冒険者ギルドに向かう道すがら、シンは町の様子を窺いながら歩いていた。
街道の荒れ方から多少寂れてはいるだろうと予想はしていた。
しかし町に着いてみると開いている昼日中だと言うのに開いている商店は疎らで露店等も出ておらず、そして人通りも殆ど無い。シンが想像した以上に寂れていた。
「何処となく交易都市の面影はあるけど、寂れてるなぁ」
シンが呟いた通り、その昔スツルタは交易都市として栄えていた。
しかし、近くにあった小さな漁村が国策で港湾都市として整備されると、新たな 街道が拓かれて商人たちはスツルタを素通りしてしまうようになった。その件の港湾都市がグランダルボである。
元々が交易都市であったスツルタは、特産品も無く農業や工業*1もそう盛んではなかった為に、寂れるに従って人口の流出が起こり、城塞都市としての規模が見合わないほどに経済が低迷しているのが現状なのだ。
冒険者ギルドは門からそう遠くない大通りに面した場所にあったので、シンは直ぐに見付ける事が出来た。
ギルド入口の両開きの扉は開放されていて道端からその内部を窺う事が出来る。覗いて見ると今の時間だけなのか、それとも常にそうなのか冒険者ギルドの中はガラガラに空いていて人っ子一人居なかった。本来は窓口に座って待機しているはずの受付も席に居ない。
そんな様子だからシンは入るのを躊躇した。とは言え、冒険者登録をしておけば情報収集に何かと便利だろうと思い直してギルド内に足を踏み入れる。
中に入って左右を見渡すと、入口から右手には食堂か酒場が併設されているのか、壁際にカウンターとその手前にテーブルが五つ置かれたスペースがある。今は使われていないのか椅子はテーブルの上に伏せた状態で置かれていた。
左手の壁には掲示用のボードが設けられていて、そこには何枚か依頼票と思しき板が掛けられているが隙間の方が圧倒的に多かった。
「うわぁ……」
そんなギルド内を見てシンは思わず小さく声を上げた。
兎にも角にも登録だけはサッサと済ませてしまおうと受付窓口へと歩み寄る。窓口カウンターには呼鈴としてハンドベルが置かれ『御用のある方はベルを鳴らして下さい』と書いてあった。*2
「マジかぁ……」
閑古鳥が鳴いているとはこういう状況かとシンは妙に納得しながらベルを鳴らした。鳴らしたのだが人が出て来る様子がない。
留守かなと思いながら今度は二回ベルを鳴らした。やはり人が出て来る様子は無い。
少しムカついたシンは、今度は連続でしかも乱暴にベルを鳴らし続けた。
すると奥の方で何かが床に落ちた様な音がし、続いて慌てて走る足音が聞こえた。
出てきたのは上半身裸で筋骨隆々の髭面で禿げた頭のオッサンであった。よく見ると額に縦に二本の傷がある。そのオッサンが受け付けカウンター横から出て来て顔を真っ赤にして叫んだ。
「うるせえ! こっちは徹夜依頼を終わらせて今しがた寝たとこなんだよ! 下らねえ用事だったらぶっ飛ばすぞ!」
シンは呆気にとられながらもパンツ一丁で仁王立ちしているオッサンをマジマジと見つめた。と、その時である。
エネルギッシュなオッサンが発する咽せ返るような強烈なオスの匂いがシンの淫魔種の本能を直撃した。そして思わず匂いのもとであろうオッサンの股間へと視線が行ってしまう。
寝起きと思われるオッサンはパンツ一丁の下着姿。その薄い下着では
(この匂い、それに逞しい……)
オスの匂いと共にソレが目に入るとシンは強烈な飢えと渇きを感じて、思わず生唾を飲み込んだ。そしてキュンキュンと疼き始めた自身の下腹部に戸惑い、堪らずもじもじと内股になり太腿を擦り合わせてしまって顔を赤らめる。しかし視線は本能を刺激する匂いを放っているオッサンの股間を凝視したままだ。
「ああん? なんだエラい別嬪の嬢ちゃんじゃねえか。おおっと、済まねえ! こりゃ若い娘に見せる格好じゃねえな。ちと待っててくれ」
シンの様子を見て、恥ずかしがっていると思ったオッサンは自分の格好に気付くと、そう言ってそそくさと奥へと戻って行く。そこでシンは我に返った。
「くっ、不意打ち食らったけど、あれはヤバい。元男なのに危うく本能に負けそうになった……」
彼女は膝に手を付いて肩で息をしながら、ぶり返して来る本能的な欲求を落ち着かせると、大きく深呼吸をした。
「淫魔種の本能ってこんなに厄介だったのか……。気を付けないと大変な事になるわ……」
まだ少し身体が火照っているので、濡れてひんやりして来た下着が余計に気になる。後で下着は替えるとして、この本能的な衝動を抑える方法が無いか帰ったらイリザに教えて貰おうと決意するシンであった。
彼女がそんな風に心中で葛藤をしていると、何も知らないオッサンが窓口カウンターへと戻って来た。
「いやぁ済まん済まん、待たせたな。で、依頼か?」
今度はシャツとズボンを着用しており、淫魔種の本能を刺激したモノはどうやら鎮まっているようで匂いも薄れている。
「いえ、実は路銀稼ぎで登録したくて来たのですが……」
もじもじしながら話すシンにオッサンは渋い顔をする。
「あー、何だ。ここのギルドは見ての通りでな。一応、登録は出来るが、はっきり言って仕事らしい仕事は無いぞ。それでも良いのか?」
「はい。取り敢えず登録だけでもしておこうかと思います。お願い出来ますか?」
「それじゃこいつに必要事項を書き込んでくれや。嬢ちゃんは魔法使いみてえだから読み書きは大丈夫か」
そう言いながらオッサンは薄い木の板を渡して来る。木の板には記載用の枠が焼印か何かで焼き付けられている。
書き込む為のペンは木の棒の先端を削って尖らせた木ペンだ。*4
「はい、大丈夫ですよ」
記載する所は名前、年齢、性別、特技、連絡先程度であった。
その特技の欄に『魔法』があり、火・水・風・土と書かれている。
(この
さて、どうしようかとシンは考える。その気になれば全属性(と言われているもの)は使える。取り敢えず火は確定であるのでそこに丸を付けた。そして他の属性はどうしようかと悩んでいるとオッサンが声を掛けて来た。
「ひょっとして嬢ちゃん、火魔法以外も使えるってんじゃねえだろうな?」
その声に「ん?」と思い、シンは板を見ていた顔を上げると、オッサンが期待に満ちた目でこちらを見ているではないか。
これは言っておいた方が後々揉めないで済むかも知れないと、シンは全属性が使える事を明かした。
「本当か!? いや、それなら仕事はあるぞ。水と土が使えるなら是非とも受けてくれ」
「その前に、これ書き上げちゃいますね」
シンは必要項目を書き込むとオッサンに板を手渡した。なお連絡先は宿を決めてないので空欄である。
「なんだ、まだ宿を決めてなかったのか」
「ええ、着いたばかりで右も左も分からないもので。門で兵隊さんにも聞いたけど地元だから宿の評判は分からんて言われてしまいました」
「そうか。スツルタには営業してる宿は二軒しか無えからな。こんだけ寂れちまうと泊まり客なんて居ねえから、民宿に毛の生えた程度だけど宿代がな」
「お高いと?」
「ああ、素泊まりで八百から千アンバウ。銀貨八から十枚も取られるぞ」
オッサンは話しながらも事務処理を進めて行く。意外に綺麗な文字を書く姿を見てシンは関心する。
それにしても宿代が高い。シンの知識では土木作業で支払われる日当が大体五百アンバウ前後。駆け出し冒険者では稼げない金額である。
「よし、これで後は手数料貰えば登録は終わりだ。百五十アンバウ、銀貨一枚と大銅貨五枚な」
言われた金額を支払い、シンは穴の空いたドックタグの様な金属板を受け取った。
そこには表に冒険者ギルドの紋章とスツルタ支部発行とあり、裏にはシンの名前と職種として魔法使い、性別に髪色と瞳の色が記載されている。
「それが冒険者章だ。穴に適当な紐を通して首にでも掛けておいてくれ。発行はここだが全国で使えるからな。あとは基本的に再発行はされないから気を付けろよ。それと早速明日から頼みたい仕事があるから朝にギルドに来てくれないか? ああ、俺はここの支部長でなストリクタと言う。宜しくな」
「支部長さんだったんですか。一人で切り盛りとか大変ですね……。仕事は願ってもないです。もちろん受けさて下さい。それと先程の二軒の宿の場所を教えて欲しいんですが……」
「おお済まん。すっかり忘れてた。と言うかだな嬢ちゃん、金は大丈夫なのか? 有料だがギルドの仮眠室を貸しても良いぞ」
それも良いかもとシンは考える。シン自身は食事の必要が無いし素泊まりでも問題無い。それストリクタは此処の支部長で事情通でもあろうから色々と話を聞けるかも知れない。少し考える素振りを見せた後でシンは答えた。
「ええっと、お言葉に甘えても良いですか?」
「それじゃ適当に夕飯食ったらギルドに来てくれ。そん時に仕事の話をするか。ああ、泊まりの料金は二百アンバウな。内鍵がかかる部屋があるから安心してくれ」
「それじゃお世話になります」
「おう、また後でな。俺はそれまでまた一眠りしとくわ」
シンはペコリとお辞儀をしてギルドを後にし、時間までスツルタの町を散策する事にした。
スツルタは城塞都市だけあって町割りそのものはしっかりしていたが
どうやら昔はここが領都だったのが寂れるに従って経済の中心がグランダルボに移った為に、領主館もそちらに移動したらしい。
「ダンジョンのご近所だし、何か産業でも興せれば言いんだけどなぁ。これは帰ってからの課題かな」
以外と広いスツルタを散策しているうちに良い時間になったのでシンは冒険者ギルドへと戻ることにした。
夕方で普通なら混み合う時間なのに、相変わらずスツルタのギルドは閑古鳥が鳴いていた。
ギルドに入ると受付カウンターで呼鈴のハンドベルを鳴らすと、今度は直ぐにストリクタ支部長が出て来た。
「おう、戻ったか。こっちに来てくれ」
そう言ってストリクタに誘われたシンはその後を着いてギルドの奥へと入って行く。
「ここが支部長室だ。まずは明日の仕事の打ち合わせだな。後で泊まる部屋に案内する」
「宜しくお願いします」
ドアを開けたストリクタに続いて部屋に入ると、そこは意外にも小綺麗な部屋だった。
キョロキョロと見回すシンにストリクタは笑いながら言う。
「意外か? こう見えても俺は几帳面なんだぜ。それにこの支部は俺一人しか居ねえからな、管理から何からやらにゃならんから最低限は整理整頓出来ないと収拾がつかなくなるんだよ」
それは分かるとシンは思った。彼女の前世でも仕事の出来る奴はデスク周りは綺麗に整理されていたものである。
「他に職員は居ないんですか?」
「ああ、見た通り閑古鳥が鳴いてるからな。依頼も無けりゃ冒険者も居ない。お陰で偶に依頼が出ると俺が対応してるんだよ。今日は朝までゴブリン退治やってたからな。嬢ちゃんが来た時は寝てたんだよ」
「ストリクタ支部長はここで寝泊まりしてるんですね」
シンは前世でブラック企業に勤めてしまい、会社での寝泊まりが当たり前になっていた友人を思い出して、しみじみと言う。
「まあなぁ。宿直する奴も居ねえし独り身だからな。さて仕事の話だ。嬢ちゃん火魔法と土魔法はどれくらい使える?」
独り身と言う事は意外とお若い? とシンは気になったが、それよりも質問に答える方が先だと思い口を開く。
「どれくらいと言うと? 具体的に何をした良いのかまず教えて下さい」
質問に質問で返す形になったが、それが分からないと答えようが無かった。
「城壁の修繕だよ。一応は領主様からの依頼なんだが、この町じゃ人足もなかなか集まらなくてな。そこで城壁の傷んだ場所に、水を含ませて練った土を盛って、そこを魔法で石化して貰いてぇんだ」
「土を盛る作業も私が?」
「いや、それの人手は領主様に頼んで確保してある。問題は腕の良い魔法使いがなかなか見付からなくてな」
ふむふむとシンは頷きながら考える。原料があるなら正直余裕であると彼女は思う。
「やってみないと分かりませんが、多分余裕じゃないかなと思います。試しに何処かで実演しましょうか?」
「見せて貰えるなら、それに越した事は無いな。よし、まだ日もあるし裏庭に行くか。ついでに今夜の嬢ちゃんの寝床の仮眠室も案内するわ」
シンの提案で実演する為に二人でギルドの裏庭に移動して、まず土を掘り返す。ストリクタが鍬でやろうとしたのをシンが止めて魔法で掘り返した。
今度は掘り返して解れた土に魔法で水をかけてストリクタに捏ねて貰う。
「ほお、その歳で流れるように魔法を使うな。その杖のお陰か?」
正直、魔法で杖は使っていない。この杖は御守りを兼ねた鈍器なのだが、そういう事にしておく。
ストリクタが土を捏ねて適当な形にすると、シンはスキルで土の成分を分析して魔法で形を固定しながら加熱して水分を抜きながら成分を結合して行く。
出来上がった塊は、土の成分に二酸化ケイ素が多かった様で、変成岩の一種である珪岩のような質感の硬い石となった。土中にあった鉄分でやや赤みがかった色をしている。
それを見てストリクタは驚いた。彼としてはレンガ様の物が出来れば御の字と思っていたからだ。
手にした鍬で出来上がった石を軽く叩いてみて更に驚く。
「なんだこりゃ! やたら硬い石になってるじゃねえか」
「ええと、柔らかい方が良かったですか?」
失敗したかなとシンは思ったがストリクタは顎に手を当てて考えながら言う。
「いや、それは現場で確認して貰うしかねえだろ。取り敢えず実力は分かった。嬢ちゃんなら現場で言われりゃ硬さとか変えられるんだろ?」
「ええ、まあ或る程度なら」
「よし、決まりだな。明日から宜しく頼まあ」
呵呵と笑いながらストリクタはシンの背中をバシっと叩いた。結構な力で叩かれたはずだがシンはそんなに痛みを感じない。
「痛ぁーい! 何すんですか!」
反射的に叫んでしまうシンであった。
明日の投稿はお休みするかも知れません。