Another days -case of Emma- 作:瑠和
エマが瑠和にチラシを渡してから二週間が経った。相変わらずたまにしか学校に来なかった瑠和だが、放課後のライブくらいと思い、お披露目ライブに足を運んだ。エマに来たと思われたくないので帽子やマスクで少し正体を隠しながら会場であるダイバーシティにやってきた。
「………心をポカポカに……か」
しばらくすると舞台袖から誰かが出てきた。瑠和は見たことない人物だったがチラシの写真では見た顔だ。
「…………?」
だが、出てきたのは一人だけだった。
(エマさんは…?)
「走り出した……思いは強くするよ」
出てきたスクールアイドルは一人で歌い始めた。激しく、魂の籠った歌ではあったが問題はそこではない。なぜエマがいないのかだけが気になってしょうがないのだ。もしかしたらそれぞれが個人で歌うのか?もしくは彼女以外が全員病欠なのか?
そんな考えがめぐっていく間に曲は終わり、スクールアイドルの少女は去っていった。
「………っ!」
瑠和は走り出した。行き先は当然学生寮。大急ぎで女子寮まで走り、切らした息を整える間もなくエマの部屋のチャイムを押す。少ししてエマが玄関に出てきた。
「はーい……あ………瑠和君……」
エマは瑠和の顔を見ると少しばつの悪そうな顔をした。瑠和はチラシを見せてエマに迫る。
「あんたの言ってたライブ………今見てきた」
「え!?ライブって……どうして…」
「この黒髪のやつしかいなかったのはどういうことだ?」
瑠和の言葉を聞いてエマは目を丸くした。驚いているのか、おびえているのか、判断しにくい表情だった。しばらくするとエマは胸の前で手を握り、少し俯いて口を開く。
「………ごめんね……誰かの心をポカポカにしたいって思ってここまで来たのに……」
エマの言葉が次第に震えてきたことに瑠和は気づいた。
「私………目の前であんなことが起きてたのに…………どうしたらいいか…わからなくて…………瑠和君の心をポカポカにしてあげたかったのに…………私、何もできなくて………」
しゃべっていくうちにエマは涙をこぼしていた。彼女の胸の中に責任が押し寄せ、抑えきれなくなり、涙としてこぼれていったのだ。
「ごめんなさい……っ!」
◆
世界なんてどうでもいい。他人なんてどうでもいい。俺が優しい?冗談はよしてほしかった。
幼いころから人の顔を見ると色が見えた。その色によって相手がどんな感情なのか判断できた。多分表情の形に色を覚えるんだろう。
昔はそれが当たり前だと思っていたが、俺が異端だと気付いたその日から、ずっと他人の顔色を見て、「いい子」を演じていただけだ。親に反抗したのも親に対して不満も持っていたし、親が俺に対して罪悪感を持っていることをわかっていたから反抗できた。
俺みたいに人の感情がわかるなら、お人好しになるのは簡単だ。中川菜々みたいに冷静に情報を整理して相手の本質を見抜けるのなら同じくお人好しになれる。
「瑠和君………ねぇ、私にも何か力になれることないかな!?私、まだ来たばっかりで瑠和君のこと知らないけど、心配だよ!」
あの日言われた言葉は頭から離れない。きっと目の前で泣いているこの人はそんなの関係なしに知り合ってわずかしか時間のたってない俺を心配してくれた。
初めてだった。
あんな純粋な感情の色を見たのは。
人の顔色を見て、相手の言ってほしい言葉を言って、愛想をよくして、そうやって「うまく」生きてきた俺を心配してくれる人はたくさんいる。だけどそれは本当の俺じゃない。本当の俺を知らずとも心配してくれた。
気にかけてほしくなかったら必死に嫌われようと激昂したのに、毎朝ギリギリまで俺が出てくるのを寮の前で待っていたり、スクールアイドルのメンバーを集めて、それで俺を変えようと、この人なりに寄り添ってくれた。
だからか、俺はこの人に泣いてほしくなかった。
◆
瑠和は無意識のうちにエマの流した涙をぬぐっていた。
「泣かないでください」
「瑠和君………?」
「…………俺が、何とかします。何があったかなんて知りません。だけど、これがあなたが望まない結果だっていうなら………俺が望む結果にして見せます」
「どういう…」
唐突に瑠和は走り出した。感情に突き動かされるまま。初めての感覚だった。こんなにも誰かのために、自分の気持ちに正直、目的に向かって走るのは。
まずはどうするか考える。エマさんに事情を聴きたいところだが、いまの状態できけばきっとまた感情が昂って涙を流されてしまうかもしれない。
それはだめだと考えた瑠和は大急ぎで果林の部屋に訪れ、チャイムを鳴らす。
「はい?」
「朝香さん、あんたに聞きたいことがある!」
瑠和は玄関に出てきた果林にチラシを突き付ける。
「なに?いきなり」
「唐突で申し訳ないです。この中に朝香さんが知ってる人間はいますか?」
あれからエマと一緒に登校する姿を見ていたのでエマと関りが深くなった果林であれば何かしら知っているのではないかと思って聞いてみたのだ。
「本当に唐突ね……………何かあったの?」
「そのうち話します。先ず質問に答えてください」
「………この、端にいる眠たげな子。近江彼方っていうライフデザイン学科の三年生。すぐ会いたいなら東雲のスーパーでバイトしてるって聞いたことがあるわ。行けば会えるかもね。私が同好会で知ってるのは、これくらいよ」
「……ありがとうございます」
瑠和は再び走り出した。
「忙しない子ね」
―SORORー
東雲の一角にあるスーパーで彼方がバイトをしていると、その前に瑠和が現れた。
「虹ヶ咲学園の、近江彼方さんですね?」
「え?はい………そうですけど?」
「俺も虹ヶ咲学園の二年生です。スクールアイドル同好会で、何があったか教えてください」
「………」
彼方は作業をする手を一度止め、小さく頷いた。見知らぬ生徒にそんなことを話す義理はないし、なぜそんなことを聞くのかはわからなかった。ただ、目の前に現れた後輩の眼は本気なことだけはわかった。彼方もモヤモヤしてる気持ちがあり誰かと共有したかったのかもしれない。
瑠和は彼方のバイトが終わるまで待ち、バイトを終えた彼方とスーパーの中にあるフードコートで待ち合わせる。
「やぁやぁ、お待たせ~」
「いえ、お忙しいところ申し訳ありません」
「気にしないで~。あ、でも一個だけいいかな?」
「なんでしょう」
「どうして君は彼方ちゃんたちのこと、知りたいのかな~?」
「…泣いてほしくない、人がいます。その人が泣かなくて済むには、あなたたち同好会の復活が必要なんです」
瑠和の眼は本気だと言うことは、彼方はなんとなくわかった。初対面であるものの、彼方がここで働いているということは何かしらのつてがあったのだろうと彼方は推測し、瑠和の協力を承諾した。
「…うん、わかった」
彼方は一通り同好会で起きたことを話した。かすみとせつ菜の衝突、そして同好会はしばらくお休みする予定であったこと。
「なるほど………じゃあ、エマさんが何もできなかったって言ってたことは………その衝突のことか…」
「泣いてほしくないっていうのはエマちゃんのことだったかぁ~」
「なっ……」
彼方に指摘され、瑠和は急に顔を赤くする。
「だ、誰がそんなことっ!」
「真っ先にエマちゃんの名前が出てくるあたりねぇ。それにぃ、さっき話の中でエマちゃんの名前がでるたびに、君の右手がぴくって反応してたの、自分じゃ気づかなかったかな?」
彼方に言われ、瑠和は慌てて自身の腕を掴むがもう遅い。言い訳ができないほどに瑠和の顔は赤くなり、目は泳ぎ切っている。
「…………はぁ……話、ありがとうございました。あの、このこと……エマさんには言わないでください」
「ん~?いいけどなんで~?」
「俺は別に感謝されたいわけじゃないんです。ただ借りを返したいっていうか………それだけなんです」
「そっかぁ。わかったよ~」
瑠和は軽く会釈をするとそのままどこかへ向かう。そんな瑠和を彼方は手をひらひらと振りながら見送る。
「頑張りたまえ若者よ~。そういえば、彼方ちゃんは恋愛とか縁がなかったなぁ~」
大切な人のために奮起する瑠和の姿を見て、彼方は自身の学生生活には甘酸っぱい思い出はなかったと思い出す。
「まぁいいけどね~。あ、でも遥ちゃんが何かしらの出会いしてるかなぁ」
―翌日―
「いねぇ………」
翌日の昼休み。へとへとになりながら校内の芝生に横になる。とりあえず今回の事件の発端であるせつ菜とかすみに話を聞こうと考え、一番身近なせつ菜から話を聞こうとしたがどこにもいなかったのだ。
「なんでどこにもいないんだか………」
疲れた頭でこの先どうするかを考えていると、すこしずつ瞼が重くなっていくことに瑠和は気づかなかった。
◆
「………ん?」
いつの間にか眠っていた瑠和が目覚めたのは、彼の耳に心地よい歌声が聞こえてきたからだった。まだ少し重たい瞼を開けると、視界に映ったのは美しい青空と赤い髪を風になびかせ、気持ちよさそうに歌うエマの顔だった。
「エマ………さん?」
「あ、起きた?」
いま目に見えているものが見える視点にいる理由は一つ。瑠和がエマに膝枕されていたからだ。それに気づいた瑠和は慌てて飛び起きる。
「あ、ごめんね!迷惑だったかな?」
エマの顔から悲しみの色が見えた。瑠和はあわてて否定する。
「いやっ…違う!…ちょっとびっくりしただけです……」
「そっか………よかった……この間はごめんね、急に泣いちゃって…」
「別に………」
(そうか…いつの間にか寝ちまってたのか……)
どうやらうたた寝していた瑠和を発見したエマは彼を気遣い膝枕をし、子守唄を歌ってくれていたようだ。状況を飲み込めた瑠和は少し落ち着くと同時に腹の虫がなった。
「っ!」
顔を赤くしてお腹を押さえる瑠和を見て、エマはクスリと笑ってお弁当箱を取り出した。
「お弁当作ってきたの。よかったら食べる?」
エマの手元に置かれた弁当は二つある。瑠和は少し疑問に感じた。
「どうして、二つ…」
「あのね、前に会った委員長さんから瑠和君はいつも食堂かコンビニのお弁当だったって聞いたから、もし会えたらと思って作ってきたんだ」
「………俺が来る確証なんて…なかったでしょうに」
「私たくさん食べるからもし来なくても大丈夫。それに…」
エマは瑠和の顔を見て微笑む。
「瑠和君なら、来てくれるって信じてたから」
その笑顔、その言葉に瑠和は目を丸くして衝撃を受けた。エマから見える色は純粋な善意そのものだったからだ。
「い、ただき…ます」
この間のことがあったからか、瑠和は彼女の好意を断れなかった。だが、不思議と普段は煩わしく感じるお節介でも、エマのお節介は不快に感じなかった。瑠和とエマはその場で昼食とする。
エマに渡されたお弁当を開くとそこにはそぼろのかけられた白米と何かしらの肉料理、卵焼き、和え物といった割りと普通のお弁当だった。
とりあえず瑠和は肉料理を掴んで口に運ぶ。
「おいしい?」
「はい…おいしいです」
よくある味付けの普通のおかずだ。さらにべつのおかずとごはんも口に運ぶ。瑠和が食べているのを見て、エマも食事を始めた。
普通のお弁当、普通の日の午後、少し変わってるが普通の先輩。なにも特別なことなどない。
それなのに、瑠和の瞳からなぜか涙があふれた。
「ええ!?だ、大丈夫!?ひょっとしておいしくなかった!?」
瑠和の涙を見たエマが慌てる。
「いえ…おいしいです」
「じゃあ、どこか痛い!?」
「大丈夫です…」
(なんの涙だ………っ!)
瑠和はエマを心配させないように必死に涙を引っ込ませようとする。しかし、出所のわからない涙は次々とあふれて瑠和の袖を濡らすばかりだった。
涙を流し続ける瑠和をどうにかしようとエマは頭をひねらせ、急に故郷にいる兄弟のことを思い出した。それはきっと今の瑠和の姿が兄弟が泣いていたときの姿と重なったからだろう。エマは兄弟が泣いたときによくとっていた行動を思い出す。
意を決したエマは瑠和をおもいっきり抱き締めた。
「え…」
刹那、瑠和の心に未知なる感情が広がっていくのを感じた。胸が暖まるような、優しい感情。しかし、それを受け入れた瞬間、なにかが崩れていくような予感に捕らわれ瑠和はあわててエマから離れた。
「あっ…ご、ごめんね?嫌だったかな…」
また悲しみの色が見えた。
「いやっ…違っ……」
瑠和の視界が歪む。受け入れれば「なにか」が崩れる。それ以外は何をしてもエマを悲しませる結果になる。どうすればいいかわからなくなり、瑠和はお弁当を持ってその場から逃げ出した。
また、逃げた。
家族から逃げた。妹から逃げた。自らを心配してくれる人からも逃げた。
せめて自らを心配してくれる人のためになることくらい、したかった。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
瑠和の心の中で何度も謝罪の言葉が浮かんでは消える。
ー瑠和の部屋ー
瑠和は逃げ出した足で寮の自室まで戻っていた。薄暗い部屋に飛び込んだ瑠和は布団を頭から被り、うずくまった。
(自分のことを心配してくれる人のためくらい、役に立ちたかった…変わりたかった。だけど、人はそう簡単には変われない。結局俺は、人の顔色を見て動くだけの中途半端なクソヤロウにしかなれなかったんだ…)
自分の情けなさを再確認しただけだった。だが、このままエマを捨て置くことも出来ない。瑠和はスマホを取り出し、数少ない連絡先を見る。そして、その中のとある人物に連絡をとった。
「もしもし、俺だ」
『瑠和君!どうしたの急に』
連絡を取ったのは瑠和が学校で唯一尊敬し、心を許せる存在である高咲侑であった。少し前にクラスメイトと衝突したとき、彼女が間に入ってくれたのだ。どちらかの意見を是とするのではなく、互いの事情を聴いて互いが納得いく結論を出した。
そんな彼女の手腕を信じた。
「頼みがあるんだ。お前にしか頼めない」
『それはいいんだけど……その、いいの?私で』
「お前にしか頼めないと言った」
『とりあえず、話を聞かせてもらえる?』
瑠和は侑に、事情を説明した。
『そっか……そんなことがあったんだ』
「ああ。高咲、お前は物事の、いや、人の本質を見抜く力がある。それで、スクールアイドル同好会を救ってやってくれないか?」
『うん、わかった。なにか発展があったら連絡するね』
「頼む」
電話を切った。もっと断られるかと思ったが侑は案外すんなりと要求を受け入れてくれた。どっち道瑠和にとっては好都合だった。
これでもうわざわざ璃奈に出くわす危険性のある学校に行く必要もない。そう思った瞬間、瑠和の脳裏にエマの笑顔がフラッシュバックした。
「…仕方ないじゃないか」
自分ではどうすることも出来ないと悟ったのだ。どこか心に穴が空いたような焦燥感に似た気分のまま横になっていると瑠和の部屋のチャイムが鳴った。
「…?」
覗き穴から見てみるとドアの前にいたのは菜々だった。どうやら横になっていた間にいつの間にか放課後になっていたらしい。
「瑠和さん。いらっしゃいますよね?少し、お話があります」
続く