フューダが王宮宛で送った
『緊急・重要』と朱文字で示され、マルボルド伯爵エアリル家の家紋で封蝋がされた正式な書簡であるそれは王城勤めの文官の手で中を改められ後に、王宮へと送られて王へと渡されるはずだった。*1
はずだったのだが、中を改めた文官は彼の常識から考えて、その内容の荒唐無稽さ故に判断に困り、上司に相談した。
そして、その上司の法衣貴族が問題だった。彼はフューダが属する派閥と対立する派閥に属していたのだが、この書簡をフューダの属する派閥への
そんな事になっているとは知らないフューダは、返信を待っていた。しかし、書簡が到着した日から十日が過ぎても返事が返って来なかった。確実に届けたと飛脚便の親方と船便の船長から連絡は受けている。
不安に駆られたフューダは船便で王都へと向かう事にした。陸路を馬車で行くよりも確実に早く着ける。
間に合って欲しいと祈るフューダを乗せた船は風を帆に受けて王都近郊の港へと進むのだった。
しかし無情にも、フューダの祈りは届かなかった。書簡が王城に届いてから十日の後、フューダが王都へと向かおうと決めたその日、王城の門前、跳ね橋の掛かる堀の向こうにシンとストリクタが姿を現した。
揃いの色と紋様のサーコート*2を着ているが、その形状はワンピース様では無く、貫頭衣と同一の作りで、膝丈のそれの側面はスリットが開いている。
更にシンに至っては胸の谷間が見えるかと言う程に襟ぐりが深い。と言うか谷間どころか殆ど見えている。
ストリクタは持ち手を含めると二メートルにもなる肉厚で幅広の両刃の大剣を背負い、シンは六尺棍棒の両端に十センチ弱の球体が付いた杖を持っている。
これらはシン謹製の近接武器である。両方とも主とした材質は白金とイリジウムの合金で、その表面をカーボンナノチューブの繊維で補強し、更にはステンレス鋼で肉厚に覆った物である。水の二十倍以上の比重を持つ白金とイリジウムの合金を主材として作られているので、とても重くて硬い。
シンの杖で四十キログラム超え、ストリクタの大剣に至っては百五十キログラム超えである。人外の膂力で振るわれる彼らの武器とまともに打ち合える剣や盾は、この
因みにストリクタの大剣は刃引きしてあるのだが、彼の本気の膂力で振るわれたら刃引きしていても意味が無い凶悪な鈍器である。
「それじゃ始めようか」
「おう、拡声の方は頼んだ」
そう言ってストリクタが一歩前に出ると口上を述べ始めた。
「我が名はストリクタ! 王より理不尽な召喚状を賜った、これなるシンの夫である! 今よりその召喚状を読み上げるので、如何に理不尽で道理に
王都全体にシンの魔法で拡声されたストリクタの野太い声が響き渡っり朗々と『シンを妾として差し出せ、さもなくば処刑する』と言う内容の召喚状を読み上げる。
「我ら、王に目通り願い、これの真意を確かめんと欲する! 目通り叶わぬならば押し通るまで! 返答や如何に!」
呆気に取られてストリクタの口上を聞いていた門衛達は我に返ると慌てて動きだす。
或る者は「狼藉者! 城門に不敬を働く狼藉者!」と叫びながら応援を呼びに城内へ走り、或る者は武器を構えシン達を牽制しながら跳ね橋の上を城門へと後退して行く。彼らはストリクタに完全に気圧され腰が引けてていた。
そんな門衛達の様をストリクタは腕組みをして黙って見ているだけだ。
門衛が城内に消えると、城門が閉じられ跳ね橋が巻き上げられて行く。
そして響き渡ったストリクタの声に何事かと驚いた王都の民が野次馬として集まって来た。
「取次ぎも無しに拒否されたね。地味に行く? それとも派手にやっちゃう?」
「ここまでやって地味も派手も無いもんだぜ。観客も居る事だし、一発派手にブチかましてやれ」
「了解」
シンは返事を返すとノータイムで魔法を発動する。跳ね橋の一部の数マイクログラムを反物質に転嫁するとTNT換算で数トン規模の爆発が起こり、轟音と共に跳ね橋と城門が吹き飛んだ。
野次馬達からは悲鳴とどよめきが沸き上がる。
「おいおい、跳ね橋まで派手に吹っ飛ばして、これじゃ渡れねえじゃねえか」
「大丈夫だよ。『飛行モード』」
シンがそう言うとサーコートのスリットから見えていたオーバースカート状の草摺が、まるで甲虫の前翅の様に後方斜め上に跳ね上がった。
そのままシンは飛行スキルで浮き上がると、ストリクタに肩車をし、膝を曲げて彼の脇の下に自分の下腿を入れて固定する。
「うわっぷ! 前が見えねえぞ」
勢い、シンのサーコートがストリクタの視界を塞いでしまった。
「ごめん、ちょっと我慢してね。ストル、太ももに掴まって」
尚、肩車した事でストリクタの大剣の柄がシンのサーコートの後ろに引っ掛かって捲れ上がり、彼女の尻が野次馬達から丸見えになっている事に、シンもストリクタも気付いていない。*3
ストリクタと合体したままシンは飛行スキルを発動し軽々と堀を飛び越えた。
その頃の王城にある国王の執務室では、ストリクタの口上を聞いた上に、雷鳴の様な爆音を聞いて王が混乱していた。
「違うぞ! 余はあのような事は言っておらん! 何故だ? 何故『召喚状』などと、余が出せと申し付けたのは『招待状』ぞ!」
そこで王は部屋の片隅で青い顔をして震えて立っている新米侍従のマルジェンティレ*4に目を向ける。
「マルジェンティレ、貴様は何を聞いていた! そして何を書いたのだ?」
「た、尊き国王陛下の、ごご、御内意を慮りまして、文言を……」
「貴様は阿呆か! 内意も何も無い! 何故余の言葉をそのまま記さぬ!」
王の剣幕と威圧に侍従は「ひぃっ!」と叫んで竦み上がる。
そこに王の許可も取らずに近衛騎士が慌てた様子で入室して来た。
「緊急時につき御無礼いたします。賊は魔法と思しき技で城門を破壊し城の敷地内に侵入、こちらに真っ直ぐに向かって来ております。兵達が足止めしているうちに、陛下は急ぎ王城より退避を」
外からは怒声に悲鳴に叫び声に混じって打撃音が、そして時々拍手を打った時の様な破裂音が聞こえて来る。
「う、うむ。事ここに至っては仕方あるまい。良いか、侵入者はなるべく生かして捕縛する様に。それとマルジェンティレ、貴様の詮議と処分は後程だ。まずは避難するぞ」
その時、一際大きな雷鳴の様な音(爆発音)が響き渡り地揺れが起こる。
窓の外を見ると見張り用の尖塔の一つが、ゆっくりと崩れながら倒れて行くところだった。
「なんっ、か、彼の者の仕業なのか?」
唖然とする一同。
「余は、余は何の怒りを買ったのだ? 鬼神か? 御伽噺の魔王か?」
王がそう言っている間にも続け様に雷鳴の様な轟音が響き渡り、王城にあった尖塔の全てが崩壊する。
ここで時間をシン達が王城に侵入した時に戻そう。
「さて、国王陛下はどこにいらっしゃるのかね」
「大丈夫だよ、その辺に居る人の意識を読めばすぐ分かるから」
二人は堂々と歩きながら破壊された城門から城の敷地へと足を踏み入れた。
「居たぞ! あそこだ!」
その声が合図となったのか、騎士に率いられた二十名程の完全武装した兵士達が現れる。
「こりゃ大歓迎だな。おい! 死にたくないなら道を開けやがれ! そこの偉そうな騎士様よぉ、ちいっと王様んとこまで案内してくんねえかな?」
不遜な態度でストリクタが挑発すると騎士は顔を真赤にして兵達に励声する。
「ええい! 不敬であるぞ! 者共、賊共を引っ捕らえるのだ! 生死は問わん!」
「シン、手を出すんじゃねえぞ。『武装開放』」
そう言ってストリクタは背負っている大剣の柄を掴んで装備の左胸に埋め込まれているサブコアにに
「それじゃ私はあの騎士さんに王様の居場所を
「壊すなよ?」
「ストルこそ、手加減してよね」
「そりゃあアイツら次第だな」
そんな事を話しているうちに、
「おらあっ!」
ストリクタが大剣を横に一閃すると、突っ込んで来た兵達が纏めて吹き飛んだ。幾人かは手足や首が曲がってはいけない方向に曲がっている。
「刃引きしてあるし手加減はしてやる。だけど命を取らねえって約束は出来ねえからな。死んでも恨むなよ」
そう言ってストリクタは大剣を肩に乗せて不敵に笑った。その姿は兵の多くを竦ませる。
「ええい! 怯むな! ん? 女の姿が無い!」
騎士がシンの姿が見えない事に気付いたその時、彼の頭に衝撃が走り意識が暗転する。
気を失い倒れた騎士の後ろには
隠蔽と幻惑で姿を隠して騎士の後ろに回り込みぶん殴ったのだ。
「よし、生きてる生きてる。ちょっと覗かせて貰いますよっと」
そう言いながらシンは騎士の頭に手を当てると彼の記憶を探り始めた。
一方、指揮官を失った兵達はストリクタに次々と討ち取られて行く。
「ストル! 王様の居場所が分かったよ! 今は執務室だってさ! 城の間取りも読み取ったから、おかわり来る前に移動しよう」
「おう、案内頼むわ」
しかし、最初に会敵した兵達は即応部隊であったのだろう、城の中から装備を整えた兵達が騎士達に率いられて続々と出撃して来た。
「おかわり来ちゃったか。ストル、どうする?」
「どうするもこうするも、薙ぎ払って行くしかねえだろな」
「私の魔法だとオーバーキルになるからね。うーん、それじゃ私は普通の魔法で指揮官だけを狙い撃ちして行くから、雑魚はストルに任せた!」
「おうよ、任された!」
シンは現地では風魔法の『
これは単純に相手の近傍の空気を圧縮して開放する事で衝撃波を発生させるものである。
その名の示す通り、普通の魔法使いが使うと手を打った様な音が鳴る魔法であり、牽制や気を引く程度にしか使い道が無いものである。
しかし、明確にイメージが出来るシンが使うと人一人を昏倒させる事が十分可能になる。
(断熱圧縮をイメージして、
圧縮され更に加熱された空気は開放と同時に急膨張して『パン』ではなく『バァン!』と言う様な破裂音と共に強烈な衝撃波を標的の近傍で発生させる。
昏倒しなかった指揮官には驚いている隙に隠蔽と幻惑のスキルを使って身を隠しながら飛行して接近して
その過程で幾人かは首があらぬ方向に曲がってしまった者も居たがシンは気にしなかった。
片やストリクタの方であるが、大剣を振り回すたびに兵が何人も吹き飛ばされる。
刃引きした剣を使い手加減をしているとは言え、彼の膂力によって振り抜かれる大質量の大剣は、当りどころが悪ければ命を失う。
そんな豪剣を振るう彼の前に豪奢なプレートメイルに身を包んだ一人の偉丈夫が立ち塞がった。
「者共下がれ。お前達では束になってもこいつは倒せん。近衛騎士団、二番隊隊長モルディ・フンドン、参る!」
偉丈夫は名乗りを上げると剣を抜きストリクタに切り掛かって来た。
ストリクタは正面から偉丈夫の剣を目掛けて
神速で放たれた刃引きした大剣の横薙ぎは、偉丈夫の剣を
「ありゃ、強そうだったから本気出したんだが力加減を間違えたか」
平然とそう嘯くストリクタを見た兵達は震え上がる。
「最強と言われるフンドン卿*5が一瞬で……」
「ひいい! バケモンだ!」
兵達は余りの恐怖にパニックを起こして逃げ惑う。シンによって指揮官となる騎士が全滅しているので統率がとれていない事が混乱に拍車をかけた。
「邪魔者はこれで排除完了かな」
「だな。それじゃ王様の
「その前にもう少し脅かしておこう。城の尖塔とか全部爆破しとけば結構な脅しになるかも?」
「この際だ。やっちまえ」
ストリクタの言葉にシンは頷くと目に付いた尖塔から順に爆破して行く。爆破は地中で起こる様にシンは魔法を発動させて行く。
王が窓越しに目撃したのは最初の一撃だったのだ。
轟音と共に次々に爆破されて崩れ落ちる尖塔と、そのたびに起こる地揺れに城内はパニックに陥った。
混乱の中、呆然とする王の居る執務室へ王太子が駆け込んで来た。
「父上! ご無事ですか?」
一度は王太子宮へと避難したのだが、王がまだ王宮へと避難していないのを聞いて心配して王城へと戻って来たのだ。
「クロプリか。余はとんでもない者の怒りを買ってしまったのかも知れん」
「何を弱気な。さあ、まずはその身を安全な場所へ」
その時、城の最上階にある王の執務室にあるベランダの方から鈴が転がる様な若い女の声が聞こえた。
「みぃーつけた」
声と共にベランダから現れたのはストリクタを伴ったシンであった。
題名の割にはアッサリ風味で申し訳ありません。
鈍器でトドメを刺す魔法使いって……。どうしてこうなった。
次話は土日を使って執筆するつもりです。