使命を帯びたTSダンマスは引き籠もる   作:片玉宗叱

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2 終わりと始まり(1)

 神咲神弥(しんざきしんや)が死亡したのは三十九歳の時である。

 その日は朝から身体が怠く、軽く目眩もしていた。無理もない、彼は今日の未明まで三徹をして、二時間ほどしか仮眠を取っていなかった。

 

 彼の仕事は中小システムハウスでの開発関係の管理職ではあるが、本職はハードウェア設計。

 管理職をしながら実務をこなさねばならず、なかなかハードな仕事環境であったが徹夜をする事なとは殆ど無い。

 

 会社はブラックと言う訳ではないが、試作品の納品前に部下の設計にチョンボが発覚。そしてその部下は無責任にも仕事を放り出して逃げた。所謂ばっくれと言うやつである。

 不幸中の幸いで、そのチョンボは、FPGAのHDLで記述された部分だったので基板修正は回避出来たのだが、如何せん修正個所が多過ぎた。

 

「あのバカ、なんでリセットの同期と非同期をごっちゃにして書いてるんだよ! ああっ! ここもだよ。システムリセット以外は同期リセット使わないと、うちで使ってるツールだと論理合成が上手くいかねーんだって!」

 

 などと騒ぎながら三日三晩頑張って修正と論理合成のチェックをし、仮眠前にシミュレーターにかけたのだ。

 

「あ~、流石に不惑も近いと二十代の頃みたいにはいかないな。無理が利かん」

 

 給湯室で濃いめのコーヒーを煎れながらボヤく神弥。シミュレーション結果はエラーを吐いていなかったので一安心。そろそろ他の従業員も出社してくる時間である。

 

「コンビニで朝飯でも買って来るか……」

 

 飲みかけのコーヒーを置いて、エレベーターホールへと向かう神弥。

 向かう途中で、ふと階段が目に入った。

 

「偶には階段でも使うか」

 

 正直、魔が差したとしか言い様が無かった。神弥はふらふらした足取りで階段へと向かい、そして足を踏み外した。

 浮遊感と共に目の前には踊場がゆっくりと近付いてくるのが見える。

 もし三徹などせず、或いはしっかりと睡眠を取っていればこの様な事にはならなかっただろう。

 

(あ、これヤバいわ)

 

 頭に衝撃が走り、ごきり、という音を聞きながら彼の意識は闇へと沈んだのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 気が付くと神弥は霧の立ちこめた様な真っ白な空間に浮いていた。どちらが上か下かも分からない。二十代の頃に付き合った女性と行った遊園地で乗ったフリフォールの様な感覚である。

 自由落下ってこんな感じだったかな、などと呑気な事を考えていたが、先ほど自分は階段から転落したのを思い出した。

 

(最後に『ごきっ』て音が聞こえたし、あれは首の骨が折れた音だよな……。俺は死んだのか?)

 

 神弥は、ふわふわした空間でそんな事を考える。

 

(取り敢えず、尻拭いは納期に間に合ったのは良かったけど、俺の抱えてた仕事……いや、死んじまったなら考えても詮無い事か)

 

 神弥の両親は彼が社会人になって三年目に事故で亡くなった。当時小学五年生だった歳の離れた妹は、一昨年に結婚して幸せな家庭を築いている。

 

(小夜子も嫁に出したし、未練は無いか……)

 

 そう思った途端に何かに引っ張られるのを感じた。

 

 引かれるままに漂い、着いた先は荘厳な神殿を思わせる建物だった。

 ギリシャのドーリア式、イオニア式、コリント式が入り混じった様な、それでいて何処か東洋風でもある不思議な建築様式である。

 

 気が付くと神弥はその神殿の前に、足を地に付けて立っていた。先ほどまでの浮遊感は感じない。

 荘厳な建物を見上げて呆けていると、その奥から光が溢れ出し、そこから一人の女性が現れた。

 

 薄衣(うすぎぬ)を纏い目を閉じているが、非常に美しい女性と分かる。だが何故か印象に残らない。その様に感じた。

 

神咲神弥(しんざきしんや)さんですね。貴方を呼んだのは(わたくし)です」

 

「……貴女は?」

 

(わたくし)はマルクレラ。数多の世界の管理を任されています」

 

 女神と聞いて神弥は疑う事も無く納得した。ここが死後の世界と言うのなら、剥き出しの魂が神の威光を感じたとでも言えば良いのか。

 

「貴方を(わたくし)の管理する世界の一つで文明の発達と発展を成してもらいます。その為に必要と思われるスキルと肉体を与えて送ります。スキルは貴方の世界の神々の意見を参考にし、また時間が掛かるでしょうから肉体は特殊ですが不老の種族としました。それでは送ります」

 

 女神は一気にそう言うと神弥に手を翳す。

 

「あの、ちょっと質問……」

 

 神弥が言い切る前に、光が彼を包み込み意識が薄れて行く。そして意識が途切れるその直前に彼は思った。

 

(少しくらいは質問させてくれーっ!)

 

 斯くして神弥は何の予備知識も与えられずに異世界へと送られたのだった。

 

 

 

 どれ程の時間が過ぎたのであろう。気が付くと神弥は硬い地面の上に横たわっていた。

 目の前には岩肌の天井見えたが、どうにも距離感が掴めない。

 ゆっくりと上半身を起こして辺りを見回す。その時に違和感を感じた。

 周りを岩壁に囲まれているのは良いとして、光源が一切無いのに『見えている』のだ。

 そして、岩壁で囲まれた部屋の中央に自分が居るのが分かる。

 

「何が何だか……。ここは何処だ?」

 

 石室に鈴を転がした様な可愛らしい声が響く。

 

「え? 何だこれ? 俺の声か?」

 

 喉に手を当てて「あー」とか「おー」とか言ってみる。確かに自分の喉から発せられている声だと確認する。

 そして、手に当たる喉の感触から喉仏が無い事に気付いた。

 

 恐る恐る目線を下げると、そこには在ったのは、なかなかの大きさの双丘とその頂で自己主張する桜色の蕾。

 

「なっ!?」

 

 恐る恐る手を自分の股間に伸ばして確認すると、そこには長年連れ添った相棒(・・)は無く、小さなゲフンゲフン。これ以上の描写は控えておく。つまりはそう言う事である。

 

「まじか……。不惑を目前にした男にTS転生とかハードル高いよ……」

 

 一糸纏わぬ姿で神弥はがっくりと手をついて項垂れた。

 この男、いや、この元男はご多分に漏れず今時のライトおたくであり、ラノベやネット小説を読む事も嗜んでいた。

 

 項垂れた拍子に、首から下げられてはいたが豊かな胸の下に隠れていた物が神弥の目の前で振り子の様に揺れているのに気付く。

 それは直径が五センチほどもある球形の宝玉とも言うべき物で、光源もないのに宝石のプレシャス・オパールの様に色とりどりの輝きを放っている。いや、実際に光っている訳ではなく神弥の目にはそう見えるのだ。

 神弥はそれが取り付けられているチェーンを摘まみ目の前に翳してまじまじと眺めた。

 よくよく見るとチェーンに直接取り付けられているのではなく、金銀で彩られた蔦の意匠のペダント・トップに固定されていた。

 神弥は何となくだが、それに触れなくてはならない様に思え、両手で包み込むように持ち直すと、宝玉に身体から何かが吸われたように感じた。

 すると宝玉が明滅し始め、神弥の頭の中に声が響いた。

 

『おはようございますマスター。私はコア、特-No.0000000000000001-01です』

 

「コア?」

 

『はい、特殊ダンジョンコアとして貴女(・・)のサポートを行う様にと創られました』

 

「それは有り難い。何の説明も無しでここに放り込まれたからな。それはそうと何か着る物は無いかな? どうにも落ち着かなくて」

 

 なにせ素っ裸で岩の床に胡座をかいているのである。痛くも冷たくもないが何とはなしに落ち着かない。服が無理なら、せめて座布団かクッションでも欲しいな、と神弥は思った。

 

『マスターのスキルと魔法があれば作成は可能です。スキルと魔法関連の基礎知識を始めとした諸々を、マスターへ今のような思念による伝達、または記憶として直接お渡しする事も出来ますが如何(いかが)致しますか?』

 

「メリットとデメリットを教えて欲しい」

 

『思念による伝達はマスターの精神エネルギー、現地では魔力と呼んでいますが、それの消費は殆どありませんが全てをお伝えるのに時間が掛かります。記憶としてお渡しする場合は逆に精神エネルギーの消費が大きいのですが、全てをお渡しするのに時間はかかりません』

 

「消費が大きいって、具体的には?」

 

『現在、マスターが保有している八十二パーセントを消費します』

 

「八十二パーセント……。回復とかは?」

 

『マスターの場合、特殊な種族ですので食事や睡眠による回復は不可能です。地脈からの直接吸収か他の生物からの摂取(・・)になります』

 

「特殊な種族に摂取(・・)ねぇ……。嫌な予感しかしないから、地脈からの吸収について教えてくれるかな」

 

『現在、マスターの居るこの場所は地脈の直上にあります。ここに居るだけでマスターの精神エネルギーは回復して行きます。マスターの精神エネルギーが空になっても、三日もあれば回復しますと予測出来ます』

 

「それなら記憶として渡してもらった方が手っ取り早いか。いや、記憶は止めて知識としては渡してもらう事はできるか?」

 

『はい、可能です。何故とお伺いしても?』

 

「特殊な種族とか他の生物から摂取とか、不穏な言葉が出て来たからかね。記憶を弄られて人格が変わってしまったなんて洒落にならんから」

 

『種族が変わった時点で精神も変容しているはずですが。分かりました。では精神エネルギーをお渡し下さい』

 

 また不穏な言葉が出て来た。それは知識を得れば取り敢えず何かは分かるだろと気を取り直す。

 そこで神弥は精神エネルギーの渡し方など知らない事に思い当たった。

 

「すまん、やり方が分からん」

 

『では先ほど私が起動した時の方法でマスターから精神エネルギーを頂きます。多少ロスは生じますが問題は無いと判断します』

 

「分かった。やってくれ」

 

 そう言った途端に神弥は唐突に意識を失った。

 

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