ダブルフェイス!   作:川内かまぼこ

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ルビ振りがめんどくさい。


第7話

薫はファイティングポーズを崩さずにジャブ、ストレート、フックのコンビネーションを駆使しながら攻撃を仕掛ける。しかし、何度攻撃しても相手の黒幼女はまったくダメージを追っている気配がない。それどころか、先ほどよりも神力が増していっている気さえする。黒幼女、いや今となっては黒美少女を超えて黒美女にまで成長した目の前の敵に対して薫は強敵認定をして、警戒心をMAXにして挑んでいた。先ほど現れた際は黒い布で身を包んだギリシャ風の洋服だけだったが、成長した彼女には鎧、盾、兜、長剣といった武器を武装している。最初の愛らしさを残す美しさから、凛々しくさらに美しく成長した彼女は不敵にこちらを嘲笑う。

 

(何なんだよこいつ!こんなん有りかよ!)

 

最初は素手での殴り合いだったが、今や相手は完全な武装を施していた。長剣の太刀は鋭く薫の喉元を狙い、盾は薫の拳を意図も容易く防ぎきる。

 

「クハ、クハハ、クハハハ!!!!!」

 

彼女は、薫の苦戦を見透かしたかのように嘲笑う。その嘲笑も女王の風格を醸し出していて美しかった。

 

(こういう敵ってダメージ吸収型とかだよね?そうなると吸収できるダメージにも限りがあるのが定番だけど)

 

もしくは一撃で沈められるほどのダメージを加えるべきかと薫は頭を悩ませる。しかし、それも確証がない。

 

(くそ!蘭丸がいればなんか思いつくかもしれないのに!)

 

蘭丸と薫は2人で1人。

 

(どこいったんだよ蘭丸!)

 

******

 

「なんか今、見当違いな風評被害をくらったきがする」

 

「どうされました?」

 

「いや、なんでもない」

 

自身の半身が今どこかで戦闘しているということはわかっている。本来ならすぐに駆けつけたいのだが、今は蘭丸もそれどころではなかった。あたり一面の黒服集団に囲まれているからだ。道のど真ん中で黒服集団に囲まれた2人。こんな異様な状況だが、道ゆく人々はツカツカと何事も無いように見向きもしないで通り過ぎていく。一瞬、外国だからかと考えたがどうやらそうではないらしい。認識阻害の何かをしているのだろう。

 

「お騒がせして申し訳ない。私はマルコ・シュヴァルツ。我が主があなたをお呼びだ。お連れするように申しつかっている」

 

マルコ・シュヴァルツと名乗った肌の浅黒いスキンヘッドにタトゥーを入れたいかにも堅気では無い人物が黒服集団から現れる。周りの集団の態度からこの男が彼らのリーダーだということがわかった。

 

「我が主ってのは、エリス・ヴォルフのことか?」

 

蘭丸は確認のためにエリスの名を出したが、その言葉を聞いた瞬間にマルコの額の血管が浮き上がるように膨張する。

 

「様をつけろ小僧。いや、あのお方の名を口にするのも烏滸がましい」

 

「ああ?俺はテメェの主人と同格のカンピオーネだぞ!なんだその態度は!」

 

「我が忠誠は全て我が主に対して注がれるもの!それ以外に屈するぐらいなら死んだほうがマシだ!」

 

なんという忠誠心。いや、狂信と呼べるほどの崇拝。これが、カンピオーネの中で最も幅広い影響力を持つエリスのカリスマ性かと蘭丸は少し感心した。

 

「さっさと車に乗れ、我が主を待たせるな」

 

「ちょっとまて、俺にはまだツレがいるんだ。そいつと一緒じゃなきゃいやだね」

 

「ならば安心しろ。彼女は我が主がお相手している。だから、お前は気にするな二度言わせるなよ」

 

なお一層安心できない。このままエリス・ヴォルフと相対すればこちらの不利は確実である。しかし、ここから無傷で逃走できるとも蘭丸は思えなかった。明らかに周りにいる黒服たちは他の人間とは違う何かを感じたからだ。さらに目の前のマルコという男からは極めて危険な匂いがした。エリスは吸血鬼化する権能を持っており、その権能を駆使することにより他者を自身の眷属として吸血鬼化する事ができる。

 

「あんたら例の吸血鬼か?」

 

「ああ、そうだ。私たちは吸血鬼だ。しかし、私はただの吸血鬼ではない」

 

「は?」

 

「私は他の有象無象の吸血鬼とは違う。私は我が主、自ら吸血鬼として頂いた《聖痕の六人(ゼクス・スティグマータ)》のひとり。5(フュンフ)の数字を持つものマルコ・シュヴァルツ。ちなみに《聖痕の六人(ゼクス・スティグマータ)》とは、我が主自らがお認めになった6人にのみ与えられる聖痕の持ち主だ。6人はその聖痕を誇りとし、自らの体のどこかに聖数字を刻む。さらに、《聖痕の六人(ゼクス・スティグマータ)》のみが我が主以外に眷属を増やすことを許されている。さらに我々は…………」

 

などと恍惚に顔を輝かせて自身の主人から貰った力を褒め称えるマルコを見て蘭丸は少し引いていた。

 

(つまりこいつは他の奴らとは違ってエリスに直接血を吸われて吸血鬼になったってことか?だとしたら幹部クラスだよな)

 

そう蘭丸が思考している間もマルコの賛美は止まらない。

 

(蘭丸さま、私が飛翔術を使いこの場を脱出しましょうか?)

 

マルコが己の主人の賛美に夢中になっているうちにアヴゲイルが声を潜めて話しかけてくる。蘭丸は同じく声を潜めアヴゲイルに自身の考えを伝えた。

 

(いや、ここはこいつらについて行こう。薫ももしかしたらいるかも知れないし、この人数じゃ逃げてもすぐに追いつかれる。ここは大人しく従おう、安心しろ奥の手ならある)

 

(?)

 

蘭丸の奥の手は、まさに奥の手中の奥の手なのでなるべく使いたくないが、どうしてもの時は仕方なく使う決心である。なおも賛美を続けるマルコに郷をにやしたのか部下の1人がマルコの賛美を遮った。

 

「ボス。そろそろ出られなければ主もお待ちになっているかと」

 

「ああ、いかんな。主への賛美を口にするとどうも私は自分の世界に入ってしまっていけない。感謝する私を現実の世界に戻してくれて……だが」

 

マルコは懐から出したピストルで賛美を遮った部下の眉間を撃ち抜いた。

 

「な、ぜ?」

 

ばたりと倒れた部下の死体からは血が広がっていく。

 

「そのゴミはバラして捨てろ。私と主の世界を邪魔した報いだ」

 

イカれているそう2人は思った。このマルコという男のエリスに対する狂信ぶりはイカれているとしか言いようがない。

 

「さあ、車に乗れ案内する」

 

2台の黒塗りの車が現れ、部下の1人がドアを開ける。蘭丸とアヴゲイルはその車に乗り込もうと進むが、アヴゲイルのみ進路を遮られた。

 

「女、お前は後ろの車だ」

 

「はあ?なんで双子姉は一緒じゃねぇんだよ!」

 

「我々も馬鹿ではない。カンピオーネの力は痛いほどわかっている人質を取るのは当たり前だろ」

 

「テメェ、その女が俺の人質になると思ってるのか?」

 

「舐めるなよ小僧。貴様の先程からこの女を無意識に庇う姿勢をとっているのはお見通しだ。いっておくがスナイパーを手配している。私の合図次第でその女の頭は吹き飛ぶことになるぞ。安心しろ、我が主がおられる場所に移動するまでの辛抱だ」

 

「ああ?だからなんだってんだ。その前に俺がここにいる奴らを木っ端微塵にすることもできるんだぜ」

 

もちろんハッタリではない、蘭丸がその気になればこんな奴らなど木端微塵だ。しかし、アヴゲイルは蘭丸の服の裾を掴み首を横に振る。

 

「チッわかったよ」

 

蘭丸は開け放たれた車のドアへと足を踏み入れ、アヴゲイルも2台目の車に乗車する。こうして、エリス・ヴォルフが待つ居城へと向かう事ができた。

 

******

 

そろそろ体力の消耗が深刻になってきた薫は、目の前の黒美女に目を向ける。完全武装が完了した後は巨大化を開始し、体長は2回りは大きくなっていた。ざっとみ、3メートル以上かと薫は相手の体格を目分量で押し測る。

 

「クハハハ!!!!!どうしたどうした神殺しよ!」

 

黒美女はこの体格まで成長すると言葉を発するようになり、挑発をしてくるようになった。口だけでなく、剣撃も挑発的に、まるでこちらの攻撃を誘うように仕掛けてくる。その挑発に乗って攻撃を加えるとカウンターが飛んでくるのを薫は先ほど確認していた。

 

「お前なんなんだよ!いったい何が効くんだちきしょう!」

 

「妾はエリス!困難と不和の女神!黄金の林檎を使いトロイアの滅亡を導いたもの!」

 

エリスというとドイツのカンピオーネ、エリス・ヴォルフが頭をよぎる薫。

 

(本人が神だって言ってるならまつろわぬ神なのかな?でも、なんか違う)

 

薫の勘は当たっていた。このエリスはかつてエリス・ヴォルフが“エリスとエリスの戦い”という事件で配下に治めた女神エリスなのである。自身と同じ名前の神がいることを知っていたエリス・ヴォルフがわざわざ呼び出し、討伐し権能として配下にしたのが、この《攻略困難な少女(アポリア・エリス)》だ。その効果は単純で、攻撃を加えるほどエリスは真の神としての力を取り戻していくというもの。攻撃を加えずに逃げ回れば3分程度で小さくなって消滅するのだが、薫はそんなこと知る由もなかった。

 

「クハハハ!!!どうした神殺し!怖気付いたか?」

 

「・・・・やだ!」

 

「は?」

 

「なんかやだ‼︎」

 

しかし、薫もカンピオーネ。野生の勘というものが働きこの相手はどう足掻いても今の方法では倒せないと気づく。これが蘭丸ならもっと早く気づいていただろうが、薫はその場の雰囲気に任せる傾向があるため、戦いの中で何かを掴もうとしていた。だが、それも無意味と気づく。だが、彼女は蘭丸と比べて単純な思考をしている。

 

「あんたを殴ると強くなるのはわかった。でも、それで殴らない選択をすると私が負けたことになる。それはなんかやだ!だから、あんたが限界を超えるまで殴り倒す!」

 

「クハ!クハハハ!クハハハハ!愚か者だ!愚か者がおるぞ!その考えに至った愚か者は貴様で2人目だ!ならば存分に争おうぞ!」

 

アポリア・エリスの持つ剣はすでに体格に合わせて肥大化しており、大剣と化していた。相当な重量となっているであろう大剣をものともしない剣さばきで、アポリア・エリスは薫を薙ぎ払おうとするが、薫は後ろに倒れるようにギリギリでかわす。アポリア・エリスは追撃として大剣を振り上げ、振り下ろそうとしている。しかし、アポリア・エリスの大剣は振り下ろされることはなかった。大剣が振り下ろされる前に薫のアクロバティックな蹴りがアポリア・エリスの顎を蹴り上げたからだ。さらに逆立ちしたまま体を捻り、ブレイクダンスのように体を回転させ連続で蹴りを繰り出す。カポエイラ、踊るように舞うように回転は速さを増し、蹴りの練度もあがていく。

 

「いいかげんに!しろ!!!」

 

アポリア・エリスはたまらず盾を駆使して薫のカポエイラをとめる。

 

「何をやっても無駄だ!貴様の攻撃は全て妾に吸収され妾を大きく強くするだけだ!」

 

その言葉どおり、アポリア・エリスの体はさらにひと回り大きくなっていた。

 

「でも、あんた今嫌がったな。だったら、あんたが泣いて逃げ出すまでボコボコにしてやる!そしたら私の勝ちだ!」

 

「この単細胞めが‼︎」

 

薫はアポリア・エリスに向かい、さらに追撃を加えるために突き進む。

 

******

 

階数が二十階はあるだろうか。そんなビルの最上階のワンフロアの一室。高級ホテル並みに整備されたその部屋に通された蘭丸とアヴゲイルは女主人と対面していた。

 

「よくきたな、新参者の片割れと厄災の双子の片割れよ」

 

白銀を思わせる銀髪、透き通るような白い肌、真紅に染まっている唇、至宝と呼ぶにふさわしいサファイアの瞳、出るところは出て締まるべきところは締まっている完成された肉体、それを引き立たせるワインレッドのドレス。そんなまるで人形のごとき整った存在の少女がそこにはいた。蘭丸はなるほどと、マルコが狂信的なまでの忠誠心を抱くわけだと納得する。自身もこの世離れした美しさに心を持っていかれそうだ。それと同時にこの容姿で齢100を超えている化け物だということを再認識する。

 

「それで何をしにきた?まさか年長者である我に挨拶をしにきたとは言わぬよな?」

 

貴族が座るような豪華な椅子に脚を組み座るエリスの両翼には初老の執事と赤髪のメイドが控えている。部屋の隅にはマルコをはじめとした黒服集団が控えていた。

 

「何をしにきたって、あんたが呼んだんだろ?ここに俺らを招いたのも、あの時双子妹の中にいたパズズを呼び出したのもあんたがしたことだ。おれはただ売られた喧嘩を買いにきただけだ」

 

「クハハハ!!!なんだ意外にも好戦的なやつだな。いや、貴様も所詮はカンピオーネ。闘争を求めるのは当然か」

 

エリスは脚を組むのをやめ、椅子から立ち上がる。

 

「よかろう、相手をしてやる。新参者の力、我自らが直々に見定めてやろう!」

 

「ちょっとまった!」

 

エリスは今にも戦闘を開始できるように呪力を高めた瞬間、蘭丸は手をかざし静止を促す。

 

「戦う前にハンデくれ」

 

その宣言に老執事は怪訝な顔をし、赤髪のメイドは笑うのを堪え、黒服のリーダーは怒りで顔を赤くする。黒服たちも唖然とした顔を浮かべるものや失笑するものまでいた。

 

「いま、なんといった?」

 

しかしそれもエリスの放つ怒りの気によって凍りついた顔となった。エリスの怒りに呼応するように空気がどんどんと重くなっていく。

 

「ハンデくれって言った」

 

そんな凍りついた空気の中、蘭丸は平然と同じ戯言をほざいた。

 

「貴様‼︎よくもそのようなことを我が主の前で・・・・」

 

「黙れ!マルコ・シュヴァルツ、今は王同士の話し合いだ貴様ごときがでしゃばるな!」

 

「も、申し訳ございません我が主よ」

 

怒りを爆発させたマルコに対して、エリスは一喝し黙らせる。そして、蘭丸へと向き直り表面上は笑みを絶やすことなく取り繕っていた。しかし、その表情の奥には確かな怒りをためている。

 

「それで?貴様は何故そのような戯言をいう?冥土の土産と言うやつだ。聞いておいてやろう」

 

「よく考えてほしい。あんたと俺じゃあ、カンピオーネとしての格が違いすぎる。だから、ハンデの一つや二つあって、やっと対等だとおもわないか?それともあんたはウサギを全力で狩る獅子か?」

 

蘭丸はエリスという人物はどのような人物かをずっと考えていた。そして導き出したのが、彼女は何よりも自身の面子を優先するということだ。

 

「・・・一理あるか」

 

故に彼女がこだわるのは勝ちではなく、勝ち方なのだ。いかに自信が圧勝するか、それが「ハンデを背負って勝つ」ならば実に彼女好みだろう。その証拠に先ほどよりも空気が柔らかくなっている。

 

「まあ、ハンデと言ってもルールみたいなものだ。お互いに勝利条件を決めて戦う。それが満たされていなければ勝利は無効とする」

 

「……申してみよ」

 

やはりのってきたかと蘭丸は内心ほくそ笑む。正直、のってこなかったときように第二プランも用意していたのだが、使わなくて済んだことに安堵していた。

 

「まず一つ目、あんたの勝利条件だが“俺と薫を揃った状態で倒すこと”」

 

これには相手に“2人同時に相手をさせる”というデメリットをのませるという表向きの目的と“2人いないと戦えない”というこちらのデメリットを隠す裏の目的がある。

 

「二つ目、俺たちの勝利条件は“俺たち陣営の誰かが双子妹を奪い返す事”」

 

単純に返せと言って返さないことは明白であるのだから、ジャンヌの奪還を勝利条件に無理やり組み込ませた。

 

「三つ目、この条件を“3日間で達成できなければ引き分けとする”だ。俺たち全員を見逃してくれ」

 

三つ目は保険であり、これならば最悪エリスと戦わず済み、なおかつ再戦のチャンスを得られる。

 

「この三つのハンデをくれ」

 

「そうだな、悪くない」

 

反応は悪くない、本人も乗り気な様子だ、外の雨も徐々に弱くなっている。「これはいけるぞ」と蘭丸は心の中でガッツポーズをとった。

 

「悪くない、が……だからなんだ?」

 

再び空気が重くのしかかる。蘭丸は度外視していた。いや、舐めていたと言った方が的を得ている。今目の前にいる彼女は気まぐれな“女主人”。生かすも殺すも気分次第のハートの女王なのだ。そんな彼女が、同じカンピオーネだからといって条件をのむとは限らない。いや、同じカンピオーネだからこそのむ道理がない。カンピオーネの中でももっとも我が強い存在、それが女主人エリス・ヴォルフなのだ。

 

「気に食わぬ!気に食わぬ!!気に食わぬ!!!気に食わぬぞ新参者!貴様はそれでもカンピオーネか?カンピオーネなら小細工などせずに本気で我と戦え!貴様は我と戦うために来たのではない、あの悪魔憑きの娘を取り戻すためにきたのだろう?ならば、我に勝って取り戻せ!それを小賢しい策略をこうじるなどどこまでも落胆させる‼︎メアリー・ヘシアン!」

 

「はい」

 

「今すぐ悪魔憑きの娘を殺してこい!」

 

「かしこまりました」

 

エリスは赤髪のメイドに残酷な命令を下す。蘭丸はこいつどこまで気分屋なんだと舌打ちをしながら自身の軽率さを責めた。アヴゲイルは顔を青ざめさせ、打ち震える。

 

「まってくれ!」

 

蘭丸は再び手を翳し静止を促す。しかし、エリスの命令ではないせいか赤髪のメイドは止まらない。

 

「わかった。取引をしよう」

 

「まて、メアリー・ヘシアン」

 

エリスは自身に使えるメイドに静止の命令を出す。メイドはすぐさま動きを止める。

 

「伯爵から預かっている手紙を読む」

 

「あの臆病者の?」

 

アメリカに拠点をおく悪意の巣窟の怪人ジョン・ドゥ伯爵。蘭丸とエリスと同じカンピオーネである。

 

「双子姉!」

 

「あ、はい!」

 

アヴゲイルは自身の荷物から手紙を取り出し読み上げる。

 

「大いなる協力者からの手紙を僭越ながら私が読み上げさせていただきます。“親愛なる我が先達であるエリス・ヴォルフ少佐どの。僕の手紙を読んでいるということは蘭丸の交渉が上手くいっていないということだろう。故に僕が先輩として後輩を助けてあげようと思い手紙を認めた次第だ。もし君が蘭丸の条件で戦うことを承諾し、勝って見せたなら君の望む情報を無償で提供しよう。では、君たちの戦いが悔いの残らない戦いになることを心から願っているよ。君たちの親愛なる友人より”手紙の内容は以上となります」

 

アヴゲイルが読み終わった手紙は以前のように突然燃えて無くなることはなく、手元に残っている。エリスは初老の執事に指示してアヴゲイルから手紙を自身の元まで運ばせ、改めて手紙の内容を確認した。雨は少し穏やかな雨音を奏でている。

 

「クハ、クハハ、クハハハ、クハハハハ、クハハハハハハハ!!!!!!!!!!」

 

エリスの笑い声が部屋中に響く。エリスは愉快でたまらないというように笑いが止まらなかった。それもそのはず、伯爵はカンピオーネで最も情報戦に優れた男である。それは情報拡散の権能を持っているためであり、それを行使することにより情報収集をする事も可能なのだ。神から簒奪した力である。それこそ、今まで起こったこと、現在起こったことを集めるなど造作もないだろう。しかし、伯爵は無償で情報を提供することはない。彼の無理難題の条件をのむか、多額の金を支払わなければならない。故に今回はまたとないチャンスなのである。

 

「クハハハ!!!!!貴様、いったいどんな代償をあの臆病者に支払った?」

 

「できれば使いたくなかったんだけどな」

 

この戦いに望む前にアヴゲイルを通じて伯爵にとある取引を行い、この手紙を一筆したためて貰ったのだ。

 

「クハハ!!!!!よかろう、お前の提案を聞いてやろうではないか」

 

「よかったよ」

 

蘭丸とアヴゲイルは安堵のため息をつく。さすがは伯爵、エリスがほしい情報があると見越してこの手紙の内容を書いたのだろう。それと同時に蘭丸は少し憤慨している。双子が送り込まれたことも、ジャンヌがエリスによって連れ去られたことも、この手紙も、なんだか伯爵の思惑通りな気がして納得がいかなかった。

 

「言っておくけど、双子妹を殺すのは無しだぞ」

 

「わかっておる。そのような無粋はせぬわ」

 

先程まで殺そうとしていたのにどの口が言っているんだと、蘭丸とアヴゲイルは声に出掛かるのを抑える。

 

「じゃあ俺たちは薫と合流させてもらうから」

 

「何を言っている。ルールが決まったのだ、ならばもう勝負は始まっているだろう」

 

一瞬だった。エリスの体が霧のように一瞬にして消えた。俗にいう神速と呼ばれる権能である。蘭丸が交渉に成功したことによる気の緩みで、油断しているのを承知でエリスは神速のスイッチをオンにした。蘭丸は完全に虚をつかれ、背後を取られてしまう。そこからは、まるで恋人の首筋に接吻をする様に口をつけ、獣が獲物の首筋に喰らいつくがごとく牙をたてた。蘭丸は自身の身体中からジュースを飲み干すように勢いよく血を吸われていくのを感じる。急激な危機感を覚えた蘭丸はエリスのドレスを掴み、背負い投げの体で無理矢理エリスを引き剥がす。投げられたエリスは再び霧へと変化し、緩やかにそして可憐に床へと着地して見せた。

 

「ぐッ⁉︎」

 

「蘭丸さま⁉︎少佐、これはあまりにも卑怯ではありませんか‼︎」

 

アヴゲイルは蘭丸に寄り添い、エリスに抗議の声をあげる。

 

「何をいう、我は一つもルールは犯しておらぬぞ?」

 

確かに蘭丸が提示した条件は“蘭丸と薫をが揃った状態で倒すこと”であり、その前に片方を痛めつけてはいけないというルールはなかった、なかったが。

 

(普通いきなり仕掛けてくるか?しくじった)

 

蘭丸は窮地に追いやられている。そして、自身の窮地は薫の窮地であると理解していた。

 

「さて、このままでは貴様を誤って殺しかねんからな。あとは我が眷属たちに任せるとしよう」

 

その一言で、周りの黒服集団は全員鋭利なナイフを取り出す。

 

「此奴らも我が権能で生み出された吸血鬼たち。つまりは我の力だ、多勢無勢だと言ってくれるなよ?」

 

黒服集団はマルコを筆頭に蘭丸たちにゆっくりと近づいていく。その姿は獲物の逃さないようにゆっくりと囲い込む猟犬のようだ。

 

「蘭丸さま、私の後ろに」

 

アヴゲイルは蘭丸を庇うように向き直る。自身を盾にする気だ。そんなアヴゲイルの腕を掴み蘭丸は静止する。

 

「双子、姉、俺と、密着しろ…奥の、手、使う」

 

息も絶え絶えに蘭丸は自身の右側にアヴゲイルを引き寄せ密着する。そして、自身の懐から黒曜石のナイフを取り出し、なんの躊躇いもなく自身の心臓がある左胸に突き刺した。余った血が勢いよく飛び散り、アヴゲイルの体にも飛び散った血がかかる。

 

「え?」

 

「血迷ったか?」

 

アヴゲイルは言葉を失い、エリスは落胆の声を漏らす。血を大量に失い、青い顔になった蘭丸は声を絞り出し言葉を紡ぐ。

 

「“我誕生せり、故に第五の太陽は誕生せり、故にこれなるは動きの太陽なり”」

 

蘭丸を中心に急に湿度が上がるのをアヴゲイルは感じる。まるで、熱帯域に迷い込んだような新緑の空気が流れ出す。その空気は蘭丸とアヴゲイルを包み込み、渦巻き、やがて蘭丸たちと共に消えた。

 

******

 

「ぐばあッ⁉︎」

 

降りしきる豪雨の中、20mにも及ぶアポリア・エリスを単身で相手をしていた薫が吐血し、倒れ込む。

 

「これ、わ、や、ったな、らん、まる…」

 

やがて薫の周りを熱帯域の風が包み込み渦をなして薫と共に消えた。

 

「あやつめ!逃げおったな!」

 

残されたアポリア・エリスはひとり地団駄踏むのだった。

 

******

 

蒸し返す熱気、新緑の香り、獣のなく声。それらを感じアヴゲイルは目を覚ます。辺り一面が、熱気の霧で覆われている。そこに石でできた祭壇のようなものが2つ、右に蘭丸、左に薫が寝かされている。

 

「蘭丸さま⁉︎薫さま⁉︎」

 

アヴゲイルはすぐさま近くにより、2人の安否を確かめる。2人とも息をしていなかった。

 

「そんな……」

 

涙が溢れそうになり、希望が全て打ち砕かれたような気分にアヴゲイルは襲われる。

 

『おいおいおい!くんのがはやくねぇーか!ああん?』

 

突然、チンピラのような口調の声がどこからとも無く響き渡る。

 

「だれ⁉︎」

 

アヴゲイルは周囲を見渡す。すると、霧が徐々に晴れていき見晴らしが良くなっていく。それにより、どうやら自身がいるのが南米風のピラミッドの上だという事に気がつく。そして、蘭丸と薫が寝かされている祭壇の周りを囲むように5体の石像が並べられている。

 

『誰とは心外だなあ猿!俺様はテスカトリポカ!わかったら平伏せ類人猿!』

 

そのうちの一つの石像がそう叫ぶ。




《聖痕の六人(ゼクス・スティグマータ)》
エリス・ヴォルフが自ら吸血鬼化させた6人。他の吸血鬼とは違いエリスと同じ他者を吸血鬼化させる事ができる。6人はそれぞれ数字を体に刻んでいる。また、吸血鬼化すると歳をとることは無くなるが生殖機能がなくなる。

1(アインス)
ミハイル・ヘシアン
眷属第一号。元ドイツ軍兵士。初老の執事長。吸血鬼としての能力は再生能力のみだが、卓越した体術を持っており個々の戦闘能力ならスティグマータ1。

メアリー・ヘシアン
ミハイルの眷属にして妻。赤髪のメイド。普段はお淑やかだが、本性は野蛮で粗野。

5(フュンフ)
マルコ・シュヴァルツ
眷属第五号。エリスの支配する三つの犯罪組織のリーダー。主に武器の売買の担当。
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