「好きな異性のタイプぅ?」
「おうよ」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、親友の
「学校じゃ言いにくいだろ? ちょっとくらい下世話な話しようぜ
「……そう言われてもなぁ…」
「カマトトぶんなよーっ、いいじゃねぇか人っ子一人いない夜なんだから」
公共の場で猥談をかます事を躊躇っていた僕はそう言われて周囲を見渡す。映画好きの
時刻も遅くなく、春の快適な気温の夜なのに本当に一人もいない。
「…この状況下ではやぶさかでは無い」
「おっイイねぇ、そう来なくっちゃ。どんな女の子がタイプですか?」
「ご飯を作るのが得意な子とか」
「料理か。性癖って感じじゃ無いがまあ良しとしよう。…料理かぁ。俺のクラスで一番料理得意な奴誰だと思う?」
「料理の腕前とか家庭科の班で一緒にならない限り分かんないよ。…委員長とかは料理出来そうって感じするね。あとは
「男じゃねーかよ。マ、確かに上手そうではあるけどさ。…あ、そういえばお前の姉ちゃんは料理上手いんだっけ」
「上手いね。いつもお世話になってます」
「お前姉ちゃんの事どのくらいスケベな目で見れる?」
「なんでそんな質問するんだお前っ!!? 実の姉相手はキツ過ぎるッ!!」
高校二年生、思春期の
本当に誰一人としてすれ違わない物で、そうなると猥談を止める理由もなくなっていってだんだんとバカ話にも熱が籠っていく。
「最近自覚したんだけどさ。俺ホクロフェチかもしんねぇ」
「ホクロ………」
「こう、乳とかにホクロがあるのを見ると秘められた物を見た感じがしてさ……。この子とかお気に入り」
そう言って
右胸にはホクロが、画面の左側には「びっくりするほど兎天国!」の文字。
「公共の場でAVの画像出すのやめろよ…」
「まぁいいじゃん。人居ないし」
「そろそろ大通りやぞ」
駄弁りながら公園の横を通り過ぎ、大通りへ。
そこでふと、違和感を感じた。
「……人が、居ない?」
人どころか車すら走ってない。
普段なら川に流れる水みたいに沢山の車が走っているのに。
普段なら車のエンジン音と雑踏の足音が行き交っている筈の大通りを夜のしじまが満たしている。
空を見上げれば、カラス一匹も飛んでいない。ただただ丸い月がポツンと浮かんでいる。
「……なんか、怖えな」
確かに普段活気がある場所が静まり返っているのは不気味だ。夜の学校にも似た怖さがある。
「…早く帰るべ」
「おう」
僕は
大通りに僕ら二人だけの足音が響いていく。
見慣れた道なのにまるで別世界に迷い込んだかのようだ。
話す話題も無くなって、僕らは無言で足を進める。
「おいっっ!!」
「「オァーーーーーっっっ!!!??」」
しじまを切り裂く突然の大声。
誰も居ない不安感からか、背後から投げられた男の声に僕達は揃ってはビビり上がって情けない声を出した。
「
ぐるりと後ろを振り返れば、鋭い眼差しと目が合った。
整った目鼻、男子の癖にやたらと艶のある黒髪。
「あ、
僕達に声をかけてきたのは同じクラスメイトの
噂をすれば影とでもいうのか、先程話題に上がった何でも器用にこなすイケメンくん。
…最初はビビったが、ようやく他人に会えた。異世界から現実に帰って来れた感じがする。
「お前達、どうしてここにいる」
「どうしてって、TSUTAYA行った帰りで……」
「……男二人じゃ夜道は危ないだろう」
「別にそんな事なくない??」
高校生の男二人やぞ。まあ犯罪者に出くわさないと断言は出来ないが、危ないと注意される程でもないだろう。
「いいから。俺もついていこう」
「お前も文芸部の高校生だろ…? 高校生の男二人が三人になったって対して変わんなくないか…?」
「いいから」
…
「まぁいいじゃんか
ぶっちゃけ結構不安だった。見慣れた場所から聞き慣れた音がしないのって怖い。そう思って
人が多いに越した事はないし、一緒に帰っても不利益がある訳でもなし。二人より三人の方が賑やかでいいだろう。
「じゃ、いこうぜ
「いや、映画はあま——伏せろっ!!」
僕は唐突に
僕の目の前、ガチ恋距離に
突然の情報の雨に混乱する僕の耳に、一拍置いて果実が潰れるような音が聞こえた。
反射的にそちらを見やる。
首から上が吹き飛ばされて、地面に尻もちをつく
「……ぁえ?」
思わず目を擦る。そして目を開く。
そこには変わらず
視界の端で、
そして、
手には剣みたいな長さの包丁を持っていて目がギョロリとつき出ている。
肌が赤黒くて、額からサイのツノみたいな出っ張りがあって。
一言で言えば、赤鬼。そう形容するのが正しい存在が突っ立っていた。
それも一人じゃない。
道いっぱいに赤鬼が整列している。口から涎がダラダラ出ていて、明らかに僕を餌として見ていた。
「………悪い、助けられなかった」
そう言って僕の上から退いた
第二関節まで指を沈めた後、
レゴブロックで作ったものを分解してるみたいに、指に、顔に、背中に線が走って、彼の体が分割されていく。
彼の体の断面からはグロテスクな肉は見えず、青い光が僕の目を焼かんばかりに漏れ出していた。
あんまりに眩しくって、僕は目を瞑った。
気がつくと、僕の目の前にはゴシックなドレスを着た黒髪の美少女がいた。
服装も黒で統一されており、白い宝石がはめ込まれたイヤリングが一際目立って輝いている。
「逃げてくれ。守りきれる自身がない」
鈴が転がるような声でそう言った少女は、魔法少女の様なステッキを構えて赤鬼の軍勢に突っ込んでいた。
………は?
なんだコレ。
………え〜〜っと。
……。
コレ、夢か? かなり夢だろ。風邪引いた時に見る達の悪いタイプの。
親友がグロテスクに死んだというのに、心の中に困惑しか流れ込んでこない。あまりにも現実感がない。
なんなんだコレ。
……逃げなきゃ、いけないのかなぁ。
そう思って僕はとりあえず後ろを向く。
すると、恐ろしく突き出た眼球と目が合った。
「……あ、青鬼?」
赤鬼と色合いが正反対な事以外は何もかもがそっくりな、もう一人の鬼がそこにいた。
鬼は表情をピクリとも変えず巨大包丁を一閃させた。
そう思った瞬間に、自分の視界が落下していく。
あ。胴体を真っ二つに、横一文字に切られたんだ。そう理解した瞬間、痛みもなく僕の意識はブラックアウトしていった。
▷▷▷
「…あぇ?」
気づけば、僕は大通りに寝転がっていた。
寝起きのような回転がイマイチな頭で当たりを見渡せば、倒れている僕を避けて、鬼達が歩いている。
……な、なんだ?
僕はさっき、明らかに即死したんじゃなかったか?
僕は起こった事象を考察する事で精一杯だった。
上半身だけを起こした状態で固まっていると、僕が生きている事に気がついたのか赤鬼青鬼が円を作りこちらを見つめてくる。目、目、目。何処を向いても恐ろしい顔に睨まれている。めちゃくちゃ怖い。
「え、あ……」
「ギャガバギャアッッ!!」
「ひ、ひぇっ……!」
鬼達は唸り声を上げながら僕に向かって巨大包丁や金棒を一斉に振り上げてくる。あまりにも鬼達が恐ろしすぎて、信じられないくらい可愛い声が僕の口からこぼれ落ちた。
この同時攻撃を防ぐ方法も逃げるスペースも無い。僕はただ、腰を抜かして腕を顔の前に持ってくるしか出来ない。
「させん」
その瞬間、鈴のような声が響いた。
小さい影が鬼達の頭上を飛び越え、僕を庇うように立つ。
「あ、
プラスチック製にしか見えないステッキのてっぺんに付いているハートが回り出し、星型の光が凄い勢いで全方位に撒き散らされる。
星型の光は囲んでいた鬼達の体を抉り、その眩い光を血で汚していく。ファンシーな光景なのに効果がエグすぎる。
星型の光は鬼達だけでなく、道路や壁に突き刺さっている。この技はつまり、発光する手裏剣を周りに撒き散らしているような物なのだろう。
鬼達は声を上げながら倒れこみ、動かなくなった。そしてぱふ、とコミカルな音を立てて破裂する。
風船のように鬼の死体は霧散し、数秒後には元々死体があった場所には何も残っていなかった。
「良かった。
「はっ!!!? な、何言って」
意味不明な事を言われ、思わず声を上げる。
そして気付いた。俺の口から俺の意思で声を出している筈なのに、声が女のそれだ。
自分の体を見下ろす。
両手は明らかに普段と比べて大きさが違うし、色も白くなっている。
身につけている服装は無地のTシャツからケーブル編みのセーターに。胸の部分を、双丘が服の下から押し上げている。穿いてたズボンは膝丈の緑のスカートに。そして右手にはトンカチを握っていた。なんで???
「——危ない!!」
「はぇ?」
間抜けな声を出した僕を、
自分より小さい少女に抱き上げられる感覚に驚くのも束の間、僕の頬の近くを弾丸が通過していった。
斜線上にいた鬼達は絶叫を上げながら絶命していく。その威力に思わず冷や汗が流れる。
………ちょっと待て、僕は今
どんな動体視力が有ればそんな事は可能なのか。どんな形をしているかまでくっきりと見えた。
「ホゲェ〜〜〜〜ッッ!!! な、なんじゃコリャぁああああああっっ??!!!」
僕の思考を打ち切るように、甲高い女性の絶叫が響いた。
それと同時に鳴り響く発砲音。弾丸が雨あられとこちら側に撃ち込まれる。
「おそらく
一気にビルの三階程の高さまで跳躍した彼(彼女)は鬼達の残骸も、弾幕もいっきに飛び越え絶叫の元へと迫る。
「うわーっっなんだコレなんだコレなんだコレ!!」
「…………バニー、ガール………?」
空から見ると、バニーガール姿の女性がどデカいスナイパーライフルを構え絶叫しながら倒れ込んだ鬼の体を撃ち続けている。
「………
「え……?」
女性は呆けた顔をして弾丸を撃ちまくるのを止める。…僕は、その女性に見覚えがあった。
明るい金髪にバニーガール姿、そして右胸のホクロ。
「……『びっくりするほど兎天国』……?」
間違いなく、
▷▷▷
「……俺がこの世界に紛れ込んだのは四日前からだ。お前達同様に鬼に殺され、気がついたら女になる力を得ていた」
パニックになっていた
「女の状態だと身体能力、反射神経が著しく向上する。その上、再生能力があるらしく、一度腕をもがれたがくっ付いた。この力で襲ってくる鬼を返り討ちにしていたら、いつのまにか元の世界に戻っていた。毎日、この繰り返しだ。コレで俺の知っている事は全てだ」
そう言って黒髪の少女は息を吐いた。彼(彼女)のイヤリングがきらきら揺れる。
その言葉を聞いて、僕は疑問に思った事を尋ねる。
「……ここに居た鬼は全部返り討ちにしたよね? なんでまだ元の世界に帰れないの?」
「他にも鬼の集団がいるんだろう。以前にもそういう事があった」
「殺されて女性になる力を得るって事は、殺されても大丈夫なんでしょ? なんでさっき謝ったの?」
「俺以外も殺されて復活するか確証がなかった。……俺はてっきり、俺に何か特別な力があるから魔法少女……この姿に変身出来たのだと思っていた」
勘違いだったようだが、と付け加えて
「……蘇ったお前を見て、てっきり、ここで殺された人間は自動的に魔法少女になるのだと思っていたが……どうやらそれも違ったらしい。
「そうだね…」
ただ一つ、AVの画像と違うのは首筋についた鍵穴型のアザだ。
「……な、なんだよぉっ、二人して変な目でみんなよぉっ」
「変な目って……」
「いいや見たね! えっちな視線を感じた!」
……正直
男友達にそういう視線を向けてしまったという事実。僕は気まずくて目を逸らす。
目を向けた先に合ったショーウィンドウの中から、穏やかな顔つきの女性が僕を見返していた。
長い髪は丁寧に梳かされ、頭の後ろでポニーテールにされている。そんな優しい印象とはチグハグにゴツいトンカチが右手に握られている。
年齢は十七、十九歳程。魔法少女と呼ぶにはギリギリアウトといった所。ケーブル編みのセーターに緑のミモレスカート。僕の理想の優しいお姉さんといった様子である。
……コレが、今の僕の姿。男だった時の面影は全然ない。
うん、僕の好みドンピシャって感じだ。こんな感じの近所に住んでる優しい姉さんに甘やかされたいだけの人生だった。
「……一体、どういう法則なのだろうな。この女性化は……」
「あ、それなら多分だけど想像つくよ」
僕の変身した姿は僕の好みドンピシャで、
「つまり、この姿は、僕達の性癖が反映されてるんじゃないかな……」
「せ、性癖………!?」
「しかし、そんな、……あり得ないだろう」
「こんな夢見たいな状況化であり得ないも何もないだろ」
「………なんでそんなに否定するのさ」
「いや、その…………。……俺は、ロリコンじゃない」
思わず彼の姿を凝視する。
ぱっと見の年齢は十二歳程。髪の毛もドレスも美しい烏の濡れ羽色だ。その指は白魚のようであり、その紫の瞳には星雲のような光が閉じ込められている。
あどけなさの中に何処か女の色気を秘めたドのつくその美貌は、世紀の彫刻家が妄執を注いで掘り出したかのようで。
「………」
「………」
「………」
沈黙が僕達の間に流れた。
何処か寒くなった場の空気を壊すように
「……俺はロリコンもいいと思う!!」
「だから違うといっているだろう!!!!」
何処か切ない絶叫だった。