「うん、この症状は間違いなくクルクウイルスだね」
薄暗い診察室に響いた医者の落ち着いた声が、静寂を破る。背後に置かれた棚にはさまざまな薬品の瓶が並び、空気には微かに消毒液の匂いが漂っていた。診察用のパソコンから漏れる青白い光が、医者の顔の陰影を濃く照らしている。その冷静な口調に、新八と神楽は思わず顔を見合わせた。
「クルクウイルス?」
新八が聞き慣れない単語を繰り返すと、医者は手元の書類をめくりながら説明を続ける。
「そう、テレビとかでニュースになってるでしょ?天人だけが罹るやつ。ウイルスの形状が十字架に似てるってんで、ラテン語のcruxから取ってクルクウイルスって呼んでるの」
「はあ、そうなんですね」
名前の由来などには興味がわかず、新八は曖昧に相槌を打つ。隣で神楽がやや不安げに眉を寄せた。
「良く分かんないけどやばいアルか?」
その問いに医者は軽くため息をつきながらパソコンに目を落とす。
「結構やばいね。お嬢ちゃんはまだ軽症だけど、悪化するかもしれないからね」
「え!? これで軽症なんですか? 熱が40度近くありましたよ!?」
新八の声には驚きが混じっていた。それもそのはずだ。神楽が発熱し、症状を訴えたときにはすでにかなり深刻そうだった。
「まあ医者の言う軽症とオタクらの思う軽症って全然違うからね。ウチの病院の重症患者なんか、内臓から出血してるから」
「超やばいじゃないっすか!?」
新八が驚愕の声を上げると、医者は肩をすくめてみせた。その軽い仕草がかえって不気味だった。
「だからやばいんだって。このウイルス、ガチで良く分かんなくてね。症状が一貫してないから意味不明なの」
「私死ぬアルか? 卵粥食べるまで死ぬ訳には行かないアルよ」
神楽が不安そうに呟くと、医者はふっと笑った。
「いや、患者が死なないように頑張るのがお医者さんの仕事だからね。もちろん死なせないよ。幸いまだ死者は出てないし、技術者達が超頑張って薬作ってるからね」
医者の言葉には安心感を与えようとする響きがあったが、同時にその裏にはどうにもならない現状への苛立ちも混ざっているようだった。新八は眉をひそめながら、次の質問を投げかける。
「やっぱりやばいウイルスだと入院ですか?」
「ま、そうなるかな。やばいウイルスだからね。本当もう、マジやばい。お嬢ちゃんは夜兎族だから我慢できてるみたいだけど、他の人たちだったら結構悶絶してるレベルだから」
医者の説明を聞きながら、神楽は小さく鼻を鳴らした。
「私は長女だから我慢できてるネ、次女だったら我慢できなかったアル」
その冗談めいた一言に、新八は思わず呆れたように反応する。
「確かに長女だけど妹でもあるから、その発言は微妙な所だね。というかやめなさい」
「とはいえ」
医者が再びパソコンに目を落とし、カチカチとキーボードを叩き始めた。その表情が少し曇る。
「何かまだ問題があるんですか?」
新八が慎重に尋ねると、医者は深い息を吐きながら答えた。
「いや、うちの病院いっぱいでね、空き部屋がないのよ。感染力が強いみたいで次から次へと患者が来るから」
「そんなに沢山の感染者が」
「そう、もうびっくりしちゃうよね」
医者はモニターを凝視し、少しスクロールした後に頷いた。
「ええと……ああ、木坂君のとこの病院が空いてるみたいだね。話通しとくから彼のとこ行くと良いよ。青柳病院ってところ。結構大きいからすぐ分かるよ。はいこれ、住所ね」
医者から手渡されたメモを受け取り、新八は丁寧に礼を言った。
「ありがとうございます」
診察室を後にして、リノリウムの床を歩きながら新八はスマホで青柳病院の住所を検索した。地図を確認すると、そこはかぶき町からそれなりに離れた場所だった。
「神楽ちゃん、駕籠屋呼ぼっか。結構遠いみたいだし」
「うん」
神楽の返事は短かったが、彼女の目はどこか別の方向を向いていた。
「神楽ちゃん?」
新八が不思議そうに声をかけると、神楽は待合室に目を向けたままぽつりと言った。
「皆辛そうアル」
視線の先には、患者でいっぱいの待合室があった。新八たちが病院に来たときよりも明らかに人が増えている。そのほとんどがマスクをつけており、誰もが苦しげに咳き込んでいた。
「美味いもん食べれるし皆ちょっと優しくなるし私もたまには病気したいとか思ってたけど、やっぱり病気って嫌なものアルな」
その言葉にはいつもの調子がなく、どこか静かな本音が滲んでいた。
「そうだね、早く治しちゃおっか」
新八は優しく微笑みながら答える。
「うん、銀ちゃんが米買って待ってるアルからな」
神楽はにししと笑い、小走りで病院の出口に向かう。その姿に新八は慌てて声を上げた。
「病人が走っちゃダメだよ!」
そう言いながら、新八も急いでその後を追いかけていった。
リノリウムの床に軽快な足音が響く中、二人の姿は消毒液の匂い漂う病院の外へと続いていった。その背後には、変わらず咳き込み、苦悶の表情を浮かべる患者たちが静かに押し黙っていた。
* * *
「随分と懐かしい面じゃねえか。何年振りだ? もう10年くらいか?」
万事屋の中は適度に薄暗く、テーブルの上には照明が暖かな光を落としている。壁には書が飾られ、落ち着いた雰囲気を演出していた。そんな静寂を破るように、銀時の声が響いた。その向かいに座る女性は、軽く微笑みながら頷く。
「ええ。最後に会ったの、多分攘夷戦争が終わる直前とかその辺りだったからね」
テーブルを挟んで向かい合う二人。その女性は黒い艶のある髪を短く切り揃え、品のある佇まいを見せていた。歳は銀時と同じくらいであろうが、その整った容姿からは時間の流れを感じさせない。
「いや〜お前変わんねえな」
銀時は懐かしむように彼女を見つめるが、ふと何かに気付いたように顔をしかめた。
「……あれ? でもこれ良いの? 不味くない? 俺、木坂に殺されないこれ?
「潮はソルトじゃなくてタイドよ」
慌てて周囲を見渡しながら、銀時は店内をキョロキョロと探る。文子はくすっと笑い、銀時の動揺を軽く流す。その落ち着いた仕草に安心したのか、銀時はようやく席に座り直した。
「それで、どうしたんだよ? こんな所に。お前つまんない依頼しにくるタイプじゃないだろ」
「最近流行ってるウイルス、知ってるでしょ?」
「…ああ、あの戌亥星から来たってやつか。あれがどうした?」
銀時の返事に文子の表情が一変する。それまでの穏やかな微笑みは消え、真剣な眼差しが銀時を射抜いた。
「あれ、嘘なの」
「は?」
銀時は不意を突かれたように目を瞬かせる。その反応を確認するかのように文子は静かに言葉を続けた。
「あれは戌亥星からきたウイルスなんかじゃない。あれは、この国で作られたウイルス。標的は天人。これは不運で起きたパンデミックなんかじゃなくて意図的に引き起こされたバイオテロなのよ」
言葉の重みが、空気を一層冷たくした。文子の真剣な声は微かに震えており、その震えには怒りと失望が滲んでいた。銀時もまた彼女が冗談を言っていないことをすぐに理解した。
「お前、何を知ってる?……いや、まさか」
「察しがいいわね。その通りよ。ウイルスをばら撒いて天人達を苦しめている犯人は、玄瑞。……
「アイツが…」
その名前を聞いた瞬間、銀時の表情が曇る。木坂玄瑞……かつて同じ松下村塾に所属していた男。桂や高杉ほど親しい間柄ではなかったが、その頭の良さと冷静な判断力はよく覚えている。
「アイツ、自分は医者になるからって言って攘夷戦争にも参加しなかったような奴だぞ。それが今更なんでこんな事をする?」
銀時の問いに文子は視線を落とし、一瞬だけ迷うような間を作った。その後、決意を込めた声で答える。
「あの人は天人も幕府も大嫌いだった。でもその憎悪も殺意も理性で抑え込んでたの。両親から、兄から託された木坂の家を守る為に。でも、玄瑞は変わってしまった。ある事を知ってから何年も研究に没頭するようになったのよ」
「ある事って?」
銀時はすぐに食いついたが、文子の返答は重いものだった。
「彼の家族の死の真相」
「アイツの家族は流行り病で死んだんだろ?」
かつて木坂が家族を失った話を耳にした時の記憶が蘇る。確かあの頃は、やたらと致死率の高い病が蔓延していたはずだ。銀時の記憶の中でも、その悲惨な状況は鮮明だった。
「アレは正真正銘天人が持ってきたウイルス。攘夷戦争に参加した天人に、地球人にすごく近い遺伝子構造の種族がいたらしくて、彼らの持ってきた細菌に対する免疫が地球人にはなかった。だからあの時期、地球人は病で沢山死んだ」
「天人のせいで家族は皆死んだって気付いた訳か」
「ええ、そうよ」
「……あの馬鹿」
銀時は苦々しい表情を浮かべ、深く息を吐き出した。
「それを知って木坂は今更天人相手に復讐でもしようってのか?」
「危機迫る様子で研究してたからね、新しい薬でも作ってるのかと思えば殺人ウイルスの研究とは……。私も流石に驚いたわ」
「だろうな。医者がバイオハザード起こそうなんて笑えねえ冗談だ」
銀時は呆れたように呟く。その一方で、文子の言葉の重みが彼の胸にずっしりとのしかかった。
「本当にその通り。気がついた時にはもう感染爆発が起きていたから。どうすれば良いのか頭が真っ白になってしまって」
文子の困惑した表情が、彼女の内心の動揺を物語っている。
「それでとりあえずここに来たって訳か」
銀時は眉間を押さえながら、どうしたものかと考え込む。その横顔には、かつての仲間に対する複雑な思いと、目前の事態への焦燥が浮かんでいた。文子は深いため息を吐きながら、銀時の答えを静かに待っているようだった。
店内の静けさが二人の間に重く漂っていた。外から入る太陽の光が銀時の無造作な銀髪に反射し、陰影を描き出す。彼は静かに瞬きして目の前にある状況の重さを噛み締めていた。一方の文子は、口元に苦笑を浮かべながらもその瞳には覚悟の色を宿していた。冷静な彼女の態度が逆に、この事態の深刻さを銀時に痛感させる。
銀時はゆっくりと肩を落とし、諦め半分のような低い声でつぶやいた。
「…とんでもねえ話だな」
その言葉は誰に向けたものでもなく、この不条理そのものに向けられたように聞こえた。
「玄瑞の家は医者の家系でね、ずっと人を助けてきた一族なの」
文子の声はどこか遠くを見つめるように穏やかで、それでいてどこか痛々しい響きを伴っていた。彼女の膝には分厚い封筒が置かれ、その表面を指先で軽く撫でながら、どこかに記憶を辿るような目つきをしている。
「知識も技術も人を救うことに使えって、人より優れているのならその力に驕らずそれを他人のために使うのが正しい生き方だって、耳にタコができるほど言われてたんだって。綺麗事ばかりだってうんざりした顔で……でも、そこまで嫌そうじゃない顔で言ってたの」
銀時は何も言わず、文子の表情をじっと見つめている。文子の横顔は、どこか懐かしさと悲しみに満ちていた。
「人助けは、好きなんだと思う」
その言葉が、ふと室内の空気を柔らかくした。
「完治した患者さんの嬉しそうな顔を見て笑ってた。私は、あの顔が好きだったわ」
彼女の声には、かつての平穏な日々への郷愁がにじんでいた。しかし、その微かな温もりは次の言葉で打ち砕かれる。
「玄瑞はずっと人を助けるための研究をしていたの。家族が亡くなっても、師匠が殺されても、旧友たちが戦死していったって。どんなに憎くても悔しくても、自分の力は人を救うために使うって、たくさん研究してた。それなのに、こんなこと……」
文子は視線を落とし、声が小さく震えた。その目の奥にわずかに浮かぶ涙を見て、銀時は眉を寄せたが、口を開くことはなかった。
「私は嫌よ。彼の才能は人を救うためにある。こんなことはしてほしくないの。でももう、どうしようもないところまで来てしまった」
その言葉に、銀時は小さく息をつき、軽く首を傾けた。
「どうしようもないってこと分かってんなら、お前はどうするつもりなんだよ? どうしたいんだ?」
彼の問いかけは簡潔だが、その声には冷たさの中に何かを試すような響きがあった。文子はその視線に一瞬たじろぐも、すぐに覚悟を決めたように顔を上げた。
「私は、医者の木坂玄瑞の恋人よ。彼が間違えたことをしたのなら、立ち塞がってでも、張り倒してでも止めなきゃいけない」
その声には、震えながらも確かな強さがあった。
「私が惚れたのは、こんなことをする人じゃないのだからね。それで嫌われたって、殺されたって構わないわ」
「大層な覚悟だねぇ。“殺されても構わない”か」
文子は苦笑いを浮かべた。
「もちろん、できれば死にたくないけれどね。私には大した武力はないから、それを補ってくれる人に手伝ってほしくて。思いついたのが貴方なのよ。この間、桂に会った時になんでも屋さんをやってるって聞いてね」
「ヅラか……余計なこと言いやがって。」
銀時は苦々しくつぶやきながら頭を掻いた。文子は銀時の表情を伺いながら、懐から分厚い封筒を取り出し、慎重に差し出した。
「恥知らずで厚かましい行動だと思うけれど、どうか助けてほしいの。謝礼はちゃんと用意してるわよ。命がかかってるかもしれないから、それに相応しいものを。足りなかったら言って」
封筒の厚みを見る限り、200~300万円は入っていそうだ。銀時はその封筒を無造作に受け取り、手のひらで少し重さを確かめた。
「随分とたんまり稼いでんな」
「開業医だからすごいわよ。私も医者として働いているしね」
銀時は封筒から金を取り出し、パラパラと数えるとその5分の1ほどを抜き取り、残りをそのまま文子に投げ返した。文子は驚いて首を傾げる。
「ダチ助けんのにそんなに金は要らねえな。まあ、依頼って形式上、ある程度はもらうけどよ」
「……それだけでいいの?」
「後はほら、オタクの彼氏をボコボコにぶん殴る権利代ってことで」
銀時はそう言うと、椅子から立ち上がった。その瞬間、タイミングを図ったかのように玄関のドアが開き、聞き慣れた声が響く。
「ただいま戻りましたよー」
新八の声だ。
玄関から顔を覗かせた新八は、まだ部屋に依頼人がいることに少し驚いた様子で首を傾げる。
「あー、新八。神楽はどうなったよ?」
「結局入院になりましたよ。念のためってことで」
新八は淡々と答えながら靴を脱ぎ、部屋に上がる。その姿を見ながら、銀時は自然な調子で問いかけた。
「いつもの病院か?」
「いつもの病院が満室で別の病院を紹介されました。初めて行くところだったんですけど。」
「へえ、どこ?」
銀時が問い返すと、新八は少し思い出すようにしながら答える。
「青柳病院ってところです。木坂先生っていう若いお医者さんなんですけど、優しそうで良い人でしたよ」
その言葉を聞いた瞬間、銀時と文子は同時に大きな音を立てて立ち上がった。その気迫に驚き、新八は思わず声をあげる。
「え、どうしたんですか!? 二人とも!」
室内の空気が一変した。重く、緊張感が満ちていく。
「え? 何? 何なんですか?」
「……え、木坂? 木坂玄瑞?」
「あ、青柳病院……ウチじゃない…」
「何ですか? 何なんですか? 青柳病院だと何かダメなんですか?」
「落ち着いて聞け、新八」
「はい?」
「この感染爆発はバイオテロだ。そしてその犯人は木坂玄瑞」
「は?」
「玄瑞は今や高杉と同じ過激派の攘夷志士だ」
「え?」
「つまり青柳病院はテロリストの本拠地なんだよ」
「え゛?」
タラリ、と冷や汗が垂れる。
銀時の顔を見る、そのまま首を動かし文子の顔を見る。2人は神妙に頷いた。
そして
「えぇぇぇぇえええ!?!!?」
新八の絶叫が空に響いた。
* * *
夕暮れの空が鮮やかな朱色に染まり、影を伸ばすように町並みが静まり返る時間帯。青柳病院の一室では、消毒液の独特な匂いが漂い、冷たく整然とした空間が緊張感を漂わせていた。その部屋の奥、暗い照明の中で一人の男が椅子に腰掛けてうつむいている。医者であり、かつて多くの人々を救ってきた木坂玄瑞だった。
彼の表情は疲れ果てていた。張り詰めた神経を和らげることもなく、その目には深い陰りが宿っている。目の前の机には数枚の書類と器具が乱雑に置かれ、何かが終わり、何かが始まろうとしている緊迫感が漂っている。
「……これでもう後戻りはできない」
木坂は低い声でつぶやいた。声にはどこか空虚さがあり、自嘲と諦めが混じり合っている。彼は椅子の背もたれに体を預け、壁際の窓越しに沈みゆく夕陽を見つめた。その瞳にはかすかな光が映り込んでいるが、それは決して安堵や希望の光ではなかった。
「ウイルスは、期待通りの働きをした……」
その言葉には冷たい確信があった。木坂の胸には一瞬の達成感が芽生えたが、それはすぐに別の感情に押しつぶされた。彼は自分の行為がもたらす結果を理解している。天人たちが苦しみもだえる光景を想像すると胸がすく一方で、家族や文子、そして自分自身の正しさへの信念を裏切ったという罪悪感が絡みつく。
その瞬間、部屋の扉が音もなく開いた。木坂は顔を上げることなく視線だけを動かした。そこに現れたのは高杉晋助だった。暗い部屋の中、高杉は無造作な足取りで木坂に近づき、その薄い笑みを絶やすことなく立ち止まる。
「まさか本当に成功させるなんてな」
その声には冷たくもどこか愉快そうな響きがあった。高杉は木坂を見下ろしながら、軽く肩をすくめて皮肉交じりに続けた。
「物事が思った通りにいってるってのに、随分と暗い面じゃねえか。玄瑞」
木坂は彼の言葉に小さく溜息をつき、目を伏せたまま答えた。
「僕は元々こんな顔だよ。いつ真選組とかにバレて殺されるのかと思うと怖くて怖くてたまらない」
その言葉に高杉は喉の奥で笑った。薄暗い部屋に響くその笑い声はどこか底知れないものがあった。
「クク、お前はそこまで弱くねえだろうよ」
木坂は肩をすくめ、再び外の景色に視線を戻した。窓の外では夜の帳がゆっくりと降り始めている。
「そんでどうなんだよ、第二弾のウイルスとやらは」
高杉の問いかけに、木坂は手元の器具を無意識に指で弾きながら答えた。
「そりゃあ順調さ。ここは病院、被験体は自分の足で来てくれる。サンプルは取り放題だからね」
高杉はその答えに満足げに笑い、腕を組んで壁にもたれかかった。
「天人ばかりが感染するこのウイルス、攘夷浪士のバイオテロじゃないかと少し脅かしたら、上はすぐにてんやわんやしだしたぜ」
「そりゃそうだ、事実なら国際問題だもの」
木坂の声は冷静そのものだったが、どこか達観した響きがあった。それに応えるように高杉は声を低めて言った。
「ククク。“事実なら”、ねぇ」
室内に静寂が戻る。高杉の視線は再び木坂に注がれ、その目には冷酷な光が宿っていた。
「ここまで来たんだ。もう後には引かないよ」
木坂が静かに言葉を紡ぐと、その声には鋭さが加わった。
「テロリスト上等。クソ共の打ちのめされる様を見て、今の僕は気分が良い。そうだよ、最初からこうしていれば良かったんだ。戦争を起こせば腑抜けた武士達も立ち上がるだろうさ。このままでは搾取され続け国が滅びるのは必定。綺麗事を並べて目を背けるのは愚かだった!」
その熱を帯びた言葉に、高杉は薄く笑みを浮かべたまま軽く頷いた。
「ようやく本領発揮か? 玄瑞。本当にやりたい事から目を背けて、家族の遺言に縋って、いつまでもうじうじ後ろばかり向いてるのはらしくねぇと思ってたんだよ俺は」
木坂は苦笑を浮かべたが、すぐに顔を引き締めた。
「……何度も言うけど僕はそんな大した存在じゃないよ。僕にできるのは、医者や研究者としての仕事だけだからね」
その言葉に高杉は目を細め、どこか感慨深げに言葉を返した。
「天人というウイルスで腐ったこの国を治療すんのがお前の仕事って事だろ?」
木坂はその問いに小さく笑い、わずかにうなずいた。
「上手いことを言うね。うん、その通りだよ。僕は医者だから、病んだのなら治すだけさ。このやり方は少し乱暴かもしれないけれどね」
窓の外はすっかり暗くなり、部屋の中には薄明かりだけが残った。きさかは期待と不安の入り混じる胸中を隠すことなく、もう一度窓の外を見つめた。
「上手くいくと良いけれど……」
その声は自分自身への問いかけのようでもあり、確信の裏返しのようでもあった。彼の瞳には今、医者としての使命とテロリストとしての決意が複雑に交錯している。