白で統一された、無機質な病院の廊下。
俺と
この病院は、全国に存在する、霊的組織の息のかかった病院の一つらしい。
念の為に体を検査されて、異常のない事を確認された俺らは廊下で二人を待っていた。
数分もせずに
「お疲れ様でした。体に異常は無かったでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「それでは、貴方達のその力を封じさせてもらいます。……いいですね?」
そりゃこんな力を普通の学生が持っているのは治安維持組織としては不安だよなぁ。
「この術式は貴方達の命の代わりをしている。完全に消し去る事と貴方達が死んでしまう、なので封印です。変身出来ないよう、鍵穴を埋めさせてもらいます」
微かな衝撃が俺の首に走る。
思わず首を抑えると、首にあった鍵穴型のアザが消えている事に気がついた。
「はい、これで大丈夫。これで問題なく日常へ戻れます」
「……一つ、聞いていいですか?」
不意に、
「
「………彼は、その。まだ検査中でして」
「なんで言葉を濁すんですか。俺達にやったみたいに、
沈黙が流れた。
その言葉を聞いて、
「…………彼は。向こう側に近づきすぎた。………もう人間には戻れません。神として、生きていくしかないんです」
▷▷▷
しゃくしゃくと、りんごを食べる音が僕の病室内に響いた。
「ん? 何よそんなにジロジロ見て……。りんご食べる?」
「いや、いいよ……」
そう言って僕にりんごを差し出してくるのは
僕はもう人間には戻れない。それに今はその、精神が不安定な事もあり家にも帰れない。
流石に家族に僕の今の状態を隠し通せる訳もなく、刑事さんが
姉ちゃんは一通り驚いた後、無言でお見舞いにと買ってきたりんごを食べ始めた。尋常じゃなく神経が図太い。
「……そりゃさ、初めは信じられなかったけど……。もう、あんたの身体が普通じゃないって事は嘘じゃないって分かったからね。現実逃避したって仕方がない。一応言っとくけど、父さん母さんの前で自分の腕切り落とすのやめな? ショックで失神するよ?」
「……うん」
「別にカミサマだろうが何だろうが、あんたはあんたのまんま何だろ? じゃあ姉ちゃんとしては何も求めないよ。ちゃんと体を休めて、元の生活に………。あぁ、まぁあんたが健康ならなんでもいいや」
「元の生活に戻りなさい」。
姉ちゃんはそう言おうとして、辞めたのだろう。
刑事さん曰く、元の生活に戻れるのは僕の精神が安定してからだそうだ。
僕はもう、人じゃない。僕は今、この病室軟禁されている。
人じゃない物が人に混じって生きるには、ソイツが人を傷つけない事が大前提だ。
僕には、無理だろう。
僕は、人の死を願いながら生きるのだろう。
僕は、危険な爆薬として生き続けるのだろう。
「……チョップ!」
「へぶっっ! な、何すんのさ?!」
「なんか良くない事考えてたでしょ。ダメだよ、今のあんたは精神状態がモロにお肌に出るんだから」
……気づけば、僕の手の甲にヒビが入っている。
この姿では隠し事も出来ないのだ。憂鬱な気分になる。
「何があったかとは聞かないけどさ。言いたくなったらいつでも話してくれていいからね」
「……うん」
そう言って、姉ちゃんは病室のドアから去って行った。
………心配を、掛けている。それが、たまらなく嫌だ。
もっと言えば、この程度で悩んでいる自分も嫌だ。心配させないだけの能力もないくせに、悩みだけは一丁前か。
「うーす。大丈夫か?」
姉ちゃんと入れ替わるように、刑事さんが部屋に入ってくる。
その手には、ボロボロになった札が握られていた。
この病室にはお札が張り巡らされている。
僕が万が一暴れ出した時の為の、封印用のお札だ。
今の僕の精神状態に反応して、膨れ上がる僕の力を押さえつけているらしい。
「……すいません、お札、壊してしまって」
「んにゃ、元から壊れる事前提の物だからいいよ」
そう言って、刑事さんは僕に笑いかける。
下手くそな笑顔だった。笑顔になれていない人間という印象を受けた。
「……ヘカトンケイルは、大丈夫ですか?」
「おうよ。少しは俺に懐いてくれたのかねぇ」
そういい、刑事さんは懐からカッターナイフを取り出す。
……ヘカトンケイルは、もう喋れない。僕がそういう風に産んでしまったから。
僕の振るう武器としてデザインされたヘカトンケイルは、目も、鼻も、口も無い。
刑事さん曰く、ヘカトンケイルは一種の神だから、時間が経てば自分で自分の存在を改変して普通の人間と同じ事が出来るようになるらしい。
ただしそれにはかなりの時間がかかるらしいが。
「………ごめんなぁ、ヘカトンケイル……そんな風に産んじまって………」
「そんな思い詰めすぎるなよ。第一、産んでごめんなんて言われた方が困るぜ」
そう言われて、言葉に詰まる。
「そう、ですよね。……すみません」
「いいって。俺も少し言い方がキツかったかな?」
刑事さんはまた笑った。
そうやって刑事さんと数分話していると、コンコン、とノックの音が響く。
「私です、
「帰って下さい」
二人の名前を聞いた瞬間、自分でも驚くくらい低い声が漏れた。
「え…」
「帰って下さい。お願いですから」
「………おい
刑事さんが病室から出ていく。
僕は布団に包まって、足音が何処かに行くのを待った。
数秒だったか、数分だったか。少しの間話し声が聞こえて、その後ここから離れていく足音が聞こえた。
「……よかったんですか?」
黒服のお姉さんが、僕の病室に入ってくるやいなや心配そうな声を掛けてくる。
思わず苛立ちを覚える。こんな殺人鬼が、友達にも性欲を向けるような奴が、二人みたいないい奴らに会っていいわけないじゃないか。生きていて、いいわけないじゃないか。
「どんな顔して、会えっていうんですか」
そんな声を出すだけで精一杯だった。
「……一応言いますが、貴方に責任は無い。貴方は誰も殺していない。ヘカトンケイルが飲み込んだ呪い師達も、きちんと吐き出しましたよね?」
「でも!! ……僕が、自分の意志で友人に性欲を向けたのは事実です。僕は、友達を殺せる人間です」
「ですが、貴方は今まで誰も殺さなかった」
「それがこれから誰も殺さない証明になりますかっ!!!?」
僕の怒鳴り声が病室に響く。
黒服のお姉さんはバツの悪そうな顔をして、僕から目を逸らした。
……はは。殺人鬼が自分の悪性を証明しようと躍起になっている。あべこべだ、こんなの。
「……すいません。感情的になりすぎました。外の空気を浴びて、頭を冷やしてきます」
そう言ってお姉さんは大太刀を背中に背負ったギターケースにしまい直し、部屋から出ていく。
叫び過ぎたせいか、喉が痛い。
くそ、何をやってるんだ僕は。気遣ってくれてる人に当たり散らして。
でも。だけど。僕の救い難さは事実なのだ。僕が危険人物なのは、ただの事実なのだ。
「悪いな。
「………言い訳って?」
「アイツはな、呪いを受けてんだよ。定期的に人を殴れないと発狂するんだ」
「……!!」
「北欧の呪いだったか? 本来は親父さんにかけられた呪いらしいんだが、効力が強すぎて娘のアイツにもかかっちまったらしい」
「も、もしかして刑事さん達が定期的に喧嘩してるのって………!?」
「いや、それはただ単に俺とアイツの仲が悪いだけ」
………。
仲が悪いだけなのか……。
「とまあ、そんな訳でな。アイツはお前と自分重ねて、色々お節介焼いちまう訳だよ。……悪いな」
「いえ、そんな訳が………」
「……俺も言っておくが、お前の友達はいい奴らだよ。案外、お前の事も受け入れてくれるんじゃねぇの?」
分かっている。
アイツらがどれだけいい奴かなんて、そんなの分かっている。
「……僕が、アイツらを受け入れていないんです」
「そりゃまた、どういう……」
「僕は、心の底では二人を馬鹿にしていた。おっぱい星人も、ロリコンも……。気持ち悪いと、思っていて。………僕が受け入れなかったから、僕も受け入れてもらえる気がしないんです………」
結局の所、僕は何一つとして受け入れられない。
自分の性癖も、他人の性癖も、気持ち悪いと思って受け入れていない。
こんな自分がどうして誰かに受け入れられるのだろう。
こんな自分がどうやって受け入れろというのだろう。
「……刑事さん。こんな人間が、どうやって生きていけばいいんですかね?」
「…………難しい質問だな。俺には答えられそうもない」
ふぅ。と刑事さんはため息を一度ついた。
「もしかすると、こういう時のために神様がいるのかもしれねぇな」
「……神様、ですか」
「おうよ。他人も自分も信じれない時に……な」
▷▷▷
僕の全身から炎が放たれる。
僕の振るうカッターナイフで何人も死んでいく。
死んでいく。死んでいく。死んでいく———。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……………」
暗い病室の中。
悪夢を振り払って、僕はベットの上で荒い呼吸を繰り返す。
「う、うぷ、うぇぁ………!」
僕はトイレに駆け込んで、思いっきりゲロを吐き出す。
気持ち悪い。気持ち悪い。自分が気持ち悪い。
死のう。そうだ死のう。
そう思って自分の顔を殴りつける。
クソ、クソ、クソ。
なんだよ。
僕、どこでおかしくなっちゃったんだよ。それとも元からおかしかったのか?
クソ、クソ、クソ!
何度も何度も自分を叩く。
腕を、顔を、腹を、足を。
一心不乱に殴りつけていると、手首を誰かに掴まれた。
自分じゃない他人の気配を感じて、だんだん心に理性が戻ってくる。
正気に戻った僕は、ゆっくり後ろを振り返った。
そこにいたのは、刑事さんでもお姉さんでもなく。
「………
「おうよ」
「お、前……。何でここに居るんだよ」
「お見舞いだよ、馬鹿野郎」
そう言って
「俺は今さっき目覚めたんだ。それでここに来た。……一応ちゃんと、ノックもしたんだぜ?」
「………何でだ? お前、そんなキャラじゃないだろう」
「……お前が使ったあのナンチャラって呪文、あるだろ。あれで俺もお前の心の底を覗いちまった。……お前が死にたがるってのも分かっちまったんだ。放っておけねぇだろ」
「………お、おお。ありがと」
思わずそう言葉を返すしか無い。
……うん。お前はそういう奴だ。周りからの圧力が無ければ、そうやって人に優しく出来る奴だ。お前の心を覗いた僕は、それをよく知っている。
「……お前さ。
「無理だよ。どんな顔して会えって言うんだよ……。知ってるだろ。僕がみんなを心の底では受け入れてなかった事」
喋り出した口は止まらない。
薄ら笑いを浮かべながら、僕は言葉を続ける。
「俺はバニーガールも、魔法少女も。これっぽっちも受け入れて無かったんだぜ? こんな僕が、殺人鬼の僕が。どうやって受け入れられるんだよ」
「……でも、お前は言わなかったじゃねぇか」
「あ?」
「他人を拒絶しなかった。嫌悪感を攻撃に変えなかった。悪口を言わなかった。……それでいいんじゃねぇか? 受け入れなくても。お前は他人を尊重していただろ。………俺と違って」
「自分の事も、受け入れなくていいんじゃないか。……でも、自分を雑に扱うのはやめろよ。それは自分を不幸にするから」
「勇気出せよ。救われる為の準備をしろよ。……俺も、頑張ってみるからさ」
そう言って
僕は殆ど何も喋れなかった。
病室のドアが閉まる。
一人きりの病室で、僕はベットに横になった。
……救われる為の準備、か。
「僕は十分頑張ってる。一歩ずつだが行動している。大丈夫、未来はきっと明るいさ」
自分で自分に言い聞かせるために放った言葉は、笑ってしまう程白々しかった。
それでも、言葉を続ける。
僕の傷を、ふやけるまで舐め続ける。
側から見れば滑稽だろう。
それでも、言葉を続ける。笑われようと、勇気を出して舐め続ける。
「大丈夫さ。大丈夫さ…………」
こんなのただの自慰だ。
鬱陶しい。辞めちまえ。
僕の頭の中で誰かが叫ぶ。
……でも。
それでも、続ける。
そうだ。これはまさしく自慰だ。自分で自分を慰める、そんな時間がきっと僕には必要なのだ。
頭の中で叫ぶ誰かを無視する。勇気を出して、今自分が正しいと思う事をやる。
そうやって唱え続けていたら、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
昔の夢を見た。
▷▷▷
「そういえばさ、
次の日の昼。
僕と立体四目並べをして遊んでいた刑事さんは、唐突に僕にそんな事を言った。
「俺はアイツの事よく知らないけど、何か心変わりするきっかけでもあったのかねぇ。お前はアイツと幼馴染だったらしいじゃねぇか、何か知らないか?」
「いえ、特には……」
……きっかけ、か。
僕はふと、あの夜を思い出す。
『失敗作なんかじゃないよ。僕はお前と出会えて良かったって思ってるぜ』
もしかすると、あの言葉は
僕は、アイツの心を少しでも慰められたのだろうか?
だから昨日、わざわざお見舞いに来てくれたのか?
……いや、やめよう。
考えても意味のない事だ。
「……そういえば、
「ああ、
そう言った刑事さんの懐から、けたたましい携帯の音が鳴った。
「もしもし」
『……も、もしもし。
「なんだよ
『……まぁ、はい。……その。
「……………おいおい。まさかお前……」
『口論になってぶん殴っちゃいました。それも警察の前で。今留置場にいます』
「ば、馬鹿野郎!!!!」
……何やら凄い話が聞こえてきた。
大丈夫なのかこれ。やばいんじゃないのか。
刑事さんは一言二言喋った後、電話を切った。
「…………はぁ…………。すまんな、ちょっと急用が入った。好きにしててくれ。スマホ持っていくなら外に出ててもいいから」
「え、外? 行っていいんですか?」
「おうよ。昨日ならいざ知らず、今日のお前いい顔してるぜ」
刑事さんはそう言って、上着を来て外に出て行った。
……今日の僕は、そんなにいい顔していただろうか。
刑事さんのさりげない言葉に、胸がほんのり熱くなる。
さて、久しぶりの自由だ。どこに行こうか。
「………あそこ行くか」
▷▷▷
見慣れたREDライトの明かりに照らされた、沢山の映画が収納された棚の間を僕は歩く。
平日の昼間という事もあり、TSUTAYAにいる人は少ない。
数日前に魔法少女アニメを借りに来た筈だが、数週間はTSUTAYAに来ていなかった気がする。
きっと、僕にとって日常とはこういう空間なのだ。
友達と一緒に映画を借りる。そういう事に、僕は日常を実感するのだろう。
どんな映画を借りようかと視線を彷徨わせていると、ふと、ホラー映画のコーナーで目が止まった。
僕の視線の先では、恐ろしげな怪人が美人の顔にナタを押し当てているポスターが壁に貼られていた。
それを認識した瞬間、僕の背筋に電流のような感覚が走った。
顔が熱い。ポスターから目が離せなくなる。
…………。
もしかして。
もしかして、だが。
僕って、スプラッター映画でも興奮出来るのだろうか……!?
僕は人を害する以外で、性欲を鎮められるのか!?
もしそうだとしたら、これはかなりの前進じゃないか?
僕が人間社会で暮らせる可能性も見えてきたんじゃないか……!?
僕はまじまじと目の前のポスターを吟味する。
……エッチだ。大変エッチだ。
女性の怯える表情も今にも動き出しそうな、恐怖の感情がありありと浮かんでいるし、殺人鬼もグロテスクな容姿をしていて中々に唆るモノがある。
今まではヘカトンケイルに性欲を封印されていたから気づかなかったが、スプラッター映画、大変エッチだ……!
いや、こうなると話が変わってくる。
僕は限られたお小遣いで、性癖にブッ刺さる一枚を借りねばなるまい。
「……
声をかけられて僕は思わず飛び上がった。
後ろを振り返ると
クソっ何呆気に取られてんだよ。驚きたいのはこっちだよ。
「……な、何でここに居るんだよ。平日だぞ」
「あんな事があった後で普通に学校に行けるかよ。第一、何でここに居るんだよはこっちのセリフだわボケ。お前、外出ていいんだ……?」
やめろよ、そんな目で僕をみるなよ。
立ち直ってから真っ先にお前達に連絡しなかったのは僕のミスだよ悪かったよ。
僕の背中をそこはかとない罪悪感と気恥ずかしさがつたう。知り合いだけには今の僕を見られたくなかった。
黙っている僕を見て、何かを察したらしい。
「
クソっ! 何でエロ方面にばっかりお前は勘が良いんだ!!
やめろよ! ピンときてない
崩れ落ちる僕の肩に
「……
「う、うん……」
かなり真面目なトーンで僕の性癖事情を祝福されてしまった。
いや、確かに大事な事だけどさ。スプラッター映画の有無で僕が社会で生きていけるかってのがかなり判断されるけどさ。
「……よし! 今日は俺ん家でホラー映画パーティするか?!」
く、クソぅ………!
こうなればヤケだ。
良いよ、とことん付き合って貰うぞ!!