雲ひとつない晴天の空が広がる江戸。風はどこか穏やかで、春の香りを漂わせている。そんな中、真選組屯所の一番隊執務室では、季節感を全く無視しただらけた声が響いていた。
「九番隊さぁ、検挙率一番下らしいよ」
「そうなんですかぃ?」
声を発したのは金髪で顔中にピアスを施した男、九番隊隊長の
「そそ、俺っち副長にバカ冷たい目で睨まれたもん。マジ無理、メンケアして?」
「無理でさぁ。はいロン、終わりです」
沖田が無造作に牌を倒す。二木は牌の並びを見るなり、大げさに「おわぁぁぁ」と声を上げて頭を抱えた。
「沖田くん容赦ねぇ~。もっと歳上に忖度しろ?」
「俺の辞書に手加減って文字はありやせん。という訳でこのお高い菓子類は全て俺のもんです」
沖田が勝利の報酬として手元に引き寄せたのは、
「実際の所、二木さんの所どんくらいなんですかぃ?」
沖田が問いかけると、二木はだらしなく座り込んだまま指で空をなぞる仕草を見せた。
「一番がいつも通り永倉さんのトコね。んでウチは何とその10分の1」
「あららぁ、じゃあウチは?」
「一番隊は二番隊の6割くらい? でも建造物の破壊がエグいからそこで結局マイナスだって言ってたわ」
沖田は不満げに舌打ちをした。
「ちっ、いちいち細かい男でぃ」
「そういや総長がまた勘定と話して顔色悪くしてたって」
「ありゃ……んじゃ、山南さんには後でこの菓子でも送りましょうかねぃ」
「賄賂?」
「お気持ちでさぁ」
「土方さんには?」
「アイツのことは知ったことじゃねぇや」
評価を下したのは総長の山南ではなくその更に上、副長だ。すぐに察しがついたらしい沖田は顔をしかめ、不快感を隠そうともせずにそう呟く。
「お゛ぇ゛~」
一方、二木はまるで潰れたカエルのような声を上げ、無造作に畳の上に倒れ込んだ。そんな彼の首元からタトゥーがちらりと覗く。金髪、ピアス、そしてタトゥー。どう見ても警察らしからぬ容姿の彼が、真選組九番隊隊長という事実は、ある種の驚きを通り越して妙な説得力すら感じさせた。なぜなら真選組は江戸の市民たちから“チンピラ警察”と揶揄されているからである。
「俺っちそろそろガチやばいよ」
「でしょうねぃ。隊士共がアンタを見ると緊張してまさぁ」
「まぁじで困った。困った越してちょいめんどい」
二木がだらしなく転がったまま、ぼそりと愚痴を零す。
「お兄ちゃまがヤンチャしすぎたからだぜ、全く……」
そんな二木の言葉を聞いて、沖田は思わず眉をひそめた。あの風貌の男と“お兄ちゃま”という言葉の組み合わせがあまりにもシュールだったからだ。
「やっぱここらで一発ドカンとデカい星上げて信頼してもらうしかないかなぁ、単純な作戦だけど」
「解ってんじゃねぇか二木」
唐突に聞こえた低い声が二人の間に響く。その声に驚いた二人は同時に「うわぁ」と声を上げ、後ろを振り返った。
タバコの匂いを纏った精悍な男が二人を睨んで立っている。真選組副長、土方十四郎だ。鋭い眼光が沖田と二木を交互に射抜く。
「職務放り出して賭け麻雀とはどういう了見だ? 総悟、二木。士道不覚悟で切腹だぞ」
土方の冷ややかな声に、沖田はお菓子をつまみながら平然と返した。
「なんでぃ土方さん。俺らはもうただの麻雀じゃ血が沸かねぇんですよ。何か、失うものと得られるものがねぇと」
「何開き直ってんだテメェは!? 仕事サボって賭けに興じてんじゃねえっつってんだよ! テメェら掃除はどうしたよ?」
怒りをぶつける土方に対し、沖田と二木はそれぞれ適当な言い訳を口にする。
「俺んとこはホラ……清蔵さんが張り切って掃除をしている気がするんで、多分大丈夫です」
「俺っちは掃除しようとすると逆に掃除されそうな危ねえ立場なんで、自主的に大人しくしてます」
その場しのぎの言葉に、土方はさらに激昂する。
「言い訳してんじゃねえぞ二木。つーか総悟に至っては“気がする”って……テメェ、ナメてんのか!?」
「よく分かってんじゃねぇですか」
「殺されてぇのか!!?」
土方と沖田のいつもの喧嘩が始まる。その隙に、二木は逃げ出そうと立ち上がった。
「おい、逃げんじゃねえ二木」
土方が鋭い声で制する。その声に肩を震わせた二木が、振り返る。
「うげぇ、バレた……」
「当たり前だボケ。お前に話があって探してたんだよ、着いてこい」
そう言い残して土方はさっさとその場を立ち去る。二木は慌ててその背中を追いかけようとしたが、その時沖田が一言。
「南無阿弥陀」
沖田らしい軽口に、二木は振り返る余裕もなく声を荒げる。
「まだ死なねぇからね!? 俺!」
そう叫びながら、二木は土方を追って廊下を走っていった。沖田はその背中を眺めながら飄々と笑い、奪い取った菓子類を一つ手に取ると、悠然と頬張り始めた。
* * *
畳の敷き詰められた部屋の中、静寂を切り裂くように土方の低く厳しい声が響いた。「お前、今の自分の立場は分かってるよな?」と。部屋の中に漂うのは、彼の吸うタバコの煙の匂いと、重たい空気。胡座をかいた土方と、正座させられた二木の姿は対照的だった。
「切腹カウントダウンなうって感じっスよね」
「いやそうだけど、何か軽いんだよな」
気楽な調子で応じた二木だったが、視線は土方の顔色をうかがっているようにも見えた。その姿を土方は冷たく一瞥すると、ため息交じりに言葉を続けた。
二木は座ったまま肩をすくめる。「軽く行かなきゃ重く沈むじゃないっスか」とでも言いたげな表情だったが、それを口に出す気にはならなかった。
「はっきり言おう。隊士の中にはお前を処罰しろとの声も多い」
その言葉が放たれた瞬間、二木は初めて驚いた表情を見せた。眉を上げ、少しだけ体を後ろに引く。「え? ツラ」と言葉を漏らすが、土方はそんな二木の様子に構わず言葉を続けた。
「近藤さんは身内を疑うようなことするなって言ってたんでな。だから俺が代わりにお前に言う。お前は伊東の弟だ。奴と同じタイミングで入隊してる。それだけでも疑われるには十分だが、奴がクーデターを起こす直前まで、お前は伊東派の連中と親しくしてたよな」
二木はその言葉を否定せず、素直に頷いた。「まあ、そうっスね」と短く答えるだけだ。
土方はタバコを一本吸い終え、灰皿に押し付けながらさらに言葉を重ねた。
「だからだ。お前を伊東派だって思ってる奴も多い。兄を殺されたお前が復讐のためにまたクーデターを起こすんじゃねえかってな」
「いや俺っち、復讐したいと思うほどあの人に思い入れねえっスよ。腹違いだし、全然話してねえし、嫌われてたし」
「お前がそうでも、隊士たちはそうは思わねえってことだ。ただでさえお前は素行不良が目立つ。みんなビビってんだよ」
土方はその言葉の後、ふぅと煙を吐き出した。その煙はゆっくりと天井に向かい、薄く広がっていく。それを二木はぼんやりと目で追った。
「ビビられてる、ねぇ……」
二木は小さく笑い、心の中で考えを巡らせる。自分の見た目が警察官らしくないことは自覚している。ピアスだらけの顔に、派手な金髪。整った顔立ちがかえって近寄りがたさを増しているのも承知だ。それでも、エリートだらけの見廻組や新徴組ではなく、真選組のような荒くれ者の集団で自分がそこまで恐れられるとは思っていなかった。
「九番隊が攘夷浪士の捕縛数少ないのも、お前が浪士共と繋がってるからじゃないかってな。伊東も高杉と繋がっていた。お前もどっかと繋がってんじゃねえかって考えてんだよ」
「妄想が激しすぎるっスよ、めんどくさい女の子じゃないんだから。俺っちの部隊の成果が少ないのは、単純に俺のやる気がないからです」
「今ここで斬り殺してやろうかテメー」
その言葉に土方は顳顬をひくつかせ、怒りを込めた目で二木を睨みつけた。土方はわざとらしく大きなため息をつき、厳しい声で問いかける。
「局中法度第21条は?」
「敵と内通せし者、これを罰する」
「分かってんなら良いんだよ」
土方はタバコを吸いながら、じっと二木を見つめる。その視線には鋭さと冷静さが宿っている。
「良いか、二木。今お前は疑われてる立場だ。お前が無駄に無駄な気を遣って隊士を避けているせいで、疑いは余計に深まってんぞ。自分の疑いは自分で晴らせ。言葉でも行動でも何でも良い。隊士たちに自分は白だと納得させるんだ。このままいけば切腹だぞ」
二木はその言葉を聞きながら、心の中でため息をつく。「難しいことを仰りますなぁ」と口にしたものの、具体的な案は何も思い浮かばなかった。
「ちなみに期限は今月中な? 今月中に成果あげなきゃ切腹だから」
「え? ツラ」
再びその言葉が二木を驚かせた。切腹という言葉はあまりに重く、彼の心にどっしりと圧し掛かる。切腹なんてあんなもん、相当ノリノリでアゲアゲな状況で酔っ払ってなきゃ無理だろう。よく考えろ、己の腹を切るのだ。正気で出来るわけがない。でもやれと言うからにはやらされるのであろう。なんせ鬼の副長だ。シンプルに怖い。
土方はそれだけ言い残して部屋を出て行った。
部屋に一人取り残された二木は、ぽつりと呟く。
「ガチで切腹てなったらライブ配信して炎上させてやろ」
そして軽く肩を回しながら立ち上がる。
「真選組炎上編だ。主人公は俺」
部屋を出て、自室に戻ると、隊長用の上着を腰に巻き、お気に入りのワークキャップをかぶる。そして長船M-IIを腰に差しながら言う。
「偶には、ちゃんと仕事しなきゃな〜」
そう呟き、外の光が差し込む門を目指して歩み始めた。街へ出ることで、少しでも状況を打開する糸口を探そうと考えていた。
タバコを咥えたまま二木は屯所の外へ出ると、冷たい空気が肌を撫でる。冬の訪れを感じさせるその風は、彼の金髪をほんの少し揺らした。歩きながら考える。「成果、成果って簡単に言うけどなぁ……」と、つい口にしてしまう。街は平穏そのもの。活気づく商人の声や、子供たちの笑い声が響き渡っている。こんな場所で「成果」と言われても何をすればいいのか見当もつかない。
数刻歩き回ったところで、見慣れた看板が目に入る。ネットカフェだ。
「……もうめんどくさいから、あれで良いや」
と呟くと、タバコの煙をゆっくりと吐き出し、足を止めたのだった。