総計十五グラムの物質反物質の対消滅より発生するエネルギーは計算上は約1.35ペタジュール*1であり、その殆どが高エネルギーのガンマ線(光子)である。
オーク集落殲滅の時にロスが発生した事から、シンは反物質へと転換するのを集中させず、分散するように調整していた。
通称『冠山』は標高がおよそ八百メートルで、風雨による侵食作用で出来たものであるが山頂部が平らで広く、成層火山の様な山体をしていた。
その山頂から五十メートル程の地中で対消滅反応を起こさせたのは、火球形成初期の強烈な熱線を遮蔽するためでもあった。*2
対消滅反応による爆発プロセスは熱核融合と違い、反応に寄与した物質全てがエネルギーに変わる。実際に火球を形成し破壊に寄与するのは強烈なガンマ線に曝された周囲の物質になり、反応を終えた直後から火球が成長するに従ってエネルギー密度が下がり、その表面温度も下がって放射される熱線も弱くなる。熱核融合を行う核兵器はこの間も反応が続行するので温度低下が起こらない様である。*3
『冠山』の頂上は半径百メートル程の広場になっている。火球はその姿を最初は山頂部に現す事になる。
ここで火球に対しての圧力の不均衡が生じる事になり、火球の成長速度は山頂部の方が速くなる。
更に火球が成長し半径百メートルを超えて山体から完全に姿を現したころには、そのエネルギーの大半は上空に向かって放射されており、輻射熱による三度の火傷を負う被害半径はニキロメートル以下にまで縮小されていた。*4
但し、火球は温度を低下させながらも最終的には半径三百メートル以上に成長、標高の低い『冠山』を山肌を五合目付近まで焼いたのである。*5
それでも閃光とそれに続く衝撃波、そして立ち昇った巨大なキノコ雲は王都住民に恐怖を与えた。
また、『冠山』の周辺はモンスターの生息域であり、町や村が存在していなかったのも幸いであった。但し、幾つかの町や村は衝撃波により建物の倒壊などの甚大な被害を受けていた。*6
衝撃波により高級品であるガラス窓が粉々に砕けて散らばる王城の玉座の間で、王を始めとした重鎮達は腰を抜かしていた。
幸い、ガラスが使われていたのは明り取り用の高窓であり、顔面にガラスの破片を受けた者は居なかったが、幾人かは落下した破片で怪我を負っていた。
「こ、こんな事が……」
尻もちを付いたままで、王は呆然としていた。この厄災は王が招いたのだと、シン達から名指しされていた事も彼の精神に打撃を与えていた。
「どう、王様に重臣の皆さん。楽しんで頂けた?」
突然、若い女性の声が玉座の間に響く。その声に王は聞き覚えがあった。
王がまさかと思い声がした方を見ると、そこにはいつの間に現れたのか、シンとストリクタの姿があった。
「いつの間に面妖な。何者か!」
殆どの重臣が這い蹲って頭を抱える中、一人だけ立って王の側に控えていた武人が誰何する。が、武人がそれ以上何か言うのを王は止める。
「良い、知った顔だ。其方らの事、マルボルド伯の言う事は真であったのだな」
「ん? フューダさんから私達の事を聞いたの? いつ?」
シンは首を傾げて王に問う。その態度が気に食わないのか武人が声を荒げる。
「貴様! 王に向けての不遜な態度、切り捨ててくれ」
腰の剣に手をかけて、シンに対してそこまで言ったところで彼の言葉が止まる。
気付けば、それまでシンの隣に居たストリクタが武人の背後に居て、背を向けたまま大剣を振り抜いて残心*7を取っていた。
次の瞬間、悲鳴も上げずに武人の上半身が斜めにズレて床に落ちた。
「止める間も無かったか……。近衛騎士団団長の常勝のセンツォルゲが瞬殺とは……」
切り飛ばされた武人の身体から血が噴き出す凄惨なその様に重臣達は這いずりながら玉座の間から逃げ出そうとするが、その前にシンがフワリと降り立った。
「一応この国の重鎮なんでしょ? 王様を見捨てて逃げちゃダメでしょうに。あれ? 貴方は何で私達の事をそこまで知ってるのかな」
シンが目を向けた一人の重臣、それは自身の派閥に属する法衣貴族からフューダの手紙を受け取っていたマルキゾ侯爵、その人だった。
シンはマルキゾ侯爵を硬直させると、その記憶を読む。
「この人、フューダさんから王様に宛てた手紙をガメて敵対派閥への攻撃材料にしようとしてたんだね。でも、結局は王様はフューダさんから直接聞いたみたいだけど、信じなかったからなぁ。フューダさん、骨折り損のくたびれ儲けだね」
「何故だ……。余はただ王妃の意を酌んで『招待状』を出しただけなのに、何故……」
王の嘆きに、その意識を読んだシンは冷たく言い放つ。
「私を取り込もうなんて変な欲を出すからだよ。そのまま冒険者ギルド経由で私に指名依頼を出せば良かっただけじゃない。それにね、私は『ごめんなさい』が出来ない奴が大嫌いなんだよ」
バッサリと言葉で斬りつけるシンの傍に、武人の遺体を隅に片付けたストリクタが来る。
「それ位にしてやれ。これで俺達に手出ししようなんて二度と考えないだろうしな」
ふむ、とシンは少し考えて「そうだね」とストリクタに同意した。
「んじゃ帰るか」
「飛んで帰る?」
にやにやしながらシンがストリクタに聞くと、彼はげっそりとした顔で首を横に振る。
「いや、帰りは地面の上をのんびり行こうぜ」
「それも良いかな。あ、そうだ。王様、私達は金輪際、この国の公的機関や王侯貴族からの依頼は受けないから宜しく」
シンは振り返って王にそう告げると、彼らの前から文字通り姿を消した。
その後、心配した王太子が遅ればせながらやって来たが、王は一言「今日は王宮へ戻る」と一言告げて俯いたまま王城を後にして王宮ある私室へと向かった。
私室の扉を開けて、何か光っている事に気付いた王は、憔悴して一日もしないで一気に窶れた顔を上げ、部屋の中を見て絶句した。
部屋は大量の金塊がうず高く積まれてあった。ざっと見ても国の予算で三年分はあろうかと言う量だ。
「なんだ、この黄金は……」
部屋を見回す王の目に、壁に大きく書かれている文字が映った。
『今回の被災者救済と復興、貧民や孤児の救済とかの社会福祉用途以外に使ったり着服したら処すからね。元手にして増やすのは許可するけど、くれぐれも横領だけはしない、させない、許さないように』
それを読んだ王は、跪いて『忘れられた女神』に祈りを捧げた。
それから幾日もしないうちに、王は退位して王太子に王位を譲った。
とは言え、第一線から引いて隠居する訳でない。政治は息子に任せ、自身は今回の被災者救済と被災地域の復興ばかりでなく、貧民や孤児、他の災害の被災者等の社会的弱者を救済をする為の組織を立ち上げて、そこで陣頭指揮を取る事になるのだ。
マルボルド領へ向かう街道の一つを、冒険者風の服装に身を包んだ男女が並んで歩いている。
厳ついながらも整った目鼻立ちで筋骨逞しい大男と金髪の長い髪を靡かせた見目麗しい一六歳程の少女と言う、傍目から見たら奇妙な組み合わせの男女、ストリクタとシンの夫婦である。*8
「良かったのか? あんな置き土産を渡して」
「良いの良いの。後始末を丸投げするんだから、あれ位は渡しておかないと。釘も刺しておいたし」
会話を交わしながら、のんびりと歩いて街道を進む二人。
「帰ったらスツルタを盛り上げないとだね」
「ああ、これからって時に横槍が入ったからな」
シンはストリクタの前に出ると、後ろ向きで歩きながら話を続ける。
「スツルタの件が一段落着いてギルドが落ち着いたらたらさ、子作りしようよ。子供が出来たら別な町や国に移り住むとかも良いかも知れないし。家庭を作るのがストルの次の願いなんだもの、良いでしょ?」
「おうよ、頑張るから、ばんばん産んでくれよ?」
「何その言い方。ばんばん産んでたら一緒に子育て出来ないじゃない。だから産むのはぼちぼち。私達には時間が幾らでもあるんだから」
「違えねえ」
笑い声を残して、二人は街道を行く。
その後を追いかけるように初夏の風が吹き抜けて行った。
第一部完! 俺達の戦いはこれからだ! 的な引きですが、まだまだダラダラ続ける所存であります。