銀魂小編   作:佐倉シキ

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天人ハザード編 5

 

 

 

 

「新八ィ、神楽連れて下がっとけ」

 

新八は銀時のその声に従い、倒れている神楽を定春の背中に慎重に乗せた。神楽の表情は苦痛に歪んでいる。その様子を見つめる新八の胸には焦燥と不安が渦巻いていた。思わず彼女の名を呼ぶ。

 

「神楽ちゃん! 大丈夫!?」

 

側にやってきた定春の目が心配そうに神楽を覗き込み、低い声で「ワン……」と悲しげに鳴いた。新八はその背に手を置き、仲間を支えながら銀時と木坂の戦いの場から後退した。

 

銀時が木刀を構え、木坂と向き合うその場の空気は張り詰めていた。二人の間には鋭い剣気が漂い、今にも切り結ぶ寸前の緊張感が満ちている。その様子を一瞥した新八は、文子に問いかけた。

 

「文子さん、神楽ちゃんの状態、これ……治せますか?」

 

文子は倒れた神楽に近づき、慣れた手つきで彼女の額に触れ、脈を確かめた。その動きは正確かつ冷静で、医者としての確かな腕前を感じさせるものだった。しかしその眉間には少しだけ険しい影が差す。

 

「何の薬品を打たれたのかが分からないと何とも言えないわ。でも……この感じだと、多分」

 

文子の言葉に答えるように、神楽がか細い声を出す。

 

「……キンシカンザイ……って……アイツが言ってたアル……」

「あら、喋れるの? 凄いわね」

 

弱々しい声で絞り出された言葉に、文子の目が驚きで見開かれた。

 

「これが夜兎の力、筋弛緩剤を多量に打たれたでしょうに喋れるのはすごいわね。この状態だと普通は昏睡してもおかしくないのに……」

 

そう言いながら文子は懐から小さなケースを取り出し、中から注射器を一本取り出した。その動きにはためらいがなく、新八の胸には一筋の希望が灯った。しかし、それを遮るように神楽が再び口を開いた。

 

「……使わなくていいアル……」

 

新八は驚き、目を見開いて神楽を覗き込んだ。

 

「神楽ちゃん!? 何言ってんだよ!!」

「……私、多分……動き出したら、ゾンビになると思うネ……今動けないの……丁度いいアルヨ……これ以上……足手まといには……なりたくないアル……」

 

神楽の瞳には自分の状況を理解している冷静さが宿っていた。文子は短く息を吐き、小さく頷いた。

 

「分かったわ。じゃあ、呼吸不全にならないようにだけ治療しておく。それでいいわね?」

「……お願いするネ……」

 

文子は即座に治療を開始した。その手元を見つめながら、新八は銀時と木坂の激しい戦いを振り返る。その刃の応酬は目を見張るほどの速さと迫力があり、新八の心に不安が募った。しかし、それを振り払うように文子に問いかける。

 

「文子さん、木坂さんはこのウイルスに対する対抗薬を作っていませんかね?」

「対抗薬……?」

「今この場で僕らにできる事はありません。それなら銀さんが木坂さんを引きつけている間に僕らはここでウイルスをなんとかする方法を探したらどうかな、と思いまして」

「なるほど……」

 

文子は一瞬考え込むように視線を落とした後、顔を上げた。その表情には思案が滲んでいたが、答えには確信があった。

 

「可能性はあると思うわ。玄瑞はそういうところ、用意周到だから……」

 

慎重で臆病な性格の彼ならば、このような事態を予想して対策を講じている可能性は十分にあった。文子は静かに頷いた後、決断を下したように言う。

 

「探してみましょう。この施設のどこかに必ずあるはずよ」

 

新八もその言葉に力強く頷き、銀時を信じて施設内の探索に全力を尽くすことを決めた。

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

その後、彼らは施設内の部屋を次々と探し始めた。しかし、その行く手を阻むように攘夷志士たちが次々と襲いかかる。新八は木刀を振り回して応戦し、定春はその巨体で敵を吹き飛ばしながら突き進む。文子もまた投げたメスや注射器で巧みに敵を制圧していく。

 

「ああ、もう! いつのまにこんなに増えてたんだよ!」

 

新八が苛立ちを露わにしながら叫ぶ。そんな彼に、定春の背中に横たわる神楽が声をかけた。

 

「泣き言言うなよぱっつぁん、お前が選んだ道だろ」

「何で偉そうなんだよお前はよ!」

 

苛立ちながらも必死に木刀を振りおろす。一人一人がそこまで強くないのが唯一の救いだった。そんな中、新八が声を上げる。

 

「とりあえず部屋片っ端から見ていきますか!?」

「効率悪いけど仕方ないわね」

「皆定春に乗るといいアル。その方がよっぽど速く動けるネ」

「ワン!」

 

神楽の提案に答えるように定春が元気よく吠え、新八と文子がその背中に飛び乗ると、猛スピードで施設内を駆け抜けた。次々と部屋を巡り、敵を蹴散らしながら進む中、ようやく文子が一つの部屋にたどり着いた。

 

「ここだわ!」

 

文子が叫びながら部屋に入る。新八と神楽もその後に続き、部屋の中を見渡した。そこには巨大な装置が鎮座しており、その周囲には薬品が整然と並べられている。

 

「これは……」

 

新八は装置を見上げ、驚きと疑念が入り混じった表情を浮かべた。それはどこかで見たことのあるものだった。

新八の目についたのは大筒のようなもの、真選組の沖田がよく使っているバズーカに近い形状の何かだ。そして特別な機械に入れられたさまざまな薬品も確認できる。

 

「新八くん、眉毛ゾンビの事件、覚えてる?」

 

文子が静かに問いかける。その言葉に新八は困惑しながら頷いた。

 

「え? 何で今その話するんですか?」

「かつてマルコメ族がアンデラス戦役において猩猩星を迎撃する為に使ったウイルス、RYO-Ⅱが蔓延したあの事件。からくり大筒『莫迦門』で幕府が開発したワクチン『B-超5963』を空に向かって打ってウイルスを撲滅したでしょう」

「よくシリアスな顔で言えますね今の。ていうかさっちゃんさんのあの説明本当だったんだ。てっきりふざけてんのかと思ってました」

「デコボッコ教が使った性転換ウイルスとか、竜宮城の玉手箱Gとかも同じ。空から打ち出したワクチンで皆を元に戻した」

「え、それってもしかして……」

「どこかにあるワクチンをこの大筒で空に放てば皆病から解放されるかも知れないわ」

 

文子が装置を調べながら言う。その言葉に新八は驚きながらも納得し、希望の光を感じた。

 

「この装置にワクチンを装填すれば、空から散布できるわ。玄瑞が作った対抗薬があれば……これで皆を救えるかもしれない」

 

文子の手が装置を確かめ、薬品を指差して「ビンゴね」と言った。その瞬間、部屋の中には希望の光が差し込んだように感じられた。

文子が手にした資料をめくる音だけが部屋に響いている。その手元を注視しながら新八は尋ねる。

 

「でも、どこかにあるワクチンって……」

 

神楽が少し苦しそうな声で続けた。

 

「この部屋、似たような薬品いっぱいあるアルよ。文子、どれがワクチンか分かるアルか?」

 

文子は眉を寄せて薬品が並ぶ棚を一瞥した後、首を横に振った。

 

「さすがにわからない……」

 

ため息混じりにそう答えると、近くの机から乱雑に積まれた書類を引き寄せて開き始める。その表情には焦りが滲んでいたが、手の動きは迅速で正確だ。

 

「暗号化されてるみたいね。ここに解読の手掛かりがあるはずだけど……読み解くのには時間がかかるかも」

 

資料を覗き込もうとした新八だったが、見た瞬間に頭がクラクラしてきた。細かな字でびっしりと書き込まれた科学的な数式や符号が、彼にはまるで暗号どころか異国語にしか見えなかった。すぐに諦めた新八が問いかける。

 

「どれくらいかかりそうですか?」

「それは私にもわからない。バレないように暗号化されてるから、結構かかるかもしれないわ。急がなきゃいけないのは分かってるんだけど……」

 

文子の冷静な声が周囲の緊張をさらに引き締めた。だがその瞬間、遠くから何かが床を揺らすような大きな足音が聞こえてくる。それに続く男たちの荒々しい声。

 

「いたぞ! こっちだ!!」

 

攘夷志士たちが迫ってきたのだ。音が近づくにつれ、重苦しい気配が部屋を包む。新八が咄嗟に身構え、文子に目配せをする。

 

「僕らが足止めしておきます! 文子さんは解読を続けてください!」

「任せとくネ! 定春はやればできる子アル!」

「ワンッ!!」

「僕は!?」

 

神楽がそう叫ぶと同時に定春が吠えた。ナチュラルに省かれた新八の非難する声を遮るように文子が冷静に言葉を紡いだ。

 

「……じゃあお願いするわ。時間を稼いで」

 

子供に危険なことをやらせるなんてと文子は一瞬迷ったように目を伏せたが、自分がここで急いで解読しなければ全てが無駄になると覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

「……って、威勢よく飛び出したはいいけれども!!」

 

何人もの攘夷志士を倒したはいいがまだまだ数が多い。定春が何人も殴り飛ばしてくれるのが心強い。神楽が活動できればそれが一番良いのだが、今の彼女は定春にしがみつくのが精一杯だ。そのくせに「気張れよ新八ィ」などと茶々だけは入れてくるのが腹が立つ。

 

10分か、20分か。

やがて新八にも限界が近づいてくる。彼の吐く息はゼェーゼェーと荒い。定春だって疲れてきたのか攻撃が大雑把になっていた。

 

それでも歯を食いしばって新八は木刀を握り直し、立ちはだかる。神楽は定春にしがみついたままいつもの調子で新八を叱咤する。

 

「新八、根性見せるアルよ!」

「分かってるよ! まったくもうッ!」

 

そんなやり取りが繰り広げられる中、攘夷志士たちが部屋に押し寄せてきた。

 

(やるっきゃない!)

 

新八は自らにそう言い聞かせながら、「せぇいッ!」と声を上げて敵を勢いよく木刀で弾き飛ばす。定春もその巨体を活かし、数人の男をまとめて吹き飛ばしていた。

 

だが、敵の数は多い。次から次へと現れる攘夷志士に対し、新八の息は更に荒くなり、動きも鈍っていく。

 

「……くっ、終わりが見えないぞ!」

 

額に汗を滲ませながら叫ぶ新八。その時だった。

 

「新八、後ろネ!!!」

 

神楽の鋭い声が響く。同時に、新八の背後から刃が迫る。

 

「まずッ!」

 

反射的に身を屈めた新八だったが、その刹那、何かが風を切る音とともに通り過ぎた。それが敵の肩に突き刺さり、攘夷志士が一瞬驚愕の表情を浮かべる。そのまま男はフラリと崩れ落ちた。

 

「え? 何だ?」

 

新八が戸惑いながら状況を把握しようとする。すると周囲の攘夷志士たちが次々に倒れ始めた。

 

「新八、お前……なかなかやるアルな」

 

神楽が驚いたようにそう言うが、新八は首を振りながら叫んだ。

 

「いやいやいや! 僕じゃないよ!」

 

男たちの体には注射針のようなものが刺さっている。まさかと思い振り返ると、文子がスタスタと近づいてきた。

 

「解読、終わったわ」

 

その声に新八は驚き、息を呑む。

 

「しかも、ついでに睡眠薬も見つけたの。これでしばらくは目を覚まさないわね」

 

文子の手には注射器が握られていた。その手際の良さに新八は感嘆の声を漏らし、神楽が元気に口を開いた。

 

「これで安心ネ! 私にもワクチンを打ってほしいアル!」

 

文子は頷き、注射器を神楽に刺した。

 

「おぉ! 楽になったアル! 身体が軽いネ!」

「玄瑞が余分に作ってたワクチンがあったのよ。あの心配性も、偶には役に立つわね」

 

その言葉に神楽は拳を握り締め、笑みを浮かべた。

 

「元気100倍ネ! これであのクソ医者をぶっ飛ばせるアル! あの野郎、私が不調だからって調子に乗りやがって許せないぜチクショー」

「神楽ちゃん、木坂さん文子さんの彼氏だから一応。そう言う発言は控えたほうが……」

「別にいいわよ。もっと言っても」

「文子さん!?」

 

神楽の発言に苦笑する新八をよそに、文子は大筒を取り出して渡した。

 

「これを屋上から空に打ち上げれば、騒動は終わるはずよ」

「文子さんはどうするんですか?」

「私は二人のところに戻るわ。心配だもの。玄瑞を手当てしてあげないと」

 

神楽が肩をすくめながら笑う。

 

「こっちは私達に任せるといいアル。そんで文子は彼氏を紅葉つくくらいの強さで思い切り叩いてやるといいネ」

「そうね」

 

文子は小さく笑い、新八に目を向ける。

 

「それじゃあ、貴方も任せたわよ。ジョセフ」

「いい雰囲気のところ悪いですけど誰がジョセフ?」

「文子も気をつけろよ!」

「ええ」

「行くよ定春!!」

「ワンッ!」

 

明るく答えた定春はそのまま新八の襟首を咥えた。

「ちょ、ま、ギャァァーー!!!」という新八の悲鳴が段々と遠ざかっていく。駆け抜ける定春の勢いの前に攘夷志士は成す術がなく吹き飛ばされていた。彼等は大丈夫だろう。きっと成し遂げる。

 

問題はあの2人の方だ。

そう考え文子は

2人の元へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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