銀魂小編   作:佐倉シキ

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肆条大橋の事件編 3

 

 

 

 

「情けない話やでホンマ……人には知られたくなかったのに」

 

杉原はポツリと呟き、ため息をつく。その顔には、自嘲にも似た苦笑が浮かんでいた。だが、それを聞いた神楽は堪えきれない様子で声を張り上げた。

 

「何で!? お前は悪くないアル! 何でもっと強く言わなかったアルカ!?」

 

感情を爆発させる神楽の言葉に、杉原は困ったように頭を掻いた。

 

「言葉だけじゃどうにもならんねん、世の中は。権力者が白と言えば黒も白になる……。真選組に入ってからは、殊更に身に染みてるわ」

 

彼の言葉には、諦観にも似た響きがあった。神楽はその答えに納得がいかないように眉をひそめる。

 

「そんなぁ……」

 

その場に沈黙が落ちる。杉原の顔には悔しさと哀しさが混じり、彼がいかにその記憶に囚われてきたかがうかがえた。しばらくの沈黙の後、杉原は手袋を外して見せた。その手に刻まれていたのは、焼けただれた皮膚。過去に救おうとした相手を間違えたことの代償だった。

 

「こんなんなって、必死こいて犯人助けてんですよ、俺。笑ってしまうわ」

 

自嘲気味にそう言う杉原に対し、銀時は少しも笑わず真っ直ぐな視線を向けた。そして一言だけ、低く力強い声で答える。

 

「笑わねえよ、誰も」

 

銀時の言葉が空気を変えた。杉原の表情もどこか引き締まり、目線を上げる。銀時はその視線を受け止めながら、歩き出しつつ言った。

 

「ところでこれ、どこに向かってはるんです?」

「そう言うのはもっと早く聞くもんだぜ」

 

銀時が肩越しに振り返りながら答える。

 

「ケリつけに行こうじゃないの、犯人に」

「それも分かっとるんですか」

 

杉原は驚きつつも、銀時の背中を追う。二木から得た情報を銀時は既に把握していた。今回の事件の背後にいるのは“京保進之丞”。かつて杉原が助けたあの少年であり、今では新進気鋭の建築会社の社長となった男だった。

 

京保はその企業を攘夷活動の拠点とし、さらに成長させて幕府の中枢に食い込むことを目論んでいた。だが、その過去を知る杉原の存在は彼にとって邪魔なものだった。無関係な人間を巻き込み、無辜の命を奪うやり口は昔と同じだった。そして、杉原に精神的な負担を与えることで孤立させようとする狙いも見え透いていた。

 

「殺っちまった男の妻子を匿ってんのは何でだ?」

 

銀時が尋ねると、杉原は少し間を置いて答えた。

 

「狙われとりますからね。あの人達も京保に口封じされる。俺のせいで稼ぎ頭を失ったのも事実やし、せめて命くらいは守ったらんと」

 

杉原の言葉には悔恨の色が滲んでいた。

 

「それ以外にも匿ってんだろ」

 

銀時は続けて問いかける。

 

「あのマヨラー、毎度毎度誰かさんが先回りして浪士共をぶちのめしていくって愚痴ってたしな」

「アイツら真選組の評判を落とすつもりやねん。隊士の中には一般人だろうとホンマに容赦なく斬り捨てる人もおる。彼らに民間人を殺させて、その噂を広げて、権力を削ごうとしとる。そんな事はさせん。俺の問題にあの人達を巻き込む訳にはいかん」

 

杉原の声に決意が宿っていた。彼は己の過ちを強く噛み締めていた。助けるべき人間を誤らなければ、京保は既にあの場で命を落としていた。そしてこんな悲劇も起こらなかったはずだ。

 

己が蒔いた種ならば、自分自身で刈り取らねばならない。それが杉原の覚悟だった。

 

どうせ死ぬなら、全てに決着をつけてから。そして犯してしまった罪を償うため、少しでも多く善い事をしてから死にたいと思っていた。ようやく、その時が来たのだ。

 

そうして一行はついに京保の会社に辿り着いた。その瞬間、建物から次々と浪士たちが現れ、一斉に斬りかかってきた。

 

杉原たちは迷うことなく武器を抜き、迎え撃つ。鋭い刃の光が飛び交い、銀時が次々と浪士を打ち倒していく。神楽も素早い身のこなしで敵を翻弄し、新八は的確な剣捌きで応戦する。

 

だが、浪士たちの中には明らかに戦い慣れていない素人の姿も混じっていた。それに気づいた杉原の剣が一瞬鈍る。その隙を狙い、1人の浪士が杉原に向かって刀を振り下ろした。

 

「剣を振れッ! 杉原ッ!! 迷うのは後にしろッ!」

「ッ──!」

 

銀時の声が轟き、その浪士を拳で叩き飛ばす。その言葉に奮起された杉原は、歯を食いしばり再び刀を振るう。

 

1人、2人、3人……杉原は倒し続けた。血を浴びながらも、冷徹な目で浪士たちを次々と打ち倒し、ついに会社の前に立つ全ての攘夷浪士を打ちのめした。

 

彼は返り血に濡れた刀を振って血を払い、着物の袖で刀身の油を拭う。そして静かに周囲を見回した。彼の表情には迷いはなかった。ただ、己の覚悟を全うするという決意だけがそこにあった。

 

(また、罪なき人を傷つけてしまった。また、罪を重ねた……)

 

杉原は心の中で繰り返した。胸の奥に鈍い痛みが広がる。今回の浪士たちは大した使い手ではなかった。それゆえ、なんとか手加減ができた。峰打ちで殴りつけるだけに留めたのだ。命を奪うことはない、その確信はあった。だが、それでも彼らの生存に対する保証があるわけではなかった。この混乱の中、他のテロリストに殺される可能性は十分にある。彼らの腱を切り、行動不能にしたとはいえ、不安は拭えない。

 

杉原の胸には後悔と懸念が渦巻いていた。しかし悔やむのも悩むのも後だ。今は成すべきことを成すのみ。迷う暇などどこにもない。

 

彼らは京保の会社を駆け上がり、緊迫した空気の中、社長室へと辿り着いた。だが、そこに京保進之丞の姿はなかった。すでに逃げ出しているのは明らかだった。

 

「どこへ行ったんでしょう……」

 

新八が悔しそうに呟き、神楽が周囲をきょろきょろと見渡す。その間、杉原は迷いなく社長室の机に備え付けられたパソコンに手を伸ばした。画面は起動したままで、彼の手は素早くキーボードを叩く。スクロールする画面には、さまざまな資料が並んでいた。

 

資料を流し読みするうち、杉原の目がぴたりと止まった。目を細め、画面を凝視する。

 

「……これか……」

 

企業としての購入品リストに、明らかに異質なものが混ざっていた。火薬……それも大量の火薬だ。だが、不審な点はそれだけではなかった。企業の業務内容には、当分爆破を伴うような仕事は入っていない。この火薬は何か別の目的に使われるものだろう。

 

(一体、どこを……?)

 

京保がここまで大それたことを仕掛けている以上、この火薬は計画の重要な鍵となるに違いない。彼の頭の中にいくつもの仮説が浮かび上がるが、その一つに特に嫌な予感が伴った。

 

「流通に打撃を与えたいらしいぜ」

 

銀時が声を上げた。その脇には、打ちのめされた攘夷浪士が転がっている。

 

「流通に打撃を、なんのために?」

 

新八が眉を寄せ、不思議そうに尋ねる。

 

「テロの目的って言うんは、無関係な人達を巻き込んで不安と恐怖を煽り、敵に心理的打撃と経済的打撃を与えることやねん」

 

杉原が説明する。

 

「敵対組織の企業活動を停滞させ、そこの国民達をも利用し、自分の主張を通らせることが目的や」

「もっと簡単に言って欲しいアル」

 

神楽が不満げに口を尖らせる。

 

「暴力は1番手っ取り早い主張や。ボコボコに殴って言うこと聞かせたいねん」

 

杉原は苦笑するように続けた。

 

「個人であれば殴って解決できるけど、国が相手だとそうもいかん。国を相手にするなら、経済にダメージを与えるのが1番わかりやすい。国自体を不安定にできるんやから」

「じゃあその経済的打撃ってやつを与えられる建物か何かを爆破するってことですか? 例えば、ターミナルとか?」

 

新八の推測に杉原は首を振る。

 

「ターミナルは幾ら何でも無理や。みんな狙うから、警備はどんどん厳重になっとる。この程度の組織にどうこう出来るもんやない」

「じゃあどこアルか?」

 

神楽が問い詰めるように訊くと、杉原は一瞬考え込んだ後、低い声で答えた。

 

「……肆条大橋、かもしれんな」

 

肆条大橋。ターミナルの側に設置された巨大な橋。川を跨ぐように架けられ、貿易の要となるその橋が落とされれば、流通は一気に滞る。特に宇宙から輸入される精密機器は江戸の発展に欠かせないものだ。もしこの橋が崩壊すれば、江戸中の経済が混乱に陥るのは確実だった。

 

杉原の胸に不安が広がる。可能性はある、だが確証はない。この仮説が間違っていれば、また無関係な人々が犠牲になる。火傷の古傷が引き攣り、痛みを訴えた。

 

(また間違えるわけにはいかない……)

 

思わずその傷を手で摩る。しかし、この場で迷う暇はない。杉原は深く息を吐き、思考を切り替えた。そんな時だ。

 

「よし、じゃあ肆条大橋だ」

 

銀時が声を張り上げた。その軽い調子に見えて、その裏にある決意が杉原には感じ取れた。

 

「俺が今決めた。行くぞー、お前ら」

「おう!」

「はい!」

 

銀時の背を追うように、神楽と新八が力強く応じる。

 

「お前も来い、杉原」

 

ちらりと振り返りながら、銀時が言った。その言葉には杉原の迷いを払う力が込められているようだった。

 

「テメーの罪とやらにケリをつけに行くぞ」

 

その言葉を背中で受け止め、杉原は慌てて歩き出した。“俺が今決めた”……銀時のその言葉は、杉原に責任を背負わせないための気遣いの言葉だった。

 

(情けない……)

 

杉原は胸中で呟いた。この場で最も責任を負うべきは自分だ。それにもかかわらず、銀時に背負わせる形になっている。その事実に苛立ちと後悔を覚えた。

 

(俺が責任を取らなければならない。この事件の責任は全て俺にある……)

 

彼は決意を新たにし、胸中の迷いを押し殺した。

 

再びバイクの背に跨り、夜の江戸を駆け抜ける。夜の街は昼間の喧騒とは異なり、静まり返っていた。銀時が原付を走らせ、エンジン音が低く響く。その後を、定春に跨った神楽と新八が追う。

 

石畳の道がタイヤに擦れるたび、微かな振動が杉原の手元に伝わった。冷たい夜風が彼の頬を打ち、視界に広がる江戸の街並みが、決戦の緊張感を高めていく

 

辺りには人影一つなく、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った江戸の夜の街。商店街の軒先に吊るされた提灯の赤い光が、風に揺れるたびに地面に揺らめく影を落としていた。すべてのシャッターは固く閉ざされ、屋台は片付けられ、残されたのはただ静けさだけ。まるで街全体が息を潜め、京保グループがもたらす恐怖に怯えているかのようだった。

 

杉原は静まり返る街を見渡し、小さく眉を顰めた。この異様な静けさと、住民たちの不安を映し出すような光景が、彼の胸にずしりと重いものを落としていく。それは罪の意識、あるいは責任の重圧から来るものかもしれない。

 

彼の心の揺れを感じ取ったのか、銀時はちらりと杉原を横目で見た。だが見ただけで、何も言わずに原付の速度を少しだけ上げた。その軽いエンジン音が、夜の静寂を細く裂いていく。

 

銀時の原付が前方を照らし、狭い路地を抜けるたび、古びた木造の家々が影のように後ろへ流れていく。風鈴が夜風に揺れて、わずかな音を立てた。その音は短く、すぐにまた静けさに吸い込まれる。たまに遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンの音が、物々しい緊張感をさらに煽っているようだった。そんな中、神楽と新八が乗る定春が銀時の後ろをぴったりと追う。三者三様の乗り物は、まるで一筋の糸で繋がれているかのように迷うことなく道を選んでいった。

 

やがて彼らは広い通りに出る。舗装されたアスファルトの道は、昼間であれば人力車や車両で溢れている場所だが、今は灯りが点いたビル群の間を縫う風しか動いていない。銀時はアクセルを少しひねり、速度を上げた。街路樹が並ぶ通りを越え、遠くにターミナルの影が浮かび上がる。その姿は、まるで夜空にそびえ立つ巨大な城のようだった。建物の窓から漏れる灯りが闇を押し返し、鉄とガラスの鋭利な輪郭を浮かび上がらせている。月明かりが微かにビルの表面に反射し、街灯の白い光と混じり合っていた。

 

「そういや、昨日はターミナル内で危険物が発見されたってニュースになってたっけな」

 

と銀時がポツリと口を開く。その言葉に、神楽と新八が小さく反応する。

 

「だから人が少ないんか。危険物が発見されると徹底的に捜査されるから、流通が少し遅れんねんな。……もしかしたら、それも仕込みかもしれへんけれども……」

 

と杉原が静かに言葉を返す。その低い声に、彼自身の焦りや疑念が垣間見えた。

 

「人が少なければ、爆弾仕掛けるのも見つかりにくいアルからな」

 

と神楽が続ける。彼らの声は風に溶けていくようにかすれたが、話しながらも彼らの視線はしっかりと前を向いていた。夜空にそびえるターミナルの全貌が次第に明らかになる。橋のある川辺が近づくにつれ、風が冷たく、強くなってきた。川面から吹き上げる風は湿り気を含んでいて、髪や衣服を冷たくなぶっていく。

 

やがて肆条大橋が見えてきた。その橋は巨大で、鉄骨がむき出しになり、頑丈そうな構造を誇示している。両脇に等間隔で並ぶ街灯が冷たく輝き、その光が川面に反射してゆらゆらと揺れている。橋の中央に向かうにつれ、風がさらに強さを増し、エンジン音が掻き消されるようになっていく。下を見れば、黒い川面が静かに流れ、月明かりを受けてちらちらと光を放っていた。

 

橋を渡る途中、前方に怪しげな一団が見えた。街灯に照らされてぼんやりと浮かぶその姿は、一見すると工事をしているようにも見える。しかし、その場に止められた大きなトラックや、不自然に配置された人影が、何かがおかしいと直感させた。

 

銀時はすっと原付を止めた。そのまま静かに降りると、視線を鋭く向ける。杉原もそれに続き、神楽と新八も定春から降り立った。

 

「すいません。工事中でして」

 

と、一人の男が近づいてきた。ヘラヘラとした態度で笑みを浮かべているが、どこかぎこちなさが見え隠れしている。杉原の目は、男の背後に隠された刀に向けられていた。

 

「おい兄ちゃん。ドリルと間違えて刀持ってきちまったのか? んなもんじゃ工事なんてできねえだろう?」

 

銀時が冷ややかに突っ込むと、男は一瞬顔を引き攣らせた後、舌打ちをして刀を抜いた。その目が、突然杉原に向けられる。杉原の顔を認めた瞬間、男は口元を歪めて笑い出した。

 

「間抜けが今更、のこのこと誘われて出てきやがった!」

 

嘲るような声が響き、周囲の浪士たちがぞろぞろと現れ始める。あっという間に4人は包囲され、浪士たちの冷たい視線が彼らに突き刺さった。

 

浪士たちはそれぞれ刀を抜き、油断なく構えを取る。その様子に神楽は武器を握り直し、新八も気を引き締める。杉原もまた、胸中に複雑な感情を抱えながらも冷静に腰の武器を掴んだ。風が強く吹き付ける中、彼らの決意が鋭く交差する。その夜の肆条大橋は、ただの闇に覆われるだけでは終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

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