銀魂小編   作:佐倉シキ

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エスパー編 下

 

 

 

『さあ勝負はラストの試合に持ち越されました! 吐瀉物の掃除に思ったよりも時間を取られたこともあり、時間は押しています! よってチャンバラと大将戦を統合! 2対2のエスパーバトルを行っていただきます!! ルールは簡単、どちらか2人が戦闘不能になるまで戦うだけ!!』

 

司会者の熱気ある声が響く中、会場全体がざわめきに包まれる。観客たちは次の展開に期待と不安を抱え、息を飲んでいた。これまでの試合が全て無効、あるいは引き分けで終わったこともあり、ここでようやく白黒がつくという期待感が漂っていた。

 

「ふふふ、ここまで勝負が縺れるとは思わなかったよ」

 

寅五郎がニヤリと笑みを浮かべる。その丸々とした肥満体は揺れ、髭が小刻みに震えた。

 

「前の3試合で決着がつくと思っていたのだけどね」

 

銀時は笑いながら手に持った木刀を軽く振る。

 

「そいつは残念だったな。3試合とも引き分けだったが、ほとんど気絶してたのはそっちだぜ? マジバトルだったらこっちが勝ってたのは一目瞭然なんだよ」

 

寅五郎の目が細くなり、その笑みの裏にある苛立ちを隠そうとしている様子が伺えた。しかし、その内心を見透かすかのように銀時はさらに挑発的な笑みを返す。

 

『さあ両チーム舞台へと上がってください!』

 

司会者の指示に従い、4人は舞台へと上がった。

 

リングの上に立つ銀時と辰吉は互いに頷き合いながら、それぞれの相手に目を向けた。

寅五郎はその肥満体に似つかわしくない身のこなしでリング中央に進み出ると、余裕の笑みを浮かべながら腕を組む。もう一人は飄々とした態度を崩さず、薄笑いを浮かべている。その髪はまだらなビビッドカラーに染められ、どこか浮ついた雰囲気さえ漂わせていた。

 

『辰吉選手、坂田銀時選手 VS 寅五郎選手、九郎左衛門(くろうざえもん)選手。用意はよろしいですか!?』

 

司会者の問いかけに、4人は無言のまま小さく頷く。それだけで互いの準備が整っていることが伝わった。だがリングの外では、新八が不安げな表情を浮かべていた。問いかけに応じて4人は頷く。

新八が大丈夫なんだろうかと考えていたら、それを読み取られたかのように「大丈夫だ」と声がかけられた。

そこにはいつのまにやら復活してした平田の姿があった。

 

「辰吉はああ見えてちゃんと強い。剣も弓も槍も、体術だって大の男でも勝てないくらいには使いこなせる。あの肥えた豚には負けないさ」

「問題はそっちの豚じゃないわよ」

 

と猿飛が険しい表情で口を挟む。

 

「さっき九郎左衛門って言ったわよね。その名前、聞き覚えがあるわ」

 

新八がハッとした顔をする。

 

「さっちゃんさんが聞き覚えあるってことは、まさか……」

「ええ、彼、忍びよ」

 

猿飛は眼鏡をかちゃりと押し上げた。

 

「芥山衆頭目、芥山九郎左衛門義矩(あくたやまくろうざえもんよしのり)といえば御庭番でもよく聞いた名だわ。私たちの術とは異なる奇妙な術を使う実力者。それがなんでこんな所に……」

 

その説明を遮るように、司会者が試合開始を告げた。

 

『ではバトルスタート!! 己の超能力を見せてください!!』

 

その言葉が終わるや否や、辰吉が全速力で寅五郎に向かって突進し、顔面にドロップキックをお見舞いした。巨体がバランスを崩し、そのまま地面を転がる。銀時は転がった寅五郎に素早く跨り、逆エビ固めをかけると、辰吉がスリーカウントを取り始めた。

 

『オイィィ!! エスパーバトルだっつってんだろうが! 超能力使え!! なんでステゴロでやり合ってんだァア!!!』

 

銀時が顔を少し上げ、面倒くさそうに司会者を睨む。

 

「超能力なんて訳の分からんもん使われたら勝てねえかも知れねえけどな。ただの喧嘩なら負けねえってもう知ってんだよ。美味しく料理してやる」

 

辰吉も冷静に言葉を付け加える。

 

「変なことされる前に絞め殺せばいいだけですからね。やはり暴力、暴力は全てを解決する」

『お前まで何言ってんだぁ!? お前は超能力少年、天狗小僧だろうが!!』

 

「知るか」と辰吉は言い捨て、寅五郎の顔に唾を吐きかけた。

 

「痛い痛い痛い! ていうかこの子こんな感じだったっけ!? こんなやさぐれた子だったっけ!?」

 

寅五郎が腕をバタバタさせながら必死に脱出を試みるが、その肥満体ではもがけばもがくほど苦しくなるだけだった。

 

「ていうか九郎左衛門! お前何してんの!? 私超ピンチだよ! いきなりピンチだよ!? 助けろって!」

 

寅五郎は視線を横に動かし、味方の姿を探した。

 

リングの端では、九郎左衛門が猿飛と何やら会話をしているようだった。その飄々とした態度は状況を全く意に介していないかのようで、寅五郎の叫び声などまるで聞こえていないかのようだった。

 

「え? マジ? 全蔵さん今そんな感じなん?」

「そうよ、もう年がら年中痔で最悪」

「ええ〜…痔はカッコ悪いなぁ、痔はヤダわ。え、てかさ、ほら、あの戦隊みたいな4人は今どうなってんの?」

「皆アルバイトよ、廃刀令で仕事なくなっちゃったから」

「あ〜、ね」

 

九郎左衛門は何かを納得したように小さく頷く。そんな彼に「アンタは今何やってんのよ?」猿飛が逆に尋ね返す。

 

「オレ? オレあの豚ちゃんのSP的な?」

 

九郎左衛門が指で寅五郎を指しながら、あっけらかんとした口調で答えた。そのやり取りに、リング中央で抑え込まれている寅五郎が怒りを爆発させた。

 

「何思い出話に花咲かせてんだぁ!! 今やる事じゃねえだろ!! つーか今私の事豚っつったか!? 上司の目の前で豚とか言うんじゃねえ!! てかSPの自覚あんなら早く助けろボケェェェェ!!!」

 

寅五郎の大声は場内に響き渡り、その苛立ちはリングの隅々にまで伝わった。抑え込まれたままの寅五郎は、無理に体を動かそうとする度に骨がミシミシと軋む音が聞こえる。

 

九郎左衛門はその様子を眺めながら、堪えきれない笑いを押し殺すように口元を歪めた。まるで状況を楽しんでいるかのように見える。彼は肩を大げさにすくめ、仕方がないなという態度を取りながら、ゆっくりと銀時の方を振り向いた。そしてその瞬間、何の前触れもなくクナイを一閃させる。

 

クナイは鋭い音を立てて銀時の方へ飛び、反射的に振り向いた銀時が咄嗟に木刀でそれを弾き返す。木刀がクナイに触れた音が、甲高い金属音となって響いた。だが、その一瞬の隙を見逃さなかった九郎左衛門は素早く銀時に接近し、その腹部に鋭い蹴りを叩き込んだ。

 

銀時は一瞬苦しげな顔を浮かべながら空中に吹き飛ばされる。しかし彼の動きは滑らかだった。蹴られた勢いを利用して空中で身を捻り、軽々とリングに着地する。砂埃が少し舞い上がる中、銀時は余裕の表情で九郎左衛門を見つめた。

 

「辰吉! そっちは任せたぞ!」

「はい!」

 

辰吉が応じる声は自信に満ちていた。

 

ここからリングは二分された。それぞれが相手と向き合い、リング上の雰囲気は一気に緊迫感を増していく。辰吉と寅五郎、銀時と九郎左衛門。二組の戦いがそれぞれの空間で始まった。

 

「ふふふ、これでいいのですよ。ようやくです。真のエスパーとして貴方と決着をつけるこの時をずっと待っていました」

 

寅五郎の声は低く、そして熱っぽかった。その目には狂気めいた執念が宿っている。

 

「偽物とか、本物とか、そんなことはどうでもいいんですよ」

 

辰吉は眉を顰め、静かに言葉を返す。その視線には、敵意というよりもむしろ諦観の色が滲んでいた。

 

「ぼくはただ、このつまらない諍いを終わらせるためにきました」

「この星で一番のエスパーは私、讃えられるべきは私なのです!」

 

寅五郎の声が次第に高まる。

 

「少年というだけでチヤホヤされる貴方は相応しくない! それを全ての人々に知らしめる時!」

 

寅五郎が両腕を振り上げると、その周囲に青白い人魂のような火炎が浮かび上がる。その異様な光景に観客たちは一斉に歓声を上げた。

 

『おおっと、突然炎が現れた!? ここにきてようやく、ようやく超能力発動か!?』

「あれは!?」

「炎が出てきたアルヨ!」

「パイロキネシス、炎を発生させる能力ですね」

 

平田が冷静に解説する。

 

寅五郎の放った炎が辰吉を襲う。しかし、辰吉は一本下駄を履いたまま軽やかに跳び、舞うようにしてそれを全て避けた。その動きはまさしく天狗そのものだった。

 

再び寅五郎が新たな炎を生み出そうとした瞬間、辰吉は後ろ手に羽団扇を取り出し、静かに言った。

 

「天狗の本気、みせてあげます!」

 

羽団扇が一閃されると、突如として強風が巻き起こり、寅五郎の炎をことごとく吹き飛ばした。その風圧に観客たちは再び歓声を上げる。

 

『ああっと! どこからともなく強風が発生!! 全ての炎を吹き飛ばすぅ!! これだよこれ! こういうのが見たかった!!』

「すごい! まるで別ジャンルの作品だ!」

「ジャンプのバトル漫画みたいな展開よ」

「いっけぇ! やれアル辰吉!!」

 

新八たちは見慣れない超能力の応酬に夢中になっていた。一方で平田は無言でビデオカメラを回し続ける。リングの中央では、炎と風、さらにはその他の能力を駆使した激闘が繰り広げられていた。

 

ふと新八は銀時たちの様子が気になり、リングの端へ視線を向けた。そこでは銀時と九郎左衛門が、なぜか戦いではなく何か議論をしているようだった。

 

「だから違うって、印の指が微妙に違うの」

「あ? あってただろ鳳仙火」

「違うんだって、鳳仙火は子寅戌丑卯寅だからここはこう」

「あ、確かにそれっぽいわ」

「そそそ、これでこれを早くやれば」

「ああ、なるほど確かに」

「火遁・鳳仙火の術!!」

 

瞬間、九郎左衛門の眼前で炎が弾けた。その光景に観客たちは再び熱狂の声を上げる。

 

「おおすげぇ、じゃあお前あれ、螺○丸とかも出来んの? 俺も一応主人公だからさ、なんか必殺技とかやっぱ欲しいじゃん」

 

銀時が気軽に尋ねる声には、どこか羨望すら感じられるようだった。

 

「螺○丸かぁ、あれは経絡とか気功とか頑張ってなんかそれっぽく演出すればギリギリなんとか……」

「何をしてんだテメェらはぁぁぁ!?」

 

突然響いた新八の怒声に、周囲の空気が一瞬固まった。

 

「中学生の休み時間じゃねえんだよ!! 後にしろ後に!!!」

 

怒りを露わにする新八に対し、銀時は少しうんざりした様子で肩を竦めた。

 

「うるせぇな、俺もう嫌になっちゃったんだよ。俺もさ、長年木刀一本で頑張ってきたところであんな派手なもんポッと出の連中に見せつけられてテンション下がっちゃったワケよ。ゴムゴムのなんちゃら〜とか、かめはめ波とか、なんちゃらの呼吸とか、領域展開とか。派手な連中がわんさかいる中、刀一本で頑張ってきたってのに、あんなもん見せられて……はぁ……」

 

彼は木刀を地面に軽く突き立ててため息をつく。

 

「もうバトルなら向こうが盛り上がってるからそれでいいだろ、メンドクセーし。そういうのもういいだろ、もう誰も求めてねえって、スベってるって」

「いい訳ねえだろうが! お前ジャンプ作品の主人公だろ!? 何をとんでもねえ事言ってんだ!!!」

 

新八が必死に説得しようとするも、銀時はやる気を失ったような様子のまま返事をする。

 

「そんな事言ったってさ、この世界観でお前急に超能力って……。そんなもんあんなら俺が1番欲しかったよ……うわずりぃよアイツら。俺が主人公なんだから俺に寄越せよ超能力。なんなんだアイツら、なんか腹立ってきたな」

「いい歳して嫉妬してんじゃないよみっともない! しっかりして下さいよ主人公でしょ!!」

 

新八の言葉に、銀時は少しだけ不機嫌そうに唇を尖らせた。そしてやれやれという仕草で木刀を構えたその瞬間、横からものすごい勢いで巨体が飛んできた。

 

不意打ちだった。銀時の隣で完全に気を抜いていた九郎左衛門は慌ててそれを受け止めようとしたが、巨体の重さに耐えきれずそのまま押し潰されてしまう。地響きがリング全体に響き渡った。

 

『超能力バトルは天狗小僧辰吉の勝利かぁ〜!?』

 

司会者の興奮した声が場内に響く。どうやら天狗小僧辰吉が寅五郎を圧倒したらしい。

 

軽やかに着地を決めた辰吉には、戦いの疲労を微塵も感じさせない凛々しさがあった。一方、潰されて地面に転がった寅五郎は「くそっ……」と悔しそうに吐き捨てながら立ち上がり、こちらを鋭く睨みつける。

 

「ふん、問題ないさ。コチラのエースは九郎左衛門だからな。お前達などコイツ1人で問題ない」

 

寅五郎の自信満々の声に、銀時はなんとも言えない顔をして指をさした。

 

「あの〜、オタクのエースもう虫の息ですけど?」

 

指差した先では、九郎左衛門が巨体の下で潰されて倒れ伏している。その姿は見るからに瀕死で、どこから出したのか赤い文字で「豚ちゃん」とダイイングメッセージを残していた。それを見た寅五郎が舌打ちをする。

 

「ならば私1人で打ち倒すまで、私には素晴らしい奥の手があるッ!」

「無駄だというのがなぜ解らぬのです」

 

寅五郎は再び火炎を放つ。しかし、それに対する辰吉の動きは素早く的確だった。羽団扇を振るい、強風で炎を簡単に吹き飛ばす。どれほどの業火であろうと、辰吉の風には抗えない。

 

炎は舞い上がり竜巻と化してステージ全体を覆い尽くした。その熱気に銀時は思わず顔を覆う。

 

「下らない諍いはこれでおしまいです。お望み通り、白黒つけましょう」

 

辰吉の声が冷たく響く。

 

「黙れぇぇぇ!!!」

 

寅五郎は全てを焼き尽くさんばかりの炎を放つが、それをも辰吉は強風で巻き返す。炎は空高く渦を巻き、ついには巨大な龍のような形を成した。

 

「ぼくはただ、みなさんと楽しく生きたいだけです。邪魔をしないでください!!」

 

辰吉の叫びと共に、炎の龍が寅五郎たちを飲み込んだ。轟音と共にリング全体が震え、観客たちは息を呑む。

 

炎は龍となり、寅五郎達を飲み込んだ。

あまりの熱さに悲鳴をあげる。それでも咄嗟に意識のない九郎左衛門を庇う辺りは彼の性根の良さを伺わせる。しかしその行動によって己の防御に力を割けなかった。故に寅五郎は膝をつく。

 

激闘の中、寅五郎の脳裏に過去の記憶が鮮明に蘇る。

 

幼い頃から不気味な子供だと疎まれてきた。心を読む能力、遠くの出来事を見通す力。そのどれもが気味悪がられ、村人たちから距離を取られていた。しかしそれは、天人が襲来したことで一変する。不思議な力は「超能力」と呼ばれ、価値を認められる時代が訪れた。

 

寅五郎は一躍エスパーとして称賛され、テレビやラジオに引っ張りだことなった。それは彼にとって初めての承認だった。もっと注目されたい、もっと自分を誇りたい。その欲望が彼を修行の旅へと駆り立てた。

 

数々の星を巡る中で彼は力を磨き、新たな仲間も得た。阿賀野、エロイーズ、象暝。彼らとの出会いが、寅五郎の運命を大きく動かしていくことになるのだった。

 

彼らを連れて地球に戻り、修行の成果を見せようと意気揚々とテレビ局に電話をした寅五郎だったが、返ってきた返事はあっさりとした「不要」の二文字だった。その瞬間、頭が真っ白になった。

 

「何故だ……何故なんだ……」

 

受話器を握る手が震え、視界が霞む。受け入れられない現実に動揺する心を抑えられず、彼は慌てて状況を調べ始めた。すると、テレビに映っていたのは自分ではなく、天狗小僧辰吉という少年だった。少年の存在感は圧倒的で、全てのスポットライトを浴びているかのようだった。

 

「最早時代は彼のものだというのか……」

 

寅五郎の胸に込み上げる焦燥と嫉妬。認めたくない。しかし、それは紛れもない現実だった。このままでは居場所を失う、己の存在意義さえも否定される恐怖が彼を支配する。

 

「取り戻さねばならない……私の居場所を……」

 

その決意の中で彼は新たな手を打つ。元御庭番の九郎左衛門という男を雇ったのだ。彼を見つけたのは公園だった。やさぐれた様子で酒瓶を片手に寝転がるその姿は一見みすぼらしかったが、寅五郎の目には隠された力が見えた。

 

この男ならば、役立つ。

 

確信を持ち、九郎左衛門を仲間に引き入れると、彼の情報収集能力を使って辰吉の調査を徹底的に行った。天狗だの異世界だのと、ふざけた要素ばかりの少年、そんな小僧に負けるわけにはいかない。

 

「勝たねばならない……私が生きられる場所は、ここしかないんだ……」

 

そうして迎えた戦いの日、寅五郎は切羽詰まった表情でリング上に立っていた。そして、対峙する辰吉の姿を前にしても、その決意が揺らぐことはなかった。

 

故にこそ──

 

「っ、あれは!?」

 

突如、寅五郎は懐から何か肉塊のようなものを取り出した。それを躊躇なく口に運ぶと、一口で飲み込む。その瞬間、異変が起きた。

 

彼の体中に血管が浮き上がり、ビキビキと膨れ上がる。筋肉が異様に増大し、腕や足が異常なまでに太くなっていく。顔の輪郭が変わり、背中が裂けるように隆起する。襟巻きのような四角い後頭部に、大きな赤い目玉が現れる。腕は枯れ枝のように長く伸び、体全体が鱗で覆われていく。そして歪んだ笑みを浮かべると、獣のような咆哮を上げた。その一声で空気が震え、観客たちから悲鳴が上がる。

 

「ブラックウッズクリーチャーの種子だよ」

 

いつの間にか銀時たちの側に立っていた九郎左衛門が冷や汗を拭いながら説明する。

 

「なんだ、そりゃあ」

 

銀時が訝しげに問うと、九郎左衛門は短く答えた。

 

「寄生型エイリアンの名前。種子は甘い香りを放っていて、それを食った奴に寄生して生きる怪物。隷属させるつもりだったんだろうね、でもありゃ無理だ」

 

その言葉を裏付けるように、怪物の赤い目がこちらを睨みつける。次の瞬間、怪物は枯れ枝のような腕を振り上げ、拳を振り下ろした。

 

ドガァァン!

 

凄まじい衝撃音と共に銀時、新八、辰吉は壁に叩きつけられる。吹き飛ばされた彼らは口から血を吐きながら床に転がった。

 

「くそっ……!」

 

辰吉は体を起こそうとするが、その視線の先では、怪物がさらに暴れ始めていた。火を吐き、リングを焼き払い、巨大な尾で建物を次々と崩壊させる。その破壊力は凄まじく、誰も手を出せない。

 

「今や寅五郎の意志は関係ない……あれは誰にも止められない」

 

九郎左衛門が呟く。

 

辰吉チームの神楽、新八、猿飛はもちろん、寅五郎チームの阿賀野、エロイーズ、象暝も、もはや敵味方の別を超え、観客たちの避難誘導を始めていた。それほど事態は深刻だった。

 

「大将、そこまでにしとこうぜ! 勝負はもうついた! これ以上はやめよう!」

 

九郎左衛門が叫ぶが、怪物にその声が届くことはなかった。咆哮を上げながら火を吐き、九郎左衛門を蹴散らす。

 

「寅五郎さん、やめましょう! 死んでしまいますよ!?」

 

辰吉も必死に叫ぶが、怪物は無表情のまま尾を振るい、辰吉を吹き飛ばした。その瞬間、辰吉には見えた。怪物と化した寅五郎の心、その奥底に沈んだ寂しさと怒りが。

 

「これは……ぼくが撒いた種なんですね……」

 

辰吉は歯を食いしばった。自分の責任であるのならば、自分が解決せねばなるまい。

 

「目を覚ましてくださいッ! 寅五郎さんッ!!」

 

彼の叫びに応えるように、強風が吹き荒れ、怪物の鱗に傷を刻もうとする。しかし、その風も怪物には通じない。ただ皮膚を撫でるに留まった。そして怪物は不気味に笑い、辰吉に向けて再び尾を振るった。

 

「くっ……!」

 

吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる辰吉を救ったのは平田だった。彼はその体を受け止め、2人とも床に転がる。

 

「辰吉くん! 平田さん!」

 

新八が悲鳴のように叫ぶが、土煙の中から2人はゆっくりと立ち上がった。血が滴り落ちているが、意識ははっきりしている。

 

「まだ……終わらせない……」

 

辰吉の瞳には、再び強い決意の光が宿っていた。

 

 

怪物の猛攻は一切の容赦がなかった。燃え上がる炎、振り下ろされる巨腕、尾の一振りで建物を崩壊させる圧倒的な破壊力。それを前に、銀時たちも辰吉たちも全力で応戦していた。

 

銀時の木刀が鋭く怪物の胴を叩きつける。しかし、その一撃でさえも、分厚い鱗に弾かれたかのように効果を失った。すぐ横では神楽と阿賀野が怪力を振るいながら攻撃を仕掛けているが、どれも致命傷にはならない。

 

「くっ……これじゃ埒が明かねえ……!」

 

銀時が歯噛みするのをよそに、新八とエロイーズの剣が火花を散らし、猿飛と九郎左衛門のクナイが正確に怪物の弱点を狙う。しかし、それらの攻撃も硬い鱗を前にしては無力だった。辰吉の超能力さえ、吹き荒れる風が鱗の表面を撫でる程度でしかなく、怪物の動きを封じることはできない。

 

全員が打開策を見いだせないまま、怪物はしゃがれた声で喋り始めた。

 

「ワタ、ワタワタ、ワタシガ…ワタシコソガッ!!」

 

怪物の咆哮と共に、巨腕が容赦なく振り下ろされる。そのたびに銀時たちは吹き飛ばされ、瓦礫の中で体を起こす。

 

「あなたの寂しさも、悲しさも、理解しました……」

 

辰吉が血まみれになりながらも怪物の前に立ち、静かに語りかける。その言葉には、静かな決意と深い共感が宿っていた。

 

「ぼくにはわかります。異端なものがどのような対応を受けるのか、ぼくも昔はそうでしたから……。気持ち悪がられ、頭のおかしな者として避けられ、蔑ろにされる。それはとても、とても痛くて辛いものでした」

 

怪物の赤い目が揺らぐ。しかし、その次の瞬間、再び低い声で呻きながら言葉を吐き出す。

 

「ワタシノ、ワタシ、カエセ」

「愚かでしたね……ぼくたちのような異端の居場所を作ろうと、普通の人にももっと受け入れられるようにと、テレビなどに極力出ていた。その結果が……あなたの排斥につながってしまっていたなんて……」

 

辰吉の声は次第に激しくなる。その瞳は真っ直ぐに怪物の奥底を射抜いていた。

 

「怒りをぶつけるのならばぼくだけにしなさい! あなたを排斥したのはぼくです! これ以上、関係ない人を巻き込まないでッ!」

 

その叫びは鋭く響いたが、怪物はそれに応えようとはしなかった。代わりに振り下ろされた巨腕が、辰吉を押し潰そうとする。

 

「ぐっ……!」

 

辛うじてその攻撃を避けた辰吉は、すぐさま怪物の体を駆け上がり、顔を目掛けて攻撃を放つ。しかし怪物は一瞬目を瞑るだけで、その攻撃を受け流すと、次の瞬間には凄まじい怪力で辰吉を殴り飛ばした。

 

空中で一回転しながら、辰吉は地面に軽やかに着地する。その動きには疲れは見えないが、彼の顔からは大量の血が滴り落ちていた。風圧だけで皮膚が大きく裂けたのだ。

 

「……まだだ」

 

辰吉は乱雑に血を拭い取ると、団扇を構え、再び怪物の前に立つ。だがその背後に、ふと銀時が歩み寄る気配がした。

 

「いいね、バトル漫画っぽくなってきたじゃねえの」

 

銀時が軽口を叩きながら辰吉の隣に立つ。その木刀が、怪物の方へ真っ直ぐと向けられる。

 

「銀時さん……」

「決着つけようや、エスパーバトル。超能力者だかなんだか知らねえけど、派手なことしてくれちゃってな。ここらで一発、誰が主人公であるかを示さなきゃなるめぇ」

 

銀時の声には、ふざけたような軽さと、深い決意が混じっていた。そしてその木刀を振りかざし、彼は叫ぶ。

 

「力貸せ、エスパー共!」

 

その言葉に応えるように、皆が最後の力を振り絞る。銀時は怪物の巨腕を潜り抜け、尾の一振りをすり抜け、その牙を避けながら前進していく。彼の動きに合わせるように、仲間たちも各々の攻撃を仕掛けた。

 

怪物の赤い目が大きく見開かれる。その光景を、怪物の奥にいる寅五郎も見ていた。

 

彼は気づいてしまったのだ。自分が金で雇っただけの関係と思っていた部下たちが必死に己を助けようとしていることを。見ず知らずの一般人たちが血を流しながら戦っていることを。そして、己が潰そうとした天狗の少年が、どこまでも真っ直ぐな目で自分を見つめていることを。

 

寅五郎にはわかっていた。己の行動が幼稚な癇癪であり、八つ当たりであり、卑怯なものであることを。そして理解していたからこそ思うのだ。

 

──これ以上、無様は晒したくない

 

その一瞬、怪物の攻撃が明らかに緩んだ。

 

「……ッ!」

 

その隙を見逃す銀時ではなかった。彼は勢いよく走り出し、怪物の懐へと飛び込んでいった。

 

強い追い風が銀時の背中を押した。その風はまるで戦いの行く末を後押しするかのように荒れ狂い、銀時の身体を宙へと押し上げる。周囲の瓦礫が舞い、破壊された建物の残骸が風に踊る中で、彼は木刀を握り締め、前だけを見据えていた。

 

しかし、怪物の攻撃は依然として激しかった。振り下ろされる巨大な拳、その一撃は、まさに地を裂き天を揺るがすほどの力を持っていたが、神楽と阿賀野がその拳を全身で受け止める。二人の怪力が交錯し、地面が激しく鳴動する。

 

 

一瞬の隙を作り出した二人に続くように、新八と象暝が飛び込む。迫り来る瓦礫の雨、その全てを二人の剣が次々と叩き落としていく。まるで一分の隙もない連携だった。

 

「銀さぁぁん! あとはお願いしますよッ!」

 

新八が叫ぶ声が空気を震わせる。

 

怪物の赤い双眸が鋭く輝いた。睨みつける視線は、獲物を逃さないという執念に満ちていた。しかし、その瞳もまた、猿飛とエロイーズが正確に放つ攻撃で潰されていく。クナイと剣が閃き、怪物の視界は一瞬にして霞んだ。

 

「行くぞぉぉおおぉぉ!!」

 

銀時の声が鋭く響く。その声を追うように、銀時の身体が風に乗って舞い上がっていく。まるで風そのものが彼を持ち上げ、戦いの決着を望んでいるかのようだった。

 

だが、怪物は嗅覚だけで銀時の位置を悟り、その尾を鋭くその場に叩きつけた。破壊音が轟き、大地が激しく揺れる。その衝撃に周囲の瓦礫が跳ね上がり、粉塵が一帯を覆った。

 

「勝った……」

 

怪物は確信した。その尾の一撃に敵が耐えられるはずがない。だが、次の瞬間──

 

──手応えがない?

 

煙が晴れると、怪物の尾の上に立っていたのは九郎左衛門だった。軽やかに身を翻し、その場に佇む彼の姿を目にし、怪物はすぐに気づく。

 

──躱された。当たっていない……?

 

いつの間にか、銀時と九郎左衛門が場所を入れ替えていたのだ。怪物が理解した時にはすでに遅かった。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

銀時の雄叫びが後方から響く。その声は戦場を震わせるような力強さを持っていた。

 

「いっけぇぇぇぇ!! 銀さんんんん!!」

 

仲間たちの思いが、声が、全ての力が銀時の背中を押していく。新八の、神楽の、猿飛の、辰吉の、平田の、九郎左衛門の、阿賀野の、エロイーズの、象暝の、その全てが銀時の木刀と共に集約されていく。

 

「お前らの思い、受け取った!! 行くぞッ!!

──螺○丸ッ!!」

「最後の最後で何を言ってんだお前はぁぁ!!!」

 

銀時の拳が振り下ろされる瞬間、全員の視線がそこに集まった。

新八のツッコミが響いたのも束の間、銀時の拳が怪物に的確に叩き込まれる。その衝撃はまるで雷鳴のように空気を震わせ、怪物の巨大な身体を貫いた。

 

「がぁぁぁッ!!!」

 

怪物が咆哮を上げながら大きく揺れ、その巨体が地面に崩れ落ちる。轟音を立てて倒れ伏した怪物は、二度と起き上がることはなかった。その肉体はポロポロと崩れていき、やがてそこから寅五郎の人間の姿が現れる。

 

「動いてる……生きてるみたいですね」

 

九郎左衛門が肩を貸し、ようやく寅五郎が立ち上がる。震える声で、寅五郎が銀時に問いかける。

 

「お前は、何者だ?」

 

全力を尽くしてもなお敗北を喫した彼にとって、銀時という存在は理解不能だった。

 

「俺か? 俺は超能力もなんもねえただの一般人で、ただの万事屋で、ただの主人公だよ」

 

銀時は気怠げな声で答える。

 

「寅五郎さん、ぼくはぼくだし、あなたはあなたです。どちらが真のエスパーか、どちらの方が優れているのか、そんなことはどうでもよいのです」

 

辰吉の静かな声が響く。その瞳は真っ直ぐに寅五郎を見つめていた。

 

「ぼくもあなたも唯一無二の本物なんですから。超能力者だろうが、万事屋だろうが、変態だろうが、学者だろうが、天人だろうが、みんな違ってて、それが良いんですよ。それでいいんです。上も下もありません」

「辰吉くん……」

「それに、居場所ならとっくにあるじゃないですか」

 

辰吉が指差した先には、阿賀野、エロイーズ、象暝の姿があった。

 

「次はみんなで頑張りましょう。みんなのすごいところをみなさんに見てもらうのです」

 

辰吉が手を差し伸べる。その手を見つめた寅五郎は、一瞬躊躇したものの、ゆっくりとその手を握り返した。

 

「いいのかい、私は」

「いいんですよ。ふふ、ぼくたち超能力者に対する印象はきっとよくないものになってしまいましたね。だから、今度はみんなで盛り上げていきましょうね。また1から……いえ、今度はマイナスから」

 

銀時はその光景を眺めながら、伸びを一つする。

 

「はぁ、終わった終わった」

「一件落着ですね」

 

万事屋一行は、二人の和解を見届けてから帰路に着いた。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

その夜、小雨の音が静かに響く部屋の中で、銀時はじっと己の掌を見つめていた。

 

忘れるはずもない、高揚感。

 

「螺○丸ッ!!」

 

腕を構え、叫んでみる。だが、当然のように何も起きない。

 

「はぁ……」

 

銀時は大きくため息をつき、頭を掻くと「よっこらせ」と小さく呟きながら椅子から立ち上がる。

 

「ま、いっか」

 

欠伸をしながら呟き、銀時は厠へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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