「頭、こいつが官九郎でさぁ」
「へえ、そうなんだァ」
その言葉に、女はにっこりと微笑む。その笑顔の奥には何か得体の知れないものが隠されている。女は男の1人が持ってきた椅子に腰をかけると大きく息を吐き、伸びをした。そのまま椅子にふんぞり返り、にやにやと嘲笑を浮かべて官九郎を見下ろす。その視線には、見せかけの明るさと裏腹に、明確な侮蔑と悪意が滲んでいる。
「官九郎くんさぁ、いくら借りてたんだっけ?」
「2、200万…です……」
「借りたのはいつだっけ?」
「一月前、です……」
「返済期限、いつだったっけ?」
「せ、先週です」
「そうだね、覚えてんじゃん! 偉いゾ♡」
女は再び笑みを浮かべながら、右手を差し出した。その動きは滑らかで優雅ですらある。
「はい! 今ここできっちりと利息含めて払ってくれたら特別に見逃したげる! ざっと500万!」
その金額に、官九郎の顔から血の気が引いた。涙が次々と頬を伝い落ち、彼の喉から漏れるのは嗚咽と謝罪の言葉だけだった。
「ねえねえ、泣いてても分からないよ? 喋ってよ。お金は? 無いの?」
「すいません! すいません!」
「いやだからさァ、謝罪とか良いんだって。お金は? あるの? ないの?」
「あ、ありません……ッ! でも必ず返すから、もう少しだけ、待って下さい!」
「いや待たないよ、アタシ約束はきっちり守りたいタイプなの。こんな見た目だと誤解されるけどさ、1分でも遅刻されるとムカついてムカついて、思わず斬り殺しちゃったりするんだよね」
言葉とは裏腹に、彼女の顔は満面の笑みを浮かべていた。しかし、その笑顔の裏に潜む冷酷な狂気に、官九郎の身体は大きく震えた。
「官九郎くんタイムオーバー!」
女の甲高い声が空間に響くと同時に、彼の震えはさらに大きくなる。彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、歩み寄りながら、改造されたヒール付きの下駄をわざと大きく鳴らしていた。その音は死刑宣告の鐘の音のように、青年の耳に響く。
「お父さんかお母さんの連絡先と実家の住所頂戴な、あと君の免許証♡」
「ひっ……。む、無理です! ごめんなさい!」
「無理? うーん、そっかァ、無理か。あ! じゃあ指切り落とそっか、極道がやる奴。エンコ詰めっていうんだけど知ってるかな? とりあえず5本全部落としてみよう。刀、貸してあげるよ」
女は腰に刺した刀の鍔を軽く鳴らす。その音だけで、官九郎は命の危険を直感した。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「ん〜、じゃあ体を売っちゃうのはどうかな? 目と腎臓と肺、それに手と足。2つあるし片方要らないでしょ? 欲しい人いっぱいいるし人助けにもなるよ?」
「嫌だ、嫌です……嫌です……ッ」
「えぇ〜? これも嫌? 痛いのは嫌? じゃあオ○ニー生配信とかする? ここで全裸になってネット配信。スパチャで目標額に達するまで毎日続けてみよっか?」
「嫌です、無理です、ごめんなさい! すいません!」
「……あれも嫌、これも嫌ってさァ」
女は眉間に皺を寄せ、怒りの表情を浮かべる。そしてヒールの先端で官九郎の顔を思い切り蹴り飛ばした。
「じゃあお前は何ならやンだよ!? 何なら出来んだ!! あ゛ぁッ!?」
先程までの可愛らしい声は跡形もなく、女は激しい怒りを露わにして怒鳴りつける。手に掴んだ官九郎の髪を乱暴に引っ張り上げると、ブチリブチリと髪の毛が抜ける音が響いた。
「お前母親の為にイメチェンしたんだろ?」
声のトーンこそ軽いものの、その言葉は刃物のように鋭く、官九郎の胸に突き刺さった。
「カスハラ野郎が通い詰めてて困ってたもんな、柄悪いのがいればもう来ないだろってさ。ま、その派手な容姿のせいで絡まれて、利用されて、気がつきゃこの有様か」
女の笑い声が響くたび、官九郎は歯を食いしばり、うつむいたまま拳を震わせていた。悔しさと怒りが心の奥底から湧き上がるが、それを顔に出せば、相手の思う壺だとわかっていた。だが、次の言葉がさらに容赦なく突き刺さる。
「哀れだねぇ、母親も可哀想だ」
官九郎はぐっと顔を上げた。その視線に込められた怒りを察してか、女はニヤリと笑いながら頭をかしげる。
「母親マ○すか?」
「頭。自分達一応少年誌が原作なんで、マ○すはちょっとまずいかもしれません。」
「え? ダメ? あ、そっか、ダメか。」
あざとく首を傾げると、さらに続ける。
「じゃあアレだ、お前の母親顔腫れあがるまでボコボコにすんぞ♡」
その瞬間、官九郎の中で何かが弾けた。
「ッ!?」
反射的に顔を上げ、鋭い視線を女に向ける。怒りに燃えたその瞳を見て、女は満足そうに嗤った。
「ワァ、生意気だなこのマザコン。今アタシの事を睨んだか?」
女の声が一層冷たくなる。不快そうに顔を歪め、彼に歩み寄ると、靴の底で無造作にその頭を踏みつけた。
「まったく、調子に乗りやがって」
官九郎は歯を食いしばりながら耐える。だが、その姿がますます女の愉悦を誘う。彼女は腰から刀を抜き、彼の顔をペチペチと軽く叩きながら嘲笑を浮かべた。
「じゃ拷問しよっか?」
声色を変え、猫なで声で囁く。
「あれお金にならないから意味ないんだけど、憂さ晴らしにはなるんだよね」
刀の切っ先を官九郎の頬に近づけると、さらに口元を歪めた。
「海にする? 山にする? それともブ・タ・の・エ・サ♡」
その声が終わるか否かの瞬間、部屋に鋭い風を切る音が響いた。
──カンッ!
女は咄嗟に振り向き、飛んできた木刀を刀で弾き返した。
「おいおいおい」
静寂を破るように、気の抜けた声が響く。
「どんな悪いギャルにでも引っ掛かったのかと思えば、偉くおっかない女に引っ掛かったモンだな。」
銀髪の男、坂田銀時が入口から堂々と現れた。
「お前、誰? どっから入ってきたの。」
女は眉をひそめ、警戒の色を滲ませる。
「入り口から。あぁ、アポとか必要だった? 悪いね、急ぎの用事だったから。」
銀時は悠然と歩き、倒れている官九郎に近づくと、無造作に腕を引っ張り起こして担ぎ上げた。
「んじゃ、またな。このバカには俺がキチンと説教しとくからさ」
「いや“またな”じゃないし、ちょっと待てよ」
女の声に応じるように、黒服の男たちが動き出す。二人を囲むように立ち、腕を組みながら睨みつける。
「普通に考えて逃すワケなくね? まだソイツの金回収できてないンだけど、連れて行かれたらちょっと困っちゃうカナ〜?」
女は無邪気に笑いながら続ける。
「利息込みで500万、迷惑料もプラスして550万でいいよ」
「おいおい、何処の闇金ウ○ジマくんですか? 利息高すぎない?」
銀時は肩をすくめながら返す。その余裕ある態度に、女はますます楽しそうに笑った。
「闇金クニサダちゃんの利息は50%で〜す。」
そう言って「いえ〜いピースピース」と可愛らしくポーズを取る。
だが銀時の目は笑っていない。背後の官九郎を守りながら周囲を見渡し、状況を冷静に把握する。銃を構える黒服たち、楽しげに微笑む女。どちらも油断ならない。
「というかお兄さんは何しに1人でここに来たのかな? 肝試し?」
「コイツの母親に頼まれてな」
銀時はため息混じりに答える。
「バカ息子が心配だってさ。ボロ家の中から金かき集めて払ってまで、助けてくれってよ」
女の表情が一瞬だけ動く。だがそれもすぐに嗤いに変わる。
「つまり何? 他人なの? 他人なのにこんな危ない所に助けに来たんだ?……へぇー、アンタ良い男だネ」
「お、分かっちゃう?」
軽口を交わしながらも、銀時の視線は油断なく動き続ける。その様子を見た女は、にやりと口元を歪めた。
「そういう侍的な、武士道的なヤツ……結構好み♡ うん、アリ寄りのアリ!」
言葉と同時に椅子にドカリと腰を下ろす。その堂々とした態度に、銀時も思わず眉をひそめた。
「アタシは
「悪いが人に様付けする趣味はねぇ」
銀時は即座に切り返す。
「俺はマウント取られるより取る方が好きなんでね」
「そっか〜、残念」
国定は足を組み直し、顎に手を当てて思案するような仕草を見せた。
「チャンスをあげるよ、官九郎くん。そこの銀髪の侍は中々にアタシを楽しませてくれそうだからね」
「おいおい、どこの女王様ですか?」
「ここの女王様だよ♡」
その挑発的な笑みは、銀時を困惑させるどころか、逆に警戒心を煽る。
「アタシさ、ギャンブル超好きなの」
国定は楽しげに語り始めた。
「トランプ、ルーレット、サイコロ、スロット、丁半、競馬、競輪、競艇、オートレース、宝くじ、なんでもあり! 賭け事はぜーんぶ好き」
言葉に熱がこもるたび、彼女の目が一層輝く。
「だから賭けよう、お前達の命」
その一言に、官九郎の身体が大きく震えた。
「アタシはお前達が死ぬ方に賭ける。お前達が生き残れば借金はチャラだ。悪い話じゃないっしょ? どうせソイツは殺すつもりだったし」
官九郎は唇を噛み、銀時の背中に視線を向ける。
「これならワンチャン生存できるけどどうする?」
「良いぜ」
静かに放たれた銀時の言葉に、官九郎は驚愕した。
「俺もギャンブルは大好きだ。乗ってやる」
その瞬間、国定の嗤い声が響き渡った。
* * *
銀時と官九郎は、息苦しいほどに密閉された空間の中で箱に拘束されていた。その箱には奇妙な細長い穴が開けられており、それぞれ「1」から「10」の数字が記されている。見るからに不穏な造形で、数字の位置が腕、胴体、足をそれぞれ象徴しているのが明らかだった。銀時は冷や汗をかきながら、その箱の構造に覚えがあることに気付いた。
「おいなんだこれ、どこかで見たことあるぞこれ」と、彼は苦々しく呟く。
対して国定は笑顔で答えた。
「デスゲームだよ。ルールは簡単。お前たちには交互に数字を言ってもらう。その数字の穴に刀を刺していくの。合計で刺す回数は14回、全20個の穴のうち14個は鉄板で塞がれているから、運が良ければ無傷でクリアできる。もちろん、胴体に刺されば致命傷だけどね♡」
官九郎はその説明を聞いて震え上がり、目を大きく見開いた。
「な、なんだそれ!? ふざけてんのか!」
「名付けて、“義よりも刀”♡」
と国定は嬉しそうに言う。が、即座に銀時はツッコミを入れた。
「“義よりも刀”っていうか、それ、“愛よりも剣”だろうが! 丸パクリじゃねえか! 許されると思ってんのか!?」
「胸を張れっ…! パクリを指摘されたときこそ…胸をっ…!」
「黙っとけクソアマ!!」
銀時のセリフに対し、国定はどこか偉そうに胸を張ってみせた。銀時は全力でツッコミを入れるが、状況の悪趣味さに彼の舌打ちが続く。このゲームの真意は明白だった。外れて刀が鉄板に当たればよし。だが、運悪く刀が身体に突き刺されば……命はない。おまけにルールは残酷で、どちらかが死ねば二人とも負け。二人揃って生き残らなければならない。銀時は心の中で舌打ちを重ねる。
「それじゃ、まずは官九郎くんから数字を言ってもらおっかな!」
と、国定は椅子にどっかりと腰を下ろし、ポップコーンを片手に悠々と楽しむ姿勢を取った。
突然指名された官九郎はパニックに陥りながらも、「お、俺の1!」と震える声で答えた。すぐに黒服の男が無言で1の穴に刀を刺し込む。刃先が鉄板に弾かれる甲高い音が響き、官九郎は「セーフだ……」と胸を撫で下ろした。
しかし、それを見た銀時は淡々と言い放つ。
「俺の番か、じゃあとりあえず俺の9と10と、あっちの2、8と10と……」
「待て待て待て待てぇぇぇぇ!」
官九郎が絶叫するように銀時を止めたが、既に後の祭りだ。黒服の男が無表情のまま指定された穴に刀を次々と刺し込んでいく。幸いにもすべて鉄板に当たったらしく、銀時達の身体に傷はない。
「おお〜!」と、国定は歓声を上げて拍手をする。
一方で官九郎は青ざめた顔のまま、荒い呼吸を繰り返していた。
「オイお前ェェェ!? 助けに来てくれたんじゃないのか思い切りが良すぎだろ!? おま、5個も一気に言うんじゃねーよ!!」
「いやだって、」
「だってじゃねぇぇぇ! 命掛かってんだぞ!! こういうのは普通ドキドキしながら一個ずつ言ってくモンだろぅがぁぁぁ!!」
「うるっせぇぇぇぇ! 俺だって本当は超怖ぇんだぞ!! 心臓バックバクなんだぞ!! つーか誰のせいでこんな目に合ってると思ってんだ!? 悩んだって意味ねーんだよこういうのは! 思い切っていくんだよこういうのは!!」
「それにしたって思い切りが良すぎんだろうが! 一答一答がデッドオアアライブに直結なんだよ!!」
そのやり取りを聞いていた国定は、「キャハハハハハハ!」と爆笑していた。官九郎の震える姿と銀時の振る舞いが滑稽でたまらなかったのだ。
そして官九郎の番になると、怯えながらも「あっちの3と4!」と答えた。再び黒服の男が刀を刺していくが、どちらも鉄板に阻まれた。銀時は勝ち誇ったように笑いながら、「ブハハハハ!! ざまぁみろ!!」と挑発する。それにしても意外と刺さらないなと国定は首を傾げる。
「3!! あっちの3に刺せ!!」
「嫌だやめて刺さないで死にたくないッ!」
次のターンで、官九郎が再び声を絞り出す。
泣きながら官九郎が「ギャァァーーッ!!!」と叫ぶと同時に刀は刺さる。しかし外れだ。これで官九郎の残りは5、6、7、9。4分の3の確率で彼は死ぬ。逆を言えば4分の1の確率で彼は生き残る。
手番が進むにつれ残された選択肢は減り、確率がどんどん狭まっていく。
「あっちの1と2!」
官九郎の震える声が命を削るように響く。1は無事だったが、2は外れだった。
銀時の左腕に刃が突き刺さる。「ギッ!」という呻き声と共に血が噴き出す。官九郎はその光景を見て完全に青ざめ、震えながら「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」と繰り返した。
国定は椅子に腰を下ろしたまま、満足げな笑みを浮かべて2人を見下ろしていた。「さて、ここからが本番だね♡」と楽しげに呟きながら、さらなる展開を期待している様子だった。
次の回答者は銀時だ。殺されるかもと思った官九郎の顔は真っ青を通り越して真っ白である。
「なぁ、おい国定。一つ聞かせてくれや」
静寂を破るように、銀時の低い声が響いた。血が滴る左腕を確認しながらも銀時の顔には怯えや焦りの色はない。むしろ、不敵な笑みが浮かんでいた。
国定はポップコーンを口に運びながら、何事かと興味深げに首を傾げた。
「ん? 何?」
「このゲームは数字を言い切ったら終わり。そんで、その時俺たちが生きてたら勝ちって解釈で合ってんだよな?」
「うん、それで合ってるよ」
「そうかい」
銀時はフッと小さく笑い、ふと鋭い目つきで国定を見据えた。片方の口角だけを引き上げた挑発的な笑みを浮かべる。
「全部だ、残ってる数字全部指定する」
その一言で、部屋の空気が一変した。官九郎が驚愕の表情を浮かべ、国定が固まる。控えていた黒服の男たちも全員が息を呑み、一瞬だけ完全な沈黙が広がる。何を言っているのか、誰も理解できなかった。官九郎の顔には冷や汗が滲む。「ぜ、全部って…どういう…」声が震え、か細く消えていく。
国定も一瞬だけ目を見開いたが、すぐにその表情を戻し、椅子からゆっくりと立ち上がる。「……何を考えてんの?」疑問の声が微かに揺れている。状況を把握しようとする思考が見え隠れしていた。
ルールは確かにシンプルだ。「数字を言い切れば終わり」と自分で答えてしまった以上、銀時の発言には矛盾はない。だがその解釈が正しいのか、自分ですら一瞬確信が持てなかった。だからこそ国定はじっと銀時を見据え、その意図を探ろうとした。
「どうした? 全部だよ」
銀時は再度繰り返し、微塵の迷いもなくそう断言した。
黒服の男たちは国定の指示を待ちながら刀を手にじりじりと前進する。銀時は動じることなく、官九郎の視界には彼が口元に笑みを残しているのが見えた。その不気味な余裕に、官九郎は恐怖と困惑を抱えながら心の中で叫ぶ。
「何を……」
国定が再び声を発しかけたその瞬間だった。
突然、地鳴りのような轟音が部屋を襲った。床が揺れ、壁に大きな亀裂が入る。続いて、爆発音のような衝撃が部屋全体に響き渡り、粉塵が舞い上がる。
「ふんがぁぁァァァァ!!!」
破壊音と共に聞こえてきたのは人間離れした叫び声。そして次の瞬間、壁が崩れ落ちる。
「銀ちゃんッ!!」
砕け散る瓦礫の中から現れたのは、傘を振り回すチャイナ服の少女だった。その手には巨大な傘を持ち、目には殺気すら漂う。続いて白い巨大な犬に乗った眼鏡の少年が飛び込んできた。少年は冷静に周囲を見渡しながら犬の背中を叩き、「行け定春!」と一言指示を出す。犬が吠え、すさまじい勢いで銀時たちが拘束された箱に体当たりを仕掛けた。
「えぇ……うわぁ……何これ……」
国定は目の前の光景に口を開けたまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。
少女と犬の猛攻によって、箱は粉々に砕け散る。銀時と官九郎は解放され、瓦礫の中から這い出した。部屋の中には粉塵が立ち込め、視界が悪い。煙が晴れるのを待ちながらも、皆が状況を確認する。銀時はすでに血まみれの状態で犬に噛まれているが、それでも生きている。
「よぉ、俺たちはこの通り生きてるぜ」
銀時が頭から血を流しながらも、軽い調子でそう言った。
「そうだねぇ」
「この勝負、俺たちの勝ちだな」
銀時は血まみれの顔を上げ、不敵な笑みを浮かべながら国定にそう宣言する。
一瞬の静寂が訪れた後、国定はハッと気づいた。そして、苦笑いを浮かべる。
「やられたねぇ」
彼女は呟く。先ほどの銀時の言葉を思い出していた。“このゲームは数字を言い切ったら終わり。そんで、その時俺たちが生きてたら勝ちって解釈で合ってんだよな。”
確かにそうだ、“刀を刺さされる必要がある”とは言っていない。彼女自身がその言葉を肯定してしまった以上、彼らの勝ちは揺るがない。
黒服の男たちは納得できず、ルール違反だの賭けになってないだのと喚くが、国定は笑いながら手を振った。
「いやいや、いいよ、いいよ。見事だ、見事!」
声を上げて笑い、拍手をし始める。こんなに痛快な気持ちは久しぶりだった。相手に一本取られた悔しさを感じながらも、それ以上に彼らのやり方が爽快だった。
「アタシは約束は守る女だよ。この勝負、お前たちの勝ち。550万はきっちりアタシが払っといてあげる」
「おっ、よっしゃ。良かったなクソガキ。地獄の借金生活から解放されんぞ。これに懲りたら次は騙されねえよう気ぃつけろよ」
「え、あ、はい。ありがとうございます!」
官九郎はほっとしたように頭を下げる。
「母ちゃんのことを大事に思ってんなら、無理に背伸びすんなよ。身の丈にあった生き方しろ。あんま心配かけすぎると、一気に老けるぞ」
官九郎は顔を上げ、真剣な表情で「はい!」と答えた。
銀時が官九郎を引っ張り起こしながら、国定はふと気になることを口にした。
「ひとつだけ教えてよ、侍さん。お前なんでここに来たの? 頼まれたって言ってたよね? そんなに大金積まれたの?」
銀時はチラリと国定を見て、面倒くさそうに耳をほじりながら答える。「そりゃあ、アレだ」指についた垢を息でフッと飛ばしながら言葉を続ける。
「パフェが美味かったから」
国定はその答えを聞くと目を瞬かせ、一瞬の間を置いてから大きな声で笑った。こんなふざけた理由で他人のために命を賭け、そしてその命を拾うとは、何とも愉快で痛快な男だ。
「銀髪のお兄さん、お前のことは気に入ったよ。ますます気に入った。お前なら特別に利息10%でお金貸してあげるよ♡」
「冗談じゃねえよ、誰がお前みたいな阿婆擦れから金借りるか」
銀時は面倒くさそうに顔を背け、官九郎たちを連れてさっさと歩き出す。
国定は彼の背中を見送りながら、心の中にいくつかの疑問を抱えていた。何故すべての穴を指定したのか。彼らが助けに来ると分かっていたのか。それとも、ただの賭けだったのか。
だが、その答えを問うことはしなかった。これきりの縁だと思えば、知らないままでいるのも悪くない。だから彼女はただ静かに、笑みを浮かべて彼らを見送った。