衝撃波と熱風が収まるのを待って、シンは退避壕から外に出た。
目前の空には、まだキノコ雲が立ち上がっていた。
シンはオークの集落のあった場所に飛行スキルを使って近寄ると、スキル・万能計測分析で爆心地と周囲の放射線を確認する。地面はまだ高温で、陽炎が立ち昇り揺らめいている。
シン自身はサブコアを持っているお陰でダンジョン外でも限定的に不死なので、例え高温だろうと致死量の放射線があろうと平気なのだが、折角作った服や靴にダメージが入るのが気に入らないらしい。
(ウランとかプルトニウムを使ってないし、D−T反応みたいに中性子も出さないから影響は少ないね。一部ガンマ線で放射能化してるけど周囲の放射線量は毎時で1μシーベルト以下だし生態系への影響は殆ど無いかな)*1
一キロトン未満の威力*2ではあったが、発生した熱線と衝撃波によりオークの集落はオークの死体も含めて跡形も無く消滅して更地となっている。
そして、発生した熱線と熱風により周囲の一部で森林火災が発生していた。
「あ、やばい! 消火しないと不味い!」
シンは慌てて火災を起こしている周辺大気を押し退けて真空状態を作り出して消火を試みる。
広範囲なので凝集で水を作り出すよりも効率が良いと考えたからだ。
大気を押し退けた事で大気圧が下がり断熱膨張による温度低下もあって火元の温度を下げ再燃を防ぐのにも一役買った。
「後始末の方が
それはそれで、オークの死体の後始末が発生するから五十歩百歩ではあろう。
消火を終えたシンは、少し落ち込みながら生き残りが居ないかを確認すると、更地になったオークの集落を後にして、一人待つストリクタの
一方、港町グランダルボの多くの住民はその日の夕方も近い時間(およそ午後四時頃)に町の西にある低い山というか小高い丘の向うの空が眩く光るのを目撃した。
光ってから暫く後に遠くで雷が落ちた様な「ドーン」という音が町中に響き渡る。
光った方を見ていると真赤な火の玉が山陰から現れ膨らみながら空を昇って行き、見たこともないキノコの様な雲が姿を現した。
「なんだありゃ?」
「……なんと不気味な」
「天変地異の前触れか?」
「新手のモンスターかも知れないぞ!」
建物等に被害は出なかったものの、パニックを起こす者が続出してグランダルボの町は大混乱に陥った。
グランダルボを含むマルボルド領一帯を治める伯爵である領主のフューダ・エアリルも執務の合間に庭で休憩していた時に偶々それを目撃していた。
「な、なんだあの
不気味に立ち昇るキノコ雲を見て、言い知れぬ不安が彼を襲う。暫く呆然としてキノコ雲を眺めていると執事がやって来た。
「エアリル様、ご報告が」
「
エアリルは目線でキノコ雲を指す。
「
「分かった。直ぐに手配してくれ。ああ、それと冒険者ギルドへ使いを出して支部長を呼び出すのも忘れずにな」
「畏まりました」
執事は一礼すると足早に立ち去ると、入れ替りでフューダの妻であるシヨリノ・エアリルが侍女に支えられながら真っ青な顔をして姿を見せた。
「シヨリノ、どうした?」
「あなた、
自らの肩を抱きながらガタガタと震える妻の姿を見てフューダは自らの恐怖心を抑え込み妻のシヨリノに微笑みかける。
「心配しなくて良い。直ぐに冒険者ギルドと連携を取って兵を調査に向かわせるからな。ただ、念の為にお前達はグランダルボから直ぐにでも離れられるように準備だけはしておきなさい。サヴィナ、シヨリノと子供たちを頼む」
「
「あなた、危ない事はしないで下さいね」
そう言ってシヨリノは侍女のサヴィナに支えられながら自室に戻って行った。
「危ない事か。領軍を指揮して現地に赴かないとならないから、危険を冒さないという約束は出来ないんだよ」
マルボルド領伯爵、フューダ・エアリル三十四歳は薄れ行くキノコ雲を睨み付け、拳を握り奥歯を噛みしめ覚悟を決めると冒険者ギルドの支部長を待つ為に執務室へと向かった。
ほぼ同時刻、冒険者ギルド・グランダルボ支部も混乱していた。
窓口には町から逃げ出そうとする裕福な者達の代理人が護衛依頼の為に多数殺到して受付担当が捌き切れずに代理人同士で喧嘩が始まるわ、一般人もギルドなら何か分かるかもと問い合わせに押し寄せるわ、冒険者は冒険者で稼ぎになるかもとギルドで待機する者に早々に移動の申請を出す者など、とにかく人でごった返して喧騒に包まれていた。
そんなグランダルボ支部の支部長室に老齢に差し掛かろうかという白髪頭の男性が腕組みをして座っていた。
グランダルボ支部長のマヌゲラである。
老いて尚、猛禽を思わせる目元からの眼光は鋭く、服の上からでも分かる筋肉はとても六十歳近いとは思えない程に鍛えられている。
マヌゲラはスツルタの前支部長であり、ストリクタの上司でもある。畳もうとしたスツルタ支部をストリクタに頼み込まれて、彼に任せた張本人でもあった。
「遅いな、ストリクタの奴。プリゾントと入れ替りでこちらに向かっているはずなんだが」
彼はストリクタを待っていた。時間的には異変が起きた頃には、疾うにグランダルボに着いていてもおかしくはない。なのに彼はまだ姿を現さないのだ。
「異変のあった方角から街道は外れているはずだが、まさか巻き込まれたんじゃあるまいな」
その時、ドアがノックされた。
「入っていいぞ。それで何か分かったか?」
入室して来たのは事務方のトップで副支部長のオフィセヨである。
「いえ、まだ何も。異変の件について領主様からの至急の呼び出しです」
「合同調査でも持ち掛けて来たか」
「ええ、その通りです。領主様自ら領軍を率いて出るそうなので、周辺警戒と治安維持協力を冒険者に任せたいとの事で、支部長と至急打ち合わせをしたいと」
マヌゲラは机に手を着いて立ち上がると、オフィセヨに告げる。
「分かった。領主様が動くんなら、こちらも最大限の協力はせにゃならんだろ。今から領主館へ向かう。ああ、もしストリクタの奴が来たら留め置いておけよ? 移動中に異変の事で何か目撃したかも知れん」
目撃者と言うより当事者なのだが知らぬが仏とはよく言ったものである。
さて、そのストリクタであるが、何をしているかと言うと、街道脇にシンが作ったかまくら型のシェルターの中でシンにたっぷりと愛を注いでいた。
戻って来たシンから「疲れたからストルのをいっぱいちょうだい」と可愛くお
「それで、オークどもは殲滅出来たんだな」
何度も愛しい嫁のお強請りに応えた後、胡座をかいたストリクタの膝の間に向かい合って座るシンを抱きながら、彼は今更ながら彼女に結果を確認する。
お前ら、そっちの方を先に確認するなり話すなりしてから盛りやがれください。*3
「少なくとも集落に居た連中は綺麗さっぱりと消し去れたよ。集落の外に出ていたのまでは確認してないけど」
ストリクタの肩をはむはむと甘咬みして甘えながらシンが答える。
「生き残りが居ても大した数じゃないだろうから放っておいても大丈夫だろう。明日はグランダルボまで移動するからな?」
「うん。お陰で
実は淫魔種は身体の粘膜の何処からでも吸精出来るのだが、その淫魔種がベースになっているシンは、ストリクタとの生活でサブコアを介して地脈からエネルギーを吸い上げるよりも、彼に精気を注いで貰った方が遥かに効率が良く更に喜びも得られる事に気付き、事ある毎に沢山お強請りをするようになっていた。
「少し休むか」
「そうだね。なんか今日は気疲れしたよ」
ほぼ無限のスタミナを持つ二人ではあるが、流石に気疲れはするらしい。
二人は抱き合ったまま横になり毛布を被った。
明けて翌朝、シンとストリクタは身支度を整えるとグランダルボに向かって歩き出す。
暫く歩いて行くと前方から武装した集団がやって来るのが見えた。
それは早朝にグランダルボを発ったフューダ・エアリル・マルボルド伯爵に率いられた領軍とマヌゲラ率いる冒険者の集団であった。
「あ、やべえな」
ストリクタは昨日の件で彼らが動いたのを察した。シンもシンで「マズい」と思っている。
ここは知らぬ存ぜぬで通すか、それともオークの集落の件を正直に話すか、二人は悩む。
そうこうしているうちに集団から一人先行してシン達に向かって来る者が居る。
「おーい! ストリクタ! 無事だったか!」
「げぇ、マヌゲラのおやっさんかよ」
「知り合い?」
「前のスツルタ支部長でグランダルボ支部長の、俺の恩師で恩人だよ。こりゃあ誤魔化されてはくれなさそうだ……」
「あれ? なんか鎧を着て馬に乗った偉そうな人も来るよ?」
旗持ちを従えて馬に乗り、マヌゲラとともに向かって来る人物にシンが気付く。
「あの旗の紋章は領主様じゃねえかよ……」
「やっぱり
「考えてみりゃ、あんだけ派手な光と音と雲だもんなぁ……」
この色惚けコンビは、すっかりその辺が頭から抜けていた。
そんなグダグダとシンとストリクタがやり取りをしているうちに、マヌゲラとマルボルド伯が近くまで来てしまった。
「よう、ストリクタ。昨日には着くはずが来なかったから心配したぞ。それにそっちが嫁のシンか。宜しくな」
マヌゲラがストリクタに話しかけて、その肩を遠慮なくバシバシと叩く。
「マヌゲラ殿、その御仁は?」
馬上からマルボルド伯のフューダ・エアリルが問い掛けた。
「これは失礼しました。此奴はスツルタ支部を預けているストリクタと申す者でして、儂の弟子みたいな者です」
「ほう、其方がストリクタか。土地借用の件はディレクデから聞いている。だとすると隣に居るのがシンと申す魔法使いか?」
「ご領主様に於かれましてはご機嫌麗しく」
頭を下げて畏まった挨拶を始めるストリクタ。シンもそれに倣い頭を下げた。
その時、シンを見ていたフューダの目が僅かに見開かれる。
「ああ、良い良い。大事が起きている故に畏まった挨拶は抜きだ。この街道を通って来たなら其方らもあの
挨拶の途中でフューダがストリクタを制して止めさせる。
「あ、それはその」
「畏れながらご領主様、ご様子から伺うに調査に赴かれる途中と存じます。私共は
言い淀むストリクタに代わり、シンがフューダの質問に答えた。
「ふむ、なにか危険や異変は無かったか? 例えば体調が悪くなるとか」
「何もございません。焼けた更地があるのみでございました。そうそう、周囲に山火事が広がりそうでしたので魔法で消火をしておきました」
それを聞いたフューダは鷹揚に頷いた。
「それは重畳。大義であった。ではストリクタにシンよ、その場所までの案内を頼めるか?」
シンがストリクタを肘で小突くと、はっとして彼はフューダに返事を返した。
「御意に」
「では宜しく頼む。それとシン。後でその背嚢をよく見せて貰えるか?」
「背嚢を、でございますか?」
「なに、取り上げるとかでは無いから安心しろ。変わった造りと柄なので珍しく思ったのでな」
「……御意に。あの、ご領主様、お見せするのは構いませんが一つお願いがございます。その、中身は見ないで頂けませんでしょうか」
もじもじしながらシンが言うと、フューダは怪訝な表情を浮かべた。
「なんだ? 見られて困る物でも入っているのか」
「私の替えの下着が入っておりますので……」
蚊の鳴くような声でシンが答える。城壁補修現場で生尻を見られても平然としていた事が信じられない恥じらい方である。
それを聞き、今まで黙っていたマヌゲラが吹き出して腹を抱えて笑い出した。
「そりゃあ旦那以外にゃ見せたくは無いか。ご領主様、
それを聞いてフューダは赤面した。
もうね、見え見えの伏線は伏線じゃねーぞとお叱りを受けそうです。