Another days -case of Emma- 作:瑠和
「できるだけの金はあるだろ」
「それは…そうだけど」
ここは都内の一角。お台場のとある高層マンションのある一室の風景。テーブルで向かい合って話しているのはその部屋に住む夫妻とその息子。息子の名前は天王寺瑠和(てんのうじるな)という。
瑠和はいま同じ部屋に暮らしてはいない。この家族が以前暮らしていた街に住んでいる親戚の家で世話になっていた。
「経費はいつか返す。じゃあな」
「瑠和、待って!」
「話すことはもうない!」
母親が止めようとしたが瑠和は冷たく突き放して居間を出た。そしてそのまま玄関へ向かおうとした。その道中、妹である天王寺璃奈が彼女の部屋から覗き見ていることに気づいた。
「…」
瑠和は璃奈を横目で見ただけで特になにもせず家を出た。
―1年後 虹ヶ咲学園学生寮―
目覚ましの音が鳴り響く薄暗い部屋で目を覚ました少年は、目覚ましを止めてむくりと起き上がる。少年は天王寺瑠和だった。起き出した瑠和はのそのそと準備をしてから家を出る。時間はもう遅刻寸前の時間だが瑠和は焦る素振りを見せない。
1年前にこの学校に入学し、学生寮で暮らしているのだが、彼は素行不良であった。遅刻は当たり前、授業のサボり等も日常茶飯事だ。唯一まともなのは暴力を振るったりだとか成績が底辺でないところだろうか。
そんな少年は今日もだるそうに学校へ歩を進める。
「はぁ………」
少年に見える世界はすべて曇っている。それもこれもすべて、自身を置き去りにしていった両親が悪いのだと思いながら。学校前の階段を上り切ったところで正門が見える。せっかくここまで来たが、急にだるくなってきた。
今日はもうサボろうかと思った刹那、校門前でうずくまる人の姿が見えた。
「……?」
制服を着ていないことから学校の人間ではなさそうだったが、気になった瑠和はその人に近づいた。
「………何してんだ?」
声をかけるとうずくまっていた人が瑠和の方を見た。そして、瑠和の制服の胸についていた校章のマークを見ると目を輝かせて立ち上がる。
「……あの、虹ヶ咲学園の人ですか!?」
うずくまっていたのは紅い髪を二つの三つ編みにし、セクシーな身体つきではあるがそばかすがどこか幼さと可愛さを作り出す不思議な雰囲気の外国人の少女だった。
「………そうだけど」
なんだか面倒くさそうな気配を感じ、瑠和は関わるべきではなかったかなと思う。
「私、今日スイスから留学してきたエマ・ヴェルデっていうんです!よかったら学生寮の場所、教えてもらえませんか?」
「………」
最初は面倒くさそうだと思ったが、サボるためのいい理由が見つかったと瑠和は思った。
「良いですよ。俺も寮生ですから」
「本当!?ああよかったぁ、日本についたばっかりで不安だったの」
「そうですか、お疲れ様です。寮はこちらですのでついてきてください」
「ありがとう~。でもいいんですか?チャイムなってますけど」
少女が学校を指さすが瑠和は冷めた目で学園を見つめ、すぐに振り返った。
「良いんですよ。この学校は困ってる人がいたら優先して助けるのが教えなので」
大嘘である。そんな教えはない。だが、変に気を使われたいわけでもない。なので、適当に理由をつけてエマを案内することにした。
二人は歩きながら雑談を交わす。
「この時期に留学って珍しいですね。いくつなんですか?」
「いくつ?」
「ああ、何歳なんですか?」
「17歳です。アナタは?」
「え?ああ、申し遅れました。虹ヶ咲学園普通科1年の天王寺瑠和です」
「そうだったんですね。ありがとうございます、天王寺さん」
年上の人から敬語を使われるのは少し違和感があった。
「瑠和でいいですよ。敬語も結構です」
「………そっか、わかった。これからよろしくね。瑠和君♪」
そんなことを話してるうちに学生寮に到着した。
「わぁ~おっきいねぇ」
「そうですか?まぁ学校もでかいですからね」
「瑠和君のお部屋はどこなの?」
「え?ああ、俺の部屋はあれですよ」
瑠和は自分の部屋の窓を指さす。
「ちょうどお日様が当たる場所だね♪洗濯物が早く乾きそうでいいなぁ」
「はぁ……」
この後は適当に公園で時間を潰そうかと考えながら瑠和はエマを見送ろうとする。
「本当にありがとう。実は、ついたばっかりで少しだけ不安だったの」
「そうですか、それじゃ俺はここで」
「あ、明日、学校の先生に挨拶するためにまた学校に行くの!だから、また明日ね!」
眩しい笑顔でエマは言った。その笑顔の明るさに瑠和は少し、後ろめたさを感じた。あくまで自分はこの人をサボる理由にしか使っていない。それが少し、瑠和の良心を痛めたのだ。
「…………ああ」
また学校で会えたらという意味で言ったのだろうと思いながら、瑠和はその足を公園ではなく学校に向けた。少しだけ感じた後ろめたさをごまかすように。
―翌日―
翌日朝、瑠和はいつも通り目覚ましで起こされる。だが今日はなんだか気が向かないので自主休校でもしようかと思いながら再び布団に入ろうとした。しかし、そうした瞬間、瑠和の部屋の扉がノックされる。
「…………?」
「瑠和くーん!いるー!?」
聞き覚えのある声。寝ぼけた頭で聞こえてきた声の主を思い出すとエマだった。なんで来るんだと思いながら瑠和は居留守を決め込もうとする。
「瑠和くーん!!!いるよねー!遅刻しちゃうよーーー!!!」
声が大きくなった。どうやらまた明日というのはまた明日一緒に学校に行きましょうと言う意味だったようだ。やかましいと思い、瑠和は玄関に出る。
「なんすか」
「瑠和君!よかったぁ…急いで!遅刻しちゃうよ!」
「俺はいいっすよ今日は具合悪いんで休みます」
「え!?そうなの!?ごめんね、そうとは知らずに…」
「いいえ、それでは」
「あっ!具合が悪いなら看病させて!昨日のお礼もできてないし!」
「いやべつに…」
「困ってる人を助けるのが学校教えなんでしょ?だったら…」
下手についた嘘が面倒を引き起こし、どうしたものかと考えていると視界の端にこんな時間に寮を慌ててでていく女生徒の姿が見えた。
(あれは…)
何度か見たことある人物だった。確か一つ学年が上の朝香果林とか言う先輩だ。モデルをやっているという話を噂で聞いたが、朝が弱いらしく瑠和が遅く起きてギリギリ間に合う時間に学校へ行こうとしているときに慌てて寮からでてくる姿を幾度か見かけている。
「瑠和君?」
「いまあの人のが困ってると思うんですんで、あの人助けてあげてください。それでは」
そう言って瑠和は扉を閉め、再びベッドへ向かった。
ベッドに入ると、エマと話したことで少し眠気が消えていたことに気づく。少しだけ目覚めた頭でエマのことを思い出す。考えてみると、人におせっかいされたのなんていつぶりだろうと瑠和は思った。
まぁもうそんなに関わることもないだろうと思いながら瑠和は再び眠りにつく。
―夕方―
その日は一日学校をサボり、家で惰眠を貪っていた。そろそろ学校が終わるだろうという頃、瑠和の部屋のチャイムが鳴らされる。
「はい?」
出るとそこには青いウルフカットの髪の女性が立っていた。誰あろう今朝エマを押し付けた先輩だ。
「アナタね?変な留学生に私のこと頼んだの」
先輩はえらく不満そうだ。見た目や話し方、風貌から結構プライドが高いのだろうと瑠和は推測した。だからこそおせっかいが気に食わなかったのだろう。
「ええ。遅刻しそうでしたので」
「人のことは言えるのかしら?」
「俺は別に遅刻も無断欠席も常連ですので。不快に感じたなら謝ります。それで話が終わりなら………」
「待ちなさい。私は案内のついでに文句言いに来ただけ。アナタに用があるのは…」
先輩は視線でその相手を示した。視線の先にいたのは眼鏡に三つ編みの少女。瑠和と同じクラスのクラスメイトだった。
「お前確か………」
「お久しぶりです、中川菜々です」
「ああ、そうそう。で、どうしたんだ中川」
「アナタと私は同じクラスですので。先生がクラス委員の私に遅刻や無断欠席の多いアナタの様子を見てきてほしいと」
「はっ、センコーもずいぶんと面倒くさがりなこって。俺は何も問題なく過ごしてるよ。学校がかったるいだけだって言っとけ」
「いえ、他にも色々尋ねたいことがあるので、少し上がらせてもらっても?」
「…………」
瑠和は不承不承ながらも了承し、菜々を部屋に上げた。
「なんか飲むか?」
「いえ。大丈夫です」
「聞きたいことって?」
「進路相談の紙をまだ出していませんのでそれの回収、期末テストの連絡、その他諸々です。それに、なぜ学校がかったるいのか理由も聞かせていただけると助かります」
「理由も何も、ただ面倒くさいだけだよ。俺はナマケモノなんだ。成績優秀なクラス委員様にはわからんだろうが………」
「ですが、中学の時までは成績が良かったと先生から伺っています。別に不登校の傾向もなかったと。それに、引っかかるのはアナタの自宅はここから近いのになぜ寮暮らしなのか……ひょっとして家族間で何かあったのではないかと先生が心配していました」
「親には連絡入れないのかよ」
「入れたけど中々出てくれないと」
そのことを聞くと瑠和は急に表情を険しくして舌打ちをした。
「チッ……」
「ああ、でも先日妹さんが出たと聞きました」
「…………妹は、なんて?」
「私が直接電話したわけではないので……ただ、アナタのことを心配しているとは先生が言ってましたね」
「………そうか」
「あの、もし力になれることがあったら言ってください。私もクラスメイトとしてあなたのことが心配で………」
「俺は何も……」
その時、部屋のチャイムが鳴る。
「誰だ?」
「出てどうぞ」
瑠和が出てみるとドアの前に立っていたのはエマだった。
「あんたは…」
「瑠和君!大丈夫?具合は?」
瑠和の顔を見るなりエマは心配そうに顔を触って顔色を確認する。片手には水筒らしきものまで持たれていた。
「何しに来たんですか」
「だって、瑠和君けさ具合悪いって言ってたから心配で…あ、これハーブティー淹れてきたの!良かったら飲んで」
どうやら今朝の具合が悪いという言葉を鵜呑みにしたらしい。瑠和は面倒だと思いながらも一つ思い付く。
「どうもありがとうございます。良かったらあがっていきますか?ケーキあるんですよ」
「いいの?じゃあお邪魔します!」
瑠和はエマを居間に通す。客人が来れば菜々も諦めて帰ってくれると考えたのだ。
「戻りましたか…あら?」
「あ、チャオ!じゃなかったこんにちは!瑠和君のお友達?」
「はい。クラスメイトの中川菜々です。あなたは昨日転校してきたエマ・ヴェルデさんですね」
「うん!よく知ってたね!」
そういえば中川菜々は虹ヶ咲学園全員の顔と名前、学年学科を覚えているという噂を聞いたことがあると瑠和は思いだす。
「客人だ。悪いが帰ってくれるか?」
「いえ、そういうわけには行きません。瑠和さんから話を聞かない限りは」
「……何かあったの?」
二人の間が妙に険悪そうに見え、エマは何かあったのかと尋ねる。
「実は、瑠和さんが…」
「おい、この人は関係ねぇだろ」
瑠和のことを話そうとした菜々を止める。妙にお人好しなエマに話せば絶対に二人して瑠和の事情を聞きに来ようとしてくるであろうことは目に見えていた。
「ううん、聞かせてほしい。短い付き合いだけど、恩人だもん。瑠和君のこと、知りたいよ」
「なっ……」
手遅れであった。既にただ事でないことは理解され、エマに気にかけられていたのだ。瑠和のどこか諦めたような表情を見て菜々は事情を話し始めた。
「最近不登校気味なんです。それで、私がなにか力になれないかと………」
「不登校ってもしかして……昨日私を案内してくれたのって…」
どうやら昨日寮に案内した本当の理由を察されてしまったようだ。瑠和は小さく舌打ちをした。
「ああ、そうだよ。あんたをサボる口実にした。親切心なんかじゃない」
「そんな…」
エマの落胆した声が聞こえた。だが別にエマに嫌われたところで瑠和にとって何もマイナスはない。
「ですが、それでもちゃんと昨日は学校に来ました。理由も道案内をしていたからと……」
「…そうなの?」
「ええ。本当かどうか怪しいところでしたが、どうやら本当みたいですね。それに、瑠和さんも2学期の途中まではちゃんと学校に来ていたじゃないですか。別に素行不良ってわけでもなく、親切で、優しくて……どうして急に………」
菜々の言う通りだった。瑠和は最初から不登校なわけではなかった。二学期の途中まではちゃんと登校していたのだが、急に無断欠席や遅刻が増えてきたのだ。そのことを聞いたエマもただ利用されただけでないことを理解し、瑠和を心配そうに見つめる。
「瑠和君………ねぇ、私にも何か力になれることないかな!?私、まだ来たばっかりで瑠和君のこと知らないけど、心配だよ!」
「………俺は…」
菜々とエマ、二人の顔を見る。二人から、特に菜々から生徒会長だから心配しているわけではない、純粋な感情を感じた。瑠和を二人に心配され、瑠和は一瞬心を開きかける。しかし、少し間の記憶が瑠和の脳裏によぎる。
(………お兄ちゃん、あのね?)
「………帰れよ」
「え?」
「いいから帰れよ!誰が心配してくれなんて言ったんだよ!!!」
唐突に瑠和は二人を怒鳴りつけた。
「瑠和さん………?」
「帰れっていってんだろぉ!!!!」
瑠和は近場にあった物を掴み、二人に投げつけた。
「瑠和君…」
「……っ!今は行きましょう。興奮しているみたいです」
菜々はエマの手を掴んで瑠和の部屋を飛び出す。二人が出て行ったタイミングで瑠和は物を投げる手を止めてその場に崩れる。乱れる息を整えながら瑠和はその場にうずくまった。
「すまない………すまない………許してくれ………」
―翌日―
翌日の朝、エマは一応寮の入り口前で瑠和を待ってみたが出てくる気配はなかった。瑠和を心配する気持ちを抱えたまま半日を過ごし、昼食の時間になる。
食堂に行き、卵かけごはんを注文し、席に座っていると声をかけられた
「……なに暗い顔しているの?」
現れたのは昨日エマを押し付けられたウルフカットの先輩だった。
「あ、この間の……えっと…」
「そういえばまだ自己紹介してなかったわね。ライフデザイン学科二年の朝香果林よ」
「私、国際交流学科二年のエマ・ヴェルデ。よろしくね」
「ええ。ところで昨日に比べてずいぶん暗いけど。何かあった?」
エマはひとしきり事情を話した。正直果林に相談したところで何ができるわけでもないのはわかっていたが、相談して少しだけ楽になりたいという思いもどこかにあったのかもしれない。
「そう、なんだか申し訳ないわね。日本に来たばっかりなのに。嫌なイメージついちゃったかしら?」
「……ううん。首を突っ込んだのは私だし………心配なんだ」
「心配?」
「怒ってる瑠和君は、怖いっていうより………なんだか悲しそうだったんだ………だから…心配なの」
意外な意見だった。聴く限りでは理不尽なキレ方をした瑠和に怒ってもいいところなのに怒るどころかエマは気をかけていたのだ。
「優しいのね」
「そんなのじゃないよ。私の夢のためでもあるんだ」
「夢?そういえば、アナタはどうして日本に?」
ふと、エマは一昨日日本に来たばかりの留学生であったことを思い出す。
「私、スクールアイドルをやりたくて日本に来たの」
「スクールアイドル?」
「うん。小さいころ、日本のアイドルの動画を見て心がポカポカってなったことがあったの。そんなことができるアイドルになれたらなって思って…」
「そう………だったら、彼の心もポカポカにしてあげられたらいいわね」
「え?」
「あの子……天王寺…だったかしら?あなたが日本のアイドルを見て心をポカポカになったように、アナタの歌で、彼の心をポカポカにしてあげられれば、悲しそうだった理由も話してくれるんじゃない?」
「………そう、だよね。うん!それだよ!」
エマは何かに気づき、卵かけごはんを一気にかき込んだ。
「私、瑠和君の心をポカポカにできるように頑張る!ありがとうね果林ちゃん!」
エマは笑顔になって食堂を後にした。一人になった果林はコーヒーを啜る。
「頑張ってね」
続く
にじよん、はじまりましたね。一話は自動投稿になっているので内容についてはまだわかりませんが、楽しんでる未来が見えます。本来はエマさんの誕生日に合わせて投稿する予定でしたが、にじよんが始まるので予定を変えました。