「うむむ……」
シンの持ち込んだ計画書を読んでフューダは唸る。シンの前世は曲がりなりにも管理職であったので、この手の企画書や計画書、仕様書等は書き慣れたものだ。何枚にも及ぶそれは、無駄な言葉の修飾も無く、概要から始まりきちんと系統立てて書かれていて非常に分かりやすかった。
やたらと修飾され迂遠な言い回しの多いこの国の貴族文書に慣れていたフューダには新鮮に映ったのだ。
「これを読むと行政側でやる事が殆ど無いのだが……」
「予算面で行政側に負担が無いようにしました。そこで行政側と言うか領主様には宣伝をお願いしたいと思いまして」
幾ら良い物、珍しい物を造っても、世に知らしめて売れなければ経済は回らない。そこは領主のフューダが持つ貴族のコネを使って宣伝して貰おうと言うものだ。
スツルタの経済が回るようになれば人も増え税収も上がり、要衝であるスツルタの保守整備に十分な予算が回せる様になるだろう。
「ふむ、領政の負担にならない考慮、感謝する。しかしそれではシン殿の負担が大きいのではないかと思うのだが」
「領主様、私がダンジョンマスターだって事をお忘れですか? 資材資源は無限に出せるんですから心配無用ですよ。それに金銭的にも魔法で作った宝石貴金属の類を売却したら困る事は無いでしょうし。こんな物もありますよ」
そう言ってシンはバックパックから布で包まれた物を取り出す。布の包みを開けると、そこに現れたのは眩く輝く約千カラットのラウンド・ブリリアントカットされたダイヤモンド。直径が約六十五ミリで重さは約二百グラムである。
その辺の雑草から炭素を集めて前日にシンが宿で作っておいた物だ。
それを見てフューダは絶句する。この世界では加工の難しいダイヤモンドは価値が無い訳ではないが、ルビーやサファイア等に比べるとその価値は一段落ちる。
「どうです? これはちょっと大きく造り過ぎましたが、十カラット位までなら、世に出してもそう騒ぎにもならないでしょう? あ、これは差し上げますね。どうぞ有効活用して下さい」
「いや、これは。下手に献上などしようものなら大騒ぎになるぞ……」
このダイヤモンドは最終的にエアリル家の家宝として代々受継がれて行く事になるのだが、それはまた別の話である。
「では、これで進めますね」
「うむ。宜しく頼む」
ここにダンジョンマスターであるシンとマルボルド領を治めるエアリル家の間で密約が結ばれた。
「さあ、難しい話はここまでとしよう。二人には是非とも今日の晩餐を共にして欲しいのだが、どうかね?」
フューダの誘いに、これまで空気だったストリクタが口を開いた。
「有難い事ではあるのですが」
彼が辞退を申し出ようとした、その時に応接室のドアがノックされた。
「チェビストでございます」
「何かあったのか? 入れ」
フューダが入室を許可すると執事のチェビストが入室しフューダに告げた。
「奥様がオーク集落討伐を行った英雄に、ご挨拶がしたいと申しまして」
彼が全てを言い終わらないうちに一人の婦人が入室してきた。華美ではないシンプルなドレスを品良く着こなした落ち着いた感じの妙齢の女性、フューダの妻であるシヨリノ(二十八歳。四児の母親)*1である。
「あなた、オーク討伐をなさった方々がいらしてるのを何故教えて下さらなかったのですか。まあ!
「こ、これ、シヨリノよ。少し落ち着きなさい」
フューダが
シンとストリクタは慌てて立ち上がり頭を下げた。
「シヨリノ様、お久しぶりです」
「お初に御目文字いたします。冒険者のシンと申します」
「あら、貴男だったのね。ストリクタ。相変わらず逞しいわね。それと……。まあ、まあまあまあ! なんて可愛らしい方なの! シンと仰るのね。夫から聞きましたわ。何でも凄腕の魔法使いで一人でオークの集落を殲滅なさったとか。あとスツルタの城壁修復でもディレクデに新しい知恵を授けて下さって、工期も短縮したんですってね。まだお若いのに素敵だわ。ねぇお幾つなのかしら? それと、貴女はストリクタの恋人? それともお嫁さんかしら。
シンの手を取ると満面の笑みで一気呵成に話し出すシヨリノに、シンは目を白黒させる。
「シヨリノ、少し落ち着きなさい。シン殿、済まないが少し妻の話し相手になって貰えまいか」
そう言われて戸惑うシン。彼女は精神の変容が進み、その精神性は殆ど女性化してきている。
しかし如何せん前世が男性である事から、所謂、『女子としての経験値』が圧倒的に不足している。
どうしようかと考えて、チラリとストリクタを見て助けを求めるが、彼はあからさまに目を逸した。
シンは頬を膨らませてストリクタを軽く睨み付けると観念してシヨリノへと向き直る。
「ご無礼でなければ……」
それを聞いたシヨリノは、とても三十路が近いとは思えない少女の様な笑顔を見せるとフューダに告げる。
「あなた、もう難しいお話は終わったのですよね? シン、談話室でお茶を飲みながらお話致しましょう。それと子供達も紹介いたしますわね。それから……」
一方的に話し続けるシヨリノに手を引かれて、シンはドナドナされて行った。
「すまんな、ストリクタ。ああなるとシヨリノは止まらないのだ。暫くシン殿を貸してやってくれ……」
「滅相もございません。シンが失礼を働かなければ良いのですが」
残された男二人は溜息を吐くと、シンとシヨリノの出て行ったドアを心配そうに見詰めるのだった。
談話室に連れて来られたシンは、シヨリノからの質問攻めに遭っていた。
シンとストリクタが
話をしているうちに、シンが左手薬指に嵌めている自作の『結婚指輪』がシヨリノの目に止まった。
「あら、シンは素敵な指輪をしているのね。付いていいる宝石は水晶……。いえ、水晶はそんな輝きではないわよね」
この時、シンは内心しまったと思った。貴族女性となれば宝石貴金属のアクセサリーの目利きに長けている。
伯爵家夫人のシヨリノは隣国の侯爵家の三女で、フューダと十五歳で見合いをして直ぐエアリル家に嫁いで来た。箱入りではあるが教育の賜物で目利きはかなり出来る方だ。因みにフューダとは見合いは政略的なものだったが、その席でお互い一目惚れして、即結婚を決めたそうな。
「ねえ、シン。それは何かしら? そんな輝きの宝石を
そう言われて、シンは観念して説明を始める。
「ええと、これは結婚した男女は金剛石の指輪をお互いの薬指に着けると言う、私の
そう言うとシンは左手の甲を上にしてシヨリノへと差し出した。
偶然にも談話室に射し込む午後の陽の光が指輪のダイヤモンドに反射して眩く光る。
「素晴らしいわ……」
シヨリノはその輝きに魅了された。お付きの侍女であるサヴィナも息を飲んでシンの指輪を見詰めている。
シヨリノの持つよりすぐりの宝飾品の中にはダイヤモンドを使った物もあるが、この様な輝きを放つ物は皆無であり、また今までにダイヤモンドがこの様に輝くなど見た事も聞いた事も無い。
良く見るとシンの指輪のそれは複雑で精緻なカットが為されている事が分かる。*2
「ねえ、シン。これを加工した職人を紹介していただけないかしら。ああっ、でも高名なドワーフの職人かも知れないわね。どうしましょう」
シンは正直に言うかどうか迷っていた。と、そこへストリクタとフューダが談話室へとやって来た。
「ああ、あなた。どうしましょう。
「ああ。私も見せて貰ったが、それはシン殿が自ら造って加工した自作の品らしいぞ。それとな、土産でこんな物まで頂いた」
そう言ってフューダは布に包まれた千カラットのダイヤモンドを取りす。
シンは心の内で「おいコラ、フューダ。速攻でバラしてんじゃねーよ!」と毒づいた。
それを見たシヨリノとサヴィナの女性二人は目を見開いて固まった。
「あなた……。これは……金剛石、なの、ですか?」
「ああ、おいそれと表に出せない程の宝物だ」
それを聞いたシヨリノは、勢い良くシンへと向き直る。「ギュイン!」と擬音が聞こえそうな勢いだ。
「シン! お願いがあるの!
シヨリノはシンの手を取り固く握ると血走った目で見詰めながら懇願した。彼女の余りの勢いにシンは腰が引けてしまっている。
「お、おい。シヨリノ。よしなさい」
「あなたは黙っててくださいまし! ねえ、シンお願い」
頼み込んで来るシヨリノに戸惑いつつ、シンは目線でストリクタとフューダに助けを求めるが、先程と同じ様にあからさまに目を逸らされた。
「あの、シヨリノ様。取り敢えず理由をお聞きしても?」
シヨリノの態度は単に珍しいから欲しているとは思えずに、シンは理由を尋ねる事にした。
聞けば何の事は無い。幼い頃からシヨリノと
「あの女に『伯爵家程度では手に入らないでしょう』とか言われて、
これは断るのは無理だとシンは思った。見栄の張り合いと言うものの、貴族同士でのそれは或る意味政治闘争の様なものだと彼女は話を聞いていて理解した。
やられたら、やり返す。やり返せなかったら舐められる。たとえ相手が格上だろうと、やり返すのがこの国の貴族のあり方なのだろう。
シヨリノの頼みを受けるのは吝かではないのだが、タダ働きさせられるのは避けたいところである。
「分かりました。シヨリノ様、冒険者として依頼を承りましょう。領主様、宜しいですよね?」
圧を伴う笑顔で、シンはフューダにそう告げたのだった。
↓そのうち作中で出す予定のシンのバトルフォームです。一応、変身(と言うか装着?)の理屈と言うか仕組みは考えています。
昔は子供向けアニメ(魔法少女ものと)でも変身バンクで全裸になるのがお約束だったんですが、さて、シンの場合はどうしましょうかね。
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