嫌な予感に体を固くした万事屋の三人は、鳴り止まない呼び鈴の音を聞きながら恐る恐る玄関の様子を伺った。その音は単なる訪問客のものではなく、どこか強い意志と緊迫感を帯びていた。やがて、ドア越しに聞き覚えのある低いテノールの声が響く。
「おい、万事屋。開けろ」
声の主は間違いなく真選組の土方十四郎だった。その後ろにはもう一人、非常に特徴的なアフロのシルエットから考えて斉藤だ。どうやら斉藤終も控えているらしい。玄関前のシルエットから二人の姿を確認した銀時は、ため息交じりに毒づいた。
───野郎、もう嗅ぎつけやがったか。
一瞬で状況を把握した銀時は、押し殺した声で二人に指示を出す。
「隠せ隠せ、死体を隠せッ!」
「ガッテンアル!」
神楽は素早く杉原の体を抱え上げると、そのまま奥の押し入れへと運んでいく。
「ちょっと!」
新八が小声で抗議するが、無視した神楽が杉原を押し入れに押し込み、素早く戸を閉めた。瞬間、玄関のドアが開け放たれた。現れたのはタバコを咥えた土方と無表情な斉藤だった。土方は煙を一つ吐き出すと、面倒そうに呟く。
「人が呼んでんだからさっさと開けやがれ」
「あぁ!? 客人の分際で何を偉そうに言ってやがる! 新八ィ、ぶぶ漬けを用意して差し上げなさい!」
「言われなくてもさっさと出ていくわ。誰が好き好んでテメェの辛気臭ぇ面見に来るってんだ」
土方は苛立ちを隠さずに煙を吐く。その仕草に続けて彼は単刀直入に切り出す。
「テメェ、昨日杉原と会っただろ? アイツは今どこにいる?」
「あ? アイツは……アレだ。無限の彼方に旅立って行った」
「バ○・ライトイヤー?」
土方は呆れたように眉をひそめたが、すぐに苛立ちを露わにし、携帯灰皿にタバコの残りを押し付けた。
「京保グループって知ってるか?」
土方はタバコを完全に消すと、銀時の目をまっすぐに見据えて問いかけた。
「天人の開発によって壊されていく自然を守るっつってるテロリスト共だ」
「それ、僕も知ってますよ」
新八が驚き半分で口を挟む。
「SNSで最近よく見るんですよ。環境の保護を題目に人を集めてるらしいですけど、実態は危険思想の攘夷浪士グループなんですよね」
「その通りだ」
土方は深くうなずき、言葉を続けた。
「そんでその杉原だが、京保グループと繋がってるんじゃないかって疑いが掛かってる」
「え!? まずいじゃないですか!」
新八の声が一瞬で緊張感を増した。
「何? おたくらまた裏切り者出したの?」
銀時は半笑いを浮かべながら言った。
「裏切り者サークルなの? そのうち黒の組織くらいスパイだらけになんじゃねえのか?」
「なる訳ねえだろ!!!」
土方は思わず怒鳴り返すが、肩に手を置いた斉藤に制され、深くため息をついた。
「昨日の夜ので五件目だ。京保グループによる犯行は」
土方は眉間にしわを寄せたまま語り出す。
「毎度毎度、真選組より先に誰かがテロリスト共をぶちのめしているが、そろそろケリをつけなきゃならねぇ」
真選組四番隊が担当した最初の事件。すでに片付いたと思われたそれは、ある問題を残していた。土方の話が続く中、万事屋の三人は息を呑む。
事件当時、攘夷浪士が真選組に斬りかかり、それを止めたのが四番隊隊長の杉原だった。しかし、斬られた男は実はただの一般人。偶然にも剣術を収めた使い手だった彼は、脅されて浪士に加担していただけだったのだ。杉原が反射的に放った一撃は、男の命を奪った。
その結果、攘夷浪士たちは生け捕りにされたが、巻き込まれた一般人だけが死んだという皮肉な結末を迎えた。さらに悪いことに、真選組が罪なき一般人を斬ったという噂が揉み消される前に民間に広がり、杉原はそのまま姿を消した。
「……とはいえ、アイツは誹謗中傷で心を病むようなヤワな男じゃねぇ」
土方は苦々しげに言った。
「だがな、監察方からの連絡で分かったんだ。杉原は殺した男の妻子を匿っているってな。……敵と内通せし者、コレを罰する。例えテメェのミスで殺しちまった男の妻子だとしてもだ」
玄関先の土方の声には、微塵の容赦もなかった。その冷徹な響きに万事屋の空気はさらに重くなる。真選組としての責務を果たすという強い覚悟の混じった声色が響く中、背後の斉藤は無言でノートを掲げる。
【殺された男は京保グループの思想には同意していなかった様子だZ。でも京保グループの重役がいる会社の一員である事は調査済みだZ】
斉藤が持っていたデータが簡潔に語られる。
「戦場に立ってウチの隊士に斬りかかった時点でどんな理由があろうと敵だ。それを庇うは罪。隠し立てしようってんならテメェもしょっぴくぞ、万事屋」
土方の目が鋭く銀時を睨む。その視線には万事屋の中に潜む真実を暴くという決意が宿っていたが、銀時はいつも通りの気怠い態度を崩さない。
「だから知らねぇって言ってんだろ。しつけぇな」
言葉自体は軽く見えたが、その裏側にはわずかな苛立ちが滲む。
「本当だろうなぁ?」
土方の問いに銀時は少し肩をすくめながら答える。
「つーか今更いなくなった奴なんか追いかけてどうするつもりなんだよ?」
「それを態々聞くかよ。決まってんだろ」
土方は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけて咥える。紫煙がゆっくりと漂う中、彼は冷たく吐き捨てた。
「裏切ってんなら斬る。それが俺達の掟だ」
その掟を守るために、彼らはどれほど多くの犠牲を払い、どれほど多くの葛藤を抱えてきたのか。土方はそれを表に出すことなく、冷静な表情のまま振り返る。
「見つけたら教えろ」
それだけを言い残して、土方と斉藤は玄関から去っていった。その背中を見送りながら銀時は怠そうに頭を掻く。思っていたよりもだいぶ面倒な話になりそうだと感じながら、彼は重く息を吐いた。二人の姿が完全に消えたのを確認してから、銀時は玄関の戸を閉め、室内へと戻る。
「だってさ」
銀時がそう呟くと、押し入れの戸がゆっくりと開き、奥で体育座りをしていた杉原が顔を覗かせる。少し前から目を覚ましていたのだろう。無表情ともつかない表情で彼は押し入れからのそのそと這い出してきた。
「パンピー斬って大炎上、おまけに真選組を出奔して追われてるって。顔に似合わず色々やらかしてんのな。そりゃ自棄酒もしたくはなるか」
銀時の淡々とした言葉に、杉原は少し自嘲気味に笑った。
「いやぁ。何か色々迷惑をかけてしまった様で、申し訳ない以外の言葉が出ませんわぁ」
匿ってくれてありがとうと深く頭を下げる杉原に、神楽が口を挟む。
「匿ったと言うか証拠隠滅アル」
「黙っとけ」
銀時が神楽の頭を軽く叩くと、部屋の空気はわずかに緩んだ。しかし新八が心配そうな表情で尋ねる。
「それにしても裏切りって……杉原さん、本当に大丈夫なんですか?」
その問いに杉原は一瞬目を伏せ、わずかに表情を曇らせた後、小さく息を吐いた。
「大丈夫やないですよ。だから、俺が死ぬより早くにこの騒動を解決させな思ってたんやけども……監察方は優秀やなぁ。……もう少し、急がなアカンかな」
杉原は深々と頭を下げると、「世話になった」とだけ言い残し、足早に万事屋を後にした。
* * *
町中を歩く杉原の姿はどこか焦りを帯びていた。フードを深く被り、顔を見られないよう注意しながら、足を早める。真選組の包囲網をかわしつつ、京保グループの親玉の居場所を探し出さなければならない。しかし“京保”という名前に覚えはあれど、その男がどこにいるのかまでは見当がつかない。
追跡を避けるため、杉原は携帯を早々に手放していた。真選組の技術に長けた隊士に捕捉されるリスクを考えれば当然のことだったが、情報を得る手段が限られる中で、次にどう動くべきか頭を悩ませる。
「俺の人生、間違いばっかりや……」
歩きながら杉原は思わず独り言を漏らした。過去に犯した大きなミス、それが頭をよぎる。落ち着かない様子で黒い手袋を上から撫でた。
大切な場面で間違いを選び、取り返しのつかない結果を招いたことを思い出す。それを繰り返さないようにと、彼は慎重に、客観的に、正しい行動を選ぶよう心掛けてきたはずだった。それなのに、また大きな間違いを犯してしまった。
深い溜息をつき、肺の中の空気をすべて吐き出すような思いで息を整える。そして気を取り直すように顔を上げた瞬間、視界に飛び込んできたのは一人の子供の姿だった。
風に吹かれて飛んでいく風船を追いかけ、無我夢中で道路に飛び出していく子供。その母親の叫び声が聞こえるが、間に合いそうにない。
杉原の身体が本能的に動き出した。
───アカン!
杉原は本能的に駆け出した。舗道の端から勢いよく跳躍し、フェンスを軽々と飛び越えると、道路に飛び出した子供に向かって一直線に走り寄る。危機一髪、伸ばした腕で子供を抱え込むようにして、その場を強引に回避した。反射的に手をついた車のフロントを利用して宙を飛び越え、そのままルーフを転がって地面に着地する。後ろを振り返ると、車は速度を落とすことなく走り去っていく。
「あの車……明らかに速度違反やな」
杉原は苦々しい表情で呟いた。運転手が携帯電話を弄っていたのを見逃してはいなかった。普段の立場ならばそのまま追いかけて捕まえていたところだ。しかし、今の自分の立場ではそれは叶わない。目の前の子供が無傷で済んだ、それだけでよしとしようと自分に言い聞かせた。
「ちゅうじだ!」
その時、助けた子供が目を輝かせて杉原を指さす。杉原は慌ててフードを深く被り直しながら、笑顔を浮かべて応じた。
「あらら、皆には内緒やで」
「え〜、どうしよっかなぁ」
「内緒にしてくれるんなら飴ちゃんあげますよ〜。今回はブドウ味や」
杉原はポケットから一粒の飴玉を取り出し、少女に差し出した。
「しょうがないなぁ」
飴を受け取った少女は満足げに笑みを浮かべ、それを舐め始めた。その様子を見て、杉原はほっと胸を撫で下ろしながら彼女の頭をそっと撫で、近くに駆け寄ってきた母親に子供を引き渡す。
「ありがとうございました!」
母親の感謝の言葉に軽く手を振り返し、杉原はすぐさまその場を後にした。振り返ることなく足早に歩きながら、内心では焦りを覚えていた。
「やっぱり顔が知られてるのは厄介やな……」
真選組には多くの癖の強い隊士が揃っているため、民間人の対応を杉原が一手に引き受けることが多かった。それが今、彼にとって不利な状況を作り出している。彼の様子を遠くから眺めていた銀時の存在にも、杉原は気がつくことはなかった。ただ黙々と、焦る気持ちを押し殺しながら足を進めるのだった。
──さらに数時間後。
杉原は街中で再び現れた京保グループの浪士たちを徹底的に叩きのめし、動けなくなった者を縄で縛り上げて道端に放り出した。必要以上の暴力を振るうつもりはなかったが、容赦もしなかった。そして、各グループに必ず混ぜられている一般人の保護も忘れない。人質にされていた家族を探し出して匿う手配をする。それは時間のかかる作業ではあったが、彼にとって放っておくことはできない重要な仕事だった。
浪士たちを放置するわけにはいかず、公衆電話を使ってその場所を通報するのも忘れない。
しかし、それから間もなくサイレンの音が響き渡り、こちらへと近づいてくるのが分かった。
「あれ、早すぎるな……先に手を回されとったか」
杉原は舌打ちすると、周囲を見回しながらその場を離れた。路地を駆け抜け、身を隠せる場所を探し続ける。だが、運悪く行き止まりに突き当たってしまう。
「……まぁ、飛び越えられんことはないけど」
ため息をつきながら一旦立ち止まり、荒い息を整える。背後から聞こえてくる足音はどんどん近づいていた。
「ここまでかも知れんなぁ……結局俺はいっつも、要らんことするだけや……」
杉原は静かに目を閉じ、覚悟を決めるように呟いた。
「せめて最期は、潔く腹でも切るかな……」
「やると決めたんなら最後までやり通しな。諦めんにはまだ早いぜ」
不意に聞こえた声に、杉原は目を開けた。
「……は?」
振り向いた先には、逆光に照らされる銀髪の侍が立っていた。にやけた顔で軽く手を振ると、彼は素早く杉原の服を掴み、強引に引っ張り上げる。抵抗する間もなく、あっという間に向こう側へ引きずり込まれた。
* * *
夜風を切り裂くように、銀時の運転する原付が道路を疾走する。その後ろには杉原が不安げな表情でしがみついていた。隣では定春に乗った神楽と新八が駆け抜ける。
「あの、ほんまに危ないですよ。やめた方がええって」
杉原は声を張り上げるが、銀時は平然としたままだ。
「そうもいかねぇ。最初に言ったろ、万事屋銀さんが悩みを聞くってな」
「はぁ……」
杉原は呆れたように息を吐くが、銀時はなおも彼を見つめた。
「お前、まだ話してないことあるだろ」
その問いに杉原は顔を曇らせ、「自分語りをする趣味はない」と断った。しかし、銀時は肩をすくめるようにして笑った。
「ま、そう言うと思って二木に聞いてから来たわ」
「あの子ほんま口軽い……というか、何で知ってんねん……」
杉原は呟くが、その声は風にかき消されていった。
* * *
その頃、二木はパトカーにもたれかかりながらスマホを弄っていた。最近の京保グループの騒動がどうにも気にかかり、彼はハッキングの腕を駆使して街中のあらゆるカメラに侵入し、浪士たちの動きを追っていたのだ。
「この広い江戸で、勝手知ったる真選組から逃げ回る杉原さんを見つけろとか無理ゲーすぎっしょ……」
つぶやきながら、彼は画面に映る情報を次々と精査していくのだった。
隊士を目撃情報があった辺りに適当に散らばらせておきながら、二木本人はパトカーに寄りかかり、タバコを一本取り出して火をつけた。青白い煙が宙に漂う中、彼は片手にスマホを持ち、指を滑らせて画面を眺める。まるでサボっているようにしか見えないその姿は、知らない者が見れば完全に怠惰な警官そのものだ。
だが、二木の表情は険しかった。タバコの煙が目に染みたからではない。画面に表示された事件の記録に、ふと違和感を覚えたのだ。
「あれ、この事件……」
スマホの画面を指で拡大し、さらに注意深く読み進める。何か引っかかるものがあった。煙草を携帯灰皿に押し付けると、彼はすぐさま車の運転席に滑り込み、エンジンをかけた。車を道路に出し、記録にあった住所へと向かう。
到着したのは静かな住宅地の一角だった。二木は警察手帳を取り出し、インターホンを押す。しばらくして出てきた住人に手帳を見せると、相手は少し嫌そうな顔をしながらも、二木の頼みに応じて話を始めた。
「……あの火傷はこの時の……犯人は……あぁ、なるほど……だから杉原さんを狙い撃ちにしてんのか……」
二木がぶつぶつと呟きながら事件の記録をまとめていると、突然背後から襟を掴まれてぐいっと引っ張られた。
「だからって、何がだからなの?」
「へぁ?」
声の主に気づいた瞬間、二木は襟を掴む手から解放され、体勢を立て直した。振り向くと、見覚えのある顔が3つ。万事屋の面々だ。銀時が軽い笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。二木は一瞬驚いたものの、すぐにその正体に気付き、拳銃に伸ばした手を元に戻した。
「二木ぃ、この間振りだなぁ。元気そうで何よりだ」
銀時が陽気な調子で声をかける。
「万事屋さんじゃないっスか。いや、お陰様で元気っスけど、何用で?」
「杉原のこと、何か気づいた様子じゃねえか? それ、俺にも教えてくんない?」
銀時の目が鋭く光る。神楽と新八も後ろで腕を組んで待ち構えていた。二木は一瞬ためらいながらも思考を巡らせる。このままだと杉原は確実に危険な目に遭う。だが、万事屋ならば悪いようにはしないだろう。そう判断し、二木は静かに口を開いた。
「……オッケー、お話ししますよ」
話し始めたのは、杉原がまだ幼い頃のことだった。
杉原は播磨の国、小野藩……現在の兵庫県あたりで武士の息子として生まれた。彼の家柄に恥じぬよう、文武両道に育てられ、幼い頃から厳しい教育を受けていた。しかし、そんな厳しい環境の中でも彼の心は優しく、周囲の人々からも好かれる存在だった。
ある日、寺子屋で1人の娘と出会う。町でも評判の美しい少女で、気立ての良さから多くの人々に愛されていた。杉原とその娘はすぐに打ち解け、親しい友人となる。年月が経つにつれ、その友情はいつしか恋情へと変わっていった。
だが、彼らの関係を快く思わない者がいた。それは町でも有数の権力者の息子だった。その男は娘に横恋慕しており、自分こそが彼女に相応しいと思い込んでいた。そしてある日、彼は娘に告白するが、あっさりと振られてしまう。
その屈辱に逆上した男は、夜の闇に紛れて娘の家に火を放った。夜中のことで、娘の家族は全員家の中にいた。
火事に気づいた杉原は慌てて現場に駆けつける。激しい炎が家を包み込み、焼ける木材の匂いが辺り一面に立ち込めていた。彼は娘の安否を確かめるため、恐怖を押し殺して燃え盛る家に飛び込んだ。
娘は奇跡的に軽傷だった。すぐに彼女を助け出そうとしたが、娘は泣きながらこう言った。
「兄上が、兄上が上で瓦礫に挟まれてしまって動けないの! 助けて!」
杉原は迷うことなく頷き、娘を置いて瓦礫の中を走り回った。熱さで肌が焼ける感覚に耐えながら、ついに1人の男を見つける。顔が焼け爛れ、瓦礫に足を挟まれたまま動けないその男が、必死に助けを求めていた。
この男が兄だろう。そう判断した杉原は男を担ぎ上げ、裏口から外へと運び出した。だが、杉原たちが家を出た瞬間、家は大きな音を立てて崩れ落ちた。
熱風に思わず顔を覆いながら振り返ると、運び出したはずの男の姿が忽然と消えていた。何故なのか分からなかったが、杉原はそれよりも娘を探すことを優先した。
近くにいた人々に「家から誰か出て来なかったか」と尋ねても、皆首を振るばかりだった。
「アンタら以外誰も家からは出て来なかったよ。皆死んじまったのかもなぁ、可哀想に……」
その言葉を聞いた瞬間、杉原の頭は真っ白になった。
彼は必死に娘を探したが、どこにもその姿は見当たらなかった。
数日後、葬式が行われた。全員を失った現実が杉原を押し潰すように襲ってきた。
その時、町中で1人の少年を見かける。顔を包帯で覆った少年、あの権力者の息子だった。少年はこちらを見て薄笑いを浮かべ、こう言った。
「助けてくれてありがとうよ」
その瞬間、杉原は全てを理解した。火を放ったのはこの少年だったのだ。そして、自分は助けるべき相手を間違えた。
生まれて初めて感じた怒りが体を突き動かし、杉原は少年を殴り倒した。
だが、その行為は瞬く間に町中の噂となり、逆に杉原が火を放った張本人だというデマが広まった。名家の息子を殴った責任を追及され、放火の件も揉み消されてしまう。誰も杉原の言葉を信じなかった。
杉原が火を放ったという噂が広まり、彼は故郷に居られなくなった。そして、両親からも勘当され、全てを失ったのだった。