目を開けるとそこは知らない天井というやつだった。蘭丸は辺りを見渡すと、どうやらどこかのホテルだということはわかる。隣のベッドには薫がおり、すでに起きて発泡酒をすでに2、3缶空けていた。体は包帯が目立つほどボロボロになっており、蘭丸も同じような状態であることがわかる。こんな状態で生きているのは、カンピオーネの頑丈さ故だろう。
「おっす、おはよう」
「おっす…どのぐらい寝てた?」
「半日ぐらいかにゃ?私もさっき起きたところ」
「負けたのか俺ら?」
「まあ、ひきわけっしょ」
他愛もない会話が出来るほどまでには回復しているようだ。
「倒しきれなかったんだから負けだろう」
「私たちも死んでないんだから負けじゃないね」
「2対1だったのに?」
「でも、ほら私たちの場合当たり判定とダメージも2倍だから。……蘭丸が死んだら私も死ぬんだからあんまり無理すんなよ」
「こっちのセリフだボケ」
コンコンッというノックの音に対して薫が「どうぞ〜」と答えると小綺麗なスーツを着た、いかにもビジエスマン風の青年が入ってくる。
「はじめまして、まつろわぬ神より権能を簒奪せし、カンピオーネよ。わたくし、日本の呪術会を統括をしております国家公安部神事魔王対策課の構成員今川夏彦と申します」
「はあ、どうも蘭丸です」
「今川さんさっきぶり〜」
蘭丸は突然現れたいかにもエリートの様なスーツを着た男に警戒心を強めるが、薫はぶんぶんと手を振っている。
「さっきはお酒ありがとう〜。アルコールがとれて元気100倍だよ〜」
「それは何よりです。しかし本当に発泡酒でよかったのですか?」
「うん、私高いとか安いとか味わかんないから〜」
そういえば、蘭丸が起きた時から薫は酒盛りをしていた。どこから酒を持ってきたのか不思議に思っていたが、今川夏彦という人物に頼んでいたのかと蘭丸は納得する。しかし、こいつ酒くれるやつには誰にでも懐くなと半分呆れていた。
「蘭丸様も何か入り用でしたら、何なりとこの伊藤与作にお申し付けください」
「じゃあ、俺たちが倒れた後どうなったか教えてくれませんか?」
にこりッと営業スマイルを浮かべ、今川は快く引き受ける。
「お二人がお倒れになった後、魔神パズズは再び“
「双子はどうしたんですか?」
「…“
「1人だけ…姉か、妹どっちですか?」
「本人は自身を“黒の使徒”のアヴゲイルと名乗っています」
「そうか…。体調がいいなら顔を見せるように言ってください」
「かしこまりました」と言って、今川夏彦は深々とお辞儀をすると部屋を出ていった。蘭丸はため息をつき、薫の方へと顔を向ける。ぐびぐびと発泡酒をかっ喰らっている薫と目が合う。
「あの人、信用していい人か?」
「多分大丈夫だと思う」
「まあ、明らかに俺たちに取り入ろうって魂胆が見え見えなんだよなあ。だったら、俺らも利用すればいいだけだか」
「それよりジャンヌちゅわんはどうするの?」
双子妹が行方不明なのだ。自分達にとって事件はまだ終わっていないと蘭丸はこの先のことを思ってか、またため息をつく。
「手がかりは何かあるか?」
「ん〜パズズと戦う時、遠くから威嚇されてたと思う」
「なんでその時に言わなかったんだ?」
「いや、いろいろそれどころじゃなかったから」
まあ、これから戦闘が始まろうとしている時に、他を気にすることがあの時できなかったのは確かだ。
「何者だと思う」
「十中八九他のカンピオーネ」
「だよな」
基本的に今の蘭丸達に威嚇できるのはまつろわぬ神か同族だけ。まつろわぬ神が人質を取るとは思えないいま、残るのは同族のカンピオーネだけである。
「めんどくさいな」
「めんどくさいねー」
薫は残り1缶となった発泡酒を飲み干すとベッドから立ち上がる。ときどきこいつはアルコールで動いているのではないかと疑っている蘭丸だが、ここに来てその疑いは確信に変わっていく。
「お酒が無くなったから貰いに行ってくる〜」
「病み上がりなんだから程々にしとけよ」
「酒は百薬の長っていうでしょ〜」
スタコラと部屋を去っていく薫を見送り、蘭丸はベッドで寛ぎ始める。体を休めていても常に頭の中ではさまざまな考えを巡らす。するとドアが再びノックされ扉が開き、アヴゲイルが中に入ってきた。
「蘭丸様、お休みのところ申し訳ございません」
「双子姉、元気そうだな」
もちろんアヴゲイルは元気などではない。元々白かった肌は今は青白くなっており、いつも丁寧に手入れが行き届いている黒髪は潤いが無いように見える。
「蘭丸様、私はあなた方が…いえ“あなたが”倒した神がわかりました。そして、あなたの最大の弱点も」
唐突に、しかし戸惑いながらアヴゲイルは蘭丸に対して口を開いた。蘭丸はその言葉を聞き表情を見て、アヴゲイルの意を汲む。
「…なんでわかった?」
「私は魔女です。霊視の力があります。薫さまと深く繋がったことでようやく見る事が出来ました」
深く繋がったとはいったいなにをしていたのだろうか。蘭丸は一瞬そんな邪な考えがよぎったが、考えるのをやめて話の続きを聞く事にした。
「あなたの権能“五つの太陽”はアステカ神話の創世神話の一つであり、世界の滅びを再現しています。五つの太陽を担うのはテスカトリポカ、ケツァルコアトル、トラロック、チャルチウトリクエ、トナティウの五柱の太陽神。アステカ世界では現在はトナティウの治める世界であり、いつか地震と悪鬼によって滅ぼされることが決まっています」
テスカトリポカが主宰の世界はケツァルコアトルに突き落とされたテスカトリポカがその身をジャガーへと変え、古の巨人たちを食い尽くし滅ぼした。次のケツァル・コアトルが主宰の世界ではテスカトリポカに突き落とされたケツァルコアトルが大風をふかせ世界を滅ぼし、残った人間も猿へと変わった。次のトラロックが主宰の世界はケツァルコアトルが火の雨によって世界を滅ぼし、残った人間は鳥に変わり、トラロックは太陽の座から引きづり下ろされる。次のチャルチウトリクエが主宰の世界では大洪水によって人々は流され、魚へと姿を変えて終焉を迎える。そして、現在がトナティウの世界で地震と天の怪物によって滅びることが決まっている世界。これが、アステカ神話の五つの太陽という創世神話である。
「では、あなたが倒した神はいったいだれ?テスカトリポカ?ケツァルコアトル?トラロック?チャルチウトリクエ?それともトナティウ?いいえどれも違います。蘭丸さまと薫さまを初めて見たとき、史上初の双子の神殺しのチャンピオンだと思いました。あなた達2人ともチャンピオンだと。しかし、それは間違いでした。あなたたちは“2人で”チャンピオンなのでしょう?」
蘭丸は黙り、話を聞いている。しかし、彼は最初に言っていた。自分達は2人で一つなのだと。
「あなたが、“
オメテオトルとはアステカ神話の原初神にして、相反する二つを兼ね揃えた完全なる存在。“身近なるものの神”、“環の中にいる者”、“我らが肉の男神にして女神”などの数々の異名で呼ばれ、神の中の神、万物の主として崇められた。また、創世の途中で自身の子供達に世界の創造を任せ、自身は天の最上部にて神と人々の移ろいを見守る神として知られる。そう蘭丸と薫は双子ではない、2人は厳密には東雲蘭丸の第二人格である薫が体を得て2人に分かれた存在。
「まあ、別に隠してたわけじゃねぇけどな」
「では、2人別々だと権能が使えないことは?2人のうち一方が死んでしまったら、もう一方も死んでしまうということは隠していないと言えるんですか?」
蘭丸と薫は2人という存在に分かれてはいるが、同一人物である。故に、1人の傷は2人の傷であり、1人の死は2人の死なのだ。
「あなた達の権能は実質、数の問題では他のチャンピオンに優っています。しかし、チャンピオンはそもそも数を不利としません。どんな状況でも勝ちを見出すのがチャンピオンです。この情報は明らかにあなた達を不利にするでしょう」
「何が言いたいんだ?」
アヴゲイルは蘭丸に近づき、頭を下げる。
「お願いします。ジャンヌを助けてください」
「……」
「ジャンヌはいま、エリス・ヴォルフさまの手の内にいます。チャンピオンを倒せるのは同じチャンピオンか神だけです。お願いします。ジャンヌを助けだすのに協力してください」
彼女は少し震えていた。それもそうだろう彼女はいま、神殺しの魔王を脅しているのだから。不利な情報を言い触らされたくなければ自分の言う事を聞けとカンピオーネに言っているのだ。
「…双子妹が邪魔だったんじゃねえのか?」
「私は妹が憎かった事もあります。でも、いなくなって欲しかった訳じゃありません。それに敵組織に“
「結局自分のためか?」
「…はい、私は結局自分のことしか考えていません。妹が憎い、でも嫌われたくない。妹ばかり優遇する家族が憎い、でも無くなって欲しいわけじゃない。私の能力を認めてくれない“
アヴゲイルは、一つ一つの言葉を吐き出すたびにポロポロと涙を流す。蘭丸はその姿を見て、深いため息をつく。
「いいんじゃね?それで」
「え?」
「人間さあ、善とか悪とかきっちりなんでも二つに分けようとし過ぎなんだよ。もっと曖昧でいいんだよ善悪なんて。善悪は簡単に入れ替わるっていうけど、俺はあの言葉が嫌いだ。どんな善にも悪は潜んでるし、どんな悪にも善は隠れている。だから簡単に善悪なんて分けられないんだよ」
蘭丸はベッドから立ち上がり、自身に巻かれている包帯を解き始める。
「この世には真っ白も真っ黒もない。あるのは白に近い灰色と黒に近い灰色だけだ。お前の妹が嫌いだけど助けたいって気持ちは別に普通のことだと俺は思う。誰だって自分が1番大切だ。他人なんて二の次だよ」
蘭丸は近くにかけられていた自身の上着を羽織り部屋の入り口へと向かう。
「何してんだよいくぞ」
「いいんですか?」
「勘違いするなよお前のために行くんじゃねぇ。俺が今たまたま海外旅行に行きたくなったから行くんだ」
扉を開け、部屋を出る蘭丸の後ろをアヴゲイルは急いで追いかける。すると、蘭丸は急に振り返ったので、アヴゲイルはビクッと身体を震わせた。
「あと言っとくけど、お前は自分が悪い女って思って自分を責めてるけどな。俺は悪い女は嫌いじゃないぜ」
アヴゲイルは一瞬ポカンッとした顔をしたが、続けてクスリッと笑みを浮かべた。
「口説いてあっしゃるんですか?」
「ばーか、調子乗んなガキ。俺は年上好きだ」
蘭丸さアヴゲイルを連れて廊下をゆく。目指すはドイツのエリス少佐。とびっきりに年上で悪い女だ。
******
今川夏彦は自身が実にうまくことを運んでいるとほくそ笑んでいた。カンピオーネが2人いた事には驚いたが、所詮はまだ社会に出たことが無いガキである。多少煽て従順なふりをすれば恐れるに足りない。カンピオーネの後ろ盾を得られれば自身の委員会での立場も上がる。今川夏彦は出世欲の激しい男だった。
「お〜い!今川さ〜ん」
目の前から発泡酒の缶を大量に抱えた薫がやってくる。先程、あれだけ呑んだというのにまだ呑むのかと内心与作は呆れていた。
「薫様どうされました?」
「うん、ジャンヌちゃわんの行方って分からないのかなって」
ジャンヌ、“
「おそらく少佐と呼ばれるカンピオーネ、エリス・ヴォルフ様が連れ去ったと思われます」
「それって欧州の神殺しだよね?じゃあ、その人に会えばジャンヌちゃわん返してくれるかな?」
案の定興味を持たれてしまった。しかし、ここからが腕の見せ所と今川は笑みを見せる。カンピオーネを手球に取り、操ろうとしているのだ。
「それは時期尚早かと」
「?」
「相手はハイサム陛下に次ぐ古参のカンピオーネであるエリス・ヴォルフ様でございます。失礼ですが、現在のお2人では荷が重いかと。せめてあと一柱、神から権能を簒奪しない事には相手にならないと思われます」
「ふーん、それで?」
「今勝負しても負けは見えています。ですがご安心ください。神魔対には神を呼び出すことができる儀式が出来るものがおります。その時が訪れましたら神魔対が全力でサポートさせていただきます」
こう言っておけば、力欲しさにカンピオーネから目を逸らすことができるだろう。そうなれば、エリス・ヴォルフとの戦いも阻止できる。今川はそう企んでいた。
「いや、違うよ」
「はい?」
しかし、今川はカンピオーネというものを理解していなかった。
「なんで相手が自分より強いからって、友達を今すぐに助けに行かない理由になるの?」
「ツ⁉︎」
カンピオーネとは、エピメテウスの落とし子である。その本質は賢者ではなく、愚者であり、故に神という人間には到底敵うはずもない存在に立ち向かい、勝つ活路を見出すことができるのだ。彼らの根本は勝つか負けるかでも、強いか弱いかでもない。やるか、やらないかのどちらかである。故にカンピオーネ、故にチャンピオン。愚者故に到達しえる勝利者なのである。
「し、しかし」
「おーい、薫」
その一触即発という雰囲気のなか、蘭丸が乱入する。今川は冷や汗をかき始めた。
「今からドイツ行こうぜ」
「いいね!ビールが美味しいところだ!」
「なッなにゆえ、少佐の総本山に今から⁉︎」
「そんなの決まってるだろ」と蘭丸と薫はニヤリと笑みを浮かべる。
「やられたらやり返さないとな」
「神殺しの先輩なら挨拶ぐらいしに行かないとね」
軽い。明らかに軽く、死地へと向かおうとしている2人に今川は自身の過ちに気づく。こいつらはやはり自身の手に負える存在ではないと。
「あっそうだ。今川さん、俺はともかく薫には戸籍がないんだ。なんとかしてくれ」
「このままじゃ、パスポート取れないしね。苗字は蘭丸と一緒の東雲でおねがいしまーす。年齢は20歳で」
「そういえば、家壊れたままだったな。おばあちゃんが帰って来るまでに直しておいてください」
「いやあ、楽しみだねドイツ。ビールが水より安いらしいよ」
「あんま、飲み過ぎるなよ」
勢いよく、そして簡単な物言いで無理難題を押し付ける2人に唖然としていた今川は正気を取り戻す。
「お、お待ちください!いくらなんでも、そこまでする義理はわたくしどもにはありません!」
「え?なんで、さっきは何なりとお申し付けくださいって言ってたじゃないですかあ」
「私には全力でサポートしてくれるってさっき言ってくれたよ」
「そ、それは…」
戸籍の偽造、家屋の復旧。いったいいくら必要だと思っているのだろうか。しかもこの2人、明らかにたかろうとしている。今川は冷や汗が止まらなくなっていた。
「流石にそれは」
「いいからやれよ。優しく言ってるうちにやれよ?」
「時間かけんなよ?明日までにやれよ?」
さっきの恭しい態度は何処へやら、2人の態度も言動も完全にゴロツキである。今川は確信した、やはりこいつらは魔王であると。
「さーて、メキシコ以来の海外旅行だ。どこ行こうかな」
「黒ビール飲みたーい」
「ギャンブル会場とかあるのかな」
今川は自身の将来を考えながら、己の運命を呪うのであった。
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