今回は話の途中に挿絵(イメージのラフ画)がありますので、ご注意を。尚、えっちい物ではありません。
エリアル家執事チェビストをふん縛って後、夜になるまでは暇なので、シンはカラーダイヤモンドの色見本作りを行った。
取り敢えずブルー、グリーン、ピンク、イエローの四色、それぞれ濃淡違いが五つ、大きさもそれぞれに一、三、五、七、十カラットの物を準備した。
無色の物も含めると、作られたダイヤモンドの数は合計百五個である。
更に見栄えの検討用として、金、銀、プラチナの置き台と現代地球の有名なブランドのデザイン画を模写して付けてある。
「お前、文句を言いに行くんじゃなかったのかよ」
作った色見本を丁寧に自作の箱に並べているシンを見て呆れ顔で言うストリクタ。シンはそれにしれっとした顔で答える。
「それはそれ、これはこれだよ。不始末と
ダイヤモンドの件は正式な契約として契約書が作成されている。破棄すなら一方的にでなく双方が納得する形で解消すべきだとシンは考えているのだ。
シンが腹を立てた理由は重要な呼び出しであるにも係わらず、下衆な下っ端を使っての口頭の呼び出しだった事、更には部下の不始末に詫び状の一つも出さずに、チェビストを使って口先だけで済ませようとした事も気に入らない。
この国の貴族として平民に対する対応としては間違ってはいないのだろうが、彼を対等なビジネス相手として考えているシンにとっては、そんな対応をしたフューダの評価はダダ下がりである。
「で、あれは本当に大丈夫なのか?」
縄で縛られ床に転がされて気を失っているチェビストを指してストリクタがシンに訊ねる。
「意識を保たせたまま本心を話させたから、ちょっとだけ脳に
過負荷と言う時点で相当ヤバいと思うのだが、幸か不幸かツッコミ役不在である。
結局、チェビストは夜になっても目を覚まさなかった。
日が落ちて夜になった。シンとストリクタ、そして荷物よろしく運ばれる事が決定しているチェビストの姿がギルドの裏庭にあった。チェビストはまだ目覚めていない。
「それじゃあ、行って来るね」
尻の下に杖を通して両手で持ち、それに腰掛けるようにしたシンがストリクタに告げる。杖の二箇所にはロープが括り付けられていて、その先にはチェビストをぶら下げる様にしてある。
正面から見た時に『辛』の字をイメージして頂けると分かりやすいかも知れない。
「おう、気を付けてな」
シンの以前の飛行スタイルは、杖を天秤棒担ぎにして両腕を淫魔種の飛行器官の代わりとして飛行スキルを使っていたが、ここ数ヶ月で杖に魔力を通す事で飛行器官の代りになる事に気付いてからは、このスタイルにしている。
飛んでいる時に下からショーツを覗かれない利点があるからでは無いとは思うが。
飛行スキルを使ってシンはフワリと浮き上がると、チェビストをぶら下げて夜空の下、一路グランダルボの領主館へと向うのだった。
今の季節は秋であり、少し上空に上がるだけでも気温は低下する。更に夜でしかも風を受けるのだから普通の人間なら寒さで凍えてしまうだろう。
それが
最初、彼は自分の状況を理解出来ないでいた。吹き付ける冷たい風が彼の意識をはっきりさせて行くと、ロープで縛られて身動きが取れない上に宙にぶら下げられている事を理解した。足下を見ると月明かりに照らされている地面が見えるのだが、夜に空から地上を見た経験など無い彼には何が何だ分からなかった。もしこれが昼間なら絶叫していたであろう。*1
自分は今何処に居るのだろうと、ふと顔を上げて見上げると二メートル程の目の前にスカートに包まれた尻があった。布越しでも分かる肉付きと形の良い尻である。
「なぁっ!?」
「おや? あ、目が覚めたんだ」
驚きに思わず声を上げるチェビストに、その尻から、いや上に居る人物から声が掛けられる。
そして彼は思い出した。シンの怒りを買ってしまった事を。
「わ、私をどうするつもりだ! き、貴族である私に、こんな事をしてタダで済むと思っているのか! エアリル家を敵に回す事になるぞ!」
上から見下ろすシンに悪態をつき脅しの言葉を投げるチェビストを、シンは鼻で笑う。
「そのエアリル家のフューダさんに文句を言いに向かってるとこなんだよね。てめえ、あんまりガタガタ騒ぐとロープ外して百六十トルーダ*2下の地面に叩き落とすぞ?」
そう言うシンの声は、後半はドスの利いた冷たいものだった。
「ひっ!」
その声を聞いてチェビストは小さく悲鳴を上げると震えが止まらなくなった。上空の寒さのせいだけでは無い。月明かりに照らされて見えた、彼を見下ろすシンの目は、まるで汚物でも見るかの様に冷たい嫌悪感を顕にしていたのだ。
「大人しくしてれば命までは取らないから、安心して運ばれてなさい」
そう言ってシンは前も向くと更に飛行スピードを上げてグランダルボへ向かう。
チェビストは内心で「安心なぞ出来るかあ!」と叫びたかったが、生殺与奪をシンが握っている現状を鑑みて、黙っている事を選択した。
その日、チェビストを叱責してシンの下へと送り出したフューダは胸騒ぎが治まらず、なかなか寝付けないでいた。シンが詫びを受け入れてくれたなら、チェビストはとっくに戻って来ていてもおかしくない。
ひょっとしたら更に怒りを買ってしまったのかも知れない。一体全体、何が悪かったのだろうと
そう考えてしまうのは、彼も心の何処かでシンを平民、或いは流れ者と侮っているという事に他ならない。それに彼は気付いていなかった。貴族の常識が身に付いてしまった故に仕方が無い事ではあろう。
寝付けないまま横になっていると、彼の寝室の窓の外、ベランダの方で何かが落ちる物音と、それに続いてうめき声が聞こえた。
フューダ慌てて飛び起きて窓に向かって誰何しようとしたその時、勢い良く窓が蹴破られ派手な音を立てた。
「ノックしてもしもお〜〜〜し!」*3
ベランダから窓を蹴破って入って来たのはシンその人である。見れば彼女の後にはロープで縛られたチェビストが転がされている。
「フューダさんさぁ、随分と嘗めた真似をしてくれるじゃない」
開口一番でシンが笑顔でフューダに文句を言い始めた。但しその目は笑ってはいない。
その時、不審な物音に気付いた寝室の外で待機していた不寝番の騎士が勢い良く入って来た。
「エアリル様! 何奴!」
不寝番は窓辺に立つシンの姿を認めると腰の剣を抜こうとしたが、次の瞬間に彼は膝から崩折れた。
「シ、シン殿。これは一体どういうこ」
フューダの言葉は途中で途切れて続く事は無かった。シンに見詰められた途端に彼の全身が硬直したのだ。
「イイから黙って聞けや、コラ。テメエがどんな不始末しでかしたか、じっくり聞かせてやるからよぉ」
言葉遣いがヤンキーになっているシンであるが、これはワザとである。昔読んだヤンキー漫画を参考して話している。
しかしフューダの方は生きた心地がしなかった。不寝番の騎士は応援も呼べずに昏倒し、自分も身動きどころか声を上げる事も出来ない。
そしてフューダにとっては生きた心地がしない地獄の様なシンの説教が始まった。
* * * * * *
シンはフューダへの説教を終えると、彼の硬直を解き、壊した窓を魔法で修復した。倒れた不寝番の騎士を廊下へ運んで座らせてから朦朧としている状態で目を覚まさせて「今夜ここでは何も無かった。いいね?」と暗示をかけて再度眠らせた。
そして執事のチェビストだが、彼はシンに魅了と幻惑の合せ技で
「売り飛ばすって言われたけど物理的にどうこうじゃなくて、私の情報を渡す、流すって意味みたいだからね。これくらいで勘弁しといたるわ*4」
取り敢えず、夜明け前には再度チェビストを吊り下げてスツルタへ帰還するつもりではある。そう、馬を残したままなのだ。
「それで、シン殿。金剛石の件なのだが……」
フューダは、断られる事を覚悟で懸案を告げる。
「それよりも、まず言うべき事があるでしょうに」
シンのその言に、何の事か分からずに首を捻るフューダ。そんな彼を見て、シンは盛大に溜息を
「あのね、まだ貴男から『ごめんなさい』の言葉を聞いてないんですよ。ったく、貴族ってヤツは自分に非があっても謝罪はしないって聞くけど、これは付き合い方を考え直さないとダメか」
指名依頼とダイヤモンド供給の破棄を言外に匂わせるシン。
それを聞いてフューダは慌てた。貴族として簡単に謝ってはならない、迂闊に言質を取られてはならないと教育を受けて来ていた為に、また日々それを実践して来た為に、シンが説教の中でも求めていたのを失念していたのだ。
そう、書簡でも良いからフューダ本人からの『ごめんなさい』の一言があればそれで済んだ話なのである。
慌てたフューダは前世で最大の謝意を示す姿勢を取った。
土下座である。フューダにとっては前世を含めて初めての土下座であった。
「私の不徳の致すところでシン殿にご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした!」
ここでシンに断られてしまったら、社交界でのシヨリノの顔を潰す事になりかねない。回り回ってエアリル家が侮られる事にもなる可能性も大きいのだ。
更に言えば、シンがスツルタの再興から手を引く事態になれば、産業振興による税収増加の見込みも露と消える。
シンの方は突然の土下座にドン引きである。
「はい、謝罪は受け取りました。これで遺恨無しで手打ちにしましょう」
そう言ってシンはフューダを立たせると、ベランダに置いた背嚢を持って来て、中からダイヤモンドのサンプルを入れた箱を取り出し彼に手渡した。
「はい、取り敢えず
いきなり渡されてフューダは目を白黒させた。
「今回は『同郷の誼』で謝罪を受け入れましたが、二度目が無いようにお願いします?」
フューダは激しく首肯する。
「あい分かった。二度とこの様な無様はしないと誓おう」
「それでは契約は続行と言う事で。奥様によろしく」
そう言って二人は握手を交わし、シンは再びチェビストをぶら下げてスツルタへと文字通り『飛んで』帰って行った。
彼女を見送ったフューダは、ふと先程シンに言った事を思い出して、頭を抱える。
「女神様の眷属に『誓う』とか言ってしまったが……。大丈夫だよな?」
それこそ『神のみぞ知る』である。