「……ひとまず、これからの事を考えよう。これから俺達はこの世界にいる怪物を倒さなければ、元の世界に帰れない」
一通り叫んだ後、
「各々の武器を確認しよう。
「多分大丈夫だ。本物ならもっと色々手間がかかるんだろうけど、なんか引き金を引くだけで弾が出る。……多分コレ、俺の好きなゲームに出てくる武器だ。弾撃った反動とかも無くて、ホントにゲームしてる時みたいに戦える」
そう言って
「
「いや……ただのトンカチみたい」
そう言いながら僕はトンカチを空に振るう。
………どっから見ても、本当にただのトンカチだ。
「俺らの姿に性癖が関係してるんだから、この武器にも俺らの好みが反映されてるとかなのかな」
「まて。まだ姿に性癖が反映されているとは限らないだろう」
しかし、現状そうとしか……。
まあ、仕方ないか。自分の思わぬ一面を突きつけられて、動揺しない人間など居ない。
性癖が可視化されるというのは、人によっては死活問題だろう。
ここは生暖かい目で見守ってやるべきだ。
そう思って優しく彼(彼女)を見つめていると不機嫌な視線を返された。余計なお世話だったらしい。すまん。
……しかし、妙な話だ。僕はトンカチに思い入れなど一切ない。何故僕はトンカチを持っているのだろう……?
「はぁ……。……俺の「ナイトワンド」……魔法のステッキは、振ると光の刃が飛び出てくる。光の刃はある程度俺の意思で操作でき、ステッキ自体の強度も中々で鈍器としても使用可能だ」
名前あるんだそのステッキ。
「俺と
そういって
確かに、僕は生き物なんかまともに殺した事もない。むしろグロ画像なんかは苦手な部類だ。あの鬼達は攻撃すれば血が出るし、逆に僕らを攻撃してくる。
でも。
こんな非日常に巻き込まれて、内心ワクワクしない程、男の子の心を捨ててないつもりだ。……現実離れしてる事が立て続けに起こって、自分が事の危険性を実感出来てないのは自覚してるけど。男の子はいつになってもチャンバラが好きなのだ。
「大丈夫だよ。むしろワクワクしてるって感じ」
「……そうか?」
僕がゲーム気分で鬼達に挑めるのは情報を整理してくれる
少し無遠慮な発言だったかもしれない。自戒。
「……俺はぶっちゃけ怖いけど、戦わないとここから出れないんだろ? 他人任せってのもなんだかな。……フレンドリーファイアしたらすまん」
そう言って
「分かった。それでは行くぞ」
満月に見下ろされながら、僕らは静かな街を歩く。
僕にとって生まれて初めての、暴力の時間が始まろうとしていた。
▷▷▷
歩いて数分、見慣れた団地の駐車場に30人程の赤鬼の大群がたむろしてるのを視認する。
それと同時に赤鬼達は僕らを見つけたようで、僕らの方に体を向ける。
「
「オス!」
「う、おぉっっ!!?」
思ったより、速い。僕はなんとかブレーキをかけ、赤鬼の手前で止まる。
恐ろしい赤鬼の顔面が目の前に現れ、僕は反射的にトンカチを持った右手を振り上げる。正面にいた赤鬼の顔面がぐしゃ、と爆ぜた。それが開戦の狼煙になった。
「ガビババッ!!」
「うわうわっ、わっ!」
僕は遮二無二腕を振るう。腕の力だけの、不恰好な動き。
しかし振るわれたトンカチは、鬼の丸太の様な腕を、分厚い肉切り包丁を、棘のついた棍棒を。全てを叩き割った。
「う、嘘ぉ…!?」
少なくとも僕の身体を容易く両断出来る切れ味の武器と膂力を、コイツらは持っていた筈だ。その筈なのに、僕の一撃は鬼達の体を発泡スチロールでも削るみたいに容易く粉砕した。
僕の近くにいた四体の鬼は、瞬く間に四肢の一部を抉られ倒れ込む。
そしてぱぁんという音と共に爆ぜ、跡形もなくなって消えていった。
……どんな生態してんだコイツら。風船か?
「グギアァアッッ!!」
仲間を殺され怒り心頭といった様子で、後ろに控えていた鬼が飛びかかってくる。
右からの斧の大振りを後ろに下がって回避。続いて放たれる頭への攻撃をトンカチで弾く。
体制を崩した相手に向かって全力で蹴りを放つ。僕の蹴りは容易く相手の腹に減り込み、筋骨隆々な肉体を真っ二つに両断した。
……この肉体、思ったよりヤバいな。人間なんか、簡単に殺せそうだ。
「ゴギィイッ!!」
「……っ!!」
戦いの最中に考え事をしていたのなら当たり前だが、思案に耽っていた僕に向かって鬼達の凶刃が飛んでくる。あまりに簡単に勝ててしまって油断していたなど、自分の事ながらバカすぎる。
右、左下、上、突き。この隙を逃さんと大ナタを振るう赤鬼の猛攻を躱しきれず、僕は腕に傷を負ってしまった。
慌てて飛び退いて傷を確認する。大きな切り傷からは真っ赤な血が滲み、白い骨が顔を覗かせている。思わず声が出そうになる程痛々しい重症だが、痛みは全く感じない。それどころか見ている端から傷が元通りに塞がっていく。話には聞いていたが、凄まじい回復能力だ。
トンカチを構え直し、残った鬼に向かい合う。
攻撃しようと足に力を入れた瞬間、小気味いい破裂音と共に向かい合っていた鬼の頭に穴が空いた。
鬼は頭から血……血? ……よく見れば血液に見えていたのは真っ赤な紙吹雪だ。マジでなんなんだコイツら。どういう生き物なんだ。
とにかく鬼は頭から真っ赤な紙吹雪を垂れ流し、破裂して消滅した。
残っていた鬼達にも破裂音と共に穴が空いていく。
「なんかコツ掴んできた! 後ろは任せとけ!」
「センキュー、助かった!」
後ろを見れば自動車の影に隠れながら膝立ちで銃を構えるバニーガールが。……絵面のインパクトが強すぎて未だに慣れない。
「おら、よそ見すんな!
確かに、
戦いながらでも視界の端で煌めくステッキの光。それと共に飛んでいく鬼の首。
体の使い方がかなり上手なのだろう
僕が鬼を一体倒すくらいの時間で、
彼(彼女)の戦いに見入ってる内に最後に残っていた鬼の首が飛んだ。やっべ、僕鬼十匹も倒してない。かなりの数を
「……どうやら、今日はこれで終わりらしい」
左の首筋が熱を持ち出す。その熱は全身に広がっていき、光も熱に比例するように強くなる。あまりの眩しさに一瞬目を瞑ってしまう。
「よし、帰って来れたな」
「帰って来れたはずだ。大通りに出てみれば分かる」
そう言われて大通りへの道を除けば、確かに人の雑踏が聞こえてくる。あるべき所にあるべき音が戻った事で、今一度自分が異常事態に巻き込まれていた事を実感した。手足から力が抜けていく。
そんな僕に向かってどこがぼぉっとした顔で
「……さっきまでの、夢じゃねぇよな?」
「夢じゃない。ほら、首筋見てみ」
「……話したい事がある。少しいいか? これからの事だ」
背後から投げられた
「これを見ろ」
そう言って差し出されたのはスマホの画面。中に映っているのは、ニュースの記事だった。
『未来の天才棋士の失踪 日頃のスパルタ教育のストレスか』と書かれたそれは、僕も知っている内容であった。失踪した彼が、僕と同じ高校の生徒だったからだ。
「この街で起こった男子高校生の失踪事件は今月で二回目だ。……俺は、「向こうの世界」から帰って来れなかったのではないかと思っている」
「ちょ、ちょっと待ってよ。帰って来れなかったって、変身の力があれば鬼達には負ける事はないんじゃ……」
「現れる怪物の種類は日によって違う。一昨日のミノタウロスは、俺も負けかけた」
思わず声が出なくなる。自分よりも強化された肉体を十分に使いこなす彼が、負けかけた。
それはつまり、僕と
「女になった状態なら腕がもげても治る。しかし頭や心臓を貫かれても生きていられるかは分からない。……もちろんこれはただの推測にしか過ぎない。失踪事件と「向こうの世界」が無関係な可能性もあり得る。が、もしもを考えるとゾッとする。実際、俺の他にも巻き込まれた者がいないか「向こうの世界」をパトロールしている時にお前達を見つけた」
パトロール。そういえば、僕らに声をかけた時、彼は変身してはいなかった。いつ襲われてもおかしくないのだから変身しておくに越した事はない筈だ。あれは僕らを驚かせずに、僕らを護衛する為にあえて変身していなかったのか。キミちょっと性格良すぎないか?
「……これから毎日、夜になれば「向こうの世界」で戦わせられるだろう。これからは毎日八時前には集まっておくべきだ」
命の危機がある以上、油断は禁物だ。最大限に出来る事をしなければならない。
幸い僕も
「分かった、集合場所は……さっきの駐車場とかでいいかな?」
「俺は問題ないぜ」
「それで構わない」
僕にとって、初めての暴力の時間。
それは強い余韻を残しながら、僕の心に緊張を植え付けて過ぎ去っていった。
▷▷▷
「なんかいい事あった?」
家に帰ってきた僕に開口一番質問を投げかけてきたのはこの家の主、従姉妹の
「……そんなに顔、ニヤけてます?」
「ニヤけてます」
自分の頬を抑える。……まだ僕は今の現状を楽観的に捉えていたらしい。命が危ないかもしれないって言うのに。
……正直言って、今日の鬼との戦いは楽しかった。頭の中で想像するカッコいい動きを自分の体が簡単にしてくれるのだ。鬼達が思っていたより弱く、無双ゲームみたいにサクサク叩きのめせたのも大きい。自分がゲームの主人公になったみたいに捉え、暴力を楽しんでる自分がいる。僕の中に、暴力の余韻が残っている。
自戒しなければ。明らかに今の僕の思考はデスゲームとかで真っ先に死ぬタイプの奴だ。落ち着け、落ち着け。
「あ〜、友達増えたんだよ。今日。TSUTAYA行った帰りに同級生に会って仲良くなった」
「一日で友達? アオハルじゃん。何話したんだよ」
「……下らない話だよ。マジで」
「キリキリ吐け。家主命令。詳細に情報を話すのじゃ」
この家では僕は姉ちゃんに逆らえない。春橋高校に通う為、彼女に頼み込んで頼み込んで家事の大半を引き受ける事を条件に住まわせて貰っているのだ。実家からだと地理の問題で厳しかったのだ。
「……性癖トークだよ」
「ガハハ! 想像の三倍は下らなかったわ!」
嘘は言ってない、嘘は。
何とか姉ちゃんを煙に巻き、料理を食べて風呂に浸かる。そこまでしてようやく、僕は暴力の余韻を体から抜く事が出来た。