ダブルフェイス!   作:川内かまぼこ

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流石に自己解釈が過ぎるか?


第8話

ダブルフェイス!

 

『俺様は煙を吐く鏡、テスカトリポカ様だぞ!頭がたけぇんだよ類人猿が!』

 

5つの石像の一つ、ジャガーを形取った石像は1人でに喋り出す。

 

「テ、テスカトリポカ神?アステカ神話でも上位の神格を持つあの?」

 

『そうだぞ、その俺様だああん?わかったなら生贄の1人や2人捧げろや!』

 

テスカトリポカとはアステカ神話で最も力を持つ神であり、キリスト宣教師には悪魔として知られている神。太陽神にして夜空の神、ジャガーの戦士をすべる神。そして何よりもう1柱のアステカ神話の重要な神ケツァルコアトルとライバル関係にあることで知られている。

 

『なんとか言えよ!ああん?』

 

『よしなよ。彼女、困っているよ』

 

ジャガーの隣に立つ翼の生えた蛇をモチーフにした石像が喋り出す。

 

『テメェは黙ってろ!』

 

『君が名乗ったなら僕も名乗らないわけにはいかないだろ?やあお嬢さん、初めまして僕の名はケツァルコアトル。よろしくね』

 

ケツァルコアトル。テスカトリポカとは対照的な神としてライバル関係にある神。アステカ神話の文化神で農耕神、そして風の神。また太陽神であり、ギリシャ神話のプロメテウスのように人々に火を授けた神。なにより、人々に生け贄をやめさせた神でもある。

テスカトリポカとケツァルコアトル、対比関係にある神はずのこの二柱の神がなぜ今同時に現れたのか、アヴゲイルは疑問でならなかった。しかし、二柱の神はアヴゲイルなど無視して口喧嘩を始めてしまう。片方が『野蛮』というともう片方は『偽善者』と罵る。片方が『飲んだくれ』というともう片方は『卑怯者』と罵る。なんだか、普段の蘭丸と薫を彷彿とさせるやり取りにアヴゲイルは唖然とするが、そんなことをしている場合では無いと二柱の間に入った。

 

「恐れながらアステカの神々よ。御身達の会話を遮りたい訳ではないのですが、今の状況を説明していただきたいのです」

 

アヴゲイルの言葉に二柱の神は押し黙る。

 

『ほら、君が話を進めないからお嬢さんが困っているじゃないか』

 

『俺のせいじゃねぇ!テメェがしゃしゃりでてきたせいだろうが!』

 

売り言葉に買い言葉。一向に口喧嘩が止む気配がない。

 

『君は黙ってなよ。このお嬢さんには僕が教えてあげるんだから』

 

『あーうるせぇうるせぇ!そんなに言うならテメェが勝手に喋れや!別に俺様はこんな類人猿どもと喋ることなんて一言もねぇよ!』

 

テスカトリポカはそう言うと先程まで微かに感じていた石像の神気が無くなる。どうやらテスカトリポカはこの場から離れたようだ。

 

『すまないお嬢さん、待たせてしまったね。でも、うるさいのがいなくなったからすぐに話が進められるよ』

 

「そう、ですか」

 

ケツァルコアトルの石像の前にアヴゲイルは向き直り、話を聞く姿勢をとる。いったいここはどこで、彼らが何者で、蘭丸と薫がどんな状態なのかやっと聞き出すことができるとアヴゲイルは少し安堵した。

 

『まずは知っての通り僕はケツァルコアトル。アステカで信仰されていた神だ。しかし、まつろわぬ神でも、真なる神でもない』

 

真なる神、神話から抜け出し神話のキャラクター性から大きく逸脱し歪んでしまったまつろわぬ神ではなく。神話通り、そのままの神のことだ。

 

『僕たち5柱はかつて蘭丸薫によって打ち果たされたオメテオトルが呼び出した従属神。その残り滓、神霊だ』

 

「神霊、5柱⁉︎」

 

思えばここにはテスカトリポカとケツァルコアトルのほかにあと3体の石像が飾られている。大きな目と上唇、大きな歯を特徴とする石像。蛇の頭の兜、首飾り、胸に円盤を装着している長いスカートをはいた石像。鷲の羽で頭を飾られ、太陽を思わせる円盤を持つ石像。テスカトリポカ、ケツァルコアトルと並べられていると言うことは五つの太陽伝説の神と見ていいだろう。

 

「1柱の神が5柱もの神を従属神に…しかも、どの神もアステカの最高存在ばかり」

 

『ああ、さすがは原初神だね。彼ないし彼女は戦うことより産む事に優れた神格だからね』

 

原初神とは根源。最初に産まれ落ちた混沌であるからこそ、どんなものにもなれし、そこには全てがある。それが原初神の特徴だ。

 

『そしてここはオメテオトルが創りし領域。君たち風に言うとアストラル界だ』

 

「ここが、アストラル界」

 

アストラル界、妖精郷や幽冥界、幽世などさまざまな呼ばれ方をする世界。本来なら肉体を所持した状態では立ち入れない領域だが、優れた魔術師ならば生身のまま行くことができると聞く。かつて“皇帝(エンペラー)”と死闘を演じた“緑の人(グリーンマン)”も、とある大妖精から簒奪した権能により妖精郷に常住していたという。

 

『そして、東雲蘭丸が行ったのは己が身を贄として太陽の復活を願う第五の太陽の儀式だ。これを行う事によって彼と彼女はこの空間に強制的に転移され、復活の時を待つ』

 

それでここに飛ばされてきたのかとアヴゲイルは納得する。前から思っていたが蘭丸は魔術の資質がかなりあるようだ。そして蘭丸と薫がまだ生き返ることができると希望が出てきた。

 

「それでどうやったら蘭丸さまと薫さまを復活させられるのですか?」

 

『…………方法は新たな生け贄を捧げることだ』

 

「え?」

 

アステカ文化とは生け贄の文化である。時に戦で敗れた戦士を、時にそのためだけに育てられた子供を生け贄し神に祈願した。故に復活の儀式に生け贄が必要なのは当たり前なのかもしれない。それを生け贄反対派のケツァルコアトルに言われたのは驚愕だったが、アヴゲイルがなぜ自分がここに呼ばれたのかも理解した。

 

「………つまり、私が生け贄としてあなた方に捧げれば蘭丸さまたちを生き帰らしていただけるのですか?」

 

『いいや、違うよ』

 

意を決した発言だったが、ケツァルコアトルはあっさりと否定した。

 

『他の奴らは知らないけど僕は生け贄を要求したりしないよ』

 

「では、どうやって?」

 

『単純さ、僕が生け贄になればいい』

 

その言動があまりにも簡単で、まるで昼食でも取りに行くような物言いだったためにアヴゲイルは開いた口が塞がらなかった。

 

『僕たちは半分そのためにここにいるからね。だけど僕みたいにすんなりとその身を捧げる奴らじゃないから、この儀式はあまり乱用しない方がいい』

 

「なぜ、あなたはそんなにあっさりと自らを犠牲にして蘭丸さまたちを助けるのですか?」

 

いくら生け贄反対の正義の神とはいえ、神殺しの復活を手助けするために己が身を捧げるなんて何かの思惑があるとしか思えない。

 

『なんでって、決まってるさ』

 

しかし、自由なる風の化身は風のように颯爽と当たり前のように答える。

 

『次は従属神としてではなく、本当の力で蘭丸と薫という悪を討ち滅ぼすためにははやくこの場を去らなければならないからね』

 

ケツァルコアトルはそう答える。その声には確かに神々の敵である神殺しの魔王に対しての敵意が満ち溢れていた。

 

『蘭丸と薫に伝えてくれお嬢さん。君を倒すのはこのケツァルコアトルだと!それまでに誰にも負ける事は許されないとね!』

 

ケツァルコアトルと蘭丸薫の間に何があったのかアヴゲイルには知る由もないが、再戦を望まれるほど宿敵として認定されているのは確かだ。

 

『それとテスカトリポカに会ったら伝えてくれ、また会おう(ライバル)よと。ではさらばだお嬢さん!自由なる風はまた合間見えるを楽しみにこの地を去るとしよう!』

 

ケツァルコアトルの石像の周りを風が纏わり付き、あっという間に石像は風化して無くなってしまった。祭壇に寝かされていた2人の方からうめき声が聞こえてくる。2人で一つの命を共有するカンピオーネは神霊を贄にして復活を果たした。

 

******

 

「「死ぬかと思った」」

 

「実際に死んでたんですけどね」

 

復活した蘭丸と薫、そしてアヴゲイルはまだアストラル界にいた。

 

「蘭丸さま、少佐に血を吸われていましたが大丈夫なのですか?」

 

「ああ、大丈夫。この儀式の後は身体の悪いところ全部治るから」

 

「私も体力全開だよ〜」

 

さすがは神の儀式と言ったところか。全てが桁違いだ。

 

「ていうか、おい薫!てめぇがいなかったせいでこっちは死ぬかと思ったんだぞ!」

 

「それはこっちのセリフだ!こっちだって大変だったんだからな!」

 

「いや、お前が怒るのは筋違いだろ!」   

 

いつも通りの口喧嘩を始める蘭丸と薫。その光景を見て微笑ましく思えるのはアヴゲイルがそれほど彼らを心配したからだろう。

 

「お二人とも今は口喧嘩をしている暇はありません」

 

「ああ、それもそうだな。今は情報交換が先だな」

 

「ねぇ〜聞いてよ。私の相手最悪だったんだけどさあ〜」

 

ここに至るまでをお互いに話し合い、情報共有をしていく。蘭丸とアヴゲイルも大変だったが、薫も大変な目に遭っていたようだ。

 

「薫さまが出会ったのは女主人の権能、不和の女神エリスから簒奪した《攻略困難な少女(アポリア・エリス)》ですね」

 

「あの不和の林檎のか」

 

「不和の林檎?」

 

ギリシャ最大の戦争であるトロイア戦争。そのきっかけを作ったのは英雄ペウレスと女神テミスの結婚式にエリスが呼ばれなかった事がきっかけである。その際にエリスが投げ込んだのが“最も美しい女神に与えられる黄金の林檎”。この林檎をめぐりヘラ、アテナ、アプロディーテが争う。その延長線上でトロイア戦争が勃発した。故にその黄金の林檎は“不和の林檎”と呼ばれている。

 

「あの権能は攻撃を加えるとどこまでも巨大化し、それに比例して強くなる女神エリスを召喚する権能です。ですが、対処は簡単でおよそ3分間の間、相手にせずに逃げ回れば自然消滅します」

 

「やっぱそうだったか」

 

「なんでわかってて攻撃し続けたんだよ」

 

「いや、それで攻撃やめたら負けだから」

 

「意味不明なんだが」

 

強力な権能である事は変わりない、警戒しなければいけないだろう。しかし、最も警戒しなければいけない権能は、やはり《吸血女公(ヴァンピーア・フェルスト)》だ。あそこまで多岐に渡る能力はそうない。

 

「霧になったり、高速移動したり、眷属増やしたり。まじで吸血鬼だな、ラミアーってそんな強力な神なのか?」

 

「いえ、おそらく少佐が倒したのはラミアーではないと思います」

 

「なんだって?」

 

アヴゲイルの発言に蘭丸は驚く。ちなみに薫は作戦会議から外れ、精神統一を始めた。作戦を練るのに自身が不向きだとわかっていての行いだろう。

 

「少佐と相対して何となくですが感じたことが、この場所にきてはっきりと分かる様になりました。アストラル界なので霊視と相性がいいのかもしれません」

 

アヴゲイルは妹のジャンヌとは違い悪魔憑きという神の力を宿す力を持たないが、魔女としての資質があるため霊視を行うことができる。そのため、エリスの権能に関して何か視えたのかもしれない。

 

「おそらく、彼女が倒した神はリリスだと思います」

 

「リリス?リリスってあの女悪魔の?でも、あれって確か」

 

「そうです。女悪魔であり、人類最初の女性とされるリリスは旧約聖書の矛盾から産まれた存在です」

 

旧約聖書にて、神は自身に似せて男と女をつくったという記述があるにも関わらず、その後にアダムの肋骨の一つからイヴが産まれた。では、最初に産まれた女は誰でどこに行ったのかという矛盾を解決するために創り出されたのがリリスである。いわく、アダムとリリスはどちらが上になるかという議論で揉め、リリスはアダムの元をさり、悪魔の王の妻となったという。

 

「リリスは確かに旧約聖書の矛盾を補完するために造られた存在ですが、リリスという概念自体は古代から存在します」

 

「でも、リリスってどうらかというと吸血鬼よりサキュバスってイメージなんだけど」

 

数々の男と悪魔を誘惑し籠絡させる。それが蘭丸のリリスへのイメージだった。

 

「蘭丸さまは吸血鬼とはどういうイメージをお持ちですか?」

 

「それはやっぱり、血を吸うとか吸われた人間は吸血鬼になるとか、あとは蝙蝠になれたり棺桶で寝たり、不死身だけど太陽に弱かったり?」

 

「それらは主に中世に固められたイメージです。古代の吸血鬼はもっとシンプルで、蘇った死者が血を吸う怪物になるというエピソードがある怪物全般を指します。ここで重要なのは蘇り、いえ冥府下りを行い帰ってきたエピソードです」

 

冥府下り。たとえば日本神話のイザナギ、ギリシャのヘラクレスやオルフェウスなどが有名だ。

 

「悪魔リリスは多くの影響を受けて産まれた悪魔であり、その中にシュメール神話の南風の女神ニンリルがいます」

 

ニンリルはある日エンリルによって強姦され身籠る。エンリルはニンリルを強姦した罪で冥府送りになり、ニンリルはその後を追いかけ自身も冥府に下る。エンリルはさまざまな姿に変身しニンリルに多くの子供を産ませた後、エンリルは冥府を去る。ニンリルは強姦された事に悲しみ、また身勝手な男を怨み、従者を連れて冥府を旅立ち男性を襲う悪鬼になったという。

 

「また、古代シュメールにはリルという吸血鬼の様な怪物もおり、ニンリルと関わりが深く、リリスにも強い影響を与えています。何より、命を奪い命を育む特性は大地の女神の特性です」

 

「なるほど、南風の女神が元になってるから神速が使えるのか」

 

「それにリリスは女性上位主義の象徴なので、まさに女主人たるエリス・ヴォルフさまに相応しい権能と言えるでしょう」

 

いろいろ納得がいったが、だからといって対策が取れるかと言えばそうでもない。ニンリルといえば太陽神であるエルガルを産んだ神でもあるため、太陽が弱点とは思いづらいところがある。さらに、エリスにはまだまだ厄介な権能があるのだ。

 

「だからこその双子妹の奪還をこちらの勝利条件にしたんだけどな」

 

「しかし、エリスさまの配下には吸血鬼化した者や《黄金を産む魔薬(ゴールデンハンド・ドラッグ)》で強化されたものがいます。その中からジャンヌを救い出すのは至難ではないですか?」

 

「大丈夫だ。そこは考えがある」

 

「?」

 

「俺らは“あの権能を使わせるだけでいい”」

 

******

 

真夜中のベルリンの街にカツカツ少女のブーツの音が鳴り響く。エリス・ヴォルフ少佐その身に先程とは違い軍服を纏い、狩をするように街を徘徊していた。煩わしい配下たちは本拠地に置いて、1人悠々と歩く。新参者のカンピオーネが自身の前から消えて1日が経とうとしていた。正直、逃げられた際は癇癪を起こし配下の2、3人を爆散させたが、今にしてみれば喜ばしい事である。あの状態で自分から逃げてみせた。最初は少々舐めていたが、今は完全に本能が蘭丸を好敵手と認めている。我が好敵手になりえる存在と心置きなく戦えるのだ。喧嘩しか脳のない無粋者や交渉を駆使して戦いを回避する臆病者とは違う。己の魔術を技を存分に試すことができる存在がやっと現れたのだ。エリスは笑みをこぼす。

 

「早く来い、そして我の渇きを存分に癒せ、蘭丸」

 

夜の静けさに掻き消されることの無い力強い足音が近づいている事にエリスは気づく。きたかっとエリスは歓喜し、後ろへと振り返る。そこには大地を蹴る四足獣が牙を剥き出してこちらに向かって来ている姿があった。通常よりもひと回り巨大な肢体を持つジャガー。大地を蹴り、エリスに勢いよく襲い掛かった。

 

「無粋な、顕身とはこうやるのだ」

 

エリスの身体は影に溶ける。ジャガーの攻撃は影を捕らえられずに盛大にからぶった。

 

「ちきしょー!奇襲失敗した!」

 

「今のを奇襲と呼ぶのなら、象の行進も奇襲と呼べるだろう」

 

自身が待ち詫びた方のカンピオーネでは無いが、彼女もまたエリスと同じカンピオーネである。エリスは自身と同じ同性のカンピオーネにも興味を持っていた。

 

「蘭丸はどうした薫よ?」

 

「あいつなら休憩中だ!あんたは私が倒す!」

 

もちろん嘘である。この瞬間にも蘭丸はすぐ近くで次の奇襲に備えていた。また、薫が単身飛び込んだのは蘭丸と薫が片方が権能を使っていると権能を使えないというデメリットを隠す意図がある。

 

「ならば貴様から遊んでやろう。存分に戯れてくるが良い」

 

「私は大きいだけの猫じゃねぇぞ!」

 

薫は再び大地を蹴り、ジャガーの敏捷性を生かし左右交互に跳びのき駆ける。時に建物の壁を蹴り、フェイントを入れながら、攻撃のタイミングを悟らせない様にし充分に隙を伺う。

 

「こぬのか?ならばこちらから行こう」

 

エリスはオリジナルの二丁拳銃であるダイモスとフォボスを取り出し、そのうちダイモスを薫に向けて撃つ。銃声が鳴り響くなか、銃弾が一向に飛んでこないことに不審に思う薫の頭上に突然雷を落ちてきた。

 

「ぎゃあッ⁉︎」

 

「クハハハ!!!体当たりするだけが戦いでは無い。もちろん、飛び道具も用意しておる!」

 

エリスが放ったのはとある雷神から簒奪した権能、周囲の者からは《雷管の撃鉄(サンダラー)》と呼ばれる権能だった。雷を受け、意識が必死に留めながら薫は蘭丸の言葉を思い浮かべる。

 

******

 

「薫、試したいことがある」

 

「ナンジャラホイ?」

 

アストラル界にて作戦会議を外れ、精神統一をしていた薫に蘭丸は話しかける。

 

「薫の権能について考えたんだが、もっと出来ることが多いんじゃ無いかと思って」

 

「私の権能って、ジャガーになる、大風を起こす、火の雨を降らす、洪水を起こす、地震を起こすだけでしょ?」

 

「ああ、でもその考え方は間違ってる」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべる薫に蘭丸は丁寧に解説する。

 

「俺たちの権能は厳密にはオメテオトルが自身の後身に世界の創造を任せた逸話から来てるとおもうんだ」

 

「なるほど」

 

「でも、オメテオトルは相反する属性を併せ持つ二面性の神。それなら創造神としての属性を持つなら当然破壊神としての属性をもつ。そして、破壊の部分を司るのが薫、お前だ」

 

「なるほど?」

 

わかっているのか、わかっていないのかわからない顔をしている薫に蘭丸はため息をつく。

 

「まあ、ひとつずつだ。まず、お前はジャガーになれるよな」

 

「うん!」

 

返事だけは元気がいいなと蘭丸は内心思いながら話を進める。

 

「それは、テスカトリポカがジャガーになって巨人を食い尽くして世界を滅ぼした逸話から来ている。つまりは厳密にはオメテオトルの権能じゃなくてテスカトリポカの権能なわけだ。ここまでは分かるな?」

 

「うん!」

 

「………だけど俺たちはテスカトリポカを殺して、この権能を得たわけじゃ無いからテスカトリポカの他の権能を使えないし、ジャガー以外のものにはなれない」

 

「私はジャガーにしかなれない!で?」

 

「だけど、さっきも言った通りテスカトリポカはそれで一つの世界を滅ぼしてる」

 

神話世界とは一つの地球である。世界の終焉とは星の終焉と同意義なのだ。

 

「そんなだだっ広い世界を駆け抜けたジャガーなら、使えるんじゃ無いか?神速」

 

******

 

薫は雷に撃たれても尚、意識をこの世に止める。そして自身の中で呪力を高め、イメージした。

 

(私は世界一周したジャガー私は世界一周したジャガー私は世界一周したジャガー)

 

我が半身ながら無理難題を言ってくれると薫は思っていた。しかし、同時に楽しみでもある。

 

(今よりもっと速くなれるなんて!絶対に楽しいじゃないか!)

 

まだ見ぬ世界を思い描いて薫は胸を高鳴らせた。その瞬間、周りの世界の動きが徐々に遅くなっていくのを薫は感じていく。薫は初めて感じる感覚にワクワクしていた。

 

(これならいける!)

 

神速に至るために蘭丸に教えられたイメージよりも、神速に至った自身のイメージの胸の高鳴りで薫は神速に至ったのだ。

 

「愚鈍なるものよ我を恐れよ!我は身軽にして、俊足なるオセロトルなり!」

 

「この短時間で神速に至ったか!さすがはカンピオーネだな!」

 

エリスは拳銃を構え、3発薫に向けて空砲を鳴らす。遅れて、3つ雷が薫に向けて降り注ぐ。しかし神速に至った今の薫なら雷が落ちてくる場所を見極め、交わしてみせる。

 

「どれ、先達として神速の使い方を教えてやろう」

 

エリスは身体を影へ変貌させ、神速のスイッチを入れる。影となったエリスは大地に沿って移動していく。それを追いかけるように薫は大地を蹴った。

 

(たぶんさっき私が攻撃をからぶったのは影になられたからじゃなくて、神速で避けられたからだ。だったらたぶん、あの影には実態がある。だからあれには攻撃が通じると思う。そう思うことにする!)

 

地を這い神速で移動する影を追い、ジャガーがベルリンの街を駆ける。ジャガーは何度も影に近づき、爪や牙で攻撃を加えた。しかし、影は最小限の動きでそれを交わす。これは影が速さでジャガーを上回っているからでは無い。完全に薫にとって予想外のことが起こっていたのだ。

 

(何これ⁉︎攻撃がブレる)

 

薫はスローモーションに動く世界で狙いを定めて攻撃をしている筈だが、相手も高速で動いているせいか攻撃がずれる。エリスはそのずれた攻撃を見極め最小限の動きで交わす。さらには変幻自在に変形する影の姿は捕らえづらい。

 

(もっと、もっと速く!)

 

脚に全神経を集中させ、薫は加速を試みる。薫の神速は今のところエリスの神速に引けを取らない。薫がさらに加速すればエリスに追いつく事ができる。

 

(タイミングを合わせて…ここだ!)

 

エリスに追いつき、その獰猛な牙で影に飛び掛かる。だが次の瞬間、薫は後方へと吹き飛ばされた。

 

「⁉︎」

 

「クハハハハッ!ただ飛び込むだけが神速の使い方ではない」

 

薫を攻撃をしたのは拳に形取った影である。神速の扱いなら相手の方が1枚上手、薫が攻撃のタイミングをはかっている瞬間にもカウンターの機会を伺っていたのだ。

 

「さらにはこんな事もできる!」

 

影はさらに溶け、周りの建物の影を結合させる。影は立体になり、無数の杭の様な形状を取り薫に襲い掛かった。しかも、神速を維持したままである。このままでは不味いと感じた薫は神速のスイッチをオンにした。襲い掛かる無数の影の杭を交わしながら大地を駆ける。エリスの神速は薫の神速に及ばない、それならば速さで突き抜けようと薫は考えていた。しかし、襲い掛かる杭は先程よりも断然に速くなっている。薫は腹部に一本、右肩に一本、左後ろ足に一本、杭の餌食になった。さらにはその影の杭から吸血されている事がわかった。無理矢理に杭を振り払い薫は離脱する。

 

「ツ!」

 

さらに、ここで薫の体に異変が起こる。負傷した箇所とは違う体の芯からの痛みが発生し出す。一瞬、エリスに吸血されたためかと思ったが本能で違うとわかった。

 

「クハハ!お前は神速の使い方をまったく理解していないな」

 

影は形をなし、エリスが実態を表した。

 

「神速は電光の速さを得る権能だが、厳密には“時間そのものを歪め、移動時間を短縮する”権能だ。故に肉弾戦には向かぬ。我の様に影を媒介にした武器を使い攻撃でもしなければ、攻撃向きの権能とは言えんな」

 

高貴なる女主人は自身の周りの影を無数の刃へと変えていく。

 

「また、神速は使い続けると心身にあらゆる弊害を生む。貴様の様に最初からスピードを出し過ぎればすぐにその弊害がその身を襲うだろう」

 

だからエリスは最初の方はスピードを抑え、攻撃の際に加速して見せたのかと薫は気付く。また、今自信が感じている胸の痛みは神速による弊害である事がわかった。

 

「我も初めの頃は乗り物酔いや時差ボケの症状に悩まされたものだ。だが、今となっては影や霧に己を顕身させることにより、そのデメリットを軽減する事に成功したがな」

 

やはり、最古参のカンピオーネ。経験がかおの何倍も違うと薫は歯痒い気持ちになる。しかも、先ほどの負傷と神速のデメリットで今にもジャガーから普通の人間に戻りそうだ。

 

「しかし、カンピオーネは追い詰められてからが本領を発揮するもの。見せてみよ貴様の底力を」

 

高貴なる女主人は手を翳し、薫に向かい振り下ろす。すると、建物の影から無数の影の刃が全方向から薫を襲う。話をしている間も周りの影を掌握し、攻撃の準備を整えていたのだ。薫は影の刃が迫る中、金縛りで動けない。「やられる」そう心の中で判断した薫はせめてダメージを最小限にしようと全身に呪力を高めた。しかし、自身に近づく存在を感知し呪力を高めるのをやめる。あとは自身の半身がどうにかしてくれると信じて。

 

「“我誕生せり、故に第三の太陽は誕生せり、故にこれなるは雨の太陽なり”」

 

五つの太陽伝説、第三の世界に顕現する“雨の太陽”の発動により薫の姿はジャガーから生身の人間に戻る。

 

「天の恵みを司りし石像よ!我が敵を葬りされ!」

 

突如現れた体調10メートル越えの巨大な動く石像。大きな目玉と上唇、大きな歯を特徴とした石像(ゴーレム)。かつて、第三の世界に太陽として顕現した雨の太陽の化身である。その石像はエリスの影を受け止め、その刃から薫を救う。

 

「よう、借り換えしに来たぜ」

 

「待ちわびたぞ蘭丸」

 

エリスは淑女らしからぬ獰猛な笑みを浮かべる。




権能考えるの楽しい。
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