Another days -case of Emma- 作:瑠和
「……」
「…」
夕日の光が差し込む寮の一室。そこには気まずそうな男女が向き合っていた。急遽部屋を訪れてきた中川菜々と天王寺瑠和だ。
「いきなり訪ねてきてなんの用だよ」
「…風の噂であなたが優木せつ菜さんを探していると聞いたので。その理由を伺いたく」
「お前にゃ関係ねぇ」
瑠和はそっぽを向いて理由を言うことを拒んだ。
「エマさんに頼まれましたか?」
「っ!違う!あの人は関係ない!俺が勝手に探してるだけだ!」
一瞬、どこかエマに対して敵意を含むような言い方をした菜々に瑠和は激しく否定した自分の勝手な行動でエマに迷惑がかかるのを恐れたからだ。
「ではなぜ?」
「…なんでそんなこと知りたがる?知ったってお前に得はねぇだろ。もうクラスだって変わったんだし…」
「いいえ、一応生徒会長なので。校内の問題解決になにか糸口があれば、と思っただけです」
菜々は生徒会長をしている。瑠和の不登校はある意味校内の問題の一つと言えなくもない。たとえ人探しの為でも、瑠和が学校に来るようになればと思ったのだろう。
「そうかよ」
「………あなたが優木せつ菜を探すのは、なぜですか?」
「え?」
「彼女のためですか?それともほかの誰かの、あるいは自分のためですか?」
なんのために?それは決まっている。
「……………俺は、エマさんのために同好会を復活させようとしたんだ。そのために…」
「……………」
それを伝えられ、せつ菜は少し目を閉じて考える。
「では、あなたが同好会を作ってはいかがですか?」
「え?」
「同好会私とせつ菜さんで相談し、すでに廃部になりました。ですが、同じ同好会を作ってはいけないという決まりはありません。あなたとエマさんでもう一度同好会を作ってはいかがですか?」
瑠和は目から鱗が落ちた。同好会を復活させるためには同好会内にあるわだかまりを解消しなければならないと思い込んでいたが、そうではない。
彼女たちの問題は、侑に任せた。であればエマの笑顔のためにもう一度同好会を作れば良いのだ。問題の中心になったせつ菜たちも侑が問題を解決したあと、新しく作った同好会に誘えばいいだけだ。
「そうか…そうか!」
「…では、なるべく学校には来てくださいね」
菜々はそう言い残して瞳を輝かせる瑠和を置いて部屋をあとにした。
寮からの帰路、菜々は小さくため息をついて振り返り、寮を見た。
「…彼に話をして、いったいなにを期待していたのでしょうね。私は」
瑠和は優しい人物だ。菜々も優しくされた経験がある。瑠和は、不思議と自分が望む言葉をくれた。まるで人の心が見えているように。
(優木せつ菜のためにやっていた………とでも返してほしかったのでしょうか)
どこか、後ろ髪を引かれる思いで寮を後にした。
部屋で新たな希望を見つけ、期待に胸を膨らましていると、急に自分が空腹なのに気づいた。考えてみれば昼飯すらまともに食べていない。
「そういえば……」
動揺していてよく覚えていなかったがエマの前から逃げたとき、エマのお弁当をそのままもってきてしまっていた。もう一度開けてみると持って走ったせいで中身はぐちゃぐちゃだ。
ぐちゃぐちゃになったお弁当を一口口に放り込む。緊張と高ぶった気分のせいで最初はよく味がわからなかったが、とてもおいしいことが分かった。
きっと、心を込めて作ってくれたのだろうことを感じた。そんな彼女をまた傷つけてしまった。今やるべきことは、本当にこれなのだろうかと疑問に感じた。
だが、胸の中に感じた疑問を無理やり飲み込み、明日の準備を始めた。
―翌日―
翌日、さっそく瑠和は学校へ向かい、新生スクールアイドル同好会を結成させるためのメンバー集めをしようとした。スクールアイドルに求められるのは歌唱力や容姿等いろいろあるが、ともかく今はメンバー集めだった。せつ菜とかすみは少なくとも今は来れないことは決まっていたようなものなのでともかく二人集めれば固い。最悪瑠和がサポーターとして数合わせすればいい。
瑠和は登校するなりクラスの女子を観察し、スクールアイドルに適性のありそうなクラスメイトを探す。
「なぁ、スクールアイドルに興味ないか?」
「え?スクールアイドル?」
「いや、よくわからないし…………」
急に言われたところで詳細すらわからないスクールアイドルになりたがるもの好きはいなかった。それでも瑠和は休み時間などに必死に声をかけた。
そんなことを続けていた昼休み、再び声をかけようと動いていると、瑠和の視界に不快な色が見えた。
「あいつ、久々に登校したと思ったら女あさりかよ」
「いいよな、いいとこのお坊ちゃんは、不登校だろうと関係ねぇんだろ」
クラスの端から聞こえてきた、瑠和を悪く言う言葉。当たり前といえば当たり前だ。いままでろくに学校にも来ず、ようやく顔を出すようになったかと思えば片っ端から女子に声をかけている。
わかっている。しかし、それは呑み込めなかった。
「あ?なんか言ったか?」
「なんだよ」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「べつにぃ~?」
「テメェ!!」
相手の態度にカチンときた瑠和が胸倉をつかみに行く。
「瑠和君ストップ!!」
出そうとした手を、高咲侑が止めた。背後には心配そうに見ている侑の幼馴染、上原歩夢もいる。偶然この現場に通りかかったのだ。
「高咲………」
「ちょっとこっち!来て!」
「ごめんなさい、瑠和さんお借りしますね」
瑠和の手を引っ張り、クラスから出ていく。歩夢は瑠和と喧嘩しかけたクラスメイトに頭を下げて侑を追いかける。
―中庭―
瑠和は侑に引っ張られるまま、中庭まで来た。
「離せよ高咲!!なんなんだ一体!!」
「どうもこうもないよ!なんで喧嘩なんかしてるの!?」
「あいつらが悪いんだ!俺の行動に何も問題はない!」
「だとしても!瑠和君そんな性格じゃなかったじゃない!いったいどうしたの!?」
「………っ!」
なぜ、と聞かれて答えるには少しはばかられた。今の瑠和の状況は、瑠和のわがままによるものでさっきの衝突もある意味原因を作ったのは瑠和自身だった。
少し瑠和はうつむき、侑の手を振り払った。
「いいだろ、別に…………お前には関係ねぇよ………」
「でも………」
「もう………放っておいてくれ!!」
しつこそうな侑を突き放すために瑠和は強く言った。侑がすこしたじろいだのを見て、申し訳ないと思いながらもその場を後にした。
(どうしてどいつもこいつも放っておいてくれないんだ………)
うつむきながら歩いていると、足元に子猫がすり寄ってきた。愛に頼まれた子猫だ
「はんぺん」
愛と話し合った結果、子猫の名前は「はんぺん」に決定した。
「にゃ」
「………そういえば、餌、まだだったな」
瑠和は微笑んで用意していたご飯をはんぺんにやる。はんぺんがご飯を食べている姿を眺めていると、そこに愛がやってきた。
「やっほーるなりん」
「……………は?」
「?」
「るなりんってなんだよ」
「ああ、愛さんあだな考えるの好きなんだ!だからるなりんってあだ名考えてみたんだけどどうかな?」
「………まぁ、勝手にしろよ」
「いやぁ、ありがとうね。ごはんくれて」
「別に。俺も……こいつに餌やってる時が一番和む。クラスにいるのは苦手でな」
「るなりん………」
ふと、愛の瑠和を心配する顔を見て瑠和はすぐに取り繕おうと別の話題を出そうと頭をひねる。それと同時に少し前に聞いた話を思い出す。
「そういえば、お前よくいろんな部活の助っ人やってるんだって?」
「え?うん。そうなんだ。結構体動かすの好きでさ」
いた。
ちょうどいい人材が。見たところコミュニケーション能力と運動神経が高く、まとめ役にも適していそうな彼女がいれば、同好会を引っ張ってい行くのに適していると思った。
「なぁ宮下!お前、スクールアイドルに興味ないか!?」
「スクールアイドル?」
「ああ!今、メンバーを探しているんだ!」
瑠和は愛に一通りの事情を説明し、部員が増えるまででいいから新たなリーダーとして同好会に入ってくれないかと頼み込んだ。
事情を聴いた愛は少し考える。そして、答えを出す。
「…………うん、別にやってもいいよ」
「本当か!?」
「でもさ、それって本当にるなりんの望む結末になるのかな?」
「…………………え?」
安堵できたかと思った直後、まるで背後から刺すように愛は鋭い質問を瑠和にした。空気が急に冷えたのが何となく感じられた。
「今聞いた限りじゃ………ううん、今聞いただけでも、それだけじゃ全部は解決しないってなんとなく愛さん思っちゃうな。形だけ取り繕った新しい同好会。それだけで、そのエマって人の望みは叶うの?」
「………」
目を見開いて驚いていた瑠和に、愛は急激に顔を近づける。
「るなりんも、それで満足?」
見透かされている。そんな風に感じた。そんなことは思っていない。口で言うのは簡単だが、それはなぜかはばかられた。それはきっとそうかもしれないと思う気持ちが心のどこかにあったからだ。口が震えてしまう。
(エマさん………)
エマに笑顔になってほしい。その気持ちで動いていたのに、この間のことがあったせいで彼女にかかわりたくないという気持ちが先行していた。本当は引っ掛かりを感じていた。新しく同好会を作ること、エマが笑顔になること、その二つの間で若干のズレが生じていたこと。
(なんでエマさんはあの日泣いた?いつも笑ってそうなあの人が。日本に来たのにやりたいことが出来なくなったから?違う。あの涙のわけは、)
「みんなが望むことって何なんだろうね」
「………」
(それは、きっと)
瑠和の晴れない気持ちを表すように、空には暗雲が立ち込め今にも雨が降りそうな天気だった。
◆◆◆
放課後、午後の授業から雨が降りはじめ随分と暗かった。エマが部屋で過ごしているとチャイムが鳴らされた。
「はい?」
出てみるとドアの前にはびしょ濡れの瑠和が立っていた。
「瑠奈君!?どうしたの!?大丈夫!?」
「俺は平気です」
「平気じゃないよ!ほら、入って!タオルタオル………」
部屋に戻り、瑠和を拭くものを探そうとしたエマの手を瑠和はつかんで制止させた。
「そんなものいいです。エマさんは、何が望みですか?」
「え?」
「エマさんは、同好会に優木せつ菜や、中須かすみは必要だと思いますか?」
「…………うん。せつ菜ちゃんもかすみちゃんもすっごく素敵なスクールアイドルだったし、活動休止になっちゃったのは、私たちの力不足もあるから……だから」
「わかりました」
それだけ聞くと、瑠和はエマの手を離して部屋を去っていった。扉が閉まると、エマはつかまれていた手に触れる。とても冷たい。
なぜ、瑠和はいつも誰かのために動くのだろう。疑問だった。とても優しい、温かい人なのに、彼の周りの空気はずっと冷たく感じる。自分もなにか彼のためになることをしたいと感じた。だが、スクールアイドルも無理、お弁当も、抱擁も彼は拒否した。これ以上何ができるだろう。
そう考えたとき、エマの脳裏に一人の人物が思い浮かんだ。
続く