬ神が降臨した。そのまつろわぬ神は顕現し、すぐにアストラル界に移動したが、その際に観光バスが巻き込まれたのだ。不幸中の幸いか、乗客20名のうち18名は1週間後に衰弱していたが無傷で発見された。このさらに1週間後には残りの2名も無事に発見されたのだ。その2人というのが、蘭丸と薫である。

 

「まさかこんな事になるとはなあ」

 

車を走らせながら窓をスライドさせて、風を感じる蘭丸。フッと目を向けた先には先日までそびえ立っていた山の残骸が目に映り込んできた。チクリッとちょっとの罪悪感が蘭丸の心に湧き上がる。何を隠そうあの山を破壊したのは蘭丸本人だからだ。

 

「あ〜あ、調子乗ってすいません」

 

ちょっと脅すだけのつもりだった。蘭丸と薫を襲ってきた双子があまりにも往生際が悪かったので、ちょっとびびらせてやろうと軽い気持ちで権能を発動させたら、途中で止められなくなり、結果山が吹き飛んだ。蘭丸はその時決めたのだ、もう2度とこんな力は使いませんと。

 

「つーか使いづらいんだよな」

 

などとやや責任転嫁させながら車を走らせる蘭丸。祖母の家が見えて来る。家の駐車場に車を停めて玄関から中に入ると、真っ先に酒の匂いが充満していることに気づく。ため息をつきながら居間へと急ぐ。案の定、薫が昼間っから飲んだ暮れていた。

 

「お〜うおはへりすろかす!かってぇきたかりゃ!ぎははははは!!!!!!」

 

「おかえりなさいませ蘭丸様」

 

「おかえりなさい」

 

ほぼ下着姿の薫の両隣には黒いゴスロリ姿の双子の美少女たちが鎮座している。右が姉のアヴゲイル、左が妹のジャンヌだ。つい先日から、住み込みで家の手伝いをする様になった魔術結社“黒の使徒(ブラックサーヴァント)”の構成員である。

 

「お前らまだいたのか。帰れよ」

 

「何度も言いますように、私たちはあなた方に付き従うよう上から通達がありましたので、その任務を勝手に放棄することはできません。ねぇジャンヌ」

 

「そうだけどアヴゲイル、畏れ多くも神殺しのチャンピオンがここまで言っておられるのだから帰った方がいいんじゃない?」

 

姉のアヴゲイルは和かな笑みを浮かべているが、妹のジャンヌの方は笑顔ではあるが顔が引き攣っている。まあ、カンピオーネの権能を2回もその身に刻み込まれたのだから恐怖心が生まれて当然ではあるのだが。

 

「何を言っているのジャンヌ?それでは大いなる協力者になんて言い訳するつもり?」

 

「ううぅそうだけどーアヴゲイルー」

 

涙目になるジャンヌ。よっぽど蘭丸と薫のことがトラウマになっているらしい。

 

「ていうか、前から気になってたんだけど大いなる協力者って何?お前らの組織のボスはアメリカの神殺しなんだろう?」

 

「いえ、そうではありません。私たち“黒の使徒(ブラックサーヴァント)”はもともとは欧州での権力争いに敗れた者や魔女裁判から逃れてきた者が集まってできた。歴史の浅い秘密結社です」

 

「結社を立ち上げる際に助力してくれたのがジョン・ドゥ伯爵なので大いなる協力者と呼んでいます」

 

伯爵と呼ばれる神殺しは上に立つ事を嫌い、あくまで協力者というスタンスをとっていると双子は説明する。

 

「とくに伯爵は新参のチャンピオンですが、古参のチャンピオン同様、その能力は謎に包まれています」

 

「は?なんで、誰か目撃者がいるだろ」

 

「はい、伯爵がまつろわぬ神と戦った場面に居合わせた方は何人もいます。でも、誰も彼の姿どころか戦った神すら覚えていないんです」

 

「これは明らかに何らかの権能が行使されています」とアヴゲイルは続けた。ちなみにこの権能はアメリカの魔術結社たちより《霞ゆく偉業(ファントム・ミラージュ)》という名前で登録されている。

 

「てゆーか〜わたひたちのほかにもかみゅごろひっているんだにぇ〜」

 

とぐびぐびと酒瓶片手に薫がジャンヌにもたれかかりながら問いかける。ジャンヌは涙目になっており、側から見ると酔っ払いのおっさんにセクハラを受けている少女のように見える。

 

「はい、伯爵と蘭丸様、薫様のほかに後2人古参と呼ばれるチャンピオンがいらっしゃいます」

 

「え〜俺たちみたいなバカが後2人もいるのかよ」

 

涙目のジャンヌを無視しアヴゲイルは話を淡々と進める。蘭丸も薫の相手をするのが面倒なので無視して話を聞く。

 

「まず、約100年前に誕生した“女主人(ミストレス)”エリス・ヴォルフ様です。エリス様はドイツを拠点に欧州のマフィア及び魔術結社を裏で操っています」

 

「犯罪者じゃん」

 

「性格は気難しく、気分屋でわがままなことで知られており、“欧州の女王”や“少佐”とも呼ばれています」

 

「問題児じゃん」

 

碌でもない奴な気がしてならない。さぞかし、欧州の魔術結社が不憫でならないと蘭丸は自身のことを棚に上げて考える。

 

「エリス様は《吸血女公(ヴァンピーア・フェルスト)》という権能を持っている事が有名です。これにより自身を吸血鬼とかし、超再生・変身能力・吸血による眷属の作成・神速・魅了の魔眼などの多彩な能力を持っています」

 

「いいな、俺らの権能と違って使いやすそうで」

 

「10年前に起こった“太陽と月の消失した日”を引き起こした首謀者でもあり。その際は北欧神話のフェンリルの子スコルとハティと戦って権能を簒奪しています」

 

10年前の“太陽と月の消失した日”は世界的に有名な事件だ。1日に日食と月食同時に起こって一日中世界が暗闇に包まれた大事件である。

 

「やばい奴だな」

 

「本当に恐ろしいのは次の方です」

 

これ以上にやばい奴がいるのかと蘭丸は内心うんざりしていた。

 

「“皇帝(エンペラー)”“魔王殺し”と呼ばれる最凶のチャンピオン。ハイサム・イスマエル・アル=マンスール様です」

 

「“皇帝(エンペラー)”?“魔王殺し”?」

 

「250年前に勃発した魔王大戦と呼ばれるチャンピオン同士の戦いで、北米の“赤鬼”・清の“経国”・ロシアの“大鷲”・アフリカの“獣の王”・バチカンの“聖騎士”・妖精郷の“緑の人”という名だたるチャンピオンを相手に当時新参でありながら勝ち残り、その全て打ち倒した事により“皇帝(エンペラー)”や“魔王殺し”と呼ばれています」

 

「やばあ〜」

 

「実際にエリス様がチャンピオンとして誕生した際に戦った時は、惨敗しています。ちなみに伯爵は勝負自体を避けています」

 

そんな化け物といずれ戦わなければいけないと考えると蘭丸は頭が痛くなってきた。薫を見るとあいも変わらずジャンヌにセクハラを働いている。

 

「あ〜嫌だ嫌だ。そんな奴らとは一生関わりたくないな」

 

「え〜わたひはたたかいたひたいけろな〜」

 

「黙れサケカス」

 

「だまれすろかす」

 

******

 

日本の高級ホテルのVIPルームのソファーに深く腰を下ろす美少女。彼女の名はエリス・ヴォルフ。齢100を超える少佐と呼ばれるカンピオーネである。その側に使え、空いたグラスにワインを注ぐのは老紳士風の執事。

 

「ミハイル、我がいまどういう気持ちでいるかわかるか?」

 

「恐れながらエリスお嬢様のお考えは私のような凡夫には理解が及ぶ筈もございません」

 

「相変わらず退屈な回答だなミハイル・ヘシアン。貴様のその主人を立てる姿勢は我が教え込んだことだが、いささか面白みにかける。これなら、昔の血気盛んだった貴様の方が我好みであったな」

 

「私はお嬢様の眷属にございます。全てはお嬢様の思うがままに」

 

「つまらん、つまらん」とエリスは注がれたワインを口に含む。なかなか悪くない味わいだが、彼女はいま求めている味とは程遠いと感じている。

 

「ああ、はやく悪魔憑きの生き血を味わいたい者だ。この日本では神がかりと呼ばれているらしいな」

 

「ですが日本ではここ数十年は誕生していないと聞きます」

 

「希少な人間の血は我の渇きを癒す極上の美酒となる。伯爵め、我に断りもなく新参者に渡すなど不愉快極まりないわ」

 

「あるいは、わざとかも知れませぬな」

 

「ほう?」とエリスは自身の従順な下僕の言葉に笑みを浮かべる。

 

「お嬢様を焚き付け、新たなるカンピオーネを潰すのが伯爵の目的なのではないでしょうか」

 

「では我はまんまとあの臆病者の手の内で踊らされているとそう言いたいのか?」

 

ピシリッと空気が張り詰める。次の返答次第では八つ裂きにすると言わんばかりの殺気を放たれながら、ミハイルは眉ひとつ動かさず、冷や汗ひとつかかない。

 

「滅相もございません。お嬢様のことでございます。あえて伯爵の策略に乗っていらっしゃるのでしょう?」

 

「わかっておるではないか。さすがは我が一番に信頼を置く従僕だな。だが…」

 

パチンッとエリスが指を鳴らしたと同時にミハイルの頭が爆殺四散する。

 

「貴様が我を語るでない」

 

飛び散った血肉がエリスの頬に滴り、それを舌で舐め取り口に含む。

 

「ふん、貴様の血もなかなかに良き味になってきたな」

 

ばたりと首から上が失われたミハイルの身体が床に倒れる。それと同時に赤髪の若いメイドが部屋へと入ってきた。

 

「失礼いたしますお嬢様。若きカンピオーネの所在が分かりましたので、ご報告を申し上げます」

 

「ようやくか。では、悪魔憑きを迎えに行くとしよう。さっさと起きよ“首無し兵(ヘシアン)”。ただの魔術で死ぬほど貴様も柔ではあるまい」

 

その問いかけに応えるように首無しの執事はゆるりと立ち上がる。

 

******

 

「テメェ薫!俺がスロットで増やした金を安酒に使いやがったな!」

 

「なにがわるいんじゃ!おまえのものはわたしのもの、わたしのものはおまえのものだろう!」

 

「どうせなら高いやつ買ってこいよ!なんで安酒だけなんだよ!」

 

「うるさい!わたしはしつよりりょうなんだよ!」

 

ポカポカと殴り合いの喧嘩が始まるのを横目にジャンヌはため息をついていた。姉のアヴゲイルは友人と温泉旅行に出かけた静江の代わりに夕食の支度をしている。

 

「ねぇ、アヴゲイル。本当に帰らないで、ここに残るの?」

 

「当たり前でしょうジャンヌ。ここで帰ってしまったらそれこそ伯爵に怒られてしまうわ」

 

「伯爵は怒らないわ。あの方にとって私たちはお気に入りだもの、なにも本当に私たちを蘭丸さまと薫さまのお供にしたいわけじゃないと思うのだけど」

 

「お気に入りなのはジャンヌだけよ。だから帰るならジャンヌだけ帰れば?」

 

「なんでそんなこというの!アヴゲイル最近変だよ!」

 

縋り付くようにアヴゲイルの服を掴むジャンヌをアヴゲイルは冷たい目で見返す。その視線を受けてジャンヌはビクリッと体を震わせる。

 

「まさか、アヴゲイル。伯爵じゃなくて蘭丸さまと薫さまにつくつもりなの?」

 

「当たり前でしょう。いつまで経っても正体を明かさない人物より、十分信用できるわ。それにあちらは1人だけどこちらは2人。どちらが有利かなんて子供でもわかるわ」

 

「だけど、はは“黒の使徒(ブラックサーヴァント)”の結成に大きく関わった人物だし、それにお父様たちが何というか」

 

「だから、ジャンヌは帰っていいわ。どうせ、大事にされているのはジャンヌだけなんだし、私が帰らなくてもお父様たちは何も言わないわよ」

 

「やめてよアヴゲイル!なんでそんなこというの⁉︎」

 

アヴゲイルの言葉を受けてショックを隠しきれないジャンヌ。

 

「姉妹仲良くとは言わないけど、晩飯前に喧嘩するのやめてくれない」

 

「ふたごちゃんたちはなかよくしてるほうがかわいいよー」

 

先程まで喧嘩していた自身たちを棚に上げ、双子を注意する蘭丸と薫。2人による静止により、双子がそれ以上言い争いをすることはなかったが、夕飯の食卓は気まずい空気のまま終わった。

夕食が終わり、片付けが済んだところで蘭丸は双子の片割れであるアヴゲイルがいない事に気づく。薫は飲みすぎで夢の中におり、ジャンヌは先ほどから何かを考え込むように上の空だ。蘭丸は内心舌打ちをしながら、アヴゲイルを探しに行く。アヴゲイルはすぐに縁側に座っているところを発見した。月明かりに照らされたその横顔はとても綺麗で、蘭丸は改めてアヴゲイルが美少女であることを理解する。そして、その顔面を躊躇なく殴った自分に少しの罪悪感を抱いていた。

 

「何してんだよ」

 

「蘭丸さま。探しにきてくれたのですか?」

 

「ちげーよ。涼みにきただけだ」

 

「ん」と蘭丸はアヴゲイルに缶のコーラを手渡し、自身はその隣に座る。缶のコーラのプルタブを開け、ゴクゴクと喉に流し込む。その姿を凝視してアヴゲイルは口を開く。

 

「蘭丸さまはお酒は飲まれないんですね」

 

「あんまり好きじゃないからな」

 

「薫さまと瓜二つでいらっしゃるのに味覚は違うんですね」

 

「まあ、好みは結構違うな。俺は甘党だけど、薫は辛党だしな」

 

「双子でもやはり違う人間ですからね」

 

気まずい空気が流れるなかアヴゲイルは再び口を開く。

 

「私たちは厄災の双子と呼ばれ、“黒の使徒(ブラックサーヴァント)”では特別な位置にいますが、私はオマケなんです」

 

「オマケ?」

 

「私たちの一族は代々悪魔憑きの家系なのですが、ここ数十年その才能を持つものは生まれませんでした。現代になり、ようやく誕生した悪魔憑きがジャンヌでした」

 

ジャンヌはそれはそれは一族に誕生を祝われたという。しかし、同時に生まれた双子の姉は悪魔憑きの才能には恵まれなかった。

 

「小さい頃から全てがジャンヌ中心で回っていました。だから私はそれを見返したくて、私も褒めて欲しくて魔術を沢山勉強しました。幸い私には魔女としての才能があったので、魔女術にも精通することができました。でも、現状は変わりませんでした。私が何をやっても褒められるのは、必要とされるのはいつもジャンヌでした」

 

蘭丸はアヴゲイルの言葉に何も言わずに黙って聞いている。

 

「ときどき思うんです。ジャンヌさえいなければって、あの子はあんなに私を慕ってくれているのに。私はときどきあの子の無邪気さにとても腹を立ててしまうんです。私って嫌な姉ですよね」

 

蘭丸はただ黙って聞いている。こんな時になんと言葉をかければいいか、彼にはわからないからだ。薫なら何か気の利いた言葉をかけることが出来るのにと内心思っている。蘭丸のスタンスは人は人、自分は自分であり、言い換えれば自分しか大切にしない。一方、薫のスタンスは他人の気持ちも汲み、他人に寄り添い、他人も大切にしようとするのだ。そこが蘭丸と薫の大きな違いであり、正直いまもどうでもいいという気持ちの方が優っている。

 

「だから蘭丸さまと薫さまが羨ましいです。あなたたちはご兄妹で優秀なのですから」

 

「あのさ、言ってなかったけど俺と薫は……」

 

ワァオオオオオオオォォォォォォンンンンッ!

突然の獣の咆哮に加え、空にあった月が突然欠け始め月食を起こす。2人は揃って臨戦体制になった。そんな中で蘭丸は自身の胸の中から何かが飛び出すようなそんな熱を感じ、それを必死に押さえつける。この感じを蘭丸は知っていた。これはまつろわぬ神の権能をその身に受けた時と同じ感覚である。それと同時に「アアアアアアッ!」という苦悶の叫びが居間から聞こえてきた。

 

「ジャンヌ⁉︎」

 

アヴゲイルはその叫び声が自身の妹であると真っ先に理解し、すぐさま居間へと駆け出す。蘭丸もアヴゲイルの後を追い、居間へと急ぐ。しかし、時すでに遅しというように、居間は突然の竜巻により吹き飛ばされた。その突風を受けて蘭丸とアヴゲイルは庭へと吹き飛ばされる。蘭丸は転がりながらも受け身を取り、アヴゲイルに関してはスタッと華麗に着地を決めた。

 

「おばあちゃん家の居間が!どうすんだこれ!おばあちゃんになんて言い訳するだこれ!」

 

「そんなことを言っている場合ではないでしょう!ジャンヌと薫さまは?」

 

「お〜い、蘭丸〜アヴゲイルちゃ〜ん」

 

蘭丸とアヴゲイルが飛ばされた逆方向より、薫がまのぬけた声で駆け寄ってくる。相変わらずのほぼ下着姿の格好だが、その肌には傷ひとつついていない。そして、蘭丸が驚いたのは薫がシラフに戻っている。これは先ほどから蘭丸も自身の体が戦闘に適したコンディションになっていくのを感じていたため、薫にも同じ現象が起こっているのだろう。

 

「薫さま!ジャンヌは⁉︎」

 

「ジャンヌちゃんならあそこ」

 

薫が指を刺したの遥か上空、そこには4枚の鳥の羽を生やしたジャンヌが滑空していた。一見、天使にも見えなくはないがその纏うオーラは禍々しく、よくない者だということがわかる。何より、蘭丸と薫にはわかっていた。自身の闘争反応が彼女に反応しているということが。これはまさしくまつろわぬ神と対峙した際と同じ感覚である。

 

「ああ嬉しきかな!何百年ぶりの解放だろうか!」

 

ジャンヌの声だが、ジャンヌではない何者かが高らかに歓喜している。その光景を見てアヴゲイルは膝から崩れ落ちた。

 

「まさか、悪魔さま?悪霊の王パズズさまなのですか?」

 

「いかにも、我はアッシリアとバビロニアにて崇拝されし魔神。風と熱風を操り地上に旱魃を引き起こす悪霊の王なり」

 

今、ジャンヌという少女の体を借りて、アッシリアの魔神が復活した。蘭丸は目の前の敵を睨みつけ、薫は笑みをこぼす。

 

******

 

「さあ、新参者どもの力得と見てやろうではないか」

 

魔神パズズが降臨した遥か遠くの場所で、遠見の術で様子を伺うエリス・ヴォルフ。何を隠そう魔神パズズの復活は彼女の所有する権能が引き起こしたことである。

 

「よろしかったのですか。あれでは悪魔憑きの娘にも危害が及ぶのでは?」

 

「何、心配するな。いかに魔神パズズでだろうと自身の巫女を傷つけるような真似はしないであろう。まあ、もし死んだとしても死体され手に入れば後はどうにでもなる」

 

ミハイルの問いかけに無責任極まりない回答をするエリス。彼女は気まぐれで気分屋である。その日、大切にしていたものを次の日には跡形もなく粉砕するような人物だ。彼女の側に仕えるものは全て、彼女の我儘に付き合わされる。しかし、それも仕方がない。なぜなら、彼女は神すらも殺めた神殺し。カンピオーネなのだから。

 




Mr.Uの権能
《霞ゆく偉業(ファントム・ミラージュ)》
簒奪した神 不明
自身が行ったこと、自身の姿、あらゆる能力は他人の記憶から零れ落ち、記憶に残り辛くなるという権能

エリス・ヴォルフの権能
吸血女公(ヴァンピーア・フェルスト)
簒奪した神 不明(ギリシャ神話のラミアではないかと考察されている)
自身を吸血鬼化することにより超再生・怪力・神速・変身能力・魅了の魔眼・吸血による眷属の作成などを行える権能
《解放の咆哮(ハウリング・ラグナロク)》
簒奪した神 スコルとハティ
その咆哮であらゆる枷を解放する権能。権能を発動すると昼なら日食が起き、夜なら月食が起きる。
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