取り敢えずダンジョンの構成は決まった。単純に距離と狭さで嫌がらせをする、モンスターも出なければ何も産出しない入るだけ無駄なダンジョンとなった。
次はいよいよ城塞都市へと外出するシンの準備であるが、まずは今はシンの首からぶら下がっているダンジョンコア・イリザのコアルームへの設置である。
「台座をタングステン合金にして、ものっすごく硬く重くしてさ、真ん中をトルソー型のネックレス・スタンドの形に一体成形してそこにイリザをかけて周りをチタン合金の柵で囲うとかどう?」
『地脈からのエネルギー吸収効率が良いので出来れば全てチタン合金にして頂けると』
「チタンてそう言う性質あるんだ」
『現地ではミスリルと呼ばれダンジョンから金属チタンとして産出ます。魔力、つまり精神エネルギーの伝導性が良く、加工が非常に難しい金属として有名ですよ』
「ミスリルが実はチタンだったとか……ファンタジーでよくある魔法金属とかじゃなかったんだ」
『結晶が六方最密充填構造を持つ金属は大抵は精神エネルギーの伝導性が良いですね。チタンは酸化物として地殻に多く存在しますが、この世界の文明レベルでは分離不可能ですので』
「……ああ、確かに地球でも二十世紀になってからだったかな。それはそれとして、チタンでトルソー型ネックレス・スタンドを作って、コアルームの床に設置で良いの?」
『設置場所の床に外部の地中への穴を開けて頂ければ吸収効率が更に上がります』
それを受けて、シンはコアルームの床にダンジョン機能で穴を開け、そこから更に地中深くまで単結晶金属チタンの杭を埋め込み、その上にネックレス・スタンドを成形してイリザを設置した。
設置後、イリザの輝きが増し、プレシャスオパール様の彩りが活発に動いている。
『吸収効率が増大しました。これなら直ぐにでも検討したダンジョンを生成できます』
心なしかイリザの声も明るく感じる。
「それは良かった。けどその前に私のお出かけ準備だな。サブコアは作れる? 今の話だとチタンで杖を作ってそこにマウントするのが良さげなんだよね」
『杖として使うなら伝導率が下がっても合金を使った方が良いかと』
「打撃とかにも使うから? それなら確かゴルフクラブとかチタンヘッドとか使ってたな。ちょっと調べる」
結果、ゴルフクラブのヘッドに使われているTi-6Al-4V合金とTi-15Mo-3Cr-3Al-3Sn合金を主に使用し、そして心材には偶然にも安定して合成が可能になった多層カーボンナノチューブ繊維、純チタン線と純タングステン線を編み込んで使用する事にした。
そしてサブコアだが硬度はダイヤモンド並みで弾性は鋼鉄並であったので、取り敢えずコーティングは無しとなった。
杖のデザインだが、残念な事にシンにはデザイン・センスがあまり無い。
あーでもないこーでもないと検討した結果、サブコアをホールドする部分にF○F○ワールドカップのトロフィーのデザインを参考にして取り入れて、サブコアをガッチリとホールドする様な形とした。
完成した杖は長さが百五十センチメートルで先端には直径五センチメートルのサブコアが取り付けられて、中央付近から石突きにかけて滑り止めの為の模様があしらわれている。
サブコアをホールドする爪は太く分厚く、直径三センチメートルで鈍色に輝く本体も併せて見た目も立派な鈍器になった。
そして服は無難な長袖で長い丈のフレアのワンピースとローブ、背中には着替えと幾ばくかの偽造硬貨を入れた背嚢と靴は編み上げブーツにしたのだが。
「なんか普通の服だと落ち着かないなぁ。せめてノースリーブにして両サイドに深めのスリットを」
『マスター、偵察任務ですよね。我慢して下さい』
「この身体になってから肌を露出してないと落ち着かないんだよ」
『……呉々も男性を誘惑などしないで下さいね』
「それは大丈夫だよ。私は元男だよ?」
『では、ダンジョンを作成して開放します』
イリザの宣言で音も振動も無く、仕様通りにダンジョンが地下に形成されて行く。
「イリザ、地脈からのエネルギーだけで足りそう?」
シンが問うがイリザから応答は無い。リソースをダンジョン作成に全て割り振っているからだと思われる。
二時間は経過しただろうか、イリザから完了の報告が上がる。
『マスター、エネルギーは必要十分でした。今から開口部を開けますが宜しいですか?』
ダンジョンは一度開放されると、その場所に固定されてしまう。そして二度と閉じる事が出来なくなるのだ。
「元々そのつもりだったから、開放して良いよ」
『では開放します。開口部は予定通り一辺八十センチメートルの正方形となっています。現在、外界は夜明け前です』
「丁度良い時間かもね。そう言えば何気にダンジョン内の初転移だよ」
『ダンジョンのエリアとして開口部の外側に一平方メートルを確保してあります』
「了解。行ってきます」
その言葉を最後にシンはダンジョンの外へと転移した。
「おお! 一瞬で景色が切り替わった。これはちょっと感動ものだね」
振り返ると祠の形をしたダンジョンの入口がある。覗いてみると地下へと狭くて急な階段が作られている。
「スツルタの町を見た後でだけど、何か産出させた方が良いのかな」
そんな事を言いながらシンはスツルタへ向けて歩き出そうとして、はたと気付く。
「どっち行けば良いのかな……」
いきなりの躓きである。
「歩いて半日だから十キロから二十キロかな? えーっと、空に上がれば見通せるね」
シンは淫魔種のスキル『飛行』を使う事にした。通常、淫魔種は背中の飛行用器官を使い空を飛ぶのだがシンにはそれが無い。
ではどうするのか? シンは本能的に理解していた。両腕を広げて飛行用器官の代わりに使えるのだ。
しかし、ここでサブコアを付けた杖をどうするかである。
シンは暫し考えて杖を首の後ろに水平に通して天秤棒を担ぐ様にした。これで両腕も広げられるし杖を落とす事もないだろうとの考えだ。
シンは『飛行』スキルを意識して空に上がる。その姿は物干し竿に吊された様にも見え、若干間の抜けた姿である。それでも飛行は飛行である。
「おー、飛べた飛べた。さて、スツルタはどっちかな~? 城壁が見えるからあれかな。歩くより近くまで飛んで行った方が早いかも知れないな」
そう決めるとシンは城壁が見えた方向へと飛び始めた。飛行速度は時速四十キロメートル程度である。
日の出前には街道なり見付けてる必要がある。
飛行しながら上空から見てスツルタに通じているであろう道を見付けるたシンはゆっくりとそこに降下した。
大体、距離にして城塞都市まであと五キロというところか。
夜明け前に都市の入口に居たら怪しまれる可能もあるので、少し時間を潰してから向かう事にした。
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。か……ここまでしか憶えてないや」
明けゆく東の空を道端の石に腰掛けて眺めながら、そんな事を呟く。
考えてみれば転生させられてから初めて日の光を見る事になる。
東の空が紫色から徐々に茜色に染まり始め星々がその輝きを消して行く。
そして地平線にある雲の縁が金色に輝き、ゆっくりとこの世界の太陽が姿を現した。
シンは思わず柏手を打ち拝んでしまった。いや、確かに彼女にとっては初日の出かも知れないが元日じゃないし。
「さーて、と。空から見たけど、ここから直線で五キロくらいかな。道なりに行くともう少しあるかも知れないから歩いて二、三時間てとこか」
シンは「んー」と伸びをしてスツルタへと足を向けた。
街道はかなり荒れていて、轍の痕も新しい物がすくない事から、あまり使われていない事が窺える。
「案外と寂れてるかも知れないな。来た目的とか聞かれたら冒険者になりに来たとでも答えりゃ良いか」
イリザからの知識で冒険者ギルドなるものがあるのは分かっている。当座の身分証代わりに登録するのも良いかも知れない。そう考えながらシンは歩を進める。
ここでシンは失念していた。自分がとんでもない美少女である事を。
そのまま歩を進めて行くと城塞都市スツルタの城壁が視界に入って来た。あと十分も歩けば門に到着するだろう。
門の前にはスケイル・メイルを着た兵士が二名で立哨しているのが見えた。門前には誰も並んでいる様子は無い。
シンは懐に小銭を入れてある袋が在るのを確認しつつ門へと向かった。
「ようこそスツルタへ。お嬢さん一人か?」
門を守る兵士の一人がシンに声を掛けてきた。どこか冴えない感がある中年男だ。よく見ると着ているスケイル・メイルは若干草臥れているように見える。表情からは訝しんでいる様子が窺える。
ここで目的を聞かれるんじゃなくて怪しまれたか、とシンは思った。
「はい、一人旅を続けて来て道に迷って街道沿いに歩いて来ました。ここはスツルタなんですね。グランダルボに向かっていたのですが」
ここは道に迷った振りをしておく。一応、付近の町や村の最低限の情報はイリザから教えて貰っている。
「そりゃあ反対方向だな。どうする? 今から引き返すと途中で野宿確実だぞ?」
シンは考える素振りをしてから兵士に答えた。
「そうですね。路銀も心許ないので、暫く滞在したいかな。税はお幾らですか?」
「百アンバウ、銀貨一枚だな。ああ、ここは滞在期限は無いから安心しな」
シンはローブをはだけずに懐から小銭袋を取り出しながら兵士に聞く。
「冒険者ギルドの場所はどこでしょう? あと、お勧めの宿とか教えて頂けますか?」
「冒険者ギルドは門を入ってこのまま真っ直ぐ行けば左手に看板が出てるぞ。あとは宿か……、宿なぁ。街中に住んでるから評判とか分かんねえんだよ。済まんな」
兵士は銀貨を受け取りながら答えた。
「いえ、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をして街中へと入って行くシン。その後ろ姿を年の頃は二十歳前後のもう一人の兵士が赤らめた顔で見送っていた。
「お前な、あの娘は止めとけ。ありゃ人当たりが良さそうな美人で幼い顔してるが魔性の女だぞ」
一方シンは無事に門を通過出来た事に安堵していた。
実はこの時、彼女自身は気付いていなかったが若干『魅了』と『幻惑』が発動していたのだ。彼女の誤魔化したいという意思により自動的に発動したのか、はたまた淫魔種の本能的なものだったのか。
ダンジョンで引き籠もり中に、自身の淫魔種のスキルを確認していなかった事が今後に徒となるかも知れない。
そんな事を考えもせず、シンは足取りも軽く冒険者ギルドへと向かったのだった。