【完結】性癖全開★魔法少女モドキ    作:烏何故なくの

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死戦の先へ

 「僕は僕だぜ、刑事さん」

 

 刑事さんの問いかけに手を振って答え、トンカチを振りかぶる。

 今の僕の身体能力に物を言わせ、刑事さんの頭を叩き潰そうとして。

 僕がトンカチを振り下ろすよりも速く、刑事さんの拳が僕の顔を殴り飛ばした。

 

 「ぶ………!?」

 

 思わず声が漏れる。

 速い。

 そして重い。

 この一撃だけで分かる。さっき襲いかかってきた時、この人全然本気じゃなかった。

 思わずたたらを踏んだ僕に、刑事さんが話しかける。

 

 「お前はなんだ? 何が目的だ」

 「あー、それはちょっと話すと長くなって……」

 

 事の発端は数年前まで遡るのだ。

 殺し合いを中断してまで、そんな事説明する必要は無い。

 

 『……(さえずり)が悪い』『全部(さえずり)のせい』

 『いまのトシヒロはこころをぼうそうさせられてるだけ』

 『お願いします』

 『今の敏弘を本当の敏弘だと思わないで下さい』『助けてあげて下さい』

 

 うぉっびっくりした。

 ヘカトンケイルが急に喋り出したかと思えば、なんか僕の命乞いをしてくれてる。こいつ本当に優しいな。

 ヘカトンケイルの声を聞いて、刑事さんと黒服のお姉さんは僕に武器を向ける。

 まぁ、向こうも躊躇いが無くなったみたいで良かった。

 殺し合いはお互い全力じゃないと楽しくないもんな。全力で死に抗ってくれないと。

 

 「ヘカトンケイル! あの二人の動きを止めろ!」

 

 僕の影から無数の腕が這いずり出し二人に殺到する。

 少なくとも、刑事さんは強い。

 真っ向から向かって行くだけじゃ殺せない気がする。

 

 「「祓へ給え 清め給え」」

 

 二人がそう唱えると、ヘカトンケイルの腕が二人を不自然に避ける。まるでそこだけ空間が捩れてるみたいだ。

 尋常じゃない験力だ。言葉一つでヘカトンケイルを退けるなんて。

 

 黒服のお姉さんが動いた。

 僕に向かって大太刀を構え、突撃してくる。

 接近戦は望むところだ。

 僕の死体改変は、掠り傷一つでもつけられたら発動する。接近戦ではこっちが圧倒的に優位だ。

 

 しかし油断はしない、僕はあえてトンカチを大きく振る事にした。大振りな動きで隙を見せて、油断した所を左手の拳で仕留める計画だ。

 一回、二回。

 黒服のお姉さんになんなく攻撃を躱わされ、僕のトンカチが空を切る。

 

 ……よし、ここだ。僕に近づいてきたお姉さんに、不意打ちの左ストレートを放つ。

 僕のフェイントに驚いたらしく、お姉さんは一瞬目を見開いた。

 そしてお姉さんは左右に動いて攻撃を避けるでもなく、後ろに下がるでもなく、自分から僕の方に近づいてきた。

 

 「!?」

 

 今、目を見開く事になったのは僕の方だ。

 お姉さんは僕に近づきながら、拳が顔に当たる寸前で顔を捻る。それだけで僕の拳は虚空を殴る事になった。

 そしてお姉さんは大太刀から手を離し、僕の腕を両手で絡めとる。

 瞬間、暗転する視界。

 僕はお姉さんに、投げ飛ばされたのだ。

 

 「ぐっっ……」

 

 背中を地面に叩きつけられ、口から空気が漏れる。

 次の瞬間、左腕に鋭い熱が走る。

 お姉さんの大太刀に腕を切断されたのだ。

 

 全力で地面を蹴り飛ばし、お姉さんから距離を置く。

 めっちゃくちゃ強い。身体能力が高いって感じじゃなくて、経験値が違うって感じだ。

 切断された僕の腕を掴み、傷口にくっつける。

 ……再生能力が発動しない。あの刀、なんかの力が宿ってるな。明らかに僕みたいな不死者を相手にする為の武器だ。

 

 「ヘカトンケイル! 僕の腕の代わりをしろ……!」

 

 クソっ、両腕が真っ黒になっちゃった。ちょっとカッコ悪い感じがする。

 

 「……(ひいらぎ)。あの子は心が捻じ曲げられていても、思考能力まで失われている訳ではないようです。拙いですがフェイントを仕掛けてきました」

 「了解。油断なくいくぞ」

 

 お姉さんは地を蹴り、僕を切り刻まんと突撃してくる。

 僕も負けじと攻撃を繰り出すが、全く歯が立たない。

 トンカチによる殴打、左手のジャブ、足払い、タックル。色々試してみるが全て受け流される。

 

 そうやってお姉さんに対して手をこまねいていると、突然腹部に思い衝撃が走る。

 視線を下に下げれば、お腹に何かが刺さっている。

 あ、これゲームで見た事がある。確か、三鈷杵……だっけか?

 視界を上げれば、刑事さんの姿が。戦いの隙を突かれ、三鈷杵を投げつけられたらしい。

 

 「蔵王権現に希う。……喝!!」

 

 刑事さんの大きな大きな声が轟いた瞬間、腹部の三鈷杵が熱を持ち始めた。

 あまりの痛みに耐えきれず、思わずうずくまる。

 熱い。熱い。熱い。

 内臓を炎で炙られてるみたいだ。

 

 「あぁあぁあっっ!!!」

 

 絶叫を上げながら身を捩る。そうでもしてないとこの熱に耐えきれない。

 視界の端で、泣きそうな顔の(ただし)哀悼(あいとう)くんが見えた。

 そんな顔しないでよ。僕は二人の事も殺すつもりなんだぞ。

 苦痛にのたうちまわりながらも、なんとかお姉さんから距離を取る。今の状態じゃお姉さんの斬撃を回避出来っこない。

 

 「どこに行く気で?」

 

 突然後ろから声が聞こえた。次の瞬間、足に力が入らなくなる。足を切断されたのだ。

 すっかり忘れていた。(さえずり)の護衛の老人だ。

 黒服のお姉さんは胡乱な目を老人に向けるが、それも一瞬。すぐに僕に向き直り、懐から三鈷杵を取り出して僕に突きつける。

 

 一対ニどころか、一対三。

 それも二人は僕より格上だ。

 背筋に冷や汗が走る。このままでは殺されてしまうかもしれない。

 死んで、しまうかもしれない。

 

 「………ふ、ふふはっ」

 

 燃えてきた。萌えてきた。

 こんな状況でワクワクしない程、僕は男の子の心を捨ててない。

 僕の燃えさかる髪の毛が熱量を増したのが分かる。

 カエルの声が何処からか聞こえてくる。殺意がむくむくと湧いてくる。

 

 ………しかし、どう殺そうか。

 やはり、性癖全開か?

 神性存在が権能を全力で振るった際に起こる現象。

 現実世界を自分の精神世界で塗り替える、擬似的な世界創造。……アケミ姉さんの記憶は、あの現象を「胚を開く」と呼んでいた。

 

 今の僕が性癖全開をすれば、入るだけで即死する世界が全方位に展開されるだろう。

 しかし、もし防がれたらどうする?

 性癖全開は諸刃の剣だ。自分の精神の力で物理的な現象を起こしている訳だから、逆に言えば物理的な攻撃で精神に影響を与えられてしまうのだ。

 もし刑事さん達の験力が僕の性癖全開を押し返した場合、この溢れ出るリビドーが止まってしまうかもしれない。

 もしそうなれば、僕は負ける。

 

 どうする。

 どうする。

 どうする。

 

 思考が加速する。何か相手の弱点はないか、何か僕の強みはないか。

 思考を続けながら相手を観察しろ。何かないか。何か。

 

 「おら、よそ見してんじゃねぇ!!」

 「っっ!」

 

 僕が思考を続けてる間にも、刑事さん達の猛攻は止まらない。

 投げられる三鈷杵を紙一重で躱わし、振り下ろされる大太刀をトンカチでなんとか防ぐ。

 ……刀。なんらかの力が込められた妖刀。

 外敵を殺す為の、相手を殺す為の形。なにか、なにかを思いつきそうだ。

 老人とお姉さんの斬撃をヘカトンケイルの腕で振り払い、距離を取る。ワンパターンだが、今はこれが精一杯だ。

 

 「……が、………に………せ」

 

 戦いの最中、自分の足元から何かが聞こえた。

 下を見る。

 アケミ姉さんの、半壊した顔と目が合った。

 生きてる筈のない存在が言葉を発し、口を開いている。思わず背筋がゾッとした。いつのまに僕の足元まで移動してきたんだ。

 

 「永遠たる我が威光にひれ伏せ」

 

 足首をアケミ姉さんに捕まれる。

 それと同時に、アケミ姉さんの精神世界が展開される。

 突如として無骨な洞窟は辺り一面に灰が降り積もる農村へと姿を変えた。

 アケミ姉さんの心の奥、決して晴れない飢饉の冬だ。

 

 くそ。

 まだ死んでいなかったのか。

 頭部を半壊されられ、死の情報を体に十回以上叩きつけられてなお、死んでいなかったのか。

 流石、二百年の妄執の到達点。生きる事だけを目的とした、錬生された肉体。

 ………錬成?

 

 「し、ね」

 

 アケミ姉さんの声が聞こえる。

 それと共に、僕の体が足から段々とミイラのように痩せ細っていく。

 これがアケミ姉さんの殺意の形。餓死こそが、アケミ姉さんにとって最も忌避すべき死なんだ。

 

 死。

 死のイメージ。殺意の形。錬生。錬生。

 

 

 

 ………あ。

 思いついた。起死回生の一手を。

 

 

 

 錬生だ。

 僕の体は本来、錬生をする為にある。

 アケミ姉さんが自分の体を錬生する為に調整してある。

 ならば。

 錬生こそが、僕の体が最も得意とする行為なんだ。

 刑事さん達に勝つには、僕の体を全部使わないと勝てない。全ての手札を注ぎ込まないと勝てない。

 

 産もう。

 武器を、産もう。

 女神はあらゆる方法で、あらゆる物を生み出す。

 食物も、宝も、概念も、神だって。

 ならば武器の一つ、産めない道理は無い。

 僕の為だけに存在する、僕が振るう武器を錬生しよう。

 

 熱は心の中にある。

 素材も、僕の中に極上のがある。

 

 『だめだ!!!』『やめろっっ!!』『止めて』『ダメだよぉっ!』

 

 ごめんな、ヘカトンケイル。その願いは聞いてやれない。

 お前は小さい時から僕の中にいて、ちょっとした僕の願望を叶えてたりしてくれていたよな。

 哀れな境遇に同情する気持ちもある。(ただし)哀悼(あいとう)くんとおんなじ括りに入れていいくらいには、僕はお前が好きだ。

 だけど、今の僕にとってはそれだけだ。

 殺し合いより大事な事は無い。性欲を満たす以上に大事な事は無い。

 

 『ダメだってば』『止めてください』

 『戻れなくなる!!』『これ以上はキミが戻れなくなる』『人間でーー』

 

 ヘカトンケイルを、僕の体内にしまい込む。心の中の炉に焚べる。

 イメージするのは、僕にとっての武器。それは暴力だ。痛みだ。死だ。

 リビドーの火でヘカトンケイルを熱していく。

 ふいごを吹き、ハンマーを打ち付け、僕の中の殺意の形に錬成していく。

 

 気づけば僕の身体は全身が萎びたナスみたいになっていた。アケミ姉さんの殺意が、僕の身体を侵食していた。

 だけど、それでも構わなかった。すでに武器は錬生し終わっていたから。

 僕の枯れ木みたいな指には、新品のカッターナイフが握られていた。

 

 何かを感じ取ったのか、刑事さんが恐ろしい形相で僕に三鈷杵を投げつけた。

 お姉さんも同じくらい恐ろしい顔で僕に向かってきていた。

 でも、もうさっきみたいな脅威は感じなかった。

 

 そうだ。

 せっかく良い武器が手に入ったんだから、技名をつけよう。

 哀悼(あいとう)くんのアルス・マグナ、ちょっと羨ましかったんだよね。

 

 「(デット)———」

 

 僕は左腕を横に伸ばし。

 全員に攻撃が当たるように、水平にカッターナイフを振るった。

 

 「———(ライン)!!!」

 

 

 

 

 

 

 アケミ姉さんの精神世界が崩壊していく。

 (ぼく)死戦(デットライン)に耐えきれなかったのだろう。

 周りを見る。

 刑事さんが倒れていた。黒服のお姉さんが倒れていた。老人が倒れていた。

 三人とも、首が無かった。

 

 「………っっ♡♡♡」

 

 なんとも言えない高揚感が僕を包む。

 今まで感じた事のない感覚。人を殺めた充実感。

 思わず僕はへたり込んで、自分の体を抱きしめる。そうでもしないと嬌声が口から溢れてしまいそうだった。

 

 「あ、あ、あ………」

 

 ふと、声が聞こえた。アケミ姉さんの声だった。

 ……ああそうか。アケミ姉さんは直接死戦(デットライン)を食らった訳じゃないのか。

 あくまで精神に壊滅的なダメージを受けただけで、死んでないんだな。

 

 アケミ姉さんは四つん這いになって、涙を流しながら(ぼく)から逃れようとしていた。

 近寄れば、少しアンモニアのような臭いがしていた。どうやら漏らしてしまったらしい。

 もしかしたら、アケミ姉さんは精神世界を破壊し尽くされたショックで幼児退行してしまったのかもしれない。

 

 アケミ姉さんは、それでも生にしがみついていた。

 四つん這いになりながら、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、それでも懸命に懸命に生きていた。

 誰がこの人を笑えるだろうか。

 僕には今のアケミ姉さんが、どんな名画より美しく見えた。

 

 僕はアケミ姉さんの前に回り込んで、声をかける。

 

 「大丈夫だよ、怯えないで。(ぼく)が、抱きしめてあげる」

 「あ、あぅあ……………?」

 

 自分でも驚くくらい、優しい声が出た。

 そういえばさっきからちょっと思考が変な感じだ。

 なんていうか……愛しさとでもいうのだろうか。そう言った感情が溢れて止まない。

 

 アケミ姉さんの殺し方はもう思いついた。

 錬生の要領だ。僕の精神世界で、情欲の火で永遠に焼き続ければいい。

 死なないなら、死ぬまで殺し続ければいいのだ。なんなら、アケミ姉さんも武器に錬生してもいいかもしれない。

 

 「さぁーーーおいで」

 

 そう言って、アケミ姉さんに一歩近づく。

 その瞬間、発砲音が響いた。それと共に、僕の肩に鈍い衝撃が走る。

 今の僕には大したダメージじゃないが、以前の僕なら肩を撃ち抜かれていたかもしれない。

 

 後ろを振り返る。

 そこには、青ざめた顔でライフルを構える(ただし)と泣きそうな顔でこちらを見る哀悼(あいとう)くんがいた。

 

 ……ああ。お前はそういう奴だよな。

 だから(ぼく)はお前が大好きなんだ。

 

 「……一つ、聞いていいか?」

 

 (ただし)は僕に、震える声で尋ねてきた。

 

 「お前は、楽しくってこんな事をやってるのか? これがお前の性癖なのか?」

 「そうだぜ親友。これが(ぼく)の癖なんだ」

 「お前は、殺人行為でヌけるのか?」

 「ヌけるね。(ぼく)にとって暴力は情交と一緒さ」

 

 そういい、僕はカッターナイフを構える。

 このカッターナイフの能力はシンプルだ。折れず曲がらず、何処までも伸びる。そこに(ぼく)の死体改変能力が加わるのだ。

 

 「………親友として、魔法少女として。お前の蛮行、止めさせて貰うぞ」

 「嬉しいね。抵抗が激しいほど興奮するたちなんだ」

 

 哀悼(あいとう)くんはそう言って前に踏み出す。僕に、向かってくる。

 全く、最高の友人達だぜ。

 

 「じゃあ行くぞ! 大口叩いたからには一撃で死ぬなよ!! ———死戦(デットライン)!!!」

 

 

 

▷▷▷

 

 

 

 俺は敏弘(としひろ)に問いかける。

 

 「お前は、殺人行為でヌけるのか?」

 「ヌけるね。(ぼく)にとって暴力は情交と一緒さ」

 

 俺は、その言葉を聞いて()()()()

 敏弘(としひろ)が暴力で興奮する変態野郎だった事に。

 これなら、()()()()()()

 

 「………親友として、魔法少女として。お前の蛮行、止めさせて貰うぞ」

 「嬉しいね。抵抗が激しいほど興奮するたちなんだ」

 

 俺は一歩前に出た哀悼(あいとう)くんの肩に手を置き、小声で耳打ちする。

 

 「聞いてくれ、俺に作戦がある」

 「なっ………。……作戦だと?」

 「ああ。多分だが、成功する。ただし一回きりだ。俺が突っ込むから援護を頼む」

 「分かった、お前を信じよう」

 

 「じゃあ行くぞ! 大口叩いたからには一撃で死ぬなよ!! ———死戦(デットライン)!!!」

 

 敏弘(としひろ)はそう叫ぶと、カッターナイフが凄まじい勢いで真横に伸びていく。

 

 「俺の姿を見ろ。希望たり得る俺の姿を見ろ」

 

 それに対抗するように、哀悼(あいとう)の足元がひび割れ、リボンの結界が俺らを包み込む。

 6m程の長さに伸びたカッターナイフの刃は、円を描くようにしてリボンの結界に突き刺さった。

 

 「っっっぐぁぁあああぁあっっ!!!」

 「哀悼(あいとう)っっ大丈夫か?!」

 「大丈夫、と、言いたい、が………! 早く行けっ、もう持たんっっ」

 

 カッターナイフは凄まじい速度でリボンの結界を侵食していた。

 まるでバターに熱したナイフを当てるように、束になったリボンをするすると切り裂いている。

 俺は心の中で哀悼(あいとう)に感謝をし、敏弘(としひろ)に向かって走り出す。が。

 

 「おおっと、そう簡単に近づけるかよ!!」

 

 カッターナイフが凄まじい勢いで縮み、そして俺へ向かって再び伸びてくる。神速の突きだ。

 あまりのスピードに反応が追いつかない。

 不意を打たれたから、作戦を今ここで発動する事も出来ない。視界がスローモーションになっていく。

 俺は回避も反撃も出来ず、迫り来る死に思わず目をつぶった。

 

 突然、むにゅんと柔らかい物に突き飛ばされ、俺は仰向けに倒れこむ。

 

 「わぷっっ、な、なにが……!?」

 

 目を開けた俺の目に飛び込んできたのは——デッカい、ブルマに包まれたお尻だった。

 

 「悪ぃな、ピンチだったもんでよ。でもアイツから目を離すのも怖いだろ? って訳で尻で突き飛ばしちまった」

 

 お尻を突き出したポーズで俺に話しかけるのは、全身を体操着に包んだ可愛らしいツインテールの少女だった。

 顔は人並外れた美人という訳では無いが、クラスで2番目くらいの美人さんと言った感じだ。

 体勢的にしょうがないが、視界に入ってくるのは彼女の豊満なお尻だ。明らかにお尻だけが年齢不相応に大きい。

 

 よく見れば、彼女は手に錫杖を持っている。

 そしてこの口調。まさか、この人は———。

 

 「あんた、(ひいらぎ)か?!」

 「おうよ。話は聞いてたぜ。作戦があるんだろ? 俺が守ってやるから突っ込め」

 「っていうか、なんで魔法少女に……」

 

 (ひいらぎ)は、指である方向を指差す。

 そこには倒れ伏して動かない、老人の首なし死体があった。

 

 「あのじじいのせいだ。カッターナイフの一撃が届く前にあのじじいに俺達は首を刎ねられたんだ」

 「俺達って、事は………」

 

 「っっっ、ガァああぁああぁああぁああっっ!!!」

 

 俺が言葉を紡ぐより早く、凄まじい咆哮が響いた。

 その方向を見れば、そこには怪物が立っている。

 隆起した筋肉。浅黒い肌。見上げるような巨体。狼の頭部。

 人狼としか形容の出来ない巨大な怪物が、大太刀を持って敏弘(としひろ)に襲いかかっていた。

 

 「あ、あれが(やじり)か……?」

 「おうよ。まさかアイツの性癖が人外だとは………。…こんな事言ってる場合じゃねぇ。俺の後ろに続け! 作戦、頼んだぞ!」

 

 そう言い残し、(ひいらぎ)敏弘(としひろ)の方に向かっていく。

 

 「っっはは!! 楽しくなってきた……!!」

 

 どんどんと、敏弘(としひろ)の炎の髪の毛が勢いを増していく。

 それと同時にカッターナイフの斬撃もどんどん素早くなっていく。最早目で追えない速度だ。

 

 「祓へ給えっ 清め給え!!」

 

 (ひいらぎ)が呪文でカッターナイフの斬撃を逸らし、(やじり)敏弘(としひろ)の注意を引いてくれている。

 二人の助けが無かったら、俺は何回死んでいたか分からない。

 

 「グ、ガァあああっ!!」

 「うぉおあぁあ!!」

 

 炎の髪を振り乱す死神と、大太刀を構えた人狼が雄叫びを上げながら斬り合う。

 一秒。二秒。三秒。

 それが限界だった。

 人狼はその体を横一文字に切り裂かれ、崩れ落ちる。

 だけどその三秒で、俺は敏弘(としひろ)の正面まで近づく事が出来た。

 

 俺の姿を捉えた敏弘(としひろ)は、右手に握り締めたトンカチをぶん投げてきた。

 左手のカッターナイフにだけ気を取られていた俺は、その一撃に反応しきれなかった。

 空を切りながら、トンカチが俺の頭を砕かんと迫り来る。敏弘(としひろ)のトンカチだ、掠りでもしたら終わりだ。

 

 俺が足を止めるより速く、(ひいらぎ)が俺とトンカチの間に割り込んだ。

 トンカチは(ひいらぎ)の顔面にぶつかり、動きを止める。呪文を唱える間もない一瞬の出来事だった。

 

 「行け」

 

 そう言い残して、(ひいらぎ)はその場に崩れ落ちた。

 俺は足を止めなかった。なんとか止まらずに走り続けられた。

 

 敏弘(としひろ)と向かい合う。

 アイツは既に、カッターナイフを振りかぶっていた。

 三歩。敏弘(としひろ)まで、あと三歩。この距離なら、ギリギリだがアイツも()()()()()()

 カッターナイフが俺に届くより速く作戦を発動できれば俺の勝ちだ。

 懐に手を突っ込む。

 長く伸びた刃が俺に迫る。

 間に合うか。間に合え。間に合え。

 

 敏弘(としひろ)がカッターナイフを振るう。

 その瞬間、カッターナイフが手からすっぽ抜けた。

 

 「は?」

 「え?」

 

 思わず二人で宙を舞うカッターナイフを見る。

 カッターナイフは、明らかにさっき見た時より縮んでいた。

 

 「おれ、を、無視してんじゃ、ねぇ!」

 

 声が聞こえた。

 敏弘(としひろ)の後ろ、胴体が真っ二つになっていた四谷(よつたに)が、ものさしを構えていた。

 

 力が、弱くなっている。

 敏弘(としひろ)も連戦で疲れていたんだ。死の力が弱まって、殺した筈の相手が蘇ったんだ。

 

 これで、敏弘(としひろ)まであと一歩。

 既に作戦の用意は済んでいる。

 

 「勝負だ!!」

 

 俺は叫んだ。

 敏弘(としひろ)は———笑った。

 笑って、自分の首に指を突き立てた。

 首のアザに。鍵型のアザに。

 

 (ぼく)を愛でろ 血に濡れし(ぼく)の手を愛でろ」

 

 

▷▷▷

 

 

 (ぼく)を愛でろ 血に濡れし(ぼく)の手を愛でろ」

 

 確信があった。

 (ぼく)は今、何かしらに到達した。

 全身が熱い。

 僕の魂に、僕の体が耐えられないみたいだ。

 

 僕の足に、亀裂が走った。

 そこから黒煙がもうもうと漏れ出てくる。地獄の業火と黒煙が、ここに溢れ出そうとしている。

 黒煙が空中に曼荼羅を描き出した。

 それはどこまでも大きくなっていく。

 

 ああ、出る、出る、出る、でる、でる———。

 

 対する(ただし)は冷静だった。

 冷静に、僕にむかって何かを投げた。

 ……なんだ。これは。スマホ?

 

 想定外の行動に僕は思わず、そのスマホを観察した。してしまった。

 そこの画面に写っていたのは。

 

 「(かなえ)、姉ちゃん?」

 

 

▷▷▷

 

 

 数日前の会話。

 

 「好きな異性のタイプぅ?」

 「おうよ」

 

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、親友の相葉(あいば)(ただし)は僕に問いかける。

 

 「学校じゃ言いにくいだろ? ちょっとくらい下世話な話しようぜ敏弘(としひろ)。ほら、フェチを曝け出してみ」

 「……そう言われてもなぁ…」

 「カマトトぶんなよーっ、いいじゃねぇか人っ子一人いない夜なんだから」

 

 公共の場で猥談をかます事を躊躇っていた僕はそう言われて周囲を見渡す。映画好きの(ただし)に連れられて、TSUTAYAで映画をレンタルした帰り道。今は夜の八時頃。

 時刻も遅くなく、春の快適な気温の夜なのに本当に一人もいない。

 

 「…この状況下ではやぶさかでは無い」

 「おっイイねぇ、そう来なくっちゃ。どんな女の子がタイプですか?」

 「ご飯を作るのが得意な子とか」

 「料理か。性癖って感じじゃ無いがまあ良しとしよう。…料理かぁ。俺のクラスで一番料理得意な奴誰だと思う?」

 「料理の腕前とか家庭科の班で一緒にならない限り分かんないよ。…委員長とかは料理出来そうって感じするね。あとは哀悼(あいとう)くんとか」

 「男じゃねーかよ。マ、確かに上手そうではあるけどさ。…あ、そういえばお前の姉ちゃんは料理上手いんだっけ」

 「上手いね。いつもお世話になってます」

 「お前姉ちゃんの事どのくらいスケベな目で見れる?」

 「なんでそんな質問するんだお前っ!!? 実の姉相手はキツ過ぎるッ!!」

 

 

▷▷▷

 

 

 「実の———」

 

 「姉じゃ———」

 

 「——————ヌけねぇぇえええええああああぁあああぁぁぐわぁああぁあああぁあああぁああああああああっっっっっっっっっっ!!!!!」

 

 イく寸前、オカズが実の姉に差し代わった。

 そういえば、彼の苦痛は理解出来るだろうか。

 

 展開されていた地獄の業火は、スマホを避けるように真っ二つに割れた。

 もうもうと猛っていた黒煙は勢いを弱め、最早蝋燭の火にも等しい。燃え盛っていた性欲は、一瞬にして鎮火してしまった。

 

 「がぁあぁあぁっ、力、力が……! 抜けていく………!!」

 

 ありとあらゆる生き物を愛せると豪語した女神は、唯一自分が愛せない人間を見つけてしまった。

 自己の定義と現実との矛盾。

 人の身で有れば耐えられた矛盾は、神たる身では耐えきれない。

 それにより起こるのは、神格の零落。

 死の概念との合一にさえ手が届きそうだった少年は、落ちぶれた神としてそこに倒れ伏していた。

 

 島咲(しまざき)は虚な目で宙を見る。

 彼の目には、濡れ羽色の魔法少女と、金色に染まった魔法陣が映っていた。

 

 「これで終わりだ……! フルチャージ……アルス・マグナぁああぁあぁっっ!!!!」

 

 魔法陣から放たれる極大の光の奔流。

 主人公の一撃は、零落した神も、ちろちろと燻っていた火も纏めて飲み込んだ。

 

 

▷▷▷

 

 

 光の奔流が消えていく。

 抉れた大地に、大の字になった敏弘(としひろ)が倒れていた。

 

 俺はゆっくりと、倒れている敏弘(としひろ)に近寄る。

 呼吸は……してるな。生かさず殺さずって感じだ。

 

 俺は思わずへたり込む。

 

 「うぁ〜〜〜、上手くいって、良かったぁ〜〜〜〜………!!」

 

 いやもう、大変だった。

 マジで紙一重で、何かがミスったら死んでてもおかしくなかった。

 

 俺はとりあえず、敏弘(としひろ)をお姫様抱っこする。

 お、結構重いな……。意識のない人間抱き上げるのって結構大変だ。

 

 遠くの方で(ひいらぎ)がこっちに手を振っている。

 周りを見渡せば、死体になっていた人達の肉体も元に戻っている。

 とりあえず、ハッピーエンドって事でいいらしい。

 

 視線を下に落とす。

 綺麗な表情で、敏弘(としひろ)が寝ていた。

 クソっいい表情で眠りやがって。あとで一発ぶん殴ってやる。

 

 そんな事を考えながら顔を見つめていると、音もなく敏弘(としひろ)の目が開いた。

 

 「うぉ…………っ!?」

 「………」

 

 思わず敏弘(としひろ)をその辺に捨てそうになった。

 え、いや、え? こいつタフすぎだろ。え? え? どうしよう。この距離なら何やっても俺死ぬよな。

 

 頭がパンクして、何を言ったらいいのか分からない。何をしたらいいのか分からない。

 思わず固まって、見つめ合う事数秒。

 敏弘(としひろ)が口を開いた。

 

 「………(ただし)?」

 「お、おう…………」

 

 ………あれ? なんか、正気っぽいな?

 あれか? ビームの衝撃で正気を取り戻したのか?

 そ、そんな事あるのか……?

 

 ……いや、そもそもあのビームは哀悼(あいとう)が俺らに心を開いた証なんだっけか。

 心の力を現実にするって事は、いわばあのビームは哀悼(あいとう)の心そのものな訳で。

 そう考えると、精神に働きかける力が多少あのビームに含まれていてもおかしくない気がする。

 

 おお、なんだなんだ。

 マジでハッピーエンドじゃん。もう全部解決じゃん。

 そう思っていた俺の鼓膜を、すっかり高くなってしまった(ひいらぎ)の声が叩いた。

 

 「おい!! 今すぐそいつを気絶させろ!! 死ぬぞ!!!!」

 「ちょ、聞いてくれよ(ひいらぎ)。なんか知らないけどこのバカ、正気っぽくて……」

 「()()()()()()!! ()()()()()()()!!」

 

 数秒、言われた事を理解できなかった。いや、数秒立っても本当の意味では理解できていなかった。

 俺は何が何だかよく分からないまま、敏弘(としひろ)の体に視線を落とした。

 

 太ももに何か、ヒビが走っている。

 よくよく見れば、足の先がない。いや、足が先から無くなっていってる。

 チリが風に吹き飛ばされるみたいに、足先から敏弘(としひろ)の体が小さな小さな粉になっていってる。

 

 「敏弘(としひろ)っ、おい!? 大丈夫かっ、何なんだよこれ!!?」

 「ただ、し。ぼく、さぁ。なんでこんなこと、しちゃったんだろうな」

 「敏弘(としひろ)っっ!!? 何言ってんだよ!?」

 

 ヒビは敏弘(としひろ)の体にどんどんと広がっていった。

 敏弘(としひろ)の顔には、生気が無かった。人生に疲れた老人みたいだった。

 

 「貸せっっ!!」

 

 (ひいらぎ)が飛び込んできて、敏弘(としひろ)の顔面をぶん殴った。

 敏弘(としひろ)が白目を剥いて気絶する。それと同時に、体の崩壊も止まった。

 

 「(ひいらぎ)、これ、何が」

 「………簡単な話だ。正気に帰って、死にたくなったんだろ」

 「え?」

 「神ってのは、そういうモンなんだよ。死にたくなったら本当に死んじまうんだ」

 

 そう言って、やるせない顔で(ひいらぎ)敏弘(としひろ)を見た。

 

 『アイツは人を傷つけられるような人間じゃない』

 

 哀悼(あいとう)の言葉だ。

 俺も、そう思う。

 敏弘(としひろ)は、そういう人間だ。

 

 もしそんな人間が、自分が大量に人を傷つけてしまった事を自覚したら。

 いったいどうなってしまうんだろうか。

 

 何だか急に希望が見えなくなって、無性に泣きたくなった。

 

 

 




刑事さん:中学の頃見た初恋の子のブルマ姿が未だに忘れられない。お尻の大きさには思い出補正が入っている。

黒服のお姉さん:ケモナーというより筋肉フェチ。変身した姿は、彼女が今まで出会った人の中で一番マッスルなヴォルフガングさん(人狼)。
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