性癖全開★魔法少女モドキ 【完結】   作:烏何故なくの

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エピローグ

 「相葉(あいば)先生、それじゃお先に」

 「ええ、お疲れ様です」

 

 挨拶を終えて、俺——相葉(あいば)(ただし)はパソコンに向き直る。

 分かっていた事だが、中学生教師は大変だ。

 書類印刷に課題のチェック、生徒の日誌へのコメント。

 今はまだ新任だが、その内、生徒の部活動までやらなくてはいけないそうだ。 

 小さい頃はある種の憎悪さえ抱いていた存在に自分がなるとは我ながら以外だが、存外に気分は悪くない。

 

 最後の書類に印鑑を押し終わって、軽く伸びをする。

 気づけば時刻は十時を過ぎていた。残業は悪しき文化である。

 心の中で毒付きながら、書類をバッグに入れて帰宅の準備をする。

 

 職員室の電気を消し、暗くなった廊下を真っ直ぐに歩く。

 昼間の空気とは対照的な暗闇は、いかにも何か出てきそうだ。学校の怪談がいつまでも人気な理由が少し分かる気がする。

 

 下駄箱を抜けて校門を出て、いざ帰ろうという時。

 誰もいない筈の体育館から大きな音が聞こえた。

 大きな物が高い所から落ちたような、鈍い音。

 

 「……?」

 

 何事だろうか。

 まさか不審者か? 体育館に?

 ………む。むむむ。

 もしも本当に不審者だった場合、このまま帰るのは不味いだろう。

 それともまさか、幽霊か。

 七年前のあの日からそういうオカルトが実在すると知った身からすれば、怪異は不審者より恐ろしい。

 

 仕方なく、自らの怠惰な心に蓋をして職員室へと足を運ぶ。

 体育館の鍵を取り体育館入り口へ。

 重めの扉を開けば墨汁をこぼしたかのような暗闇が俺を出迎えた。

 そして聞こえる、タッタッという足音。

 

 「……! 誰かいるんですか?」

 

 返事はない。

 痛いくらいの沈黙がそこにあるばかりだ。

 俺はゆっくり、音を立てないように動きながらスイッチを押し、体育館の電気をつける。

 パッと天井の明かりがつき、暗闇が消し飛ばされる。

 

 広い体育館の端。

 そこに、一人の少女が蹲っていた。

 

 「……小林(こばやし)……?」

 

 見覚えのある少女だった。

 小林(こばやし)仁美(ひとみ)。文武両道というにはいささか、文の方が突出して高い事でこの学校では有名な少女だ。

 いわゆるギフテッド持ちというのか、テストの点数がすこぶる良い。

 周囲との関係性も悪くないらしく、優等生の名前を欲しいままにしている。

 

 彼女は冷や汗を流しながら、泣きそうな顔でこちらを見ている。おさげと共に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「せ、せんせ………逃げて………!」

 

 その言葉がきっかけだった。

 鉤爪は空を切り裂きながら俺に向かって振り下ろされる。

 小林(こばやし)の体が鉤爪に引っ張られるように宙に浮いた。

 

 「うわぁっ!!」

 

 俺は声を上げながらその場所から飛び退いた。鉤爪が床に打ち付けられ、鈍い音を奏でる。

 たまらず俺は小林(こばやし)に背を向けて走り出した。

 後ろからびたんびたんと重い物がのたうち回る音が聞こえてくる。

 俺はバックからスマホを取り出し、携帯を取り出す。

 かける相手は敏弘(としひろ)だ。

 こういう事は、()()()をやってる敏弘(としひろ)に聞いた方がいい筈だ。

 

 『もしもし、どうした〜〜?』

 「いや今ちょっとヤバくて、ヤバくて!! なんか、なんか生徒の背中からなんか生えてて!!」

 

 やばいマジで何から話せばいいか分からない。

 しかもこうやって話している間にも後ろから音が近づいてくるし。

 

 『ん? もしかして今ヤバい? 死にそう?』

 「死っ、死……にそう! 多分あれ一撃でも食らったら死ぬ気がする!!」

 

 そう言った瞬間、足に鈍い痛みが走った。思わず前のめりに地面に頭から突っ込む。

 後ろを振り向けば、鉤爪が俺の真後ろまで来ていた。鉤爪の先には真っ赤な血が滴っていて、ああ足を切り裂かれたんだなと実感する。

 

 「うわぁ、いや、いや!! やめて!!」

 

 俺の惨状を見た小林(こばやし)が鎮痛な悲鳴を出す。

 その悲鳴に呼応するように、小林(こばやし)の背中からもう一本、鉤爪が生えた。

 鉤爪はさらに速く、さらに縦横無人に俺に襲い掛かってくる。

 

 ぼきり、という音と共に自分の腕がへし折られた。

 思わず声が喉から捻り出される。痛い。痛い。痛い。

 その衝撃で思わずスマホを床に落としてしまった。不味い。

 思わずスマホに手を伸ばす俺の腹に、鉤爪の一撃が突き刺さった。

 肺から空気が吐き出される。腹が、痛いを超えて熱い。表面を鉤爪に切られたんだ。

 

 あまりの痛みに俺は床に崩れ落ちる。あまりの痛みに涙が出てきた。

 絶叫を上げる小林(こばやし)。痛みに声を上げる俺。

 その声をスマホが拾ったのか、電話越しに敏弘(としひろ)が声を張り上げた。

 

 『封印を解いた! 変身しろっ!!』

 

 俺は痛みに震える体をせっつきながら、左の首筋に指を当てる。

 かちゃりと音がして、首に指が沈んでいく感覚がした。

 小林(こばやし)の目が驚きに見開かれる。

 俺は指を右回転させる。

 全身が開いていく、変身時特有の感覚が全身に広がっていく。

 

 腕の痛みが引いていく。視線の位置が少し変わった。

 目を下に向ければ、赤いバニースーツに包まれた豊かな双丘が見える。

 ………七年ぶりだな。変身をするの。

 

 「しぇ、しぇんしぇい……??」

 

 小林(こばやし)が信じられない物を見る目でこちらを見つめてくる。

 ごめんな小林(こばやし)。あとで説明するから。

 

 俺は右手に持ったスナイパーライフルで、鉤爪へと殴りかかった。

 

 

▷▷▷

 

 

 「……なるほどね」

 

 三十分程だろうか。小林(こばやし)の背中から突き出た鉤爪と格闘していたが、いつのまにか鉤爪は消えてしまった。

 とりあえず俺は職員室に小林(こばやし)を招き、ホットコーヒーを淹れながら小林(こばやし)の話を聞く事にした。

 

 小林(こばやし)曰く、数日前からあの鉤爪は洗われるようになったらしい。

 夜になると勝手に暴れ出し、周りの物を壊してしまうそうだ。

 だから下校の時間に体育館の窓の鍵を空けておき、夜になると誰もいない体育館に忍び込んで鉤爪を暴れさせていたそうだ。

 

 「大変だったなぁ……」

 

 月並みな感想だが、そんな言葉しか出てこない。

 異形の爪が出るというだけでも気持ち悪くて仕方ないだろうに、あまつさえそれが周囲の物を壊してしまうのだ。

 大変という言葉では物足りない程のストレスが彼女にかかった事だろう。

 それにしても、驚くべきは小林(こばやし)の機転だ。

 仮にもし俺の背中から異形の爪が出た所で、小林(こばやし)のように体育館に忍び込んで暴れさせるなどという発想が出るだろうか?

 

 「わ、私の事情はこれで全部です……。今度は、私から質問していいですか……?」

 「おう、いいよ」

 「先生、なんでそんな……扇状的な格好を……??」

 

 言葉選んだなコイツ。

 いや確かに気になるよな。今の俺、パツキンバニーガールだもんな。

 

 「……俺な。実は昔、魔法少女だったんだよ」

 「い、意味が分かりません……」

 

 バッサリ切られた。当たり前だった。

 

 「なんて言うかな……。俺も昔、小林(こばやし)みたいなオカルトな事件に巻き込まれた事があってな」

 「……それで、バニーガールに……?」

 「まぁ、うん」

 

 かなり納得いかない顔してんなー。でも本当なんだけどな……。

 流石に生徒に性癖云々は言えない。ギリギリセクハラとして成立しそうな気がする。

 

 「ま、とにかく。重要なのは、俺がそういうオカルトの専門家の友達が居るって事と、バニーガールの時の俺は小林(こばやし)の鉤爪にも負けないって事だ。お前の鉤爪問題、なんとかなるかもしれん」

 「ほ、本当ですか………?!」

 「おうよ。幸いにも明日は休日だしな。時間はある。いくらでも頼ってくれていいぞ」

 

 俺がそういうと、小林(こばやし)は静かに静かに、ゆっくりと涙を流し始めた。

 

 「……胸、貸そうか?」

 

 今の俺は女の体だし、普段よりも接しやすいだろう。

 そう思って声をかけると、小林(こばやし)は俺の胸に飛び込んできた。

 俺は黙って小林(こばやし)の悲しみを受け止めた。

 少しでも、この少女の重しが取れるように祈りながら。

 

 その後、顔を赤らめた小林(こばやし)を家の前まで送っていった。

 まぁまぁな深夜だ。子供一人じゃ危ない。

 

 俺は再び敏弘(としひろ)に電話をかける。

 

 「なぁ、小林(こばやし)についた怪異ってどうにかなりそうか?」

 『ん〜〜……。それは見てみないと分からないんだよな。でも今日昨日じゃそっちまで行くのは中々厳しいんだよな。……よし。決めた』

 「決めたって何を?」

 『リモートお祓い、しよう』

 

 

▷▷▷

 

 

 「先生、き、今日はよろしくお願いします……!」

 「おう、頑張ろうな」

 

 俺は緊張しっぱなしな小林(こばやし)に笑みを返す。

 昨日から一晩明けた今日、俺達は街の外れ、山奥の古ぼけた神社に来ていた。

 神社といっても、鳥居はボロボロ、社は廃屋。今はもう誰にも参拝されなくなって久しい。

 「神様が不在だから、顕現できる」。意味はよく分からないが、敏弘(としひろ)はそう言っていた。とにかくこの場所はお祓いに都合がいいらしい。

 

 いざという時のために、俺はすでに変身しっぱなしだ。

 社に入り、持ってきた座布団を二つ引く。

 そしてその一方にパソコンを置いた。

 

 『もしもし、聞こえてる? 僕もリモートお祓いって初めてでさ』

 「はい、聞こえてます……!」

 

 パソコンの顔では、朗らかな顔で笑う敏弘(としひろ)——(さえずり)の顔をした、俺の友人が写っている。

 小林(こばやし)は緊張した顔つきで敏弘(としひろ)を見つめている。敏弘(としひろ)の事を霊能者の大先生とでも思っているらしい。そんなに偉いモンじゃないけどな、アイツ。

 話し込んでいると、社の扉が開く。そこから現れたのは、濡れ羽色をした美しい少女だ。

 

 「すまん、遅れた。……君が小林(こばやし)さんだな。初めまして、哀悼(あいとう)という」

 「わ……! は、初めまして! 今日はよろしくお願いします……! 先生、魔法少女云々って本当だったんですね……!」

 

 魔法少女らしい可愛らしい姿をした哀悼(あいとう)の姿を見て、小林(こばやし)の目が僅かに光る。

 哀悼(あいとう)を呼んだのは、俺の判断だ。

 哀悼(あいとう)のリボンなら小林(こばやし)を傷つけずに無力化できる。 

 俺は哀悼(あいとう)と二人して社の隅に盛り塩を置き、儀式の準備を始める。

 

 『それじゃ、服を脱いで背中を僕に見せてくれるかな? もちろん男性陣は外に行っててね』

 

 なるほど。小林(こばやし)の背中を抵抗なく見てもらために変身した状態でリモートお祓いを始めたのか。

 少し小林(こばやし)を騙してるみたいで気が引けるが、スムーズに話を進めるためなら仕方ない。優しい嘘だ。

 

 「……哀悼(あいとう)。一応言っておくが」

 「みなまで言うな。張り倒すぞ」

 

 バカ話をしながら、俺と哀悼(あいとう)は神社の外に出る。

 社の扉を閉めると、哀悼(あいとう)は俺に話しかけてくる。

 

 「………そうだ。一応言っておくが、俺の性癖はロリコンでは無かったらしい」

 「え?」

 「見ていろ」

 

 哀悼(あいとう)がその場でターンを決める。

 すると、一回転する毎に少女の背丈が大きくなっていく。

 まるで早回しの映像を見ているかのように、四肢が太くなり肉つきが良くなっていく。

 数秒と経たずに濡れ羽色の魔法少女は、ゴシックロリータな衣装に身を包んだ乙女へとなった。

 

 「え………は……??」

 「ロリはロリでも、俺はゴスロリフェチらしい。年齢が高かろうと今の俺には性癖の範囲内だ」

 

 ……でもさっきまでロリだったじゃん。やっぱロリ好きなんじゃん。

 そう思ったが俺は言葉を飲み込む。胸を張って性癖が拡張した事を胸を張って報告するコイツが、なんだか可愛いかったから。

 

 「あの……。すいません。終わったので入っても大丈夫です」

 「了解した」

 

 哀悼(あいとう)は今度は逆にターンを決め、元の少女の姿に戻りトテトテと社の中に入っていった。

 ……な、なんか納得いかねぇ。ロリコンじゃない事を示すならずっと大人のままでいろよ。

 いやいや、そんな事より今は小林(こばやし)の事が先だ。

 俺は敏弘(としひろ)に話しかける。

 

 「なんか分かったのか?」

 『うん。これは憑き物筋だね。……完全に祓う事は難しい。落ち着かせて、弱体化させた後は付き合い方を考えなきゃね』

 「そ、そんな……!!」

 

 完全に祓えないという事を突きつけられ、小林(こばやし)が沈痛な声を出す。

 

 「……どうにかなんないのか?」

 『難しいね。……一つ聞かせてくれ。お父さんやお母さんはこの症状の事は?』

 「し、知らないみたいでした。さりげなく聞いても、特大反応はなくて……」

 『……ふむ』

 

 一瞬の間の後、敏弘(としひろ)は続きをしゃべり出す。

 

 『多分、この怪異が暴れ出した原因は……。小林(こばやし)さん。君にある』

 「え……?」

 『憑き物筋っていうのは、家系につく怪異でね……。両親にも取り憑いてる筈なんだ。だけど君だけが背中から鉤爪を出したって事は……』

 「そっ、そんな訳無いじゃないですか!?! 私が何をしたって言うんですか!!?」

 

 普段の小林(こばやし)の印象は、大人しい、落ち着いたと言った感じの物だ。

 そんなイメージとは裏腹に、今の小林(こばやし)は獣の様だった。

 

 『君が悪い事をしたって言いたいんじゃない。そうだな、なんて言うか……。君は頭が良いんだってね? (ただし)から聞いたよ。所謂ギフテッドって奴かな? そういう子ってさ、ストレスを溜めやすいんだよ』

 「わ、私が、私が原因って、そんな訳……」

 『人を怨むのにも才能が必要でね。呪い師なんかにも多いんだよ、ギフテッド』

 

 俺も確か聞いた事がある。

 カメラアイと呼ばれるギフテッド持ちは、カメラを使ったように風景なんかを記憶できるが、その代わりに嫌な記憶も忘れられないんだそうだ。

 

 「小林(こばやし)、お前もしかして……。嫌な記憶も忘れられないのか?」

 

 俺の言葉に、青ざめた小林(こばやし)が首を縦に振る。

 その瞬間、彼女の背中から鉤爪が生えた。

 昨日よりも、太く、鋭い鉤爪。それが八本、爆発するように小林(こばやし)の背中から生えた。

 明るい昼間にそれを認識した事で、それの正体が分かった。

 

 蜘蛛だ。

 小林(こばやし)の背中から生えているのは、大きな大きな蜘蛛の足だ。

 それが大きくうねり、俺らに向かって四方八方から振り下ろされる。

 

 「グゥううっっ……!!」

 

 咄嗟にガードしたが、俺の体は後ろに大きく吹き飛ばされた。

 社の扉をぶち抜き、頭を強く打つ。

 

 「俺の姿を見ろ。希望たり得る俺の姿を見ろ」

 

 蜘蛛の足目掛け、リボンの波が殺到するが、蜘蛛の足は素早い動きで小林(こばやし)の体を引きずり、天井を突き破って社の外に逃げ出す。

 

 「いやぁぁぁあっっ、もう嫌ぁああぁっ!! なんでこんな気持ち悪い物が生えるの?! なんで先生を傷つけちゃうの!!?」

 

 八歩の足に吊り上げられ、小林(こばやし)は絶叫する。

 その度に、蜘蛛の足が太く大きくなる。

 直感した。あの蜘蛛は、小林(こばやし)の負の感情を喰らっているのだ。

 小林(こばやし)が不快になればなる程、あの蜘蛛の足は力を増していくのだ。

 

 「生まれてこなきゃよかった!! 全部あたしのせいなら、あたしなんか生まれてこなきゃよかった!! あたしなんか、あたしなんか死んじゃえば良いんだ!!!」

 

 その声が響いた瞬間だった。

 青い空に、黒煙が走った。

 

 「……え?」

 

 (ぼく)を、呼んだな?」

 

 ゲコゲコと、背骨を揺らすようなカエルの合唱が地面から響いてきた。

 そして熱が。

 溢れんばかりの熱気が、神社の社から湧いてくる。

 

 黒煙が空に曼荼羅を描き出した。

 カエルの合唱はどんどんと勢いを増していく。

 きっとこの場所にいる全員が、自分の首筋に刃物を突きつけられている様な感覚に陥っただろう。

 あのバカ、「神様が不在だから顕現できる」って、こういう意味かよ………!!

 

 黒煙が社の一ヶ所に集まっていく。

 そこに、いた。

 燃えさかる髪の毛を纏い、黒いスーツ姿に身を包んだ敏弘(としひろ)が。

 手には一歩のトンカチを持っており、後光のように黒煙で出来た曼荼羅を背負っている。

 

 敏弘(としひろ)小林(こばやし)さんに笑いかけ、にっこり笑顔で言った。

 

 「……小林(こばやし)さん。そんなしみったれた顔で(ぼく)を口説き落とせると思ったら大間違いだぜ?」

 

 その言葉と共に、小林(こばやし)の元まで跳躍。

 めしゃりという音と共に、蜘蛛の足の一歩を殴りつけた。

 

 「うわぁっ!」

 

 殴られた衝撃で小林(こばやし)が揺れる。

 今の小林(こばやし)は自分よりも大きい蜘蛛の足に吊り上げられている。手足のどこも地面に接していない感覚は恐ろしく不安だろう。

 

 「哀悼(あいとう)!」

 「分かった!」

 

 俺が言葉を言い切らないうちに、哀悼(あいとう)は行動してくれていた。

 無数のリボンが、小林(こばやし)の手足を包み込んで固定する。

 これで、間違っても小林(こばやし)に攻撃は当たらないだろう。

 

 俺は素早くスナイパーライフルを構え、蜘蛛の足を撃ち抜いた。

 一本の足が千切れ飛んで、宙を舞う。

 仲間もいる。敵との距離も十分。俺もしっかり戦える。

 

 敏弘(としひろ)が顔をこちらに向けて笑みをこぼす。

 俺は親指を立てて返事をしてやった。

 

 「ギィいっ、ギィいぃいいいっっ!!」

 

 小林(こばやし)の背中から、巨大な蜘蛛の頭部が唸り声を上げながら浮かび出てきた。

 本体のお出ましって訳だ。

 

 蜘蛛の足が、勢いよく敏弘(としひろ)に殺到する。

 しかしその内の三つは俺に撃ち落とされ、その内の四つはリボンに巻き取られて動けなくなる。

 

 「おおぉおあぁああっっ!!」

 

 敏弘(としひろ)が吠えた。

 トンカチを振りかぶり、横薙ぎに蜘蛛の頭部をぶっ叩く。

 

 「ギぃあぁあぁあっぁああーーーーっっ!!」

 

 蜘蛛の頭部は形容しがたい金切り声をあげ、血飛沫をあげて雲散霧消した。

 

 

▷▷▷

 

 

 「……わたし、本当は体育の時間が好きじゃないんです」

 

 蜘蛛との戦いが終わった後、小林(こばやし)はそう切り出した。

 

 「小学生のころ、体育の先生にみんなの前で出来ない縄跳びを何回も飛ばされて。その記憶が、今でも消えないんです」

 

 自分でも小さな事だと思うんですけどね、と彼女は笑う。

 

 「わたしが体育館で暴れてたのもこの記憶があったからかも。先生を襲ったのも、体育教師への恨みがあったのかも。もしかするとわたしは心の奥底では、凶暴な人格を飼ってるのかもしれませんね」

 「……でも、俺を傷つけたくなかったのは間違いなく本当だろ?」

 「……!」

 「少なくとも、俺にはそう聞こえた。……自惚れてるみたいに聞こえるかもしれないけど、それでいいんじゃないか?」

 

 もしかすると自分は気持ちの悪い最悪な存在かもしれない。

 もしかすると自分は凶悪な殺人鬼かもしれない。

 でも、きっと他人を思った瞬間がある筈だ。

 それが確かなら、それでいいじゃないか。

 少なくとも、俺はそう思う。

 

 「………さて、この壊れた社、どうしようか」

 「ま、誰も使ってない神社みたいだし、いいんじゃないか?」

 

 俺のぼやきに、敏弘(としひろ)が反応する。

 ……ま、そうだな。神様もいないらしいし、罰当たりって事もないだろう。

 俺らは適当な事を話しながら、パソコンを回収しに社へと向かう。

 

 『……おい! 大丈夫か? 急にどっかに言ってんじゃねぇ!!』

 

 パソコンの中では、見たことのない女性が大声を出していた。

 ……見覚えがない。誰だ? どことなく、男の時の敏弘(としひろ)に似ている気がする。

 

 「あ〜、そいつ四谷(よつたに)。俺今四谷(よつたに)と同棲してるんだよ」

 「はぁ〜〜なるほど……。…………え?」

 

 いやお前、同棲ってえ?

 しかもお前、四谷(よつたに)の姿お前に似てるんだけど。

 四谷(よつたに)の理想の異性、女体化したお前って事なんだけど。

 

 え?

 

 え??

 

 え???

 

 

 




タグ・ボーイズラブが最後に仕事をしました。

島咲:霊的兵器として公安に就職。柊や鏃の同僚になる。人生において死の影は常に付き纏うという所から、どんなに辛い時も見放さす一緒にいてくれる死の神様として自分を定義している。
四谷の好意には気づいていない。マブダチだとは思ってる。

四谷:島咲に自分の人生を肯定された時点で堕ちた。島咲を追って霊的兵器として公安に所属。半神として怪異と闘う日々に身を投じている。
他人と自分を測るものさしはすでに捨てており、今は一本の槍を自分の武器にしている。
島咲に異性として意識されたくて日常生活でも変身している。

ヘカトンケイル:自分の姿を現実改変能力で変える事が出来るようになり、今はカッターナイフと少女の姿を使い分けて島咲と暮らしている。
島咲をママと呼んで甘えている。
四谷をパパと呼ぶ気は断じて無い。

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