「みぃーつけた」
シンのその声に真っ先に反応したのは近衛騎士。王達の前に躍り出ると腰の剣を抜いて身構え誰何する。
「何奴!」
「何奴も何も、おめーはさっきの口上を聞いてなかったのか?」
不遜な態度でストリクタが返すと、騎士は黙って切り掛かろうとして、そのまま床に頽れた。
シンの魅了と幻惑の合わせ技による硬直により騎士は身動きはおろか口を利く事も出来なくなる。
「お、お主達は、シンとか申す冒険者と、その伴侶か?」
やっとの事で王が口を開いた。シンはどう見ても一六かそこらの見目麗しい若い娘にしか見えない。それにサーコートの上からでも分かる程の頗る付きの良い身体である。
一瞬だけ、王と王太子の心に邪な思いが湧き上がる。
「王、王太子、アウトぉー」*1
シンの間延びした声と共に、その場に居る全員の身体が硬直して床に倒れ伏す。シンの表層意識を読む能力は一段階上がっている様だ。
「別に話さなくて良いよ。勝手に
シンは彼らに歩み寄ると、その頭に手を当てては記憶を読み取って行く。
「王様は白だね。王太子は今回の件には無関係と」
そして問題の新米侍従の頭にシンが手を置いた。
「うわ! なにこいつキモっ!」
思わずシンは手を離し飛び退くと、嫌悪と侮蔑が混じった視線で侍従を見た。
「どうした?」
「歪んだ忠誠心と妄想と妄執に凝り固まった挙げ句にヌメヌメにちゃにちゃドロドロしてた。こいつ、本当にニンゲン? あ、今回の騒動の原因はこいつ。『召喚状』として出したのも王様の言を曲解した挙げ句に、あんな文言を組んだのもね。王様に叱責されたのに、なんで叱責されたのか半分も分かって無い上に、自分は悪く無い、悪いのは王の御内意を慮らない私達『下賎の輩』だって内心で罵ってたよ。消して良い? 良いよね?」
「消すって、どうすんだよ」
「私の
「あー、お前なら出来るんだろうな。でもよ、ケジメはそこに転がってる王様が取るのが筋ってもんだろ?」
「んん、でも息子の嫁になる子を思っての事だからね。王様は一応はご機嫌取りで『招待状』を出したつもりだったんだよ」
シンは悩む素振りを見せて、ちらりと床に転がる王を見る。
「ここでやっちゃっても箝口令とか出されて事態を隠蔽されたら意味無いよね。私達に手出ししたらどうなるのか、公に教えておく必要があるか」
そう言ってシンは王だけ硬直を解くと、彼の襟首を掴んで無理矢理に立たせる。
「王様、お願いあるんだけど聞いてくれる? 二十日以内に主立った貴族の当主を王城に集めて欲しいんだけど。皆さんに素敵なショーを見せてあげたいんだ」
「な、何を見せると言うのだ」
シンとストリクタからの殺気の籠もった威圧を受けながら、やっとの事でそれだけ言うと、王はその場にへたり込んだ。
「それは見てのお楽しみ。それじゃ二十日後を楽しみに待っててね。ああ、集まらなくてもショーは開催するから。
そう言ってシンがウインクをすると、その場に居た者全員の硬直が解けた。
「シン、何をやらかすのか後で教えろよな。んじゃ一旦帰るか」
ストリクタがシンの腰を抱きながらベランダの方へと促した。
彼らが王達に背を向けた途端、近衛騎士がシン達に切り掛かって行く。
「
王のその叫びが終わらないうちに、近衛騎士の体が断面も鮮やかに縦に二つに裂けた。神速でストリクタが大剣で切り裂いたのだ。精神感応と言うか読心と言うか、シンには近衛騎士の行動が丸分かりだった。そこで魔法でストリクタの大剣の刃を再生していたのだ。
血飛沫が舞うかと思われた瞬間、二つに裂かれた騎士の遺体は凍り付き霜に覆われる。
魔法によって騎士の遺体を絶対零度にしたシンは次の魔法を発動する。
王達の目の前で凍り付いた騎士の遺体が溶けるように消えて行く。最後には頭から真っ二つになった骨と僅かな灰が残された。骨(リン酸カルシウム)を残してシンが肉体を構成する分子を個々の原子まで分解したのだ。
「一応、骨だけは残しておいたから、お葬式は出してあげられるよ」
踵を返してベランダへと出ていくシン達を王太子が呼び止めた。
「ま、待て! 貴様らこんな事をして只で済むと」
「クロプリ! 止めよ!」
シン達に食って掛かろうとした王太子を、王が諌めて止める。
「しかし、父上!」
「止さぬか!」
言い合いを始めた王と王太子を尻目に、シンとストリクタはベランダへと出た。既に隠蔽と幻惑を使っているので二人の姿を認識出来る者は居ない。
「また肩車か?」
「嫌なら私がストルに抱きついて飛ぶけど。前が良い? 後ろが良い? ストルが私に抱きつくなら前一択だけど」
「肩車にするわ……」
諦め気味でストリクタが言うと、シンは疑似飛行器官を展開して浮かび上がり彼に肩車をする。今度はサーコートの前を股下を通す様にしたのでストリクタの視界は確保されている。
「それでは撤収〜」
突然シン達が姿を消した事で狼狽えている王達の声を聞きながら、シンとストリクタの夫婦は王城を後に空へと消えて行った。
シン達が王城を去ってから七日の後、まだ混乱の残る王都にフューダが到着する。
フューダは到着早々、王都にある伯爵邸で旅装から着替えると休憩も取らずに伯爵家の馬車に乗り王城へと向かう。事のあらましは王都の伯爵邸を預かる家臣から聞いているが、状況の確認と王への目通りを申請する為だ。
「間に合わなかったか……」
跳ね橋と城門が破壊され、威容を誇っていた尖塔が消えた王城を見てフューダは肩を落とすが、王都ごと消し飛ばされなかっただけマシだと思い直す。
正門が使えないので、誘導に従って馬車を裏門へと回して城内へと足を踏み入れた。
王への目通りはすんなりと許可が出た。と言うよりもフューダの到着を聞いた王自らが最優先で会う事にしたからだ。
城内は未だに混乱しており、近衛騎士と城兵の殆どが重軽傷を負い、少なく無い人数が殉職した為に警備も手薄になっている。その為に面会は王の執務室で行われる事になった。
「マルボルド伯、よく来てくれた。して用件は……、彼の者達の事であるな?」
挨拶もさせずに王は話を切り出す。
「は、参内する途中で破壊の痕を見て、もっと強く警告の文に記すべきでした」
それを聞いて王は怪訝な顔をした。
「警告の文とな? 余は受け取っておらぬぞ」
王の言葉にフューダは頭を抱えたくなった。
「不敬を承知で国王陛下に言上致します。彼の者達に『召喚状』を渡しましたところ、烈火の如く怒りを顕にしまして。
それは、シン達が王城に現れる十日も前に発行されていた。
「担当も記されておるか。余に宛てた重要な書簡が城内で紛失とは、これは由々しき事であるな。だが、それについて調査するにも今は人が足りん」
「それで国王陛下、あの『召喚状』に記された事は真でありましょうや?」
そう国王に問うフューダの目は据わっていた。返答如何によっては、家族を連れて滅亡確実な王国から離脱する覚悟だ。
「あれか……。あれは未熟な侍従が忖度した結果であり、余の真意とはかけ離れておる。その事は彼の者達も理解した、と思う」
自信なさげに王は言葉を結び、そして続けた。
「それで、彼の者達は何者なのだ? マルボルド伯は知っておるようだが」
不敬とは分かっていても、フューダは王の目の前で盛大な溜息を吐いた。
「国王陛下、それをお話する前に、お訊ねしたい事がございます。国王陛下は彼の者達に『詫び』を入れられましたか?」
「詫びだと? 何故に余が彼の者達に詫びなければならぬのだ」
王侯貴族はたとえ間違いを冒しても下位の者には滅多に頭を下げる事は無い。王であるなら尚更である。
フューダは思った。「この国は終わりだ。逃げよう」と。その前にこの王に引導を渡してやらねばならない。
「国王陛下、今からお話する事は、荒唐無稽の作り話とお笑いになるなら是非ともそうして頂きたい。私も踏ん切りがつきますので。では、お伝えいたしましょう。彼の者達は、いえ、シン殿は『忘れられた女神の眷属』であり、そしてストリクタ殿は『女神に認められた眷属の伴侶にして守護者』です。ストリクタ殿は一騎当千の、いや一騎当万の戦士、そしてシン殿に至っては数ヵ国を纏めて消し飛ばせる力の持ち主なのです。国王陛下、シン殿から何か要求されはしませんでしたか?」
「なっ! それは……」
そう言われて国王はシンに言われた事を思い出す。
「確か、二十日以内に主立った貴族家の当主を集めよと言われたな。何でも
「それで、各家に王都に参集するように命を出されてはいるのですね」
「出しておらん。王城がこの有様では面目が立たぬではないか。そう言えば、集まらなかったら見世物も大規模にするとか言っておったような。しかし『忘れられた女神』と言えば、各地にある古い祠に祀られている神の事であるか。あのような見窄らしい神の眷属など世迷言であろう?」
「国王陛下、悪い事は言いません。今直ぐ、各家に参集するよう命を出して下さるよう伏してお願い申し上げます」
「今はそれどころではないのだ! 近衛騎士団は壊滅、城兵もその八割が使い物にならんのだ。尖塔は後回しでも良いが、戦力の立て直しは急がねばならん」
「そうですか。では私から申し上げる事は、何もございません。お役に立てないこの身をお許し頂きたく」
フューダは姿勢を低くして王に頭を垂れた。
「う、うむ。いや、文の件が聞けただけでも収穫ではある。ご苦労であった。下がって良いぞ」
「はっ、有難き幸せ。これにて御前より失礼させていただきます」
そう言ってフューダは退室すると足早に馬車を停めてある駐車場へと向かい、御者に伯爵邸に急ぎ戻る様に指示を出す。
「これは領に戻り次第、シン殿に会えるか分からないがスツルタに足を運ぶか。残り十三日、いやもう夕暮れか。残り十二日しか無い。これは王都に居る家臣達を避難させる方が先だな」
馬車の中でフューダは思案に暮れた。そして王都の伯爵邸に着くと王都駐在の家臣と使用人一同を集めて、王都に危機が迫っている事を伝え、退去を促した。家臣と使用人で元々マルボルド領から出向している者達は地元に戻るだけだから問題無い。しかし王都で採用した使用人達は違う。
フューダは彼らにマルボルド領への移住を提案する。住居や仕事を持っている家族への就業の斡旋も含めて生活丸ごと面倒を見ると言う破格の条件を付けて。但し、荷物は身の回り物だけで最低限に抑える事、七日以内に決断する事。これがフューダから出された条件だ。
そして瞬く間に七日は過ぎた。
王都採用の使用人達全員もマルボルド領への移住を決めて伯爵邸に集まっていた。
「皆、よく決心してくれた。最寄りのウルバハベノ港へは馬車で、そこからマルボルド領グランダルボまでは当家の船での移動になる。では出発するぞ」
馬車を連ねてエアリル家一行が王都を脱出して行く。それを王都の貴族達は冷ややかな目で見送っていた。
そして、王都はその日を迎えた。快晴に恵まれた王都の上空にシンとストリクタの姿があった。
「そろそろ始めるのか?」
「そうだね。その前に王様にご挨拶しないと。約束を反古にしたみたいだし」
シン達は昨日のうちに王都入りして、王城に忍び込んで動勢を探っていた。結果、王は貴族家当主に対しての参集の命を出していない事がシン達に知られてしまった。
王城の王の執務室から張り出したバルコニーへと、シン達は降り立とうとした。しかし、そこでシンは執務室に王が居ない事に気が付いた。
「ん? 逃げた? ちょっと面倒だけど探るか」
王の魔力や脳から放射されている脳波パターンは前回の襲撃時にサブコアに記憶させてある。
「居た居た。玉座の間で呑気に会議してるみたい」
「舐め腐りやがって。まあ、邪魔するのも何だから、挨拶抜きで口上から始めるか。シン、拡声を頼む」
「ストルの声は良く通るからね。準備完了。いつでもどうぞ」
ふよふよと漂い、王城の一番高い屋根の上に二人で降り立つと、シンはストリクタの肩から降りる。
「さあて王都の皆の衆! これからこの世のものとは思えない
ストリクタの述べる大音声の口上に、何事かと王都の住民が外に出て来て通称『冠山』の方を眺めている。
『冠山』は王都の西北西、約二十キロメートル離れた所にある標高八百メートル程の山である。山頂に自然の造形による岩柱が立ち並び、夏至の時に日没前の太陽光が王冠に飾られた宝玉の様に見える事からそう呼ばれている*4
「王様、約束破らなかったら小規模で勘弁してあげたんだけどね。山から半径六キロ以内にある町や村の人達、ごめんなさい」
その日、『冠山』の頂上に
そしてその輝きは山頂から五合目付近までを焼き尽くしたのだった。*5
「ん〜? 間違ったかな?」(アミバ並感)
あと一話でこの章は終わる予定です。