Another days -case of Emma- 作:瑠和
そして、しずくちゃん誕生日おめでとう
「エマさんの様子が変?」
「ええ。瑠和と付き合い始めてからなんだかね………あなたはどう思う?」
そんな相談を果林から侑が受けたのは彼方のライブを目前に控えた時だった。瑠和とエマの関係は同好会公認となったのだが、別に変わった関係には見えなかった。
「………そうかなぁ、別に変わらないような気がするけど」
「そう……。でもなんだか……………たまにあの子が怖いのよ。最近なんだか、敵意っていえばいいのかしら?それも少し違うような………でも、そんな感じの重い視線」
「……そうだ!」
侑は少し考えて思いつく。
「お兄ちゃんの部屋の?」
助けを求めた相手は璃奈だった。瑠和と家族の関係は修復されたが一応契約更新があるまで瑠和は一人暮らしという形をとっていた。だがもう璃奈を拒む理由はないので部屋の合い鍵を璃奈には渡した。
「どうして?」
「実は瑠和君の部屋にちょっとしたサプライズしかけたくてさ。ほら瑠和君には同好会復活をはじめとしていろいろお世話になったでしょ?」
「そういうことなら………」
璃奈は快く鍵を貸してくれた。
その日の放課後、侑は瑠和が帰ってくる前に瑠和の寮の部屋に侵入し、ベッドの下に隠れた。
最近瑠和とエマが寮に戻ってくるとエマが瑠和の部屋に入り浸っていることは果林から聞いていた。まぁ付き合っているのだし当然のことなのだが、そこに何か果林のいうエマの変化がないか探るために来たのだ。
しばらく待っていると、エマと瑠和が帰ってきたようだ。
(帰ってきた………エマさんも一緒みたい)
帰ってきた二人は無言でベッドの近くまで来た。そこには普段同好会の中では感じられないようなどこか重苦しい空気があった。
ベッドの下からは二人の足しか見えていないが、エマの足元にエマのブレザーが落ちたのが見えた。
(エマさん………上着を脱いだの……?どうして?)
「エマさん…っ!」
「こーら♪だめだよ?まだ」
そして今にも消えそうな声とともにエマの足に瑠和の足が近づくのが見えた。どうやら抱き合う形になっているらしいことを侑は認識した。
「さぁ、ベッドに横になろっか」
二人はベッドの上に行く。瑠和は横になっているらしい。
「ねぇ、今日彼方ちゃんと何仲良さそうに話してたの?」
「それは……」
「彼方ちゃんだけじゃなかったね。果林ちゃんとも仲良さげに話して…………歩夢ちゃん、愛ちゃん、しずくちゃんとも。どういうことかな?」
普段温厚なエマのモノとは思えない憤りのようなものを込められた声。しかしその声から感じ取れるのは憤りだけではない。声に隠し切れない何か、昂りのようなものが込められている。
「ち、違うんです…俺から話しかけたわけじゃ……それにみんなに冷たくするわけには…」
「あれ?あなたのことを本当に大事に思ってるのは誰だっけ?こうやってあなたのためを思って心配して、くれるのは誰だっけ………?」
「……」
「忘れないようにまたいっぱい甘えさせてあげるからね?」
それから、キスをしてるような音が聞こえる。侑は何が起きているのかわからなかった。それから少しして侑の見えている景色から何かがベッドから落とされるのが見えた。それは、虹ヶ咲学園のワイシャツだった。それも首元にリボンがついたままの。
男子生徒の制服はリボンではなくネクタイなのでそれがどちらのものか、そしてそれが落ちてきた意味を侑はすぐに理解し、目を丸くする。
それからそこまで時間が経たないうちに、淫靡な音がとベッドのきしむ音が部屋中に響き始める。侑は息を殺した。
なんだか心が苦しくなった。付き合っているのだし、そういうことをするのは年齢的にも自然なはずだ。
だが、なにより苦しく思うのは瑠和のことだ。
もっといい着地点があったはずだ。エマとこんな関係にならずとも、瑠和が救われた道はあるはずだと思った。
今侑が隠れてるベッドの上で行われている行為の意味を侑自身はなんとなくわかっていた。冷たく妹を突き放していた瑠和であったが、本当は家族のことが大好きなのだ。
璃奈と向き合うことはできたが、その勇気を持てた理由がこれだったのだ。
エマに依存することで寂しさを紛らわせるというなんとも脆く儚いよりどころを得たからだった。
「こんなの………」
そこまで小さくつぶやいて侑は歯噛みする。言葉にできないもやもやが侑の胸を支配する。だが今の侑にできることがあるわけではない。
瑠和をちゃんと救えなかった悔しさを噛み締めながらただひたすらに行為が終わるのを待つしかなかった。
しばらくすると行為が終わり、二人は何やら話をしてから出かけて行った。
エマが帰ってから瑠和がトイレに行っている間にでも帰ろうと考えていたが、ちょうどよかった。侑はもやもやした思いを抱えながら瑠和の部屋を出て行った。瑠和の部屋を出てから寮を出る。そのまま帰ろうとしたとき。
「侑ちゃん」
背後から、ぞくりとするような重い声が聞こえてきた。
まるで胸のなかに芽生えた恐怖心を振り払うように振り返ると、真後ろにエマが立っていた。
「ねぇ、さっき瑠和君の部屋に何しに来てたの?」
「え」
気づかれていた。いつ、どこで気づかれたのかはわからないが確実にエマは気づいていた。
答えを間違えるな。侑の本能がそう告げているのが分かった。目の前のエマは笑顔だが、それは自然な笑みではなく警戒を解くための行動であるのはなんとなくわかった。
「私は、エマさんの様子がおかしいと思ってました…………逆に聞かせてください……エマさんと瑠和君の関係って何なんですか?」
友人というにはあまりに深く、恋人というにはあまりに重い関係。それは、本当呼びようのない関係のように見えた。
「………私と瑠和君はただの恋人同士だよ?侑ちゃんも知っての通り。私は大丈夫だから安心して?」
「…………私に恋人とかできたことはないですけど………だけど、あんな関係…普通じゃ…」
「普通だよ」
エマは言い切った。その言い切り方には自信というか威圧も込められているような気がし、侑は黙ってしまう。
「ところで、私も一つ気になってたことがあるんだ。前から瑠和君のことよく気にしてるよね。どうして?」
エマは笑顔のままだが、瞳に灯りがともっていない。その瞳に近いものを侑は見たことがあった。幼馴染の歩夢の眼によく似ている気がした。
すなわち、嫉妬の眼だ。
「………私と瑠和君には何のつながりもないです。前に不登校になってたのが、私のせいじゃないかって、勝手に私が責任感じてただけです」
「…………」
一瞬訝しむような顔になったがエマはいつもの表情に戻った。
「そっか、疑うようなこと言ってごめんね。鍵は私が璃奈ちゃんに返しておくから渡して?」
「……」
いつものエマだが言い方にやや棘がある。侑は黙って鍵を渡し、その場から去っていった。
どうしようもない。あの関係はもう、どうしようもない。そう考えた。瑠和はエマに依存している。そして、エマもきっと瑠和に依存しているのだとわかった。二人を無理に引き離せば、きっと最初に瑠和が壊れる。
そして瑠和が壊れればエマと璃奈が壊れる。そしてそれが負の連鎖となって同好会全体を壊していく。
脆くはかない瑠和のよりどころだが、それでよかったのかもしれない。
ふと振り返ってみる。
そこには、まるで親子のように手をつないで出かける瑠和とエマの姿が見えた。
それが彼らの「大好き」であるのなら、それを否定することは侑にはできなかった。