「ちゃっす、
「……何の用だよ」
「八時まで暇だから遊びに来ちゃった」
せめて事前に連絡しろや。別にいいけどさ。
「お邪魔しま〜す。……うわ、お姉さん美人! 写真撮ってもいいですか?!」
「ガハハ! キミ見る目あるねぇ! いいよ! 美人に撮ってくれよな!」
早いよ意気投合すんのが。
知り合ったばかりの人間に写真撮られるのには少し危機感持とうよ姉ちゃん。どんな悪用されるか分かんないよ。
それに
唐突に家の中が撮影会場と化した。姉ちゃんがセクシーポーズを取る度にスマホのシャッター音が響き渡る。……身内のセクシーポーズ、結構キツいな。
数十秒程で突然の撮影会は終わり、
「あー楽しかった。そんじゃなんかゲームでもしようぜ」
「つっても何するよ。八時までそんなに時間ないぞ……。……とりあえず僕の部屋に行っててくれる?」
「あいさー」
冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注ぐ。
コップを片手に自分の部屋に行こうとした僕の背後から、姉ちゃんが話しかけてきた。
「今日もどっか行くんだ?」
「……まぁね」
僕が
毎日八時になれば僕らは誰もいない街に放り込まれ、怪物との戦いを余儀なくされている。
当然、姉ちゃんには僕らの戦いの事を説明していない。上手く説明出来る自信もない。特筆すべき事象が多すぎる。
姉ちゃんは僕の目を数秒覗き込んだ後、プイっと目を逸らした。
「まぁいいよ。重犯罪するんじゃなければウチは許す」
「軽犯罪だったらいいみたいな言い草だな……」
やはり姉ちゃんはチャランポランだ。
でも、チャランポランなりに心配をしてくれている事も分かる。
「……大丈夫だって。別に危ない事してるんじゃないしさ」
一応、嘘じゃない。未だに赤鬼青鬼以外の怪物には出会っていない。
手を軽く振るうだけで倒せる鬼達との戦いは、変身した状態の僕にとってチャンバラごっこみたいな物だ。
だから嘘じゃない。多分。
▷▷▷
すまん姉ちゃん嘘ついた。むっちゃ危ない事してるわ。
「大丈夫か
「ダメ。体がダルい〜〜〜〜……」
学校の昼休み、僕は自分の机に横になっていた。
思い返すのは昨日の戦い。
いつもの様に駐車場に集まった僕らを誰もいない街で待ち構えていたのは、いつもの鬼達ではなかった。
見上げんばかりの巨大な体に力強い四肢。僕の背丈以上の長さもあるだろう牙に鼻。
有り体に言えば象だった。それも尋常じゃなく凶暴な。
僕らは車や電柱を跳ね飛ばしながら迫り来る象を相手に戦う事を強いられた。
そして
そこまでされて死んでないのは変身時の肉体の強度と回復能力が故だ。少し腕とか千切れたがなんか治った。
しかしこの回復能力は決して無尽蔵という事はないらしい。戦いが終わって変身を解いてからというもの、異常に体がダルい。朝からグロッキー状態で授業もまともに聞けていない。
もし
今回の象は三人でなければ勝てなかった。間違いなく、僕一人では勝てなかった。
僕は疲れた目で辺りを見回す。誰も座っていない空席が目についた。
「……あれ、今日
「おぉ、朝から居なかったぜ。最近休み多いよなあいつ」
もしかすると
本当はあの無人の街で怪物にやられてるんじゃないか。家出だと思われてるだけで、遠くないうちに失踪事件として扱われるんじゃないか……。
……ダメだな、少し考え過ぎだ。疲れているからか、陰謀論じみた事が頭を過ぎる。
「……少し寝るわ。五時間目になったら起こして〜」
微睡に身を任せ、僕は眠った。
▷▷▷
「何でテメェにそんな事言われなきゃなんねぇんだ!!」
怒号が辺りに響き渡る。
七時半を過ぎた頃だった。いつも通り、八時からの戦いに備えて家を出た僕は、なんとなしにいつもと違う道を歩いて待ち合わせ場所である駐車場に向かっていた。
どうせだしなんか買おうかな、なんてコンビニを眺めていた僕は、路地裏から聞こえてきた怒声にビビり上がった。
普通であればスルーするであろう厄介ごとの気配。しかしそれが知り合いの声色を帯びていれば、無視する訳にもいかない。
こっそり、息を殺してそっと路地裏を覗き込む。
180cmを超えるガタイのいい男が吠えていた。後ろからでもわかるくらい特徴的な茶色の癖っ毛が揺れている。
「何やってんだよ
思わず小声を漏らす。
小さい時から体格がよくケンカが強かった。性格も決定力があるというか、とにかくガキ大将気質な奴だった。
昔はよく一緒に遊んだんだが、
中学の最後の方では、ガキ大将というよりヤンキーみたいな奴になっていた。
僕と同じ春橋高校に通ってはいるが、高校になってからは一度も会話した事がない。
普通のケンカ、例えば同年代の男子とのケンカであれば僕はこのままスルーしただろう。
しかし、相手がヤバい。
「まぁそうカッカすんなよ。大人の忠告は素直に聞いとくモンだぜ?」
黒髪をオールバックにしており、右目にはこれまた漆黒の眼帯。明らかにカタギじゃなかった。明らかに暴力で飯食ってる人間の風貌だった。
し、死ぬ……! このままでは
ぐるぐると思考回路が巡る。
明らかにヤバい状況だ。真っ当な方法で
………ぼ、暴力か? やるしか、ないのか?
このまんまだと明らかに不味い事になる。何にもしないのはあり得ない。
最近は途切れかけてきた縁だが、だからって見殺しにするほど安い縁じゃない。
……仕方がない。放って置いたら
大丈夫だ、相手は人間……。鬼達を思い出せ、アイツらより怖くない!
「……うぉおおおあぁああっっ!!!」
足に力を込めて、全力でアスファルトを蹴る。
その瞬間、足に痛みが走り視界が反転した。
「あ?」
巨漢の男は心底困惑したような声を出し、ひっくり返った僕を見る。
びっくりするほど早い足払い。飛んでたハエを反射的に振り払うみたいな感覚で、男は僕を地面に転ばせた。
僕は急いで体を持ち上げ、右ストレートを相手の顔に向かって放つ。
これも顔色一つ変えずに右手で受け止められた。受け止められた僕の拳は万力みたいな力で締め付けられている。
「逃げろっ
「おいおい、なんだってんだよ……。俺が人を殺すような奴に見えるか?」
「見える!!!」
直後、顔面を思いっきり男に引っ叩かれた。パシぃぃん、と頬からいい音がなり、僕は地面に崩れ落ちる。めっちゃ痛い。
「やたら血気盛んだな……。おいガキ、これお前の友達か?」
「あ? ……お前、
「そうだよバカ! 早く逃げろ! コンクリ詰めにされるぞ!!」
「誰がするか誰が!! 人をヤクザかなんか見たいに言いやがって!!!」
尋常じゃない怒号が鼓膜を叩く。やべぇめっちゃ怖い。僕死ぬかも。
「俺は刑事だ!! こいつが明らか未成年の癖してタバコ吸ってやがったから補導してんだよ!!!」
「えっ」
思わず振り返れば、
「お、お前……! 何やってんだよ! 僕が意を決して飛び出した意味ないじゃん!!」
「知るか!! テメェが勝手にお節介焼こうとして自滅しただけだろ!!」
クソっ、全くの正論である。返す言葉もない。
「………尋常じゃなくそそっかしいなぁお前……。うっかりで公務執行妨害されちゃたまんねぇぞ。今日の所は見逃してやるが………」
「うす、すいません……」
眼帯の刑事が、残念な物を見る目をしている。くそ、憤懣やるかたない……。
正直最近人型の存在を攻撃する毎日が続いていて、暴力を振るう事に対するハードルが下がっているのを感じる。
ヤバいぞ僕。社会的動物として最悪だぞ僕。
自制だ自制。暴力良くない。
眼帯の刑事ははぁとため息を吐き、頭を掻く。僕のせいでストレスを増やしてしまい大変申し訳ない。
「……あとお前、あれだ。最近は夜に出かけるのは辞めておきな。最近、変な失踪事件が多い」
「……何か、事件性があるんですか?」
……
刑事だって言うなら、何か知っているかもしれない。
普通の事件とは違う、異常性のある事件ならあの空間が事件に関わっている可能性は高い。逆に、異常性がないならそれはそれでいい。
「それはまだ分からないが……消えたタイミングなんかが重なっててな。まぁ一応念の為、近頃は外を出歩くのはやめ」
話の途中で刑事さんの姿が、突然ブレた。
古いビデオを見てる最中にノイズが走る見たいに、ぶちりと。
思わず目を瞬かせる。瞳を開けたら刑事さんの姿は、もうそこにはなかった。
「……あ?」
「……え?」
ずるりと、額に嫌な汗が流れた。
スマホを取り出し画面を確認する。「20:02」の文字が無機質に浮かび上がる。
路地裏から外に出れば、誰一人として歩いちゃいない。コンビニの中もすっからかんだ。
「……人が、消えた……?」
「……そうじゃない、俺たちが別の空間に移動したんだ」
「あぁ……?」
訝しげな視線が僕に向けられる。
……何から話したらいいか。
「とりあえず外を見てみろ。誰も居ないだろ?」
「……テメェ、何を知ってやがる。何が起こってんだ?」
「あーー。それは僕もよく分かってないんだけどさ……」
回らない頭から言葉をひり出そうとして、ふと気づく。
辺りが薄暗い。
ただでさえ光の届かない路地裏だから気付きにくかったが、暗すぎる。
まるで巨大な何かに月の光が遮られているかのように。
反射的に後ろを振り返れば、二つの巨大な眼光と目がカチ合った。
「ブォオオオオオーーー〜っっっっっ!!!!」
猛獣の咆哮が路地裏を満たす。
マンションの三階程もあろうかという巨体。大きく反った牙。全身に浮き出るグロテスクな血管。
間違いない、昨日散々な目に遭わされた、あのクソ象だ。
僕は躊躇いなく左手の人差し指を首のアザに突き立てた。
視界を埋め尽くす青い光。
右手に振り慣れたトンカチの重みを感じた瞬間、僕は両足に力を込める。
クソ象も僕の敵意を感知したのか、その長い鼻を全力で振りかぶった。
一瞬の溜めのあと、僕は飛んだ。
宙に飛び上がった僕を叩き落とそうと、象の鼻が僕に叩きつけられる。
「グギ……!」
痛い。
痛いが、耐えられない程じゃない。
僕は胴体にめり込んだ鼻に、お返しとばかりにトンカチを叩きつけた。
痛みで身を捩る象に握力だけで無理矢理しがみつき、顔面に張り付く。
正面から戦っては力負けする事は昨日理解させられた。
僕の狙いは、初めからお前の急所だ。
トンカチを振りかぶる。狙いは相手の巨大な瞳だ。
どちゃっ、という湿った物が潰れる音と共に象が吠えた。うっわ気持ち悪い感触。
「ォオオオオオオオッッ!!?」
クソ象が悶え、顔面を上下に振り僕を振り落とさんとする。
流石に潮時だろう。僕は象に蹴りを見舞い、その反動で顔面から離れる。
「プフーーっ、ブフ、ブォオオ!!!!」
動物の気持ちなど普段はさっぱりわからない僕だが、今この象が怒声を発している事は分かった。
発狂したかのように足を動かし、近くの建物をやたらめったら破壊している。
相手は興奮してるようだし、視界も悪い。
よし、
僕は振り返り、腰を抜かして倒れ込んでいる
「な、な、なん……!? なんだ、なんなんだお前…………!!」
「……ん〜〜、説明が難しいから後で!! 今は逃げるよ!」
象とは逆の方向に全速力で駆ける。
入り組んだ路地裏を抜け、誰もいない道路をひた走る。
直ぐに後ろから轟音が追尾してきた。僕を追って、無理矢理狭い路地裏に自身の体を詰め込んでいるらしい。
後ろを振り返れば、両足を血まみれにしながら鬼気迫る表情でクソ象が僕を追いかけてくる。
しかし、この無人の町で轟音を響かせながら僕を追うのは悪手だろう。
何せ、目立つ。目立つという事は、それだけ僕の仲間も僕を見つけやすくなる。
パァンパァンと、ここ数日で聞き慣れた発砲音が響いた。それと同時に、象の無事だったもう片方の目も赤く染まる。
たまらず動きを止めた象に向かって、近くの一軒家の屋根から黒い閃光が猛然と襲いかかった。
「はぁああああっっ!!!」
力強くも幼さを纏った声が響く。
次の瞬間、空中に巨大な星形の光が出現した。
それは一直線に射出され、象の巨体を脳天から真っ二つにする。
「ブ、オオォ……」
象はか細い声で鳴いたかと思うと、破裂して消滅した。
危機は去ったらしい。
僕はそう判断し、抱えていた
「……お、おおお、」
「え?」
「お前なんなんだっっ!! 何なんだよっ!! 何なんだよアレっっっ!!! 説明しろっっ!! 一言で説明しろっ!!!!」
汗をダラダラ垂らした
うおっ、めっちゃ肩が揺れる。やめてくれ、酔いそう。
第一なんだって言われても僕だって分かんねぇよ。何だよ性癖が具現化する空間って……。
しかし説明を求められてもうまく説明出来ないのは困るな。なんかいい言葉はないか。
そう思った僕の頭に、ふと
「あー、なんていうの……、魔法少女、的な?」
……ダメだ、逆に