銀魂小編   作:佐倉シキ

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闇金国定編 上

 

 

「そうなの、官九郎の様子がずっとおかしくて」

 

依頼主の女性は、深い憂いを帯びた表情で語り始めた。年の頃は三十代半ば、落ち着いた雰囲気の中にも疲れの色が隠せない。薄暗い甘味屋のカウンター越しに立つ彼女は、その場の空気そのものが彼女の悩みを反映しているかのように、どこか重苦しい影を落としている。

 

甘味屋は一見、温かみのある空間でありながらも、隙間風の吹き抜ける音がやけに耳に残る。それが寂れた印象を一層際立たせていた。壁に飾られた古びた木彫りの看板や、少し剥げかけた赤い提灯がかつての繁盛を物語っているようだったが、今ではその活気も色褪せてしまったのだろう。

 

万事屋の三人は、その店の片隅に腰を下ろしていた。銀時と神楽は目の前に並べられた甘味に夢中で、パフェや団子を次々と口に運んでいる。一方で、新八だけが少し困惑した顔をしながら彼らを横目で見ていた。

 

何でも息子の様子が3ヶ月ほど前からおかしくなったらしい。

 

依頼主は眉間にしわを寄せ、話し始める。

 

「初めのうちは、二、三日家を空ける程度だったんです。でもそのうち怪我をして帰ってくるようになって……顔色も悪くて、明らかに様子がおかしいんです。それなのに、何を聞いても『大丈夫、大丈夫』と繰り返すばかりで……。そんなの、絶対大丈夫じゃあないでしょう?」

 

女性はそう言うと、ハンカチで目元を押さえた。銀時はそんな話を聞きながらも、相変わらずパフェを頬張り、少し考え込むような表情を浮かべた。

 

「そーっすね、きっと大丈夫じゃないっスね。ちょっとこのパフェ、コーンフレークの割合多すぎるっスね。後半しなっしな! いや美味いけどね、美味いんだけどしなっしな!」

 

新八は銀時にジト目を向ける。

 

「銀さん真面目に話聞いて下さい」

 

依頼主の女性は涙を拭いながら、そっと写真を差し出した。

 

「これがその子、官九郎の写真です」

 

新八は写真を受け取る。写っているのは母親によく似た塩顔の青年だった。素朴な顔立ちで目立つ特徴はなく、どこにでもいるような真面目そうな青年だ。

 

「官九郎、少し前から見た目を派手にしてしまって心配なのよ。何か良からぬことに巻き込まれているんじゃないかって……」

 

新八は首を傾げながら写真を見つめた。その青年からは、依頼主が言うような派手さはまったく感じられなかったのだ。

 

「ああ、ごめんなさい。間違えたわ。それ半年前の写真だったわ。最近のはこっちよ」

 

女性は慌てて別の写真を取り出し、新八に手渡した。新しい写真を見た瞬間、新八の目が丸くなる。写真に写っていたのは、金髪に染めた髪がすっかり傷んだ様子の青年だった。顔中にジャラジャラとつけられたピアスが目立ち、肌は不健康に焼けている上に、どこかやつれた表情をしている。

 

「あの、すいません……僕が予想してたより百倍くらいグレてるんですけど……半年で人ってここまで変わるもんなんですか? 何があったんですか?」

 

新八の問いかけに、銀時がパフェのスプーンを置きながら肩をすくめた。

 

「こういうのがカッコいいと思ってる年頃なんだろ。大体の若い男が通る道だ。己の足の短さと、顔の薄さを客観視できねえんだよ。それかあれだ、悪い女に引っかかったとかだろ。真面目な男ほどコロッと女に騙されるもんだ」

 

その言葉に続けて神楽が言い放つ。

 

「それかきっと実家がボロっちい隙間風だらけの家なのが恥ずかしくなったアル。3丁目の浜中さん家の息子もそうだったって言ってたネ」

「どこの誰だよソレ。ていうかやめなさい、失礼でしょう!」

 

新八は2人をきつく睨みつけると、依頼主に向き直り、深々と頭を下げた。

 

「すみません、なんかこんなんで。でも、大丈夫ですか? 怪我をしているっていうのなら、僕らなんかより警察に頼んだほうが……」

「警察を呼ぶのは、あの子が悪いことをしているとわかったときだけよ。でも、そうじゃないかもしれないでしょう? 何も言わないってことは、きっと知られたくないのよ。だから、どうかこっそりと調べてもらえないかしら」

 

彼女の懇願するような目に、新八は少し考え込んだ後、銀時に視線を向けた。銀時は最後の一口のパフェを平らげると、「ごちそーさん」と一言呟きながら立ち上がった。

 

「とりあえず聞き込みから行くかぁ」

 

銀時は背筋を伸ばし、軽く伸びをしながら宣言する。それを聞いた女性は目に涙を浮かべながら何度も頭を下げ、彼の背中を見送った。

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

「あん? 見たことないねぇ、こんな男は」

 

銀時たちは、まず万事屋のすぐ下に店を構えるスナック『スナックお登勢』を訪れていた。官九郎の情報を集めるには、かぶき町で顔が広いお登勢に聞くのが手っ取り早いと考えたのだ。

 

カウンター越しに座るお登勢に、まず官九郎の最近の写真を見せる。銀時はそれに加え、念のため一年前の写真も一緒に差し出したが、返ってきたのは期待外れの答えだった。

 

「佐伯官九郎って言うんですけど、何か最近トラブルに巻き込まれてるかもしれないみたいで」

「この町でトラブルに巻き込まれてる奴なんて、右見ても左見てもいるだろう」

「改めて聞くと嫌な町だな、かぶき町」

 

お登勢が写真をチラリと見て淡々とした口調で答えると、新八が半目になりそう言う。銀時は腕を組んで相槌を打った。

 

「ま、かぶき町ってのはそんなもんだろ」

「やっぱり若者の間でのトラブルとかアルか?」

 

と神楽が口を挟むが、返ってきたお登勢の答えはそっけないものだった。

 

「そうなりゃますます私の知ったところじゃないねぇ」

 

お登勢はタバコを取り出し、火をつけて煙をゆっくりと吐き出す。その仕草に(無駄足だったな)と銀時は内心溜息をついた。かぶき町ではトラブルや派手な外見の住人はありふれている。官九郎の情報を探すのが、砂漠で水を探すような難儀さだと改めて思い知らされる瞬間だった。

 

「ああ、そうだ」とお登勢が何かを思い出したように言った。「何だよ」と銀時が顔を上げる。

 

「最近、物騒な連中がこの辺りをうろついてるらしくてね。今日も妙な奴が来たもんだ」

「妙な奴って?」

 

銀時の声に、お登勢はタバコを灰皿に押し付けながら話を続けた。

 

「泣きながら『金を恵んでくれないか』って、この辺りの家を籠持って回ってたのさ」

「おいおい、それ闇金のやり方じゃねえか」

 

銀時はすぐにピンときた。かぶき町で行われるそういった手口は、弱った人間を利用する悪質な金貸しの典型的な手段だ。

 

「アンタもヤバいとこから金借りたりすんじゃないよ」とお登勢が釘を刺す。

 

「俺はそこまで迂闊じゃねぇよ。借りる相手はちゃんと選ぶ」

「まず、金を借りなくても済むように努力しろって話なんだけどねぇ」

 

お登勢は呆れたように深くタバコを吸い込む。その動作をぼんやり眺めながら、銀時は溜息をついた。官九郎が家に帰らなくなったのとほぼ同時期に活動を始めたと思われる闇金。どうにもこの話は、ただの家出や反抗期では済まない気配が漂っていた。

 

銀時は官九郎の写真をぷらぷらと指先で揺らしながら、次の手を考える。

 

 

 

 

 

 

スナックを後にした銀時たちは、ホストクラブ『高天原』に向かった。かぶき町で若者の情報を探るには、若者が集まる場所に行くのが一番だと考えたのだ。煌びやかな看板が店の入口に掲げられ、夜の賑やかさが匂い立つような豪華な店構えだった。

 

店内は、昼間にも関わらずライトの煌めきが眩しく、ホストたちが談笑している声が響いていた。銀時が声をかけると奥からすぐに一人の男が現れる。その人物は、この店のNo.1ホストである狂死郎だ。真っ白なスーツに身を包み、作られたような完璧な笑顔を浮かべている。

 

「いらっしゃいませ。何かお困りごとですか?」

「この男、見たことねえか?」

 

狂死郎は写真に目を通し、一瞬驚いたように眉を上げた。

 

「ああ、知ってます。この人、官九郎ですよね」

「知ってるんですか!?」

 

予想外の早い反応に、新八は思わず声を上げた。ようやく手がかりを掴んだと感じ、胸が高鳴る。

 

「ええ、少し前までウチで下っ端として働いてたんですよ」

「今どこにいるかって分かります?」

「いえ、流石にそこまでは……」

 

狂死郎は申し訳なさそうに首を振る。その仕草は演技じみていない、本当に知らないことを示しているようだった。

 

「彼に何かあったんですか?」

 

と狂死郎が尋ねると、神楽が代わりに答えた。

 

「こいつ、何か良からぬトラブルに巻き込まれてるかもしれないアルよ」

 

その言葉を聞いた狂死郎の表情が僅かに変わる。驚きと納得が入り混じったような微妙な表情だ。

 

「やはり、そうでしたか……」

 

狂死郎は小さく溜息を吐いた。その様子に、万事屋の三人は共通して疑問を抱く。何かを知っているのではないか。その空気を察して、銀時が問うと狂死郎はすぐに答えてくれる。

 

「毎日怪我をしたり、やたらと怯えていたり様子がおかしかったので。お客様が怖がってしまうので理由を尋ねても謝るだけで教えてくれなかったんですよ」

「やっぱり官九郎さんは何かに巻き込まれていたんですね」

「恐らくは金銭関係かと」

「何でお金って分かるアルか?」

「彼、ウチのお金に手を出したもんで」

 

狂死郎は気まずそうに目を逸らす。

 

「流石にケジメをつけねばなりません。いくら彼がお金に困っていようと、そのような男を雇い続ける訳には行きませんから。他の店員に示しがつかない。彼は少し前にクビにしました」

「あららぁ、少し遅かったか」

「申し訳ありません。なにぶん10日程前の事ですから、官九郎が今どこで何をしているかまでは把握していないのです」

「いやいや、構わねえよ。これだけでも充分な情報だ」

 

銀時はメモ帳を仕舞うと狂死郎に礼を言ってその場を立ち去る。そうして暫く歩いた頃新八は銀時に声をかける。

 

「銀さん、店のお金に手を出したってこれ犯罪ですよ。官九郎さんのお母さんには悪いけど警察に連絡した方がいいんじゃないですか?」

「そうアル、お金のトラブルは碌な結果を招かないネ。親族同士でも人間関係ドロドロのデロデロになるヨ。このチャラ男はお金のトラブルでボコボコにされてるアルか?」

「ま、そうだろうな」

 

世話になった店の金に手を出すくらいだ、相当なものだろうと欠伸をしながら答える。

 

「警察沙汰になるっつーんなら俺らの手に余る。とりあえず依頼人には悪いけど、警察に頼るべきだって言っとくかね」

 

ポリポリと頭を掻きながらめんどくさそうに2人へとそう言う。

 

「とりあえず、俺が伝えとくからテメーら先帰っとけ」

「え?」

「銀ちゃん?」

 

銀時は2人に手を振るとそのまま真っ直ぐ歩き出した。依頼人の家があるのとは別の方向に。

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

月明かりがぼんやりと街を照らす頃、銀時はかぶき町を抜け出してとあるビルの前に立っていた。昼間とは打って変わって静まり返った街並み。ひっそりとした空気の中で、ビルの看板に掲げられた文字だけが薄暗い光を放っている。

 

銀時は昼間からずっと情報収集を続けていた。かぶき町には後ろ暗い連中が腐るほどいる。その中には、お登勢や狂死郎のように真っ当な生活をしている人間よりも、こういった危険な事態に詳しい人間も少なくない。いくつかの手掛かりを辿り、この場所こそが官九郎が戻らなくなった原因の場所だと目星をつけていたのだ。

 

その時、建物の奥から低い声と共に、青年の泣き声のような音が聞こえてきた。銀時はとっさに物陰に身を潜め、慎重にその様子を覗き見る。

 

視線の先にいたのは、ガタイのいい黒服の男2人と、派手な外見の青年。青年は涙と鼻水を垂らしながら「すいません、すいません」と繰り返し謝罪している。その声は震え、哀れみすら感じさせるほど弱々しい。

 

男たちは、彼の謝罪を全く意に介さない様子で腕を掴み、無理やり引き摺るように建物の中へと向かっていた。

 

銀時は依頼人から預かった写真を取り出し、男たちに引き摺られる青年と見比べる。間違いない。あの青年こそが、官九郎だ。

 

銀時は軽く息を吐き、写真をしまう。そして、男たちが建物の中へ消えていくのを見届けると、ふとビルの入口へと目をやった。冷たい静寂が周囲に広がり、その雰囲気はまるで人の立ち入りを拒む結界のようだった。

 

「あのバカ息子……」

 

銀時は頭を乱雑に掻くと、迷うことなく建物の中へ足を進めた。その背中にはいつもの軽薄さが見え隠れしながらも、どこか一筋の鋭い気配が漂っていた。

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

「すいませんすいません、ほんと、勘弁してください」

 

薄暗いビルの地下に、男の泣き声が虚しく響き渡る。その声は、まるで逃げ場のない闇の中に閉じ込められた小動物のようだった。粗末な蛍光灯が天井からぶら下がり、不規則な明滅を繰り返している。湿気を含んだ空気は重く、ツンとしたカビ臭さが鼻腔を刺激する。床には古い血のような染みが点々と残り、その異様な雰囲気がこの場所の目的を無言のうちに物語っていた。

 

周囲には黒いスーツに身を包んだ男たちが数人、無表情で立っている。皆、鍛えられた体格を持ち、その腕には明らかに力が宿っていることが一目でわかる。彼らは鋭い目つきで青年を囲い、まるで逃げ道を一切与えない壁のようだ。その中の一人が前に進み出ると、ためらいもなく青年の腹部を靴の先で蹴り飛ばした。

 

「すいませんじゃなくてさぁ、いつ金持って来んのかって聞いてんだけど?」

 

男の声は冷たく、低く響く。青年は蹴られた衝撃でうずくまり、痛みによじれながらも頭を下げ続けた。

 

「本当に、ごめんなさい、勘弁してください…」

「だから謝罪は良いんだって。もう一発痛いのいっとくか?」

 

男は言葉と共に拳を振り上げた。分厚い拳が恐怖と共に青年の視界に迫る。だが、その時だった。

 

カツカツカツ。

 

どこからかヒールのような下駄のような、軽快で挑発的な足音が響いてきた。コンクリートの壁に反響し、その音は場の緊張をさらに引き締める。続いて、明るく愛嬌のある女の声が飛び込んできた。

 

「ちょっとちょっと!」

 

その声に、拳を振り上げていた男が動きを止める。

 

「暴力はアリ寄りのナシだよ、生産性0なんだからさ! 内臓に傷でも付いたらワンチャン価値下がんじゃん!」

 

黒服の男たちは一斉に道を開けた。その中を進んできたのは、煌びやかな改造着物に身を包んだ女だった。短くカットされたミニスカート風の裾が露出を際立たせ、全体的に派手で目を引くデザインだ。さらに黒い高級羽織とふわふわとしたファーのストールが羽振りの良さを主張している。

 

栗色の健康的な肌に、白練色の髪が映える。化粧は濃いが品があり、下品さを感じさせない不思議な美しさを醸し出している。だが、最も異様だったのは、その女に対する黒服の態度だった。全員が一斉に頭を下げ、敬意を示している。

 

女はその光景に満足げな微笑を浮かべ、黒服の一人が持ってきた椅子に腰を下ろした。長い脚を組み、官九郎を見下ろす。その動きには余裕と支配者の風格が滲み出ていた。

 

 

 

 

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